道路交通法38条1項は横断歩道を横断する自転車も含むと主張し、その根拠として東京高裁平成22年5月25日(過失運転致死)判決を挙げてますが、
画像4の通り
判例、判示において、弁護士が「横断歩道を渡る自転車は保護されない(自転車横断帯を渡る自転車だけ保護される)」と主張したが控訴棄却されている https://t.co/hGoL8Z9PE2
20年6月1日道路交通法改正後の判例— iphone1988 (@iphone19881) March 24, 2025
この判例を読み間違える人に共通するのは、過失運転致死傷罪の成立要件を「道路交通法違反によって他人を死傷させたこと」だと勘違いしていること。
過失運転致死傷罪の成立には道路交通法違反は関係がない。
Contents
過失運転致死傷罪の成立要件
過失運転致死傷罪の成立要件はこれ。
道路交通法の義務が関係することもあるだろうけど、過失運転致死傷罪の成立要件に道路交通法は関係がない。
なので過失運転致死傷罪の裁判では、「予見可能性」と「回避可能性」の二点が検討される。
一例としては札幌地裁 令和6年8月29日や広島高裁 令和3年9月16日。
どちらも裁判所ホームページから閲覧できますが、予見可能性と回避可能性を検討して判断している。
さて、東京高裁判決について。
書いてある内容から推測するに、こんなイメージなんだろうなと思われます。
(細部と交差道路の向きはわからないので何となくのイメージ)
制限速度40キロの道路を時速約55キロで進行。
横断歩道を横断した自転車と衝突した事故で被告人は過失運転致死傷罪に問われている(過失の内容としては横断歩道があるのだから自転車が横断することは予見可能で、減速して警戒すべき注意義務を怠り漠然進行したこと)。
過失運転致死傷罪は「予見可能」「回避可能」が要件なのだから、「横断歩道を横断する自転車があることが予見可能か?」という問題になる。
そもそも勘違いしやすいのは、弁護人は「自転車は38条の適用外」と主張したわけではない。
「適用外である38条を流用して予見可能性を認定した原判決は不当」と主張した。
これについて東京高裁は「38条が横断歩道を横断する自転車に適用されないのは弁護人の言う通り」とした。
進行道路の制限速度が時速約40キロメートルであることや本件交差点に横断歩道が設置されていることを以前から知っていたものの、交通が閑散であったので気を許し、ぼんやりと遠方を見ており、前方左右を十分に確認しないまま時速約55キロメートルで進行した、というのである。進路前方を横断歩道により横断しようとする歩行者がないことを確認していた訳ではないから、道路交通法38条1項により、横断歩道手前にある停止線の直前で停止することができるような速度で進行するべき義務があったことは明らかである。結果的に、たまたま横断歩道の周辺に歩行者がいなかったからといって、遡って前記義務を免れるものではない。もちろん、同条項による徐行義務は、本件のように自転車横断帯の設置されていない横断歩道を自転車に乗ったまま横断する者に直接向けられたものではない。しかし、だからといって、このような自転車に対しておよそその安全を配慮する必要がないということにはならない。
そして東京高裁は「そもそも論点が違う」と指摘している。
所論は、道路交通法上の義務と自動車運転過失致死罪における注意義務を同一のものと理解している点で相当でない。すなわち、信頼の原則が働くような場合はともかく、前者がないからといって、直ちに後者までないということにはならない。
弁護人は原判決の予見可能性の認定に「道路交通法38条は横断歩道を横断する自転車も対象」という前提でなされたと受け取った。
しかし道路交通法の義務と過失運転致死傷罪の注意義務は別問題なんだから、予見可能性の認定はあくまでも「自転車が横断歩道を使うのは日常的に見られる光景でしょ…」と指摘している。
つまりこの判例は、38条の義務がなくても日常的に見られる光景に対して注意せず事故を起こしたことを非難しているのであって、「道路交通法の義務と過失運転致死傷罪の注意義務は別」という原則通りなのよね。
これはこの判例が掲載されている「よくわかる交通事故・事件捜査 : 過失認定と実況見分」(立花書房)にも書いてあること。
過失運転致死傷罪の注意義務を認定する上では、横断歩道を横断したのが歩行者なのか自転車なのかを区別する必要がない。
以前、道路交通法の優先関係は「注意義務」という概念で逆転すると説明してますが、
道路交通法の優先関係でいえば、左折車には38条の義務がなく、かつ横断車両は25条の2による規制を受けるのだから左折車が優先する。
しかし「予見可能な事故は回避しろ」というのが明文化されてない注意義務としてあるわけで、注意義務を考慮すれば優先関係は逆転する。
「かもしれない運転」
よく言われる「かもしれない運転」というのは結局のところ「予見可能性」の話。
予見可能な結果を回避せず他人を死傷させたら有罪なんだから、予見可能なことに注意しろという法律なんだと理解できる。
けど過失運転致死傷罪を「道路交通法違反」と勘違いする人や「どっちが悪いか」の話だと勘違いする人は多い。
勘違いしたまま判決文を読めば取り違えることは当たり前なのよね。
運転レベル向上委員会の人も過失運転致死傷罪の成立要件を理解しないまま判例解説をするから、意味を取り違えまくってますが、
わりと不思議なのは道路交通法に固執するような法律になってないのに、なぜか道路交通法が全てであるかのように語る人が多いこと。
そこにこだわりすぎると、正しい解釈を無視して支離滅裂な批判に転じるしかないのよね。
実例↓
まだじっくりと読んでないのですが、そのサイト、著者の主張に都合のよい判例等を集めてきてるように見えます。
— りろんや (@gaibibun) June 18, 2022
とまるんさんからも呆れられてますが、「道路交通法の義務」と「道路交通法にはない注意義務」を理解しないと「裁判官は頭がおかしい」「都合がいい判例を集めている」などと人格批判や根本的な理解を欠いた批判に走るだけになる。
過失運転致死傷罪の成立要件を考えると、法は「かもしれない運転」を求めていることは明らかなんですが、おかしな捉え方をする人が絶えない理由は、過失運転致死傷罪の成立要件を理解してないことが原因。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント