以前、優先道路対非優先道路の事故について、優先道路通行車に基本過失割合が設定されている理由を解説しましたが、
「ぶつかって痛いのは自転車だ」という考えは自己の危険回避のための心掛けとして持っておくのは否定しないが、それを他者の行動へも拡大して求めるのはテロリズムと紙一重。
そのような思考は「自転車だから止まるだろう」ついには「自転車が止まるべきだ」へと変質し危険運転ドライバーになる。 pic.twitter.com/kkBOcLCL0n— g (@rtl1_) October 24, 2025
このような事故態様の場合、優先道路通行車に回避可能性があるのに回避しなかった結果として事故に至ることが多い。
そのため、基本過失割合は優先道路通行車にも過失がある前提で設定されており、逆にいえば優先道路通行車に過失が認められない事例は「非典型例」として基本過失割合を適用しないことになる。
基本過失割合を適用しない非典型例として判断された事例は普通にある。


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優先道路通行車を無過失にした判例
名古屋地裁 平成23年8月19日
判例は名古屋地裁 平成23年8月19日。
まずは事故の態様です。

渋滞停止車両の隙間から優先道路を横切ろうとしたところ、優先道路を時速約50キロで進行してきた車両と衝突。
なお、優先道路通行車は10キロの速度超過になります。
これについて、過失割合はこのように認定。
| 優先道路通行車 | 非優先道路通行車 |
| 0 | 100 |
原告車は、最高速度が時速40キロに制限されているのに、これに違反し、時速50キロ余りで走行していた。また、反対車線が渋滞していることを認識していたために、進路右側の見通しは非常に悪かったが、進行している南北道路に交差する道路が存在すること自体は認識していた上、左側を注意してみれば交差する道路の存在を認識し得る状態にあったのであり、しかも、交差道路があれば、そこから急に飛び出してくる車両等が出てくる可能性があることは認識していた。上記のような道路状況からすれば、原告としては、反対車線の渋滞により右方の交差道路及びそこから本件交差点に進入してくる車両等の発見が難しいのであるから、交差道路から本件交差点に進入してくる車両との衝突を避けるため、交差道路を見落とさないために十分に前方注視して進行すべきであった。また、少なくとも最高速度である時速40キロ以内の速度で走行するべきであった。
しかし、上記認定のとおり、被告車は、別紙見取図②の位置からアクセルを踏んで急いで同③の位置まで進行して、本件事故を発生させたのであるから、被告車は、原告車が本件交差点の直近に迫った時点で、それを見落として突然原告車の前に現れたものということができる。そうであるとすれば、原告が、仮に、②の位置に停車している被告車を認識したとしても、そのような状況で被告車が停止しているのであるから、当然、被告車は、原告車が通過するまで停止し続けてくれるものと考えて、そのまま進行して本件交差点を通過しようとするのが自然な状況であるといえる。そうすると、原告が左方を注視して交差点の発見をすることまではしなかった点は、本件事故の発生には何の影響も与えなかった(交差点を発見しても、原告は、被告車が停止し続けることを当然期待してそのまま進行したものと考えられる。)というべきである。したがって、本件事故の発生につき原告には、過失相殺をされるほどの過失まではなかったと認めるのが相当である。なお、原告車が時速50キロ余りで走行していた点は明らかに道路交通法違反ではあるものの、被告車が突然北行き車線に進入したことからすれば、仮に、原告車が時速40キロで走行していたとしても本件事故の発生を回避することはできなかったと考えられるし、時速40キロであれば原告の受傷がどの程度軽くなったかも明らかではないから、過失相殺をするのは相当ではない。
名古屋地裁 平成23年8月19日
過失相殺を認めていません。
基本過失割合は優先道路通行車にも前方不注視など過失があることを前提にしているので、本来的には過失がない場合には無過失を認定すべきと思いますが、保険屋に任せれば10:90にしかなりません。
そもそもヒャクゼロ交渉は保険屋の範疇ではないという話もそうですが、こういう事故で無過失を主張するなら裁判するしかなく、しかも裁判しても無過失になる保証は全くありません。
名古屋高裁 平成22年3月31日
他にも優先道路通行車を無過失に認定した判例はあります。
控訴人車は、優先道路を進行していたのであるから、本件交差点を進行するに当たり徐行義務(道路交通法36条3項,42条)は課されておらず、問題となるのは前方注視義務(同法36条4項)違反である。前方注視義務は、「当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等・・・に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない。」というものである。したがって、控訴人は、本件交差点を通過するに当たり、優先道路を進行中であることを前提としてよい。すなわち、交通整理の行われていない交差点(本件交差点もこれに当たる。)において、交差道路が優先道路であるときは、当該交差道路を通行する車両の進行妨害をしてはならないのであるから(同法36条2項)、控訴人は、被控訴人車が控訴人車の進行妨害をする方法で本件交差点に進入してこないことを前提として進行してよく、前方注視義務違反の有無もこのことを前提として判断するのが相当である。そうすると、優先道路を進行している控訴人は、急制動の措置を講ずることなく停止できる場所において、非優先道路から交差点に進入している車両を発見した等の特段の事情のない限り、非優先道路を進行している車両が一時停止をせずに優先道路と交差する交差点に進入してくることを予測して前方注視をし、交差点を進行すべき義務はないというべきである。本件においては、前示の事故態様に照らし、上記特段の事情は認められない。
名古屋高裁 平成22年3月31日
一審(名古屋地裁 平成21年12月16日)は10:90ですが、控訴審は0:100。
「控訴人は、被控訴人車が控訴人車の進行妨害をする方法で本件交差点に進入してこないことを前提として進行してよい」とし、いわゆる信頼の原則を認めて無過失を認定。
静岡地裁 昭和52年7月20日
一時不停止&優先道路の進行妨害をした原付と、優先道路を進行していた普通貨物車の衝突事故について、普通貨物車の無過失を認めた判例があります。
| 原付(一時停止非優先道路) | 普通貨物車(優先道路) |
| 100 | 0 |
(一) 被告車の運転者である亡Bは、優先道路である県道を進行していたのであるから、交通整理の行われていない本件交差点の右側の見とおしが悪くとも、道路交通法第42条による徐行義務を負わない(最判昭和45年1月27日民集24巻1号56頁)ものと解すべく、しかも本件交差点の交通量が閑散であつた(前掲二第1号証の1によりこれを認める)ことを考慮すれば、同人が時速約36キロメートルで本件交差点に進入しようとしたことは、そのこと自体同人に過失があつたとすることはできない。
又、同人が原告車を発見したときの双方の位置及び交差点右側の見とおし状況を合せ考えると、同人は、原告車を発見しうる最初の時点においてこれを発見したものと認められるので、前方不注視の過失もなく、衝突を回避すべく急制動をかけた措置も適切と認められ、結局、同人には本件事故の発生につき過失がなかつたものとするのが相当である。
(二) 一方、原告車の運転者である亡Aは、交差点の手前に一時停止の標識が設けられていたのであるから、交差点直前の一時停止線において停止すべき義務(道路交通法第43条)があり、又交差道路が優先道路であるから、被告車の進行を妨げてはならない義務(道路交通法第36条第2項)があるにもかかわらず、そのいずれの義務も尽さず、本件交差点に進入した過失があり、本件事故はもつぱら同女の右過失によつて惹起されたものということができる。
4 なお、被告車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたとの抗弁事実は、原告らにおいて明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。
静岡地裁 昭和52年7月20日
過失の95%は優先道路通行車とした判例
判例は名古屋地裁 令和4年9月28日。
事故の態様はこう。

青車両(原告)は一時停止後、優先道路に向かい左折。
赤車両(被告)は優先道路(法定速度60キロ)を時速114キロで直進し衝突。
青車両の後部座席に座っていた同乗者が車外に投げ出され死亡した事故です。
なお青車両が第二車線に左折したのは、直後の交差点で右折するため。
問題になるのは過失割合ですが、原告と被告の主張は解釈が対立している。
優先道路に左折するにあたり十分確認してから左折したところに異常な高速度で追突されたような形だから、原告は無過失である。
優先道路と非優先道路の基本過失割合10:90をベースに、時速20キロ以上の速度超過修正「+20%」を適用すれば30:70なのだから、原告の過失は70%である。
「オレ無過失!」と「オマエ70%」で示談がまとまるわけもなく裁判に至ってますが、被告(優先道路通行車)を被告人とした刑事裁判では、原告(非優先道路通行車)に落ち度はないとなっている。
さて名古屋地裁が判断した過失割合がどうなのか。
| 原告(非優先道路) | 被告(優先道路) |
| 5 | 95 |
要は非優先道路から左折した原告は、十分確認してから左折したところに異常な高速度で突っ込まれた。
民事無過失までは認めなかったものの、優先道路を時速114キロで直進した被告に事故の原因があるとの判断。

ところで、判タでも赤い本でもこのような「異常な高速度」については解説がないはず。
基本過失割合に修正要素「20キロ以上の速度超過」を加味すると被告の主張通りになるわけで、なぜこうなるのでしょうか?
民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準として公にされている基本過失割合は、各事故において典型的な事案を想定したものであって、特異な事情がある個別の事案についても常に当てはまるというものではない。本件事故についてみると、被告車が法定最高速度を時速54キロメートルも上回る時速約114キロメートルという異常な高速度で走行していたという特異性があり、劣後道路からの左折進行車の運転者においてこのような高速度で直進車が走行していることを認識するのは容易なことではないし、他方、このような高速度で走行する車両の運転者は、周囲の交通の状況に応じた変化に対応し事故を回避することを自ら極めて困難にしているものといえる。そうすると、本件事故は、基本過失割合が当てはまる典型的な事案とはおおよそ言い難く
名古屋地裁 令和4年9月28日
基本過失割合が想定する態様とは異なる非典型例として個別判断する。
自衛ではなく義務
ところでこちらの方、このようなケースで自転車が止まることを「自衛」とすり替えてますが、
道路交通法上は義務。
このように回避可能性があるのに事故を回避しなかったならば、交差点安全進行義務違反(36条4項後段)が成立する。
第三十六条
4 車両等は、交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等及び当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない。
◯後段
で。
仮にこのように回避可能性があるのに回避せず事故が起きたときに、非優先道路側に過失運転致死傷罪が成立するのは当然ですが、優先道路側は「交差点安全進行義務違反(36条4項)」として書類送検される。
まあ、前科前歴がなければ情状酌量で不起訴でしょうけど。
わりと不思議なのは、義務を自衛とすり替える人がいること。
法定刑をみても過失運転致死傷罪のほうが重いのだから罪の軽重で語るならわかるけど、犯罪になることを自衛とすり替えるのもいかがなもんかと。
ただまあ、この人って「路側帯通行自転車が従う信号」すらわからないまま発狂していたので、



道路交通法に詳しくない人なので期待することにムリがある。
道路交通法に詳しくない道交法界隈というパワーワードにしか思えないのですが…
路側帯通行自転車が従う信号の話のときに不思議に思ったのですが、定義や各条を理解してないから道路交通法に基づいた議論が成り立ってないのよね。
コレ法規の穴だと思うんだけど、路側帯を通行する自転車が車両用信号機に従わなければならないって根拠は無かった。私も前に気になって調べたけど。
ただし(続く) https://t.co/pVCBqjUQMv
— g (@rtl1_) November 8, 2024
ところで話を戻しますが、要は優先道路対非優先道路の事故では、動画のように優先道路側に回避可能性があることが多いから基本過失割合を設定している。
もちろん回避可能性がないケースには基本過失割合の適用はない。
そして回避可能性があるのに衝突した場合には交差点安全進行義務違反の容疑で書類送検される。
なぜ義務を「自衛」だとすり替えてしまうのか不思議です。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


コメント
優先道路と言っても自転車としてはぶつけられたら負けなので、対応できる速度までは落としてしまいますね。そうすると遅さに苛立つのか、飛び出してくる車が多いです。優先側を速度を落とさずに進行してたら何度か急ブレーキやら急ハンドルさせられた経験上、非優先道路の車を信頼出来ないのが現状で、どうせ自転車だから止まるだろ、の感覚を持ってんじゃ無いかと思う事はあります。まあ、速度を落とす部分は自衛ですが、停止するのは回避可能性の面で義務とは考えてます(あんまり納得はできませんが)。件の人がどう言う感覚で発言しているのかは当事者じゃ無いのでわかりませんが。
コメントありがとうございます。
この人、わざと回避せず事故にしてやったみたいな話を過去にしているので、残念ながらそういう人です。