事故を起こさないのが一番ですが、現実に事故が起きた場合には過失割合で揉めることがあります。
横断歩行者事故(横断歩道外)の場合、基本過失割合に修正要素を加えて決めることが多いですが、意外と知られてないのは修正要素の意味なんじゃないかと。
例えば「夜間修正」として歩行者に「+5%」するものがありますが、夜間修正がある理由を知らないと「夜間だから」適用すると誤解する。
ほとんどの判例ではそのあたりを詳しく解説してませんが、まれに詳しく解説しているものがあります。
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横断歩行者事故の実際
判例は松山地裁 平成17年6月16日。
事故の概要はこう。
被害者は小学生。
加害者(被告)は指定最高速度40キロの道路を時速45キロで進行中、左側歩道上に被害者(原告)を含む小学生三人がお菓子の袋を持って立っているのを視認。
視認したのは事故現場から36.5m手前。
被告はそのまま進行していたところ、左側から走って横断する被害者を発見。
被害者が横断開始した際の両者の距離は15m。
被害者が重症を負い、運転者を提訴したもの。
なお時間帯は夜間。
被害者の主張は「過失割合は5%を越えない」、加害者の主張は「被害者の過失は50%」。
5%と50%では示談交渉がまとまらないわけでして。
「横断歩道のない交差点又はその直近」に当たるか?
まず基本過失割合となるベースとして、事故現場が「横断歩道のない交差点又はその直近」に当たるか否かの争い。
裁判所は「横断歩道のない交差点又はその直近」と認定し、基本過失割合は20:80からスタートだとする。
(ア) 上記認定のとおり,本件道路は,本件事故現場の北側直近において,幅員約4.1メートルの道路(以下「本件交差道路」という。)と交差しているところ,本件事故現場が「横断歩道のない交差点又はその直近」に当たるか否かについて,当事者間に争いがある。
被告は,本件交差道路が非常に狭く,夜間には交差道路の存在すら認識困難であるとして,本件事故現場が交差点であることを否定し,本件事故現場の南方約37メートル及び北方約40メートルには横断歩道があることから,本件事故現場は「横断歩道の付近」にあたり,歩行者・運転者ともに,横断歩道での横断を当然に予定としていると主張する。
しかし,本件交差道路は,車両通行に支障のない幅員があること,本件道路脇の歩道が交差部分で途切れていて,カーブミラーも設置されているため,本件交差道路の存在は運転者に認識可能であること(上記認定のように,夜間においても,ガソリンスタンドの灯りなどによって,認識できると解される。)などの状況からすれば,本件事故現場は,T字路交差点に当たるというべきである。
また,本件道路は幅員7.8メートルの片側一車線道路に過ぎないことからすれば,南北に約37メートルないし約40メートルも離れた場所に横断歩道があるからといって,本件事故現場が「横断歩道の付近」であるということは困難である。
以上によれば,本件は「横断歩道のない交差点又はその直近における横断」事故であると認められ,その基本的な過失割合は,原告20パーセント,被告80パーセントとするのが相当である。他に,この基本的過失割合を不当とすべき事情は認められない。
被告の主張は交差点と認識できないことから交差点態様を適用すべきではないと主張してますが、裁判所は一蹴。
さらに片側一車線の道路であり、37m~40mに横断歩道があっても「横断歩道の付近」には当たらないと判断。
なお、強者対弱者の事故では、民事は「どっちが悪いか」ではなく被害者になる弱者の被害回復が強く働くため(優者危険負担の原則)、被害者有利に基本過失割合が設定されてます。
児童修正
一般的に児童は注意力が劣ることから「要保護」の観点から5~10%程度有利に修正する。
裁判所は児童修正として5%を認定。
① 児童修正
本件事故当時,原告が満10歳の児童であったことに照らすと,上記基本的過失割合のうち,5パーセントを原告の過失割合から減算するのが相当である。
加害者の重過失
次に加害者に重過失があるか?の検討。
② 被告の著しい過失
原告は,ⅰ本件事故日は,児童が精神的に高揚する秋祭りの日であり,被告にもお祭りの認識があったこと,ⅱ本件事故現場付近の歩道上では,児童の集団が車道方向を見ながら立っていたこと,ⅲ本件事故時の交通量が少なく,歩行者が本件道路を横断することが予見されたこと,ⅳ被告は,減速も徐行もせずに,原告ほかの児童の動静に格別の注意を払うことなく走行したこと,ⅴ同乗者の叫び声ではじめて横断中の原告に気づいたか,少なくとも同乗者よりも後に原告に気づいてブレーキをかけたこと,ⅵ被告が原告を発見したとき,原告は既に被告車両のフロントガラスの正面に近いところまで来ていたことをあげ,被告は高度の注意義務を怠ったから,著しい過失があるとして,被告の過失割合に10パーセントを加算すべきであると主張する。
しかし,ⅰないしⅲの事実に基づき,原告が本件道路を横断することを予見し得る状況が認められたとしても,かかる予見をすべき義務は,もともと被告の負う前方注視義務に包含され,基本的過失割合の中で既に評価されているのであるから,前記事情が認められるからといって,被告に対し,さらに高度の注意義務が課せられたものということはできない。
また,ⅳないしⅵについてみても,これらは被告の前方注視が不十分であったことを示す事実ではあるが,それ以上に,脇見運転,著しいハンドル・ブレーキ操作不適切などの悪質な態様の義務違反行為を示すものとはいい難い。
以上によれば,被告に原告主張の著しい過失があったとまでは認められない。
裁判所は被告の過失について、基本過失割合に内包された過失以上の重過失は認めず。
幹線道路修正
一般的に幹線道路を横断する際には、歩行者がより注意を払うべきと考えられるので、幹線道路の場合には被害者不利に修正する。
今回の事例では幹線道路修正を適用しないと認定。
③ 幹線道路修正
被告は,本件道路が幹線道路であることを理由に,基本的過失割合を修正すべきであると主張する。前記認定にかかる本件道路の幅員,本件事故当時の交通量,制限速度等に照らすと,そもそも本件道路が幹線道路であるか否か疑問があるが,仮に幹線道路であるとしても,それは,基本的過失割合を認定する上で当然考慮された事情というべきであるから,重ねて幹線道路修正をすることは相当でない。
夜間修正
夜間には被害者不利に修正するのが通常ですが、これの意味は、運転者はライトで照射された範囲しか見えないのに対し、歩行者はライトの存在を視認しやすいことから、歩行者側のほうが事故を回避しやすいからです。
とはいえこのような夜間修正の理由から考えれば、事故現場が十分明るいなら適用しないことになる。
④ 夜間修正
被告は,本件事故が夜間に発生したことを理由に基本的過失割合の修正を主張する。
本件事故は,10月6日午後7時30分ころ発生したものであって,夜間の事故であるということができる。しかし,一般に夜間修正が認められているのは,夜間においては,歩行者からは前照灯を点灯した車両が進行してくるのを容易に発見できるのに対し,車両からは歩行者の発見が必ずしも容易でないことを理由にするものであるから,夜間であっても,街路灯等の照明によって歩行者を発見することが容易である場合には,夜間修正はすべきでない。
これを本件についてみるに,前記認定事実によれば,本件事故現場は,近くにあるガソリンスタンドの灯りなどのために,やや明るい状態であり,走行車両の視界を妨げる格別の要因はなく,事故現場付近の見通しはよかったものである。現に,被告は,事故現場の約36.5メートル手前を走行中,事故現場付近の歩道上に,原告を含む児童らがお菓子の袋を持って立っているのを発見したのであるから,本件事故現場は歩行者の発見が容易であったということができる。そうとすれば,夜間修正を行うのは相当でない。
被告は事故現場の36.5m手前で歩道に立っている被害者含む小学生を視認していたのに、「夜間修正希望!」は辻褄が合わないわけですね…
直前横断修正
直前横断とは、車両の停止距離(空走距離+停止距離)の範囲内なのに横断を開始すること。
これの意味は、停止距離内で横断開始されたら車両側の努力では既に事故回避は不可能なので、被害者不利に修正する。
⑤ 原告の直前横断等
被告は,原告が斜め横断,車両直前横断したとして,基本的過失割合の修正を主張する。
斜め横断について検討するに,証拠(略)によれば,原告は,被告車両を認識しつつやや斜め左方向に横断を開始したことが認められるが,本件道路は幅員7.8メートルの片側一車線道路であって,しかも原告が横断を開始した直後に衝突していることから,直角に横断した場合と比較しても,横断距離には極めて僅少な差があるに過ぎない。また,原告が走って横断しようとした直後に衝突されていることから,横断時間の面でもほとんど違いはなかったといえる。そうすると,斜め横断による過失割合の修正は相当でないというべきである。
直前横断について検討するに,原告は,被告車両が時速約45キロメートルで走行中,被告車両の停止距離約20.77メートル(証拠略)よりかなり短い約15メートル手前で飛び出して横断を試みたものであって,客観的に危険発生のおそれが高いといえるから,道路交通法13条1項本文で禁じられている「車両等の直前」で横断したものということができる。
原告は,被告が制限速度を遵守した上,前方を注視していれば,衝突前に被告車両を停止させることが十分可能であったとして,原告の直前横断を否定するが,制限速度違反や前方注視義務の不遵守は,被告側の過失として考慮されるべき事項であり,原告の過失として考慮すべき直前横断の問題とは区別して考えなければならないものであるから,原告の主張は理由がない。
よって,原告が直前横断をしたことによる基本的過失割合の修正を認めるべきであり,10パーセントを原告の過失割合に加算すべきである。
斜め横断は、横断距離が長くなり事故リスクが上がることから禁止されている。
しかしこの事故においては、直角に横断した場合と差はほぼないので修正要素としていない。
直前横断については、加害車両の停止距離20.77m以内の15mで横断開始したので、直前横断と認定。
トータルでみると
まとめるとこうなる。
被害者 | 加害者 | |
基本過失割合 | 20 | 80 |
横断歩道の付近 | – | – |
児童修正 | -5 | +5 |
加害者の重過失 | – | – |
幹線道路修正 | – | – |
夜間修正 | – | – |
直前横断 | +10 | -10 |
計 | 25 | 75 |
直前横断無過失判例との差
歩行者横断事故については、直前横断を理由に「車両無過失」を認定した判例もいくつかある。



東京高裁 平成27年8月6日判決と新潟地裁長岡支部、平成29年12月27日判決は「車両無過失」、名古屋地裁 令和4年10月15日判決は「車両25%、歩行者75%」。
なぜ車両無過失になるかですが、例えば東京高裁の事例。
片側二車線の優先道路(徐行義務なし)を進行中、死角から歩行者が飛び出してきたもの。
つまり歩行者の存在を認識しようがない状況での直前横断なので、車両側の努力では回避可能性がない。
新潟地裁長岡支部判決もほぼ同じ理由で、中央分離帯には被害者と同じ背丈の樹木があり、しかも逆光だから中央分離帯上にいた被害者を人と認識できない。
今回取り上げた松山地裁判決は
歩行者の存在を認識可能な状態で、認識していたところから直前横断。
要は歩行者の存在を認識していた36.5m手前の時点で注意義務があり、漠然進行したところに「被害者が直前横断」なので東京高裁判決や長岡支部判決とは全く意味が違う。
その意味では東京高裁判決や長岡支部判決は非典型例とも言えますが、過失がなければ無過失になるのは当たり前だし、過失があれば過失がつくというだけなのよね。
なお、刑事や行政は違う視点から検討されます。
この事故の場合、刑事はどの時点での注意義務を認定するかはちょっとややこしい。
民事と刑事は別で、民事は被害者の救済を目的とするからこのような考えになりますが、民事責任上、この事故の「注意義務」の発生点はここなのよね。
直前横断開始した時点ではない。
刑事だと直前横断開始した時点からの回避可能性を問題にすることもあり得ますが、刑事責任と民事責任はそもそも違う。
けど、なんにせよ事故が起きたら何もいいことはないし、小学生の注意能力に期待するのはムリがあるのよね。
そして民事過失の修正要素の意味を理解しないと、夜間修正を「夜間だから」適用すると勘違いする。
なぜ夜間修正があるかを理解することが必要。


2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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