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歩行者の「直前横断」の定義。

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道路交通法では、以下の条件以外で歩行者が横断することを禁止していません。

・横断歩道が付近にあるとき
・「横断禁止」の標識がない道路
・車両の直前直後(横断歩道を除く)
・斜め横断
(横断の方法)
第十二条 歩行者は、道路を横断しようとするときは、横断歩道がある場所の附近においては、その横断歩道によつて道路を横断しなければならない。
2 歩行者は、交差点において道路標識等により斜めに道路を横断することができることとされている場合を除き、斜めに道路を横断してはならない。
(横断の禁止の場所)
第十三条 歩行者は、車両等の直前又は直後で道路を横断してはならない。ただし、横断歩道によつて道路を横断するとき、又は信号機の表示する信号若しくは警察官等の手信号等に従つて道路を横断するときは、この限りでない。
2 歩行者は、道路標識等によりその横断が禁止されている道路の部分においては、道路を横断してはならない。

なお、これらの規定には罰則はありません。
警察官の指示に従わない場合のみ罰則(15条)。

 

警察庁の「交通規制基準」によると、横断禁止の標識は以下のように設置することになっています。

1 歩行者横断禁止区間の始まり及び終わりの地点における両側の路端に始点標識及び終点標識をそれぞれ設置するものとする。
2 道路に防護柵等が設置されている区間は、その開口部等必要な箇所に、防護柵等が設置されていない区間は、おおむね100メートルの間隔をおいて両側の路端に、区間内標識を設置するものとする(図例(1)参照)。
3 中央分離帯に設置する場合は、おおむね50メートルの間隔をおいて設置するものとする

さて問題になるのは直前横断とはどのくらいの範囲なのかが明確とは言えないこと。
これについて、判例を含め検討します。

直前横断

直前直後横断ですが、車両の状態は走行中、停止中を問わないことになっています。
停止している車両の直前直後は、運転者と歩行者双方の死角になってしまうことから一律禁止。

 

・停止車両の直前

・停止車両の直後

では、走行中の車両の直前とは、どのくらいの範囲なのか?
これについて執務資料道路交通法解説(東京法令出版)では以下のように説明しています。

通常走行中の自動車の直前又は直後というのは、その自動車の制動距離(空走時間を含む)付近以内の距離をいうと解される。

 

執務資料道路交通法解説


※違う記事で使った画像なので「飛び出し」と書いてますが、あまり気にしないよう。

 

要は歩行者が横断開始した瞬間にドライバーが察知。
ブレーキペダルを踏むために必要な反応時間(空走距離)と制動距離の和よりも短い距離で横断開始することを「直前横断」としています。

 

空走時間や制動距離を算出する摩擦係数については、判例をみてもマチマチです。
仮に横断歩行者と衝突してしまった場合には、ドライバーは過失運転致死傷に問われることになります。
13条には罰則規定がないため、歩行者が罪に問われることは原則ありません。
そのため、直前横断か否かの判例は民事しか見当たらない。

直前横断の判例

直前横断とはどのような状況なのかを説明している判例はさほど多くはありません。
執務資料の説明にしても、仮に車が制限速度オーバーだった場合には現に走行している速度ベースで停止距離を算出して直前横断か否か?を問うのか、あくまでも制限速度ベースで考えるのか?

 

このあたりを判示している判例があります。

直前横断について検討するに、原告は、被告車両が時速約45キロメートルで走行中、被告車両の停止距離約20.77mよりもかなり短い約15m手前で飛び出して横断を試みたものであって、客観的に危険発生のおそれが高いといえるから、道路交通法13条1項で禁じられている「車両等の直前」で横断したということができる。
原告は、被告が制限速度を遵守した上、前方を注視していれば、衝突前に被告車両を停止させることが十分可能であったとして、原告の直前横断を否定するが、制限速度違反や前方注視義務の不遵守は、被告側の過失として考慮されるべき事柄であり、原告の過失として考慮すべき直前横断の問題と区別して考えなければならないものであるから、原告の主張は理由がない。

 

松山地裁 平成17年6月16日

民事の過失割合の考慮では、直前横断とは現に走行している速度ベースで決まるもので、制限速度オーバーは車の過失として別に考えるべき問題としている。
ちなみに判例で検討された空走時間や摩擦係数は「証拠略」とあり不明です。

 

他の判例です。

歩行者は、車両等の直前で道路を横断してはならないところ(道路交通法13条1項)、同規定にいう「直前」とは、当該車両等の速度との関連において客観的に危険を生ずるおそれがあると認められる範囲をいうものと解するのが相当である。そして、(中略)を総合すると、原告は、進路左右からの接近車両の有無、動静を確認すべき注意義務を怠り、しかも、本件車両との衝突の危険を生ずるおそれがある範囲内で本件道路を横断したものであると認められ

 

金沢地裁 平成30年5月9日

13条には罰則がないため刑事事件の判例はありませんが、民事の判例でみる限り「直前横断」とは、車両が現に走行している速度における停止距離より短い範囲内で横断開始したことと言えるかと。
制限速度40キロ道路で時速50キロで通行する車両の「直前横断」は、時速50キロをベースに考えるしかない。
速度超過の違反については、直前横断とは別に運転者の過失になる。

 

なお、摩擦係数は乾燥路面と雨天時は異なりますので、理論的には雨天時のほうがさらに距離は長くなります。
また、13条が直前直後横断を禁止している以上、歩行者にも左右の注視義務が課されていると解釈されます。

 

目安として、空走時間1.0秒、摩擦係数0.7で計算した停止距離を挙げておきます。

空走距離 制動距離 停止距離
20キロ 5.56m 2.25m 7.81m
30キロ 8.33m 5.06m 13.39m
40キロ 11.11m 9m 20.11m
50キロ 13.89m 14.06m 27.95m
60キロ 16.67m 20.25m 36.92m

 

なお、歩行者が車の速度や距離を正確に知る手段はありません。
そのため経験的、感覚的な判断をせざるを得ないですが、裁判上では厳格に事実認定された距離や速度で判断されます。

 

夜間であれば、横断開始した地点の明るさ(街灯の有無)も関係しますが直前横断とは別枠です。

 

なお、直前横断と評価されたとしても、ドライバーの過失がゼロになることは基本的にありません。
ドライバーの過失がゼロになるには、自賠法3条但し書きにより、自らが無過失である立証をしなければなりません。

(自動車損害賠償責任)
第三条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない

弱者保護の観点から、車の運転者は無過失の立証がない限りは賠償責任を負うルールです。

ドライバーの刑罰

車と歩行者が衝突した場合には歩行者が死亡ないし怪我をするわけなので、ドライバーは過失運転致死傷の容疑に問われます。
この場合、ドライバーが注意義務を果たしたかが争点になりますが、大雑把に言えば「制限速度内で通行していた場合に、瞬時に急制動かけて停止できたかどうか?」が問われます。

 

本来ならすぐにブレーキを踏んでいれば事故にならなかったのに、ブレーキの反応が遅れてしまえば「前方不注視や漠然走行の過失」により有罪になる。

 

まずは業務上過失致死容疑の判例(今だと過失運転致死)。

イ(ア) 関係各証拠によれば,本件事故当時,被告人車両は,時速約55キロメートル(秒速約15.28メートル)であり,本件道路における摩擦係数は0.87前後であったと認められる。
(イ) そして,空走距離についてみてみるに,知覚反応時間は,一般に0.7秒程度から1.0秒程度と考えられており,被告人に最大限有利に考えたとしても,知覚反応時間を1.1秒とすれば十分であるから,その場合の空走距離(被告人車両の空走距離の最大値)は,約16.806メートル(55000/3600×1.1=16.806) …………①である。
そして,制動距離については,摩擦係数が0.87前後であるから,誤差をも考慮して,これも被告人に有利に0.86として計算すれば,約13.847メートル((55000/3600)2÷(2×9.8×0.86)=13.847) ………………………………………②
であるから,結局,停止距離は,長くても約30.65メートル(①+②) …………………………………③とみるのが合理的である。

(中略)

ウ そうすると,被告人車両の停止距離は被告人に最も有利に考えても約30.65メートル(前記(イ)の③)であると認められ,また,被告人車両と被害者の速度から考えて,被告人車両が衝突地点の30.65メートル北方(手前)の地点を進行していたときには,被害者は上記地点の範囲内で佇立あるいは歩行していたとみるのが相当であるところ,先に検討したように,被告人は,本件事故現場近くにあるバス停留所の街灯が消灯していたとしても,本件事故当時,衝突地点の30.65メートル北方(手前)の地点に至るまでには,上記地点のいずれかの地点あるいはその範囲内の地点において佇立又は歩行していた被害者をはっきりと発見できただけでなく,衝突地点から37.72メートル北方(手前)の地点においてすでに,被害者が上記地点のいずれかの地点あるいはその範囲内の地点に佇立していた場合には,それを発見することができたと認められるのであるから,それらの時点で直ちに急制動の措置を講じていれば,被害者に衝突することを避け,本件事故の結果発生を回避することができたことが明らかである。

 

神戸地裁  平成14年3月25日

同じく業過の判例です。

しかしながら,空走時間は,一般には,普通人で0.6ないし0.8秒,運動神経の鈍い人や酒,薬の影響下にある人で1.0秒以上とされていることから,単に73歳という高齢を理由に2秒という時間を設定するのは明らかに不当であり,また,摩擦係数を0.5としているのも,一般の例に比較して妥当性を欠くといえるのであって,所論のいう被害車両の停止距離は,合理的な根拠を欠くものといわざるを得ない。
そこで,改めて,相当と考えられる数値として空走時間1.2秒,摩擦係数0.6を前提にした場合,被害車両の停止距離は,時速40キロメートルのとき約23.82メートル,時速30キロメートルのとき約15.89メートルと計算でき,上記衝突地点までの距離を考えると,被害者が被告人車両が発進したのを発見して直ちに急制動を掛けておれば,衝突を回避できたか,あるいは十分減速されていて,衝突しても死亡するに至らなかった可能性があることが否定できないのである。そうすると,本件衝突の発生あるいは少なくとも死亡という結果の発生については,被害者側の行動も寄与している可能性があることを否定できないといわねばならない。

 

仙台高裁 平成15年12月2日

反応速度や摩擦係数は状況により違うのですが、概ね空走時間1.0秒、摩擦係数は0.7程度になっている印象です。

 

なお、無罪になることと、民事の賠償責任が無過失になることは別問題です。

ちょっと思うこと

ちょっと前に横断歩道ではない場所を横断して死亡事故が起きていますが、ああいう報道に対して、勝手な妄想を加えて批評するの、そろそろやめません?

 

報道をみる限り、事故詳細は何ら報道されておらず、事故当事者双方にどのような違反があったのかなんて全て妄想の領域です。

 

報道から自分自身への注意にするならわかるけどさ、事故態様の詳細も不明な中、どっちが悪いとか言える段階なんですかね。
なお、逮捕というのは刑罰ではなく証拠保全等のための身体拘束に過ぎず、有罪無罪とは何ら関係ありません。

 

逮捕=終了みたいな謎イメージはありますが、実際には加害者の精神的動揺から命を絶つリスクもあるため、表向きは「証拠隠滅のおそれ」ということで現行犯逮捕することはあります。

 

で。
このような事故は夜間によりリスクがあるわけですが、本来、運転者は視認可能な範囲内の安全を確保する義務があるわけで、ロービームだと40m先までしか照らせないわけですよ。
その範囲で歩行者が横断開始したとしても事故を回避できる速度で通行するもの。

ちなみにこの判例ですが、

 

横断歩行者に過失100%をつけた珍しい判例。
横断歩道がなく、かつ横断禁止ではない道路の場合、民事上では車にもかなりの過失がつきます。 目安は歩行者:車=20:80。 ところが、横断歩行者に過失100%とした珍しい判例もあります。 横断歩行者に過失100% ※画像と事故現場は関係ありま...

 

横断歩道以外を横断して起きた事故ですが、かなり特殊な判例です。
中央分離帯を越えて歩行者が横断した事故ですが、中央分離帯にある樹木と被害者の身長が同じくらいで、かつ中央分離帯付近が暗く、反対側にあるガソリンスタンドの照明による逆光により、中央分離帯に横断待ちしている歩行者がいることを見逃したとしても、注意義務違反ではないとしている。

 

普通なら、歩道にいる歩行者が車道に向いてキョロキョロしていたら、横断開始するリスクに備えて減速して様子をみることになりますが、その注意義務を視認不可能として否定。

 

ちょっと特殊な判例です。

 

ロードバイクの場合、制動力は4輪車よりも落ちるし、ライトの照射範囲もたかが知れてるので、夜間に自転車に乗るときはなおさら注意。

 

報道って基本的には事故態様の詳細は出しません。
警察がプレスリリースした内容のみ、事実のみを報道します。
自分自身への注意義務の確認ならともかく、勝手な妄想を加えて批評することに何の意味があるのやら。

 

あと、赤信号無視して横断歩道を横断した歩行者が、重過失致死容疑で書類送検された事例もあります。

 

事故で「交通弱者」の歩行者が書類送検 異例の判断が下された理由(前田恒彦) - エキスパート - Yahoo!ニュース
横断歩道を歩いて横断中、直進してきたバイクと衝突し、首の骨を折る重傷を負った41歳の男性が、逆に書類送検された。なぜか――。目撃者あり 事故は2019年1月16日深夜、静岡市内の交差点で発生した。歩

 

理由は歩行者の赤信号無視により、オートバイの運転者が死亡したから。
歩行者の違法行為に対して二輪車の場合、車両側が死亡するリスクがあるわけですが、直前横断で同様の事例があるのかはわかりません。

 

ちなみに裁判ベースではなく示談ベースの話になりますが、歩行者が直前横断したことに対して自転車が衝突回避のために転倒した非接触事故について、歩行者が全ての損害を賠償した話は知っています。
理屈の上では、歩行者が加害者になってしまうので。

 

あとちょっと話が変わりますが、私の職場の前は片側三車線で中央分離帯があり、「横断禁止」の標識があります(一部は四車線)。
歩道橋があり、南に50m、北に50mも行けば横断歩道もある。
けど、横断歩道も歩道橋も使わずに横断する人がかなりいます。
個人的な感覚としては、あそこを横断する人の気持ちはさっぱりわかりません。
不法横断者だから轢いていいわけではないにしろ、ちょっと理解に苦しむ。

 

以上、直前横断とはどのような範囲なのかでした。
なお、道路交通法解釈で定評があるのはこちら。
全部を鵜呑みにするにはやや怪しい記述もあるし、判例もビミョーなものが載っていることはあるけど。





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