優先道路通行車と非優先道路通行車が衝突した場合、基本過失割合はこうなる。
優先道路通行車 | 非優先道路通行車 |
10 | 90 |
ところで、優先道路通行車が著しい高速度で直進してきた場合、どうなるのでしょうか?
優先道路通行車が著しい高速度で直進
判例は名古屋地裁 令和4年9月28日。
事故の態様はこう。
青車両(原告)は一時停止後、優先道路に向かい左折。
赤車両(被告)は優先道路(法定速度60キロ)を時速114キロで直進し衝突。
青車両の後部座席に座っていた同乗者が車外に投げ出され死亡した事故です。
なお青車両が第二車線に左折したのは、直後の交差点で右折するため。
問題になるのは過失割合ですが、原告と被告の主張は解釈が対立している。
優先道路に左折するにあたり十分確認してから左折したところに異常な高速度で追突されたような形だから、原告は無過失である。
優先道路と非優先道路の基本過失割合10:90をベースに、時速20キロ以上の速度超過修正「+20%」を適用すれば30:70なのだから、原告の過失は70%である。
「オレ無過失!」と「オマエ70%」で示談がまとまるわけもなく裁判に至ってますが、被告(優先道路通行車)を被告人とした刑事裁判では、原告(非優先道路通行車)に落ち度はないとなっている。
さて名古屋地裁が判断した過失割合がどうなのか。
原告(非優先道路) | 被告(優先道路) |
5 | 95 |
要は非優先道路から左折した原告は、十分確認してから左折したところに異常な高速度で突っ込まれた。
民事無過失までは認めなかったものの、優先道路を時速114キロで直進した被告に事故の原因があるとの判断。
ところで、判タでも赤い本でもこのような「異常な高速度」については解説がないはず。
基本過失割合に修正要素「20キロ以上の速度超過」を加味すると被告の主張通りになるわけで、なぜこうなるのでしょうか?
民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準として公にされている基本過失割合は、各事故において典型的な事案を想定したものであって、特異な事情がある個別の事案についても常に当てはまるというものではない。本件事故についてみると、被告車が法定最高速度を時速54キロメートルも上回る時速約114キロメートルという異常な高速度で走行していたという特異性があり、劣後道路からの左折進行車の運転者においてこのような高速度で直進車が走行していることを認識するのは容易なことではないし、他方、このような高速度で走行する車両の運転者は、周囲の交通の状況に応じた変化に対応し事故を回避することを自ら極めて困難にしているものといえる。そうすると、本件事故は、基本過失割合が当てはまる典型的な事案とはおおよそ言い難く
名古屋地裁 令和4年9月28日
この概念ってあまり知られていない気がするけど、異常な高速度の事案については基本過失割合が設定されていない。
個別の事案について判断することになる。
他の事案でも
これは以前も紹介したけど、右直事故で直進車が異常な高速度で直進してきた事案。
右折車と直進車の関係だと直進車が優先(37条)。
基本過失割合はこうなります。
直進車 | 右折車 | |
4輪同士 | 20 | 80 |
直進車がオートバイ | 15 | 85 |
・夜間、双方ともに信号無視はない
・原告はオートバイに乗り、時速120キロ以上で第二通行帯を直進(指定最高速度は50キロ)
・被告は4輪車で、対向車を2台やり過ごした後に時速10キロで右折開始
・原告車と被告車が衝突
一審、二審ともに「右折車は無過失」と認定している。
控訴人は、衝突時の控訴人車の速度は時速100キロメートル程度である旨の陳述及び供述をする。
しかしながら、○県警察が、控訴人車の走行状況を撮影した防犯カメラの記録等を解析して、本件事故直前の控訴人車の速度を時速122ないし179キロメートルと算出していること(上記撮影地点から、控訴人が急制動の措置を講ずるまでの間に、控訴人車が減速したことを認めるに足りる証拠はない。)、控訴人自身、警察が120キロメートル以上は出ていたというのであれば、間違いないと思う旨の陳述及び供述ををすることに照らすと、上記速度は120キロメートル以上と認めるのが相当である。
車両は交差点に入ろうとするときは、当該交差点の状況に応じ、反対方向から進行してきて右折する車両等に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならないところ(道路交通法36条4項)、控訴人は、夜間、最高速度の2.4倍以上の速度で控訴人車を進行させ、同車を、本件交差点を右折進行してきた被控訴人車の左側面後端に衝突させたのであって、控訴人に過失があるのは明らかである。
これに対し、被控訴人は、被控訴人車を本件交差点に進入させて一旦停止させ、対向車線を車両等が進行してきていないことを確認した上、時速10キロメートル程度の速度で被控訴人車を右折進行させたにすぎない。被控訴人に、夜間、最高速度の2.4倍以上の速度で本件交差点に進入してくる車両等を予見し、運転操作をすべき注意義務があったとするのは困難であるし、加えて、控訴人は、原判決別紙1の①地点から約75.9m手前で、被控訴人車が本件交差点を右折進行してくるのに気付いたというのであり、控訴人が時速50キロメートル程度の速度で走行していた場合、その停止距離(28m)や、被控訴人車の速度を考慮すると、本件事故の発生を回避し得た可能性が高いことに照らすと、本件事故は専ら控訴人の過失によるもので、被控訴人に過失はないというべきである。福岡高裁 令和5年3月16日
このような異常な高速度の事案では、基本過失割合を適用せず個別に判断されるのが一般的。
ほかにもこういう事案。
原告車は時速90キロ(指定最高速度50キロ)で直進し、被告車は一時停止して確認後に徐行して交差点に進入し右折しようとしたところ衝突。
浦和地裁 平成2年2月16日判決は、右折車無過失を認定している。
仙波町方向から南田島方向に通ずる川越市道を進行して本件交差点に差しかかり、本件交差点を狭山市方面に右折するため、別紙図面①地点に一時停止し、先ず右方を見たところ、約200m先に普通自動車を認めたのみで、左方には何も認めなかったので、時速約5キロメートルで前進し、別紙図面①と②の中間やや②寄りの地点で更に右方を確認したところ、右方には、第一通行帯約135m先に普通自動車の前照灯の明かりが、第二通行帯約148m先に自動二輪車の前照灯の明かりを認めたものの、相当距離があったので危険を感じなかったのに対し、左方には、約55m先に走行してくる普通自動車を認めたので、別紙図面②の地点で停止の措置をとり、別紙図面③の地点で左前部が中央分離帯の切れ目にかかる状態で停止し、左方からの前記車をやり過ごし、再び自車を発進させようとした矢先、時速約90キロメートルの高速度で走行してきた原告車が右側ドア付近に衝突したものであることが認められる。
原告は、右折車の進行状況について、右折進行するに当たり左右の安全を確認しないで突然右国道に進入したと主張するが、原告の右主張を採りえないことは前記認定のとおりである。
(中略)
原告は、指定速度を40キロメートルも超過する時速約90キロメートルの高速度で、しかも前方不注意のまま漫然と進行するという過失をおかしたため、本件事故を回避できなかったことは前記事実関係から明らかである。
ハ また、(証拠省略)を併せれば、被告は被告車の運行に関し、注意を怠っておらず、被告車には、何らの構造上の欠陥及び機能の障害はなかったことが認められる。
4 結論
そうすると、本件はまことに不幸な出来事であるが、被告には、自動車損害賠償保障法第3条ただし書の免責事由があることになる。
三 むすび
以上の次第で、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
浦和地裁 平成2年2月16日
ところで
異常な高速度で直進してきた事故というと大分の時速194キロ直進車事故が頭をよぎる。
刑事訴訟によると被害右折車に過失はないとしてますが、

具体的なところは不明ながら、おそらく右折車は十分な注意を払って右折開始したところに、想定外の異常な高速度で直進車が突っ込んだ形なのかと。
これを民事で考えると、右折車は無過失、仮に過失を認めたとしても5%程度だろうと想像される。
ところが、異常な高速度であっても直近に迫っていたなら話が変わる。
白バイ118キロ直進事故(刑事)にしても、右折車の過失が認められた理由はそこ。

劣後側が十分な注意を払って進行したにもかかわらず異常な高速度で突っ込まれた事案については、基本過失割合が適用されないことを知っておいたほうがいい。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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