サンキューハザード。

うちから駅に行くまでの道路は、片側一車線で歩道もなく、狭い路側帯があるだけのところが数キロ続きます。
バス同士のすれ違いも困難な場所があるくらいなのですが、バス自体は通勤時間帯だと3分に一本とか走っているし、バス停に停まれば渋滞が起こる。

うちの近くを走る路線バスは、後ろでバス停待ちしている車や自転車にはサンキューハザードをほぼ例外なく出してます。

サンキューハザード

サンキューハザード自体は法律で決まっているサインではないので、出す義務があるわけでもないし、出してはいけないというわけでもないです。
日本独自の文化とか言われたりもしますが、真相はわかりません。

いろんな人
いろんな人
道路は譲り合って使うもの

道路は誰のものでもないので、譲り合って使うものだと捉えたら、譲ってくれた⇒ありがとう、という人間本来の当たり前の気持ちを伝えているわけです。
おかしな使い方をしたら誤解を生む可能性はありますが、今は一般にサンキューハザードは認知されていると思います。

夜、ママチャリで帰宅するときもそうですし、夜にロードに乗っているときもそうですが、バス停で停まっている後ろで追い越しせずに待っていると、ほぼ必ずサンキューハザードが出てきます。
後ろで待っているのが自転車だけというのも気が付いていると思うのですが(車は隙あらば追い越ししていきます)。

感謝されて嬉しくない人は滅多にいない・・・と思う。
少なくとも嫌な気持ちになるものではない。

前からやっていることですが

これは何度も書いていることですが、後ろから大型車が来て、ロードバイクを追い越ししづらいんだろうなと思うときは、なるべく先に行かせます。
これは道路形状にも寄るので必ずではないですし、その多くは交差点での信号待ち。

赤信号で信号待ちしているときに、後ろから大型トレーラーが来たとします。
まあ、どっちが速いかは考えるまでもないので、信号が青になったら確実に追い越ししたいんだろうなと。

なので歩道があるなら、一旦歩道に乗り上げて先に行かせます。

これをすると大型車のドライバーも、こっちの意図に気が付いて、だいたいは会釈とか手を挙げるとか。
まあ、一度スピーカーで【ありがとう】と言われたこともありますが、あれはちょっと恥ずかしかったなぁw

歩道がないとか、歩道側にガードレールがあるとかの場合は、後ろを気にする素振りを見せながら、一度横に逸れます。

これもドライバーには意図が伝わるようで、サンキューホーンかサンキューハザードを出す大型車が最近多いように感じます。

大事なのは、別に感謝されたくてやっているわけではない。
変な追い越しされて爆死したくないからやっていること。

とはいえ、その意図に気が付いたドライバーは、感謝の意思を伝える。

ロードバイクに乗っていても、車が気を遣ってくれているなと感じる瞬間はあるわけで、そういう時は会釈したり手を挙げて感謝の意思を伝える。

これって、道路はみんなで譲り合って使いましょうぜ!という言葉をそのまんま体現していることと言えるかと。
譲って、譲られたら感謝する。
感謝する・しないは義務とか権利とかそういう次元の話ではなくて、人間本来の気持ちでしょうから。

車椅子事件を見ていて思うのは

人間、感謝する気持ちよりも【権利主張】が先に来るようになると、もうダメだなと思いました。
あれって例えばこういう書き方も出来たはず。

当日の申し出に対して、なんとかしてくれたJR熱海駅の駅員さんに感謝します。
バリアフリーが進んでくれたら駅員さんに無理させずに済むでしょうけど・・・

権利だ!権利だ!と主張して、感謝の念が微塵も感じられない文章を書けば、そりゃ炎上する。

ちょっと前に、ずいぶん前に書いたごみ袋輪行の記事について、書き直せと迫られたのですが。

ずいぶん前に書いた記事について、メールを頂いたのですが。 メールについてはいわゆる誹謗中傷の内容も含まれているので、一部のみ抜粋します。 ...

あの記事では確か書いていなかったと思いますが、こういう内容も書いてありました。

「輪行でロードバイクを電車に載せられるのって、権利ではないと思うんですね。」
↑鉄道会社が認めた、「条件付きで自転車を乗せても良いよ」っていう権利です。多分、権利っていう言葉のニュアンスを履き違えていると思います。

たぶんこの方に説明しても理解出来ないだろうと思ったので、ここの詳細はあえて返信していません。
それくらいほかの内容が支離滅裂でしたので。

権利ではないと思う、と書いたのは理由があって、【謎の権利主張の結果】が、ごみ袋輪行は問題ないという独自解釈に至っているわけです。
元々はJCA会員にしか認められていなかった輪行が一般人に無料で開放されたのは、諸先輩方の尽力だとする歴史がある。
そのために一定のルールを守ってくださいね、という鉄道会社の規則に対して、謎の権利主張の結果が【ごみ袋はOK】という間違った結論になっている。

ごみ袋でも専用の輪行袋なんだ!とか謎の権利を主張する人たちがいるのですが、今回の障害者さんの車椅子問題とどこか似ているというか。
権利!権利!と主張する人って、どうも傲慢に見られがちな面があると思ってまして。
そういう傲慢な姿勢は、世間からは認められないか、迷惑がられる可能性があると考えてます。

権利か権利ではないかと聞かれたら、権利ですよ。
【権利ではないと思うんですね】と書いたのは、どうも切符買ってさえいれば好き勝手に持ち込めるような傲慢な姿勢が根底にあると思ったので、権利ではないと思うと書いたまで。

限られた車内の空間を、いろんな立場の人で共有して譲り合って使う場所だと思うので、権利主張はちょっと違うんじゃないかという意味を込めてこのように考えています。

車椅子問題も、障害者差別解消法での【合理的配慮】を主張してましたが、合理的配慮と言いながらも、無人駅に駅員を集結させることを、権利の名を借りて強要しているようなもんだと思うんですよ。
そりゃ、駅員の勤務シフトが決まる前だったら、可能かもしれません。
当日いきなり、無人駅に駅員を複数配備せよ!権利である!なんて、そんなの世間は認めない。
合理的配慮の範疇ではなくて、それは超特例配慮を要求したんでしょ?と。

権利、権利、と主張するのって、時と場合によっては傲慢にみられると思うんです。
ごみ袋輪行はルールで認められている!ごみ袋を素材として専用の輪行袋を作ったんだ!これは権利である!なんてバカな話はないです。

権利がどうとかの前に、譲り合いと感謝があるべきなのかなと考えます。
道路での話についても、自転車には譲る義務がないので(道交法27条)、別に先に大型車を行かせる義務はないです。

これも譲らない権利がある!などと言い出す人もいるかもしれません。
前に書いたこれもそう。

ちょっと思うことがありまして。 ちょっと前にですが、読者様からこのようなものを教えてもらいました。 ツイッターの動画なんです...

車両通行帯がある道路だから、第一通行帯の中なら好きな場所を走れる権利がある!と主張する人もいるわけですが、

それでクラクションを鳴らされたり、車間を詰められて激オコしているなら、左に寄って先に行かせれば全部解決しているじゃんと。
道路を譲り合って使い、譲ってもらったら感謝の意思を伝えるという、人間本来の当たり前の発想が欠如している。

権利主張するだけでは何も変わらないと思ういます。
権利ではないと思う、と書いたのもそういう理由です。




コメント

  1. ぬるべぇ より:

    サンキューハザード、これを題材にしてもらえると、自分のような古い世代の人間にとっては嬉しいものです。これこそ日本が世界に誇る古き善き美徳ですよ。それが年々失われていっている・・。昔は当たり前に近かった行為も今や職業ドライバーしか目にしない現状はあまりにも寂しいです。
    自分は仕事で若い新人ドライバーの同乗指導をするのですが、これを知らない人が多いのに驚かされます。悲しいかな、時代の流れを感じてしまいますね。こうやってweb上で発信していく事が再び世間に認知されるきっかけになれば、それは素晴らしい事ではないでしょうか。

    • roadbikenavi より:

      コメントありがとうございます。

      サンキューハザードって、年々失われて行ってるものだったんですか??
      実情まで走らなかったので驚きました。