さてこちらの続き。

安全運転義務(交差点安全進行義務)って具体的になにかをしろとは指示してない規定なので、安全運転義務違反(交差点安全進行義務違反)だと指摘したところで、結局何をしたら良かったのかわからないのよね。
安全運転義務や交差点安全進行義務が抽象的で具体性がない条文になっているのは理由がありまして、これらは他の具体的規定ではまかないきれない部分を補完する趣旨で作られたことが原因。
「これは安全運転義務違反ですね!」と指摘したところで、安全運転義務は何ら具体性がない規定なのだから「結局何をすべきだったのか?」はわからない。
なので安全な運転には何の役にもたちませんが、その意味がよくわかる事例があります。
「安全運転義務違反」としたことでは不十分
これは以前も取り上げてますが、

札幌地裁 令和2年8月24日、運転免許取消処分取消請求事件です。
まずは事案の概要。
⑴ 原告は,平成2年3月28日,普通自動車運転免許を取得し,その後,更新を繰り返し,平成29年4月7日,北海道公安委員会から普通自動車運転免許証(有効期間が平成34年6月1日までのもの)を交付された(甲1)。
⑵ 原告は,平成30年2月21日午前0時48分頃,普通乗用自動車(ナンバー略。ダイハツステーションワゴン。以下「本件車両」という。)を運転し,
北海道虻田郡a町字bc番地付近道路をd町方面からe町方面に向かい,遅くとも時速約30kmの速度で進行し,同f番地先路上(以下「本件事故現場」といい,本件事故現場付近の道路〔道道g線〕を「本件道路」という。)において,本件道路左側を本件車両と同一方向に向かって歩行中のAに本件車両左前部を衝突させてAを前方に跳ね飛ばし,その前方を歩行中のBにAを衝突させてA及びBを転倒させ,Aに外傷性くも膜下出血等の傷害を負わせ,これによりAを死亡させたほか,Bに全治84日間を要する右中指末節骨骨折等の傷害を負わせる交通事故(以下「本件事故」という。)を起こした(甲6,乙3)。
⑶ 北海道公安委員会は,下記の理由により,原告が道路交通法70条の規定に違反したことから同法施行令別表第2の1の表による違反点数が2点となるところ,本件事故が専ら当該行為をした者の不注意によって発生したものである場合以外の人の死亡に係る交通事故であることから,同法施行令別表第2の3の表による違反行為に対する付加点数13点を加えると,累積点数が15点となり,同法施行令38条5項1号イ,別表第3の1の表の第1欄の区分に応じた第6欄(15点から24点まで)に該当したとして,原告に対する意見聴取を経た上で,平成31年4月4日,運転免許取消処分書(甲3。以下「本件処分書」という。)を原告に交付して,同日付けで同法103条1項5号に基づき,運転免許を取り消し,同条7項,同法施行令38条6項2号ホに基づき,運転免許を受けることができない期間を同日から1年間と指定する本件処分をした(乙1)。
激しい吹雪の中で時速約30~40kmで進行し、同方向に進行する歩行者をはねた事故。
これについて安全運転義務違反の不成立を訴え提訴した事件です。
札幌地裁は安全運転義務違反が成立するとした。
本件事故当時,遅くとも本件車両が本件事故現場から126.9m手前の地点に差し掛かった時点では,降雪や地吹雪により,視界が更に悪化して前方が見えづらく,視線誘導標識すらも見えないほどの状態となり,本件事故が発生するまで,この状況が回復することはなかった(認定事実⑴ウ)。
したがって,車両の運転者には,そのような前方の見通しの状況に応じて,道路側端を歩行している歩行者と安全にすれ違うために徐行するか,徐行によっても歩行者の安全を確保できない場合には一時停止して視界の回復を待つ義務があったというべきであるところ,原告は,本件車両を一時停止又は直ちに停止することができる速度まで減速させることなく,漫然と,遅くとも時速約30kmの速度で進行させ,本件事故を発生させたのであるから,原告には,進路の安全を十分に確認することなく,道路及び交通の状況に応じて,他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転することを怠ったという安全運転義務違反があったといえる。
視界が著しい不良なのだから、徐行、もしくは徐行でも安全確保できないなら一時停止して視界の回復を待つ義務があったとし、それを怠り時速30~40キロで進行したことが安全運転義務違反だとする。
しかし問題なのは、この判例は「安全運転義務違反は成立する」としながらも「この行政処分は違法」として運転免許取消処分は違法だと指摘。
なぜでしょうか?
ここで安全運転義務違反を理由としてされた本件処分の根拠規定である道路交通法70条についてみると,同法は,同法16条以下において車両の交通方法を具体的に定め,車両の運転者をしてかかる定めに従って運転すべき義務を課している。しかしながら,車両,道路等の状況によって,運転者に課される運転義務には様々な形態があり,同法各条が規定する具体的な義務規定のみではまかないきれないことから,同法70条は,それを補う趣旨で設けられた抽象的な規定であるということができ,どのような場合にどのような運転をすべき義務が運転者に生じ,どのような場合に安全運転義務違反となるかを定める具体的基準等は見当たらない。
そうすると,個別具体的な事実関係によっては,同条違反であることが示されるだけでは,処分の名宛人である運転者において,自己にどのような運転をすべき義務が生じており,又は,どのような運転行為が安全運転義務違反とされるのかを認識することが困難な場合もあるところ,そのような場合であるにもかかわらず,処分理由が同条違反であるとのみ示されたとすれば,処分の名宛人に対して不服申立ての便宜が与えられたとはいい難い。また,そのような場合であれば,処分をする行政庁においても,具体的な義務内容とその義務違反に当たる行為を認識しないまま処分に至るおそれがあるともいえ,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制する趣旨に反することにもなる。
以上からすれば,個別具体的な事実関係に照らし,同条違反であることが示されるだけでは,処分の名宛人である運転者において,自己にどのような運転をすべき義務が生じており,又は,どのような運転行為が安全運転義務違反とされるのかを認識することが困難な場合において,処分理由として,同条違反であるとしか示されなかったときは,行政手続法14条1項本文が定める理由の提示としては不足すると解するのが相当である。
札幌地裁 令和2年8月24日
公安委員会は安全運転義務違反として処分したけど、安全運転義務は何ら具体性がないのだから、「安全運転義務違反ね」と指摘したところで何をすべきだったのか?はさっぱりわからない。
具体的義務、例えば徐行義務違反(42条)であれば徐行しなかったんだとわかるし、一時停止違反(43条前段)なら一時停止しなかったんだとわかる。
ところが「安全運転義務違反」と指摘しても、「どんなことをすべきだったのか?」は全くわからない。
指摘された側は反論しようがない上に、反省して今後運転する上での糧にもできない。
なので処分理由の不明示を理由に運転免許取消処分は違法とする。
意味がない
さて前回記事の話。
安全運転義務違反もしくは交差点安全進行義務違反だと解説してますが、交差点安全進行義務は70条から独立させた交差点特別規定で中身は70条と同じもの。
「安全運転義務違反です」と指摘したところで何ら具体性がない規定なんだから、その解説を見た人には何の役にも立たないわけ。
「何をしたら良かったのか具体性がない」。
この人の解説は、起きた結果に対して法令を当てはめているだけですが、それは実際の運転には何の役にも立たないのよね。
この交差点に向かうにあたりクルマの運転者がどのようなことをすべきだったのか具体的にすることが重要なのでして。
ざっくりいえば、クルマからすると
・優先道路がなく左右の見通しがきかない交差点なのだから、交差点に入ろうとするときに徐行している必要がある(42条1号)。
交差点に入ろうとする時点で「徐行」なのだから、時速10キロ程度まで減速することが「具体的義務」ですよね。
それを「安全運転義務違反です」と指摘したところで、何ら具体性がないのだから運転方法を改める糧にはならないわけ。
この人の思考が結果論というのは、そういうこと。
何ら具体性がない安全運転義務違反を指摘することは、「これは交通事故です!」と解説しているのと何ら変わらないわけで…
安全運転義務違反の具体的内容を解説するならまだしも、報道からはわからないのだから指摘できるわけもない。
一時停止規制の意味も理解していない
運転レベル向上委員会は、自転車が一時停止している位置が間違いだと解説してますが、
運転レベル向上委員会より引用
一時停止規制は停止線で一時停止(43条前段)するのみならず、交差道路の進行妨害を禁止している(43条後段)。
停止線で一時停止した後に交差道路の進行を妨害しないために、さらに前進して安全確認することは当然に認められたことなのだから、この画像からは違反事実が読み取れない。
こんな当たり前なこともわからないのはさすがにどうかと思いますが、過失修正要素にしても間違いなのよね…
運転レベル向上委員会より引用
右側通行を過失修正要素だとしてますが、右側通行が過失修正要素になるのは「左方から進入した場合」。
右側通行&右方から進入の場合、クルマからは「回避可能性が上がる」のだから過失修正しないことになる。
これは判例タイムズに書いてある話。
仮に自転車が右側通行していたとしても、自転車からしても左右の見通しがきかない交差点なのだから、左からきたクルマと衝突するのか、右からきたクルマと衝突するのか、歩行者や自転車と衝突するのかはわからない。
だから結局のところ右側通行があったならそれは違反になるけど、この事故態様なら過失修正しないことになる。
自身が右側通行していたところに、他人が交差道路右側から自転車で進行してきたなら回避可能性が著しく下がるし、その結果被害者になるか加害者になるかもわからない。
だから結局はダメなプレイになりますが、この事故については過失修正要素にはならない。
運転レベル向上委員会の人って思考が結果論だからこういう解説になるわけですが、彼の解説をみても何ら具体性がない抽象論ですよね。
「安全運転義務違反だ!」と指摘すること自体が安全運転の糧にはならないのは、札幌地裁判決からもうかがえることでしてね…
徐行義務を果たし交差点に進入し左右注視すれば、よほどおかしな速度で自転車が突っ込んでこない限り事故にはならない。
そして自転車にしても、一時停止して安全確認しなかったことが問題と思われ、被害者になるか加害者になるか運次第…みたいな運転をする人もいるからどうなのかと思うけど、他人の違反や過失は、自分の違反や過失を帳消しにしないのだから「各自やることはやりましょう」でしかないし、この場合の各自やることとは
・自転車→一時停止&確認
シンプルにこれが「具体的義務」なわけ。
結果論の思考だと指摘するのはこれもそうでして、

一時停止又は徐行する必要はなかったとしながらも、幼児等通行妨害禁止違反になるとしている。
いったいどういう理解なのか疑いますが、
この規定は幼児等を発見して通行を妨げる可能性がある場面において、通行妨害しないために一時停止又は徐行義務を課しているのだから、一時停止又は徐行する必要がないのに違反が成立することはあり得ない。
つまり一時停止又は徐行する必要があったのに怠り通行を妨げることを禁止しているのに、どういう理解力なのかさすがに疑問。
結果に対し法を当てはめるのは行政のお仕事に過ぎないけど、この人の解説は安全な運転には繋がらないのよね…
なお安全運転義務違反として問題にする場合には、以下を具体的に認定する必要がある。
◯後段
第七十条 車両等の運転者は、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。
後段をさらに分解します。
車両等の運転者は
①道路の状況
②交通の状況
③当該車両等の状況に応じ
A、他人に危害を及ぼさないような速度で運転しなければならないB、他人に危害を及ぼさないような方法で運転しなければならない
例えばなんだけど横断歩道を通過しようとしたときに自転車が見えた(②交通の状況)。
そのまま進行を続けたら衝突するのか明らかなら「B、他人に危害を及ぼさないような方法で運転しなければならない」により一時停止するなどして事故を回避する義務があることになる。
①~③はこのいずれかの状況があればよく、AとBは「と(かつ)」なので両方必要。
「と(かつ)」として両方求めているのだから、違反の成立はどちらか一方を怠れば足りることになる。
いかなる「状況」だったのかを具体的に示し、いかなる速度又は方法が問題だったのかを具体的に示すことで初めて意味をなす。
一例を挙げるなら、「見通しがきかない交差点に進入するという状況」において「時速25キロで漠然進行したこと」みたいに示すことが安全運転義務違反の明示ですが、これだと徐行義務違反(42条1号)と被るのだから安全運転義務違反ではなく徐行義務違反になる。
「見通しがきかない交差点に進入するという状況」において、「徐行はしていたが左右注視を怠って漠然進行した」というなら安全運転義務違反の問題になりうるけど、具体的に何をすべきだったのか指摘できなければ何の役にも立たないのよね…
この人がいう「安全運転義務違反です」とは、「これは交通事故です」を言い換えているだけなのでして。
なお本来の安全運転義務違反は、違反の成立と事故発生は無関係です。
もう1ついうと、似たような事例として神戸地裁 平成16年4月16日判決があり、運転レベル向上委員会はこの判例を解説してましたが、

判例解説が間違っていたのも問題なんだけど、この人自身が判例から何も学んでいないことも疑問なのよ。
判決文の意味を理解できなかったこともどうかと思いますが、裁判所が認定した事実とは異なる内容にしてから謎の陰謀論に繋げるようなことをするから、判例の意味を取り違える結果に陥る。
認定された事実を無視して違う内容にした挙げ句、なぜ減速接近義務違反の過失(38条1項前段)が肯定されたか理解してないのでしょうね。
事故の本質をきちんと見極めることが事故防止になりますが、何の役にも立たない話を力説しても事故防止ではなく「被害者叩き」にしかならないのよね。
被害者が一時停止して交差道路の進行妨害禁止義務を遵守していたなら事故にはならなかった可能性は高いだろうけど、子供を二人載せた自転車が大したスピードが出るわけもなく、横断歩道を横断した歩行者であっても事故っていたんじゃないの?という話。
起きた結果次第で批判の矛先が変わることは安全な運転とは何の関係もない感情論に過ぎない。
そもそも「一時停止義務(43条)」と「左右の見通しがきかない交差点の徐行義務(42条1号)」は道路交通法上は同等の罰則になっていて(119条1項5号)、反則金も同じになってますが、横断歩道の減速接近義務違反(38条1項前段)も同様に119条1項5号(ただし反則金の設定は高い)。
感覚的には一時不停止のほうが悪いだろうけど、道路交通法上は「同等」なのよね。
つまり「一時不停止の車両」と「徐行義務違反の車両」がガッチャンコした場合、違反としては同等という話でもある。
この人の他責思考だとそりゃ事故るわなとしか言えないんだけど、反面教師として捉えて自らの運転に活かしましょう。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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