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減速接近義務「のみ」で取り締まり可能か?

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読者様から「38条1項前段」(いわゆる減速接近義務)のみで検挙可能なのか?と質問を頂いたのですが、

第三十八条 車両等は、横断歩道に接近する場合には、当該横断歩道を通過する際に当該横断歩道によりその進路の前方を横断しようとする歩行者がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。

もちろん。
後段の違反(一時不停止又は妨害)がなくても、前段のみで検挙可能です。
つまり見通しが悪い横断歩道で、横断しようとする歩行者がいなかったとしても、減速接近義務を怠れば違反になる(見通しが悪いなら「横断しようとする歩行者が明らかにいない」とは言えない)。

車両等が横断歩道に接近する場合の義務に違反した場合には、それだけで第38条第1項の違反となる。また、横断歩道の直前で停止できるような速度で進行してきた車両等が、横断歩道の直前で一時停止し、かつ、歩行者の通行を妨げないようにする義務に違反した場合も同様である。

 

道路交通法の一部を改正する法律(警察庁交通企画課)、月刊交通、道路交通法研究会、東京法令出版、昭和46年8月

減速接近義務は昭和46年改正で新設されたモノですが、改正以前から業務上過失致死傷罪の判例では減速接近義務を認定してきたのでして。
昭和46年改正で減速接近義務を新設した理由は、事故が起きなくても取締りを可能にするためと考えられる。

 

昭和46年改正以前に減速接近義務を認定した業務上過失致死傷判例をいくつか挙げます。

原判示のように自動車を運転し青の信号で交差点内に進入した被告人が前方の横断歩道上左側端付近に左から右に横断しようとして佇立している数名の歩行者を認め更に交差点中央付近まできたとき前方の信号が黄色に変つたのを認めた場合、直ちに右横断歩道の直前で停止すべき業務上の注意義務があると解するのは相当でない。けだし、この程度の状況下においては、被告人は後に述べるように必要な減速をして徐行すると同時に横断歩道又はその付近における歩行者の動静に絶えず留意して進行する等運転上適当な注意を払うならば、横断歩行者の前方をその通行を妨げることなく無事に通り抜けることがまだ不可能ではないと認められるからである。しかし右のような場合、間もなく歩行者に対する信号が青に変り歩行者が当該横断歩道を左から右に横断を開始することが必至であることは明らかであるから、被告人は自動車運転者として当然右歩行者の通行を妨げないよう配慮すると同時に減速徐行して状況に応じ必要があれば何時でも急停車し得るような態勢の下に横断歩道又はその付近における歩行者の動静に絶えず留意して進行する等してその安全を図るべき業務上の注意義務があることはもちろんである。

東京高裁 昭和41年10月19日

本件交通事故現場は前記のとおり交通整理の行われていない交差点で左右の見通しのきかないところであるから、道路交通法42条により徐行すべきことももとよりであるが、この点は公訴事実に鑑み論外とするも、この交差点の東側に接して横断歩道が設けられてある以上、歩行者がこの横断歩道によって被告人の進路前方を横切ることは当然予測すべき事柄に属し、更に対向自動車が連続して渋滞停車しその一部が横断歩道にもかかっていたという特殊な状況に加えて、それらの車両の間に完全に姿を没する程小柄な児童が、車両の間から小走りで突如現われたという状況のもとにおいても、一方において、道路交通法13条1項は歩行者に対し、車両等の直前又は直後で横断するという極めて危険発生の虞が多い横断方法すら、横断歩道による限りは容認しているのに対し、他方において、運転者には道路交通法71条3号により、右歩行者のために横断歩道の直前で一時停止しかつその通行を妨げないようにすべきことになっているのであるから、たとえ歩行者が渋滞車両の間から飛び出して来たとしても、そしてそれが実際に往々にしてあり得ることであろうと或は偶然稀有のことであろうと、運転者にはそのような歩行者の通行を妨げないように横断歩道の直前で直ちに一時停止できるような方法と速度で運転する注意義務が要請されるといわざるをえず、もとより右の如き渋滞車両の間隙から突然に飛び出すような歩行者の横断方法が不注意として咎められることのあるのはいうまでもないが、歩行者に責められるべき過失があることを故に、運転者に右注意義務が免ぜられるものでないことは勿論である。
しからば、被告人は本件横断歩道を通過する際に、右側に渋滞して停車していた自動車の間から横断歩道によって突然にでも被告人の進路前方に現われるやもはかり難い歩行者のありうることを思に致して前方左右を注視すると共に、かかる場合に備えて横断歩道の直前において一時停止することができる程度に減速徐行すべき注意義務があることは多言を要しないところであって、原判決がこのような最徐行を義務付けることは過当であるとしたのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな根本的且つ重大な事実誤認であって、この点において既に論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

 

東京高裁 昭和42年2月10日

東京高裁46年5月31日判決も減速接近義務違反を過失としている。
要は業務上過失致死傷罪の注意義務として当たり前に認定されてきたことを、事故未発生の道路交通法違反として取り締まりしたいために改正したのかと。

 

見通しが悪い横断歩道であれば「横断しようとする歩行者が明らかにいない」とは言えないので、結果的に歩行者がいなかったとしても遡って減速接近義務を帳消しにするわけではない。

進行道路の制限速度が時速約40キロメートルであることや本件交差点に横断歩道が設置されていることを以前から知っていたものの、交通が閑散であったので気を許し、ぼんやりと遠方を見ており、前方左右を十分に確認しないまま時速約55キロメートルで進行した、というのである。進路前方を横断歩道により横断しようとする歩行者がないことを確認していた訳ではないから、道路交通法38条1項により、横断歩道手前にある停止線の直前で停止することができるような速度で進行するべき義務があったことは明らかである。結果的に、たまたま横断歩道の周辺に歩行者がいなかったからといって、遡って前記義務を免れるものではない。もちろん、同条項による徐行義務は、本件のように自転車横断帯の設置されていない横断歩道を自転車に乗ったまま横断する者に直接向けられたものではない。しかし、だからといって、このような自転車に対しておよそその安全を配慮する必要がないということにはならない。

 

東京高裁 平成22年5月25日

なぜ「横断自転車」との事故で減速接近義務違反の過失が認定されるかというと、見通しが悪いんだから「対歩行者」なのか「対自転車」なのかは結果論に過ぎないんですよね。
「視認できるのに確認を怠った場合」も「横断しようとする歩行者を確認していなかった」ことになるため、交差点右折の場合も同様です。

被告は、被告車を運転して横断歩道の設置された本件交差点を右折するに当たっては、前方及び側方の条件に十分注意した上で、進路の前方を通過しようとする歩行者がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行しなければならない義務がある(道路交通法38条1項前段参照)にもかかわらずこれを怠り、漠然と右折したために、横断歩道上を進行していた原告自転車を発見するのが遅れ、原告自転車との衝突を回避することができず、本件事故を惹起した過失があるというべきである(なお、原告は、被告に道路交通法38条1項後段の規定する横断歩道の直前での一時停止義務がある旨主張するが、本件交差点に自転車横断帯は設置されていないことに加え、原告は自転車から降りて押して歩いていたものではないことに鑑みると、被告に上記義務は生じないものと解される。)。

 

東京地裁 平成21年3月3日(民事)

ところで、一番目の判例。
黄色灯火になっていたら横断歩道が青に変わることが予見可能だから減速接近義務があるとしてますが、

 

現実的には真逆のプレイが横行する。
「横断歩道が青に変わる前にダッシュして通過しよう」としてむしろ加速する車両がほとんどでしょう。

 

これを減速接近義務違反(38条1項前段)として検挙するなら、少なくとも車両が横断歩道を通過する前に「横断歩道が青」にならないとムリですが、仮にそうだとしても取り締まりは聞いたことがない。

 

「横断歩道は止まれ」とアナウンスすることって不完全だと思っていて、「横断歩道は減速しろ」の結果として「止まれ」でしょ。
「クルマは急に止まれない」というのはその通りでして、急に止まれないから「落とせ」なわけ。
「止まれ」を強調しても「落としてない」ならムリなのだから…

 

十分減速していたけど事故が起きた事例ってほとんどなくて、私が知る限り大阪高裁 昭和54年11月22日判決のみ。

横断歩道を横断する歩行者と38条の関係。判例を元に。
前回、横断歩道を横断する自転車についての判例をまとめましたが、歩行者についてもまとめておきます。道路交通法38条1項とは道路交通法では、横断歩道を横断する歩行者について極めて強い優先権を与えています。(横断歩道等における歩行者等の優先)第三...

事案の概要はこう。

 

南行車線が渋滞で停止車両があり、停止車両の隙間から横断歩道を横断しようとし、横断歩道の中央付近で姉が顔を出して反対車線を確認。
姉は横断を躊い横断歩道中央付近で立ち止まった。

 

車の運転者は時速8~10キロで進行していたものの、姉が横断中に立ち止まったことから横断歩行者がいないと考え進行。
弟(8歳)が姉の横から横断したために起こった事故です。

このように横断歩道上を横断しようとしてその中央付近手前まで歩んできた歩行者が、進行してくる被告人車をみて危険を感じ、同歩道の中央付近手前で一旦立ち止まったとしても、横断歩道における歩行者の優先を保護しようとする道路交通法38条の規定の趣旨にかんがみると、右は同条1項後段にいう「横断歩道によりその進路の前方を横断しようとする歩行者」にあたるというべきである。
そして、同女が横断歩道上の前記地点で立ち止まったとしても、前記認定のような当時の状況に徴すると、同女の後方からさらに横断者のあり得ることが予想される状況にあったのであるから、自動車運転者である被告人としては、同女の姿を認めるや直ちに、右横断歩道の手前の停止線の直前で(仮に、被告人が同女の姿を最初に発見した時点が、所論のように被告人車の運転席が停止線付近まで来たときであったとしても、事理は全く同様であって、その時点で直ちに)一時停止し、横断者の通行を妨げないようにしなければならなかったのである。

 

所論は、しきりに、横断歩道上、右側への見通しがきかない状態にあった点を強調し、一時停止しても、結果は同じだった旨主張するが、そこが、歩行者優先の横断歩道である以上、前記のとおり見通しが困難であれば、一層、安全確認のため一時停止すべきであり、更に進行するに際しても、最徐行するなどして横断歩道上の右方の安全を慎重に見極めつつ進行すべき業務上の注意義務があった

 

大阪高裁 昭和54年11月22日

ただしこの判例、よくよく読むと減速接近義務にも言及している。
停止線で停止しても死角が残るなら最徐行して安全確認すべきとしている点が減速接近義務に当たる。

減速接近義務は急制動で止まれたならセーフという趣旨ではないとした判例もあります。

道路交通法38条1項に規定する「横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行しなければならない。」との注意義務は、急制動等の非常措置をとつてでも横断歩道の手前で停止することさえできる速度であればよいというようなものではなく、不測の事故を惹起するおそれのあるような急制動を講ずるまでもなく安全に停止し得るようあらかじめ十分に減速徐行することをも要するとする趣旨のものであり、したがつて、時速25キロメートルでは11m以上手前で制動すれば横断歩道上の歩行者との衝突が回避し得るからといつて右の速度で進行したことをもつて右の注意義務を尽したことにはならない、と主張する。

(中略)

横断歩道直前で直ちに停止できるような速度に減速する義務は、いわゆる急制動で停止できる限度までの減速でよいという趣旨ではなくもつと安全・確実に停止できるような速度にまで減速すべき義務をいつていることは所論のとおりである。

 

大阪高裁 昭和56年11月24日

減速接近義務に関する判例は多数ありますが、ほとんど知られてないのよね。
大阪高裁判決の趣旨からすれば、減速接近義務違反として検挙される車両は多数ある気がしますが(自転車も含め)、

 

減速接近義務違反のみの検挙は立証が難しいのか、全く聞かないのよね。
とはいえ「クルマは急に止まれない」のだから減速してなければ事故を起こすのは当たり前。
「横断歩道ではスピードを落とせ」「見通しが著しく不良なら最徐行」とアナウンスすることが必要なのよ。

 

ところで、減速接近義務があるのはわかるとして海外では「減速接近義務をどうやって履行させるか?」に目が向いており、

ハンプを作り強制減速させている。
いずれはこういう方向にいかないとダメなのよ。
「横断歩道は横断する場所だが安全な場所ではない」みたいな話をしている人がいるけど、安全にするためにきちんと解説しなければ安全に向かうことはない。
JAFの調査にしても、一時停止率調査ではなく減速接近義務調査にしないと、現実離れするだけだと思っていて、

JAFの横断歩道調査は、事故防止と関係するのか?
毎年のようにJAFが横断歩道での一時停止率を発表しています。長野県が毎回のように1位になりますが、じゃあ長野県は横断歩行者妨害による事故が少ないのか?という話になりますよね。それについて見ていきます。長野県と新潟県の比較比較的人口が近い、長...

JAFの調査で一時停止率が高い長野県と、人口がほとんど同じだけど一時停止率が低い新潟県の事故件数を比較すると、

長野県 新潟県
人口(R4年8月) 2,007,347 2,129,722
一時停止率(R5) 84.4% 23.2%
一時停止率(R4) 82.9% 25.7%
歩行者妨害事故(死亡者) 246(2) 204(2)

一時停止率と事故件数の相関性がないんじゃないか?と疑問が生じる。
ただし事故件数については、「横断歩道がない交差点の歩行者優先(38条の2)」を含めている可能性があるから正確な評価とも言い難い。

 

けど「横断歩道がない交差点の歩行者優先(38条の2)」については、優先道路じゃなく左右の見通しが悪いなら徐行義務があるわけで(42条1号)、実質的に減速接近義務相当が課されているとも言えますが(なお警察庁の解説書によると、徐行義務は38条の2を担保する規定だと捉えている)、どのみち減速してなければ止まれるわけがないのよね。
「クルマは急に止まれない」というセリフは誰が考案したのか知りませんが、その通りだなと。

 

ちなみにこれもあまり知られていないけど、昭和35年以前の道路交通取締法では横断歩道が「徐行場所」に指定されてました。
歩行者がいるときに一時停止義務を課したので徐行場所から削除されてますが、このあたりの改正経緯は条解道路交通法(宮崎清文)が詳しい。

 

減速接近義務違反の立証が困難なことは警察関係の解説書にも書いてあって、古い警察関係の解説書では38条1項前段の取り締まり基準をこのように解説している。

第4 取締実施要領
1 横断歩道接近時の安全速度違反(法38条1項前段)
(1)取締対象車両
ア 相当な速度(おおむね50キロメートル以上)で進行してきて歩行者を認め急ブレーキをかけたところ、横断歩道内で停止したもの(スリップ痕跡等で立証可能な場合)。
イ 横断歩道外に歩行者がいるとき、横断歩道の手前側端から20メートル以内の地点を50キロメートル以上の速度で通過したもの(速度測定器による測定結果による)。
法38条1項後段に該当する場合は、立証上容易な後段で処理のこと。

(2)立証上の要点
ア 歩行者の特定(住所、氏名、年齢等がとれないときは、人相、特徴等)
イ 現認位置及び違反地点までの距離
ウ 歩行者の位置
エ 違反車両の目測速度及び違反者の自認速度
オ 歩行者及び横断歩道の認識の有無(過失についても処罰規定がある)
カ 違反の動機及び弁解の要旨

関東管区警察学校教官室 編、「実務に直結した新交通違反措置要領」、立花書房、1987年9月

横断歩道20m手前で時速50キロ以上としてますが、これがほとんどの場合に減速接近義務違反になるのは当然。
しかしこんな取り締まり基準では事故が起きるのは当たり前なのでして。

 

現在は違う基準を採用していると信じたいところですが、減速接近義務違反の取り締まりを強化しない限り、変わらないと思うのよね。
「立証上容易な後段で処理」という記述をみても、前段が立証困難なんだと読み取れるわけですが…

横断歩道直前で直ちに停止できるような速度に減速する義務は、いわゆる急制動で停止できる限度までの減速でよいという趣旨ではなくもつと安全・確実に停止できるような速度にまで減速すべき義務をいつていることは所論のとおりである。

 

大阪高裁 昭和56年11月24日

減速接近義務に関わる判例はかなりあるのに、そのほとんどは知られてない気がする。
そして減速接近義務自体が知られていないので、「38条は歩行者がいたときに一時停止するルール」だという不完全な理解に陥る。

 

「クルマは急に止まれない」という物理法則から減速接近義務を定めているし、左右の見通しがきかない交差点での徐行義務にしても、「左方優先」(36条1項1号)や「横断歩道がない交差点での歩行者優先」(38条の2)を達成するために存在するルールなのよね。

 

左右の見通しがきかないのだから、左から車両がくるか、右からくるか、歩行者が横断するかは結果論に過ぎないのでして。
民事の過失割合に左方優先がほとんど反映されてない理由も、ほとんどの場合徐行義務を怠った結果に過ぎないからなのでして。

左方優先はあまり重視されてない。
ちょっと前に左方の左折車と右方の直進車の事故について、道路交通法上は左方優先(36条1項1号)ですが、民事過失相殺上は左方優先をほとんど反映してないと書きましたが左方からの左折の場合には、直進の場合とは異なり、他の車両の進路上に進路変更して...

横断歩行者優先のルールを理解しようとした時に、改正史をピックアップして、改正のタイミングで警察庁がどんなアナウンスをしたかまで調べないと、なぜ現行法の規定なのかわからないと思う。
古い解説書の価値はそこなのよ。

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