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自転車を追い越すときのクラクションの使用、判例の見直しと加筆をしました。

以前、車が自転車を追い越す際に、クラクションを使うことが違反に当たるのかという判例をいくつか挙げているのですが、

先日書いた記事で紹介した判例。 自動車運転者が自転車を追い越す場合には、自動車運転者は、まず、先行する自転車の右側を通過しうる十分の余裕が...

判例の見直しと加筆をしておきました。

昭和30年代の判例

正直なところ警音器の使用が違反なのかについて争った判例ってあんまりなくて、昭和30年代の判例であれば見つかります。
それ以降だと、民事での判例か、業務上過失致死罪の成立として警音器を鳴らさなかったことが過失になるのか?を検討している判例はあるくらい。

昭和30年代の判例って、警音器についてはあまり役に立たないかなと思っているのですが、昭和39年道交法改正以前は、車両の優先順位の規定がありました。

(通行の優先順位)第十八条 車両相互の間の通行の 優先順位は、次の順序による。
一 自動車(自動二輪車及び軽 自動車を除く。)及びトロリーバス
二 自動二輪車及び軽自動車
三 原動機付自転車
四 軽車両

そして追いつかれた車両の義務も、この順位に従うことになっていた。

(進路を譲る義務)第二十七条 車両(道路運送法第 三条第二項第一号に掲げる一般乗合旅客自動車運送事業又は同条第三項第一号に掲げる特定旅客自動車運送事業の用に供する自動車(以下「乗合自動車」という。)及びトロリー バスを除く。)は、車両通行区分帯の設けられた道路を通行する場合を除き、第十八条に規定する通行の優先順位(以下「優先順位」という。)が先である車両に追いつかれ、か つ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合においては、道路の左側に寄つてこれに進路を譲らなければならない。優先順位が同じであるか 又は後である車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合において、その追いついた車両の速度よりもおそい速度で引 き続き進行しようとするときも、同様とする。

この時代も、警音器の使用制限についての規定は、現行とほぼ変わらないのですが、

(警音器の使用等)第五十四条
2 車両等の運転者は、法令の規 定により警音器を鳴らさなければならないこととされている場合を除き、警音器を鳴らしてはならない。ただし、危険を防止するためやむを得ないときは、この限りでない。

なにせ古い判例って、こういうのが多い。

自動車運転者が自転車を追い越す場合には、自動車運転者は、まず、先行する自転車の右側を通過しうる十分の余裕があるかどうかを確かめるとともに、あらかじめ警笛を吹鳴するなどして、その自転車乗りに警告を与え、道路の左側に退避させ、十分な間隔を保った上、追い越すべき注意義務がある。

昭和40年3月26日 福岡地裁飯塚支部

これ民事での判例ですが、追越しのための余裕があるか確認したら、クラクションで警告しろとなっている。
ただこの判例、調べてみたら事故発生が昭和36年。
たぶんこの時代って、当時の18条(優先順位)の規定があるため、その影響でこういう判示になっているのではないかと思われます。
ただし平成二なってからの判例でも、若干似ている表現は見つかるのでややこしい。

有力な判例というと

刑事事件(業務上過失致死罪)での判例ですが、信用性が高い判例というとこれになるかと。

同条2項但書の「危険を防止するためにやむを得ないとき」というのは単に安全確保という消極的な理由にすぎない場合ではなくて、危険が現実、具体的に認められるような状況下でその危険を防止するためやむを得ないときというほどの意味であるが、本件におけるように単に交差点付近で先行自転車に接近しこれを追い抜く場合に、状況の如何を問わずに常に必ず警音器を吹鳴すべき義務ありとは右方の趣旨からみて到底考えられないのであり、さらに具体的諸事情を考慮し、そのような状況のもとで危険が具体的に認められる場合にのみ警音器吹鳴義務があるものと考えるべき

いわき簡裁 昭和42年1月12日(刑事)

被告人は、所論のいう被害者の自転車が急に右方に曲つた地点までこれに近接するより以前に、これと約62メートルの距離をおいた時点において、すでに自転車に乗つた被害者を発見し、しかもその自転車が約50センチメートル幅で左右に動揺しながら走行する自転車を追尾する自動車運転者として、減速その他何らかの措置もとることなく進行を続けるときは、やがて同自転車に近接し、これを追い抜くまでの間に相手方がどのような不測の操作をとるかも知れず、そのために自車との衝突事故を招く結果も起こりうることは当然予見されるところであるから、予見可能性の存在は疑うべくもなく、また、右のような相手方における自転車の操法が不相当なものであり、時に交通法規に違反する場面を現出したとしても、すでに外形にあらわれているその現象を被告人において確認した以上は、その確認した現象を前提として、その後に発生すべき事態としての事故の結果を予見すべき義務ももとより存在したものといわなければならない。所論信頼の原則なるものは、相手方の法規違反の状態が発現するより以前の段階において、その違法状態の発現まで事前に予見すべき義務があるかどうかにかかわる問題であつて、本件のごとく、被害者の自転車による走行状態が違法なものであつたかどうかは暫くおくとして、その不安定で道路の交通に危険を生じ易い状態は、所論のいう地点まで近接するより前にすでに実現していて、しかもこれが被告人の認識するところとなつていたのであるから、それ以後の段階においては、もはや信頼の原則を論ずることによつて被告人の責任を否定する余地は全く存しないものというほかない。そして、被告人は、右のように、被害者の自転車を最初に発見し、その不安定な走行の状態を認識したさいには、これとの間に十分事故を回避するための措置をとりうるだけの距離的余裕を残していたのであるから、原判決判示にかかる減速、相手方の動静注視、警音器吹鳴等の措置をとることにより結果の回避が可能であつたことも明白であり、所論警音器吹鳴の点も、法規はむしろ本件のような場合にこそその効用を認めて許容している趣旨と解される。

東京高裁 昭和55年6月12日

自転車を追い越すときに、常にクラクションを使ってもいいと考えるのは当然アウト。
先行自転車がふらついているとか、法規に反する走行をしている際に鳴らして警告を与える行動については違反ではないと解釈していいのかと。

クラクションって捉え方によっては感じが悪いので、もちろん多用することは認められていませんが、判例の範囲を超えて使っちゃダメみたいな感じに捉えている人もいるので、それも違うかなと。
自転車で言うなら歩道上で歩行者に向けて使うのはアウトです。

結構難しい件としては、民事ですが先行する歩行者の動静がおかしいと感じてクラクションを鳴らしたものの、特に反応が無かったのでセンターラインあたりまで進出してパスしようとしたところ、歩行者が突如横断開始して事故になった事例もあります。
これは歩行者(ランナー)が音楽を聴いていたことと、突如センターライン付近まで横断開始したことが原因の事故なので、歩行者に過失割合を40%も付けている珍しい判例です。

クラクションで警告を何度かしている点で、車は過失割合を下げています。

むやみやたらに使うものではないです

古い判例ってまあまあ恐ろしいこと書いているのもあって、自転車を左端に退避させないと円滑な交通が達成できないみたいになっているものもあります。
昭和39年以前の判例です。

どこぞの人のように、わざと後続車をブロックするような走行をしているのであれば、警告として使うことは違法性があるとは言えませんが、ああいうのも何か勘違いしていると間違う。

先日も書いた件です。 片側2車線道路で、左第1車線のど真ん中付近を走行しているのですが...

車両通行帯と見分けがつかないという言い訳をしても、法律上は車両通行帯ではない以上、自転車の通行位置が18条1項に違反し、後続車としてはわざとブロックされていると感じるのは当然のこと。
それに対してクラクションを使ったとしても、違法性があるとまでは言えない。
けど分かってない人だと、クラクションで威嚇されたと思って激怒したりするわけですが、こういうのも法律上の規定がどうなっているのか、判例でどのように判断されているのかまで確認しておいたほうがいいかなと思います。
古い判例、特に昭和39年以前に起こった事件については、正直あまりあてにならない判例と判断していますが、昔って車がビービー鳴らしまくっていたような記憶もある。
今もビービー鳴らしまくる車はいますけどね。

この動画の人なんて、クラクション鳴らされることを「応援」と自ら書いているくらいなので、この人にクラクションを浴びせても妨害運転罪にはならないのでしょうけど、こういう人は滅多にいません。
超プラス思考なんですかね。
本人が喜んでいるくらいなので、当然ですが違法性は阻却されるでしょうから。
仮に車の運転者が警音器の不正使用で摘発されても、応援と書いているくらいなので当然弁護するんでしょうね。