こちらの続き。
38条2項について説示した名古屋高裁判決のこのフレーズは名古屋高裁が言い出しっぺではなく、宮崎清文氏(警察庁)の解説書(条解道路交通法)の可能性が高いと書きましたが、
同法38条2項にいう「横断歩道の直前で停止している車両等」とは、その停止している原因、理由を問わず、ともかく横断歩道の直前で停止している一切の車両を意味するものと解すべき
若干腑に落ちない点があり、読者様が調べてくれました。
要はこれ、条解道路交通法ではなく同じ宮崎氏が書いた注解道路交通法に書いてあるのだと。
この場合の『停止している車両等』については,もちろんその停止していることの原因,理由を問わないから,およそ横断歩道の直前で停止している車両等は,すべて含まれることになる。しかし,横断歩道の手前の側端から前に5メートル以内の部分は,第44条の規定により停車が禁止されているから,実際には,その大部分は,第1項の規定により一時停止している車両等となろう。
宮崎清文、注解道路交通法、立花書房、昭和43年8月25日、p183
昭和49年の名古屋高裁判決以前に、言い出しっぺは宮崎氏。
これで最新道路交通法事典(東京地検交通部)の記述とも整合性が取れる。
「停止している車両等」とは
停止していることの原因、理由を問わないから、およそ横断歩道の直前で停止している車両等は、すべて含まれる<宮崎183ページ>
東京地方検察庁交通部研究会、「最新道路交通法事典」、東京法令出版、昭和49年7月30日(第5版)
注解道路交通法の1981年版(昭和56年)に同様の記述があることは知ってましたが、国会図書館にない注解道路交通法の改訂版(昭和43年版)に記載された内容を名古屋高裁がそのまま引用しただけだと。
で。
名古屋高裁が言い出しっぺではなく宮崎清文氏が言い出しっぺだと何か意味があるのか?になりますが、要はここ。
この場合の『停止している車両等』については、もちろんその停止していることの原因又は理由を問わないから、およそ横断歩道の直前で停止している車両等は、すべて含まれることになる。しかし、横断歩道の手前の側端から前に5メートル以内の部分は、第44条の規定により停車が禁止されているから、実際には、その大部分は、第1項の規定により一時停止している車両等となろう。
宮崎清文、注解道路交通法、立花書房、昭和56年9月1日、p186
「B」に停止してしまう車両はわりと普通にみかけますが、横断歩道を過ぎたのだから38条1項により停止しているはずがない。
単なる渋滞停止ですよね。
なので宮崎氏も、対向車を含む解釈をしていないと受け取れるし、名古屋高裁判決以降の昭和56年でも結局は2項新設した際の立法経緯や趣旨のままなんだとわかるわけ。
しかしながら、横断歩道において事故にあう歩行者は、跡を絶たず、これらの交通事故の中には、車両が横断歩道附近で停止中または進行中の前車の側方を通過してその前方に出たため、前車の陰になっていた歩行者の発見が遅れて起こしたものが少なからず見受けられた。今回の改正は、このような交通事故を防止し、横断歩道における歩行者の保護を一そう徹底しようとしたものである。
まず、第38条第2項は、「車両等は、交通整理の行なわれていない横断歩道の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、当該横断歩道の直前で一時停止しなければならない」こととしている。
もともと横断歩道の手前の側端から前に5m以内の部分においては、法令の規定もしくは警察官の命令により、または危険を防止するために一時停止する場合のほかは停止および駐車が禁止されている(第44条第3号)のであるから、交通整理の行われていない横断歩道の直前で車両等が停止しているのは、通常の場合は、第38条第1項の規定により歩行者の通行を妨げないようにするため一時停止しているものと考えてしかるべきである。したがって、このような場合には、後方から来る車両等は、たとえ歩行者が見えなくとも注意して進行するのが当然であると考えられるにかかわらず、現実には、歩行者を横断させるため横断歩道の直前で停止している車両等の側方を通過してその前方に出たため、その歩行者に衝突するという交通事故を起こす車両が少なくなかったのである。
そこで、今回の改正では、第38条第2項の規定を設けて、交通整理の行われていない横断歩道の直前で停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとする車両等は、横断歩道を通行し、または通行しようとしている歩行者の存在を認識していない場合であっても、必ずその横断歩道の直前で一時停止しなければならないこととし、歩行者の有無を確認させることにしたのである。車両等が最初から歩行者の存在を認識している場合には、今回の改正によるこの規定をまつまでもなく、第38条第1項の規定により一時停止しなければならないことになる。
「一時停止」するというのは、文字通り一時・停止することであって、前車が停止している間停止しなければならないというのではない。この一時停止は、歩行者の有無を確認するためのものであるから、この一時停止した後は、第38条第1項の規定により歩行者の通行を妨げないようにしなければならないことになる。また、一時停止した結果、歩行者の通行を妨げるおそれがないときは、そのまま進行してよいことになる。警察学論集、「道路交通法の一部を改正する法律」、浅野信二郎(警察庁交通企画課)、立花書房、1967年12月
2項の立法経緯や趣旨は、横断歩道手前に停止車両がいれば横断歩行者優先中の可能性がきわめて高いのだから、空気読むまでもなくお前も止まれ。
空気読む人ばかりなら、本来は不要なルールと言える。
結局、名古屋高裁の説示は宮崎氏が昭和43年に語った内容と同じだし、名古屋高裁の説示は弁護人の「38条2項の停止に駐車を含まないだろ!」に対するアンサーとして道路左側にあった駐車車両も含むという意味でしか判示してないと読むのが自然だし、名古屋高裁判決以降も宮崎氏は「実際には、その大部分は、第1項の規定により一時停止している車両等となろう」という見解を変えていない。
何が言いたいかというと、当時の警察庁(宮崎氏)は対向車を含まない解釈をしていたことがわかるし、名古屋高裁判決にしても対向車云々なんて話は考慮せずに問題になった「道路左側にあった駐車車両」に対する説示しかしていない。
それらが容易に推認できるのに、名古屋高裁判決を持ち出して「対向車を含むという裁判所の見解」と主張するのは論理が飛躍している。
名古屋高裁判決は「対向車を含む」とした判例ではないし、「対向車を含まない」とした判例でもないし、シンプルに道路左側にあった駐車車両に対する判断しかしていないわけよ。
読者様の見解はこちら。
※最新道路交通法事典の初版の発行日に誤りがあったので勝手に訂正しました。
東京地方検察庁交通部編『最新道路交通法事典』(初版 昭和48年7月20日発行,5版 昭和49年7月30日発行)の216頁の1行目にいう「宮崎183ページ」について
宮崎清文『注解道路交通法』(昭和41年5月発行,立花書房)の「はしがき」(昭和41年4月付け)には,「この本は,旧著『条解道路交通法』の内容の大部分に手を加えるとともに,その型式をいわゆるコンメンタールに改めたものである。(改行)わたくしがこの本を書くことを思い立った理由は,二つある。(改行)ひとつは,最近の数次にわたる道路交通法の一部改正に即応して,旧著をその体裁を変えることなく改訂することが,事実上不可能に近くなったということである。(中略)昭和三九年の一部改正は,関係条文が六〇条余りに及ぶという大改正であり,そのような改正部分についての解説を加えるためには,旧著全体の体裁を変えざるを得なくなったことがこれである。」とあります。このはしがきと,国会図書館サーチでの宮崎清文『条解道路交通法』の検索結果からすると,宮崎清文『条解道路交通法』は改訂増補版(昭和38年11月20日発行)が最後であろうとみられます。
宮嵜清文『注解道路交通法』で昭和42年の道路交通法の一部改正の内容を反映しているのは,改訂版(昭和43年8月25日発行)からです(なお,国会図書館はこの改訂版を所蔵していないようです。)。同書の改訂版の183,184頁(第三八条注解7)には,「この場合の『停止している車両等』については,もちろんその停止していることの原因,理由を問わないから,およそ横断歩道の直前で停止している車両等は,すべて含まれることになる。しかし,横断歩道の手前の側転から前に五メートル以内の部分は,第四四条の規定により停車が禁止されているから,実際には,その大部分は,第一項の規定により一時停止している車両等となろう。」とあります(なお,この記述は,昭和46年の道路交通法の一部改正後である昭和56年9月に発行された同書の全訂新版の187頁(第三八条注解13)でも,「原因。理由」が「原因または理由」と変更されている点を除き,そのまま引き継がれています。)。
よって,東京地方検察庁交通部編『最新道路交通法事典』の216頁の1行目にいう「宮崎183ページ〉」は,宮崎清文『注解道路交通法』(改訂版)183頁を指していると考えられます。
なお,上記の引用文の後半部分(「しかし,横断歩道の手前の側転から前に五メートル以内の部分は,(中略)実際には,その大部分は,第一項の規定により一時停止している車両等となろう。」)が昭和46年法律第98号による道路交通法44条(停車及び駐車を禁止する場所)1項3号の改正(「手前」を「前後」に,「前に」を「それぞれ前後に」に改める。)後に出版された『注解道路交通法』の全訂新版でも引き継がれていることからは,宮崎清文氏(及び当時の法律実務家)が道路交通法38条2項にいう「横断歩道等の直前で停止している車両」に対向車線の車両を含めて考えていなかったことがうかがわれます。
結局この話って、当時の資料や判例など全て検討して矛盾がないか見ていく話でしかなくて、一つの判例を根拠にすると矛盾が解決できなくなる。
3項の解釈がワケわからんことになるし、旧44条3号の解釈とも合わないし、立法経緯や趣旨とも合わないし、長年対向車を含まない解釈を前提に起訴してきた歴史とも合わない。
急に沸いた38条2項の解釈問題について語る人のほとんどは、それらの整合性や矛盾を検討しているように見えないから…
そもそもですが、平成後期にこういう事故がありました。
加害車両は見通しが悪い横断歩道に対し、指定最高速度(40キロ)を越えた時速50キロで進行。
横断自転車と衝突した事故です。
本来であれば減速接近義務により最徐行する話なので、最徐行接近する車両ばかりなら2項の一時停止義務の範囲なんて話にはならなかったのではないか?とすら思う。
最徐行接近する車両ばかりなら、事故が起きる確率はほとんどない。
大阪高裁判決(リンク先参照)にしても、被告人は「一時停止(1項)しても結局死角で見えず事故を回避できなかった」と主張してますが、その意見は実はその通り。
裁判所は「一時停止してもまだ死角が残るなら最徐行して確認せよ」としてますが、横断歩行者がいまだ見えてないなら最徐行接近で十分かと。
なのでこの問題って、結局は減速接近義務の徹底に向かうべきと思って見てますが、とりあえず言いたいのは名古屋高裁判決は対向車云々なんて意味ではないし、名古屋高裁判決以降の宮崎氏の解説をみてもそうだろうと。
名古屋高裁判決が「対向車を含むとした判例」だと語る人って、そもそも調べ方が不十分なんじゃないかと思ってしまいますが、結局はたくさんの資料から整合性を確認し矛盾がないか見ていくしかないのよね。
一つの判例や資料から語ると、どこかおかしくなるのがオチ。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
ぶっちゃけ、一時停止に対向車線含む以前に、そもそも渡ろうとしている歩行者がいるのに停まらない車が多過ぎですね。2項云々以に最初の条文を守られてから議論すべきですよね。管理者さんの言う通り、まず減速接近ですよね。
最近、携帯のカメラを向けると停止してくれることが多いので、ドライバの方も理解は進んでいるのでは無いかと思いますが。
コメントありがとうございます。
わりとマジな話として、きちんと減速接近する車両ばかりなら2項の解釈がおかしくならなかったのではないかと。
なので本来あるべき議論とも外れているような。