専門家ですら間違う。

先日、池袋暴走事故の第一審が結審したニュースは報道でご覧になった方が多いと思います。
求刑は禁固7年。
ヤフコメだと、弁護士さんが求刑が軽いとか、裁判官は求刑以上の判決(7年以上)を出すこともできるとかコメントを寄せていました。

この事件、私自身かなり注目していたのでいろいろ調べていましたが、そもそも過失運転致死傷罪なので、法定刑の上限は7年。

(過失運転致死傷)
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

理論上は禁固より重い懲役の判決も出せますが、その可能性はほぼ無く、専門家であってもこういうコメントなんだぁなと。

専門家という立場

専門家だから間違いを犯さないなんてわけもなく、例えば裁判官ですら違法な判決を出している事例はいくつもあります。

・実刑にしなければならないのに、違法に執行猶予を付けてしまった事例

https://www.yomiuri.co.jp/national/20210624-OYT1T50015/

・法定刑を超える違法な判決を下してしまった事例

https://news.yahoo.co.jp/byline/maedatsunehiko/20210210-00221775/

日本の裁判は三審制ですが、実質は二審制です。
最高裁は、憲法違反などのケース以外では口頭弁論を開くこと自体がほとんどなく、棄却か不受理。

違法な判決に気が付いて、その場で修正するとかすればセーフ。
閉廷してしまうと、控訴する以外に判決を変えることが出来ません。
まあ最悪の場合、非常上告と言って確定判決を変更する訴えもありますが。

プロ中のプロでもこういう間違いはあります。
まあ、裁判官が多忙なのは統計データ(一人の裁判官がこなす事件数)を見れば明らかなのですが、その場で判決がおかしいことを指摘したなら、閉廷しないで何とかする方法もあったはず。

私自身昨年まで行政訴訟をしてました。
本人訴訟で弁護士も立てずにやりましたが、相談に行った弁護士先生の中には、正直なところ法律を理解してない人もいるのが現実。
専門分野じゃないと分からないという意味では、医者と似ている。
整形外科の先生に脳外科の話をしても、サッパリ分からないのと同じ。

けど専門分野だと標榜していて、事前にメールで相談していたにもかかわらず、残念なことに弁護士先生から逆質問喰らうケースもあった。

いろんな人
いろんな人
これってなんでそうなるんですか?

管理人
管理人
それは〇×法△条の規定によるものですよ。

当然、委任しようという気にはなりません。
私よりも知らないなら、任せる意味が無いので。

裁判官って司法試験を上位の成績で突破した超エリート。
でも間違いは普通にある。
ある意味では人間らしいとも言えますが、判決の当事者からするとたまったもんじゃない。

専門家と素人の境目

裁判官や検察官、弁護士などは司法試験を突破しないとなれませんし、医師も国家試験を突破しないとなれない。
そういう意味では試験の突破が専門家と名乗れる一つの目安にはなり得ますが、残念なことに弁護士でも違法なことして逮捕される人もいるし、懲戒処分を受けて廃業する人もいる。

逮捕とか懲戒処分ではなくても、意味不明な主張をする弁護士先生と呼ばれる人もいるのが実態。

なので私の場合、肩書はさほど重視しません。
肩書を持っていても法律を理解しているとは思えない主張をする弁護士先生もいますし、そもそも法律を理解していない弁護士先生もいるので。

肩書をありがたがる人とか、弁護士先生に任せたほうが安心と思う心理のほうがイマイチ理解しがたい。

もう8年くらい前の話だと思うのですが、仕事上である会社と契約しました。
ある制作を依頼したのですが、あろうことかその会社が、製作開始して半年くらい経ったときに、突如全額返金するからやっぱやーめたと言い出したことがありました。

バカなんじゃないか・・・
社員規模数百人の企業ですよ。
その分野では、世間的な評価はプロですよね。

こちらは全額返金されても多大な損害を負うのですが、相手方弁護士と合意書を交わす段階で、合意書の不備が多すぎて笑いました。
誤字脱字もそうだし、法律の専門家が書いたとは思えぬ酷さ。
なにせ、相手方に不利なことが平気で書いてありましたし。
専門家だからまともな仕事をしてくれるわけでもない。

ネットのニュースなどを見ていても思うのですが、専門家だからまともなことを語るわけでもないし、むしろ専門家ではない人のほうが知識があるケースすらある。
専門家だからとか、素人だからとか、肩書とかどうでもいい。
言っていることがまともなのか?という観点でしか見ないことにしています。

メディアでもそう。
マスメディアだからまともなことを主張するとも限らなくて、書いてある内容を読んでまともかどうかを見極める力が必要。
わかんないときは調べるのが基本。

電動キックボードの実証実験でも、実証実験であることを見逃しているがために、批判の方向が的外れなケースは多々ありました。
当初の実証実験では、時速20キロまでしか出ない特定レンタル業者のキックボードで、自転車レーンの走行が可能になるもの。
けどこれ、【実証実験】、【特定レンタル事業者のもの限定】、【時速20キロまでしか出ないもの】というキーワードを見逃して批判すると、トンデモ論しか出てこない。
その結果、それを見て信じてしまった人が当然のように存在して、おかしな方向に議論が進む。

発信者の持つ影響力というのは、PVの大小ではない。
小さなところからでも容易に火が付くのは歴史が証明していること。

一番厄介なのは、素人だからということを免罪符に使い、平気で間違いを流すような人。
素人だからいいんだとか、影響力が低いからいいんだとか、言い訳を覚える人ってロクなことが無い。
一番の被害者はそういう人の意見を鵜呑みにしてしまった人なんでしょうけど。

裁判の間違いって、ほとんどが一審で起こります。
なので二審で救済されるのでまだいいとは言え、裁判官であっても間違いは犯すし、それの救済として三審制があるとも言える。
一審だと事件にもよりますが、裁判官一人のケースも多い。
二審だと基本は合議制(3人)なのでまだ救いがある。

ちなみに私の事件は、一審から合議制でした。

間違いを積極的に肯定するのは違うと思いますが、人間である以上間違いは起きてしまう。
それに対し、訂正すれば本来は済む。
けど間違いが起こったときに、間違いを非難するばかりで何ら建設的な意見を出さない人も世の中いるわけで、単に非難したくて我慢できない病気なのかなと思うこともあります。
非難することは誰でもできるけど、単に非難ではなくて正しいことを伝えようとか、そういう意思を感じないものもありますし。

けどネット上の批判ってなかなか興味深いときがあって、そもそも原文をちゃんと読めていないことから間違った批判をしているケースとか、事実関係を理解していないことで的外れな批判しているケースとか結構多い。
法律解釈を盛大に間違っているものも多いですし。

そういう人に限って、【私は何冊本を読んでます】などとアピールしてみたり、【私はこういう事件を経験して調べています】とか語りだす。
誰もそんな経歴とか習慣は聞いていなくて、単に主張がまともなのか的外れなのか、それだけだと思うんですね。

何冊本を読もうと、理解出来ないなら身になっていませんし。
私の訴訟のときなんて、相手は超大物の弁護士でしたが、珍論の連発で裁判長も首をかしげていること多数。
裁判長から【次回までにA説とB説どちらなのか立場をハッキリさせてください】と指示されていたにもかかわらず、次回口頭弁論でも立場をはっきりさせないばかりか、【両方です!】と主張して裁判官も困惑してました。

意見が真っ当なのか的外れなのか。
単にそれだけ。

大手メディアが間違いを載せたときに、ネチネチ指摘する人っていますよね。
大手だから影響力が・・・と言いたいところなんですが、影響力というのは極めて曖昧で、ネット上の炎上事例とかでもそうですが、着火点自体はごく小さなところから始まるケースって多い。
令和納豆の訴訟問題とかも、ごく普通の個人アカウントから盛大に着火したわけで、影響力というのはPV数とか、フォロワー数とかの問題とは無関係であることが普通に理解できる。

なので大手だろうと個人だろうと、影響力なんて未知数。
他人の間違いをネチネチ批判するような人は、一般的な考え方であれば、自分が間違わないようにと努力するもの。
他人はダメで自分はOKなんてトンデモ論ですし。
逃げセリフにしかならないわけですね。

インターネット上で公開されている以上、その発信には責任が伴う。
大手だろうと個人だろうと、見ている人が一人でもいる以上、そこに差はない。
個人だから間違いがあっても許される程度の考えであれば、そういう人がインターネットの情報精度・情報確度を下げる主要因になるわけで、発信せずにオフラインで書いていればいいだけだと思うのですが。

一人でも見ている人がいる以上、その人に対して影響を及ぼす可能性は十分ある。
他人の読解力がどうなのかは不明なので、誤解するような文言であったり、間違いを流さないように細心の注意を払うことが責任感。
間違いを起こさないなんてことは不可能だけど、責任感から調べて書くのが当たり前。
それを放棄するとなると、巻き込まれてしまった人はかわいそうなんだよなぁ。

人間いろんなタイプがいて、調べることが苦手な人もいる。
たまたま間違った内容をみても、それを鵜呑みにするような人がいることはリアルな生活をしていればわかること。
詠み手が、書き手の主張の意味を誤解することもある。
そういう人に対しても、読み方が悪いと切り捨てていいのだろうか?
自分の書き方のせいで誤解させてしまったという感覚があれば、それを元に改善しようとする気持ちに繋がり、自己成長できるチャンスが生まれる。
読み方が悪いと切り捨てて言い訳に終始すれば、その後も言い訳生活が待っている。
間違いを間違いとして認めない方向にいけば、被害者が生まれるだけ。

おかしな言論を発表して他人を惑わすくらいなら、オフラインで自己完結してもらえば済むと思うんだよなぁ。
どうしても誰かに見てもらいたくてしょうがない、我慢できない場合は別ですが、そんな欲求を満たすために間違い情報に晒される人もかわいそうな。。

正解があるようでない世界

世の中には正解があるようでない世界というのもある、と考えます。
ロードバイクでいうなら、サイズ選び。

ショップの店員さんはお客さんから聞かれたら、いろいろ測ったりしながら適正と思わしきサイズを提案するわけです。
例えばサイズ52と54、どっちでも問題ないだろうと思わしき場合であっても、初心者のお客さんにはどちらかを提案することになる。

こういうのって、フィッティングシステムを使うところであれば統計学の集積だし、店員さんの経験や考え方に基づいて提案するところであれば経験がベース。

統計学は所詮統計学に過ぎないし、経験というのは経験に過ぎなくて、正解が出る作業ではない。
最適解に近いところが出るというだけ。

いろいろ計測してサイズ52を提案してお買い上げいただいたとして。
乗っているうちにポジションなんて変わっていくもんですが、そういうときにたまたま他店で見てもらって、

読者様
読者様
これはワンサイズ小さいよ。

こういう説明をされるケースって実はあります。
これ、考え方としては2つある。

①乗っているうちに体や乗り方が変化した
購入店と、見てもらった他店の考え方の違い

そもそも正解がある世界ではなく、最適解かな?と思わしきものを提案するだけ。
プロショップの店員でも、やや小さめのほうがいいと考える人もいれば、やや大きめのほうがいいと考える人もいる。

けどお客さんの立場からすれば、

いろんな人
いろんな人
購入店に騙された!!

このような感想すら持ちかねない。

サイズ選びについてですが、本当の正解が分かるのって買って数千キロとか乗ってからだと思うんですね。
だからショップでも、正解なんて出せないのでいろんな情報を元に最適解を提案しようとする。

これを理解してない人って多い気がする。

当サイトでもサイズ選びの相談は来ますが、基本的なスタンスとして、特殊な事情が無い限りは断言することも無いです。
このあたりは直接メールしたことがある方ならわかると思いますが、両方のメリットデメリットを挙げると同時に、

管理人
管理人
実際にあなたの姿を見た店員さんのほうが、私よりもまともな提案している可能性が高いですよ。
私は頂いた情報を元に想像しているだけ。
店員さんはあなたを直接見ている。
この差は埋めがたい。

迷う要素が無いケースとか、明らかに不自然なサイズ提案されているケースについては断言に近いセリフを使うこともありますが、情報と現物の差は埋めがたいと思うので。

こういうのも、ちゃんと読めないレベルの人には理解できないでしょうけどね。

けど根本として、店員さんも自己の経験もしくは統計学の集積で提案しているだけなので、それが最適解に近い可能性はあっても、正解かどうかは買ってしばらく経たないとわかりません。

普段から懇意にしている店員さんを信用して信頼してますが、提案される全てが正解だとは思っていなくて。
正解かどうかは自分にしかわからないものですから。
妄信するのではなく、一つの意見として聞くことが大切。

A店とB店で提案されたサイズが違うなんて話はよく聞きます。
どっちかが間違いでどっちかが正解なのかというと、そもそも正解・間違いの話だとは思わないです。
それぞれの経験を元に最適解と思わしきものを提案しているに過ぎない。

ここを理解してない人って、プロだとか素人だとか、どうでもいい肩書を重視することも多いなと。
両者の意見を聞いて、納得度が高いほうを受け入れればいい。
根拠も提示されないまま【サイズ54がベスト、俺が言うことに間違いない】と言われて納得するのは昭和の時代まで。

批判するときとかもそうですが、根拠も示さずに批判したら、どんどん信用を落とすだけなのと一緒かもしれません。
間違っている、間違っていると語るのは誰でもできること。
根拠を示して間違いを指摘できない人って本当にかわいそう。
その割に、自分のバックグラウンドを大きく見せようとすることには必死だったりしますし。

ホンモノとニセモノ

SNSの時代なのでSNS上でトラブルになるケースもよく耳にしますが、時々ツイッターであるケースで、エア訴訟問題とエア弁護士問題があります。
エア訴訟問題は、訴訟していないのに勝訴したことにして、牽制効果を狙うらしい。
エア弁護士問題は、弁護士に相談していないのに相談したことにしてみたり、弁護士から断られたにもかかわらず事件が遂行していることにしてみたり。
これもある種の牽制効果を狙うらしい。

ただこういうのも、普通にバレます。
そもそも、弁護士がやらないサービスをしてもらったことにしているとか、学説上も判例上も99%以上成立しない不法行為なのに弁護士が慰謝料取れるかのように言っているとか。

法律とか契約論とか理解しないままエア弁護士を登場させたりするので、どこかでボロが出ているんですね。

肩書がある人を登場させると、一種の牽制効果が生まれると考えがちなんでしょうけど、私としては肩書とかどうでもよくて、内容がまともなのかどうかで判断してます。
見た瞬間にニヤニヤしちゃうケースも正直あって、あー、そういう人なんだと理解するだけ。

警察に相談しているとか、弁護士が動いているとか、それ自体はどうでもいい。
誰だって警察には無料で相談できるけど、違法行為が無いなら警察も動くことはない。
もし違法行為ではないのに警察が動いているなら、虚偽告訴が成立するだけ。
弁護士だって依頼者からの相談に必ず動くわけではなくて、実態としてはそれで訴訟を起こしても無意味だからと断るケースって多い。

相談するのは自由だし権利でもあるので、それはどうぞご自由にと思っていればよい。

言論の自由をはき違えている人って多いんだよなぁ。