PVアクセスランキング にほんブログ村
スポンサーリンク

川口時速125キロ逆走事故で「進行制御困難な高速度」として危険運転致死罪が成立した理由。

スポンサーリンク

以前、川口市にて一方通行道路を時速約125キロで逆走し、優先道路を通行していた被害者と衝突させた死亡事故がありましたが、

危険運転致死罪のうち「進行制御困難な高速度(処罰法2条2号)」を認め、「通行妨害目的(同4号)」は認めなかった。

 

大分地裁判決以降、まっすぐな道路をまっすぐ通行していた場合の「進行制御困難な高速度(処罰法2条2号)」について、検察官の立証方針が定まってきたように思えますが、判決文から確認します。

3 進行制御困難な高速度
⑴ 意義
自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条2号にいう「進行を制御することが困難な高速度」とは、速度が速すぎるために自車を道路の状況に応じて進行させることが困難な速度をいい、具体的には、そのような速度で走行を続ければ、道路の形状、路面の状況などの道路の状況、車両の構造、性能等の客観的事実に照らし、あるいは、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって、自車を進路から逸脱させて事故を発生させることとなるような速度をいうと解されており、両当事者もこれによっており、当裁判所もこの解釈に異論はない(判断の基礎となる「道路の状況」には、道路に設置された電柱や街路灯、道路両側の建造物等の道路周辺の設備等の状況を含むと解される。)。
立法当時、進行制御困難な高速度については、個々の歩行者や通行車両とは関係がなく、進路に沿って自車をコントロールすることができるかどうかによって判断される旨の議論がされていた。これは、進行制御困難な高速度該当性の判断に当たっては、道路や自車の状況等を考慮するが、他の走行車両や歩行者等の他の交通主体の状況は考慮するものではないことをいうものと解される。もっとも、他の交通主体の状況を考慮するものではないからといって、道路や自車の状況等を考慮して進行制御困難な高速度に当たると認められる場合に、衝突の対象が他の交通主体であったことによって、その高速度の性質や評価が変わるとは考え難い。そうすると、他の交通主体と衝突した場合に危険運転致死傷罪の成立が否定されることがあり得るのは、その場合、進行制御困難な高速度に当たらないことになるからではなく、進行制御困難な高速度による危険運転行為と事故発生との間の因果関係が認められないことになることによると解される。

⑵ 進行制御困難な高速度該当性
本件道路は、車道の幅約2.8m、本件交差点に近接した地点では幅約2.65m の狭隘な一方通行の直線道路であり、幅約1.5mの路側帯には車線を示す白線の中央から約0.73mから約1.15mの位置に電柱や街路灯が設置され、路側帯外側には住宅等の建物が立ち並んでいたものであって、最高速度が時速30㎞に制限されているのもそのような環境によるものと考えられる。
被告人は、そのような道路を、幅約184㎝の車両で、本来の進行方向での制限速度を基準としたとしても 90㎞以上超過する時速約125㎞、すなわち秒速約34.72mで走行したものである。車両と車線との間の余裕は車両の両側合計で約81㎝から100㎝であったのであり、道路の両脇共に街路灯等が設置された地点もあるから、速度及び周辺の設備等との間隔に照らして、被告人が周囲の物の存否や変化を認識できる範囲は相当限定されていたと考えられる上、ごく短時間前方の注視を怠ったりわずかにハンドルを誤操作したりしたのみでも車線を逸脱するなどする状況にあったし、そのような事態となった場合に、路側帯の電柱や街路灯、道路脇の建物等への衝突を回避するための措置を講ずることは到底困難な状況にあったことは優に認められる。
弁護人は、被告人が一方通行開始地点から衝突地点まで車線から逸脱することなく直進することができたことを指摘するが、進路から逸脱したことは進行を制御することが困難な高速度であることを推測させる事情となり得るが、逸脱しなかったからといって進行を制御することが困難な高速度に当たらないこととなるわけではないことは、条文の文言から明らかである。
よって、被告人の交差点進入時の速度は、進行を制御することが困難な高速度に当たる。

⑶ 因果関係
以上のとおり、被告人の走行は、狭隘さ等の道路状況と時速約125㎞の速度の大きさに照らして、進行方向に関わらず、道路の湾曲、電柱や街路灯及び建物等の道路状況を認識することや、わずかなミスによって周囲の状況に応じて自車をコントロールすることが困難となる度合いの大きいものであって、そのために事故を発生させることとなる危険は特に高いものであったと認められる。
被告人は、一方通行道路に逆方向に進入したのであるから、直ちに停止すること又は徐行して直近の側道等に進入して一方通行道路から離脱すること等が求められ、そのような道路状況に即した運転をしていれば本件事故を回避することができたと考えられる。本件衝突は、被害者車両の速度の目算を誤ったことや、優先道路である交差道路を進行してくる車両があり得ることについて予測を誤ったことによって生じたのではなく、本件道路を逆走して時速約125㎞で走行したことによって、周囲の状況を認識できる範囲が限定され、衝突回避の措置を講ずることも到底困難な状況を設定した被告人の危険運転行為の危険が現実化して本件事故が生じたものということができる。被告人が一方通行開始地点から本件交差点まで車線から逸脱することなく直進することができたことを考慮しても、この判断は揺らがない。
被告人は、停止や徐行もせず、側道からの離脱を模索することもなかったから、高速度運転をすることを強く決意していたことが明らかであり、周囲の状況に応じて衝突等を回避することはおよそ期待できない状況であったと認められ、そのことはこの認定を補強する。
よって、被告人の進行制御困難な高速度による危険運転行為と本件事故との間の因果関係が認められる。

⑷ 一方通行道路進入から衝突地点までの走行
検察官は、一方通行道路進入から衝突地点までの走行及び加速の状況も危険運転の公訴事実として主張するが、衝突地点付近の走行が進行制御困難な高速度と認められるときは、それまでの走行が進行制御困難な高速度と認められるとしても、その段階の運転行為は犯罪の成立に不可欠ではないし、本件事故との因果関係を認めるには疑いも残るから、この段階の運転行為は危険運転行為とは認定しない。

さいたま地裁 令和7年9月19日

危険運転致死で起訴する方針の報道では、道路の狭さや電柱の位置を重点的に捜査していたように、「この狭さで時速125キロでは、わずかな操作ミスで進路逸脱しかねない高速度」だと認めたことになる。

 

ところでさいたま地裁は、「逸脱しなかったからといって進行を制御することが困難な高速度に当たらないこととなるわけではないことは、条文の文言から明らか」とする。
これは立法時から言われて来たことで、進路逸脱は必須要件ではない。
条文上も「制御困難」であることを要件とするけど、制御困難性が具現化する必要はない。

4 進行制御困難高速度類型危険運転致死傷罪をめぐる問題

このように,相関的特定危険類型においては一定の改正による対応,運転制御困難類型のうちの酩酊運転類型については,準危険運転致死傷罪の制定という改正対応がなされている。これに対して,同じ運転制御困難類型においても,適用例がほとんどみられない技能欠如類型は別にしても,進行制御困難高速度類型については,その制定時から改正はなされていない。しかしながら,そのことは,立法時に想定された実態と,現実の事象との間に乖離が生じていないことを,必ずしも意味していないように思われる。近時,その適用の可否が問われる事案が目立つようになっているのである。
そこで,以下では,進行制御困難高速度類型に関する問題点を検討することにしたい。

( 1 )立法時の議論
進行制御困難高速度類型にいう「進行を制御することが困難な高速度で走行」というのは,立案担当者の解説では,「速度が速すぎるため,道路の状況に応じて進行することが困難な状態で自車を走行させることを意味する」とされた。それへの該当性が認められる具体例としては,以下の 2例が挙げられていた。①そのような速度での走行を続ければ,進路から逸脱させて事故を発生させることとなると認められる速度での走行,これには,カーブを曲がりきれないような高速度で自車を走行させる場合があたる,および②ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって,進路から逸脱させて事故を発生させると認められる速度での走行,である。これらの例示からもわかるように,運転者が自車を「その進路から逸脱させて事故を発生させる」ことが,主たる要素であると解されている。そして,そのような高速度にあたるか否かは,「基本的には,具体的な道路の状況,すなわちカーブや道幅等の状態に照らしてなされることとなる」とし,また「車両の性能や貨物の積載状況も,高速走行時の安定性に影響を与える場合がある」ことから,判断の一要素になるとされていた。
これに対して,「運転者の技能については,道路の状況や車両の性能とは異なり,類型的,客観的な判断にはなじみにくい面がある」ので,判断要素になることは通常はない,とされていた。また,道路状況等に照らし,このような速度であると認められない場合であれば「例えば,住宅街を相当な高速度で走行し,速度違反が原因で,路地から出てきた歩行者を避けられずに事故を起こしたような場合であっても,本罪には当たらないことになる」ともされていた15)。

(2)学説における議論
危険運転致死傷罪の制定以降,実務においてその成立限界が争われたのは,前述したように,酩酊運転類型と赤色信号等殊更無視類型に集中した面もあり,進行制御困難高速度類型について,とりわけ,立法者のいう「具体的な道路の状況」に関する議論は,相対的に論じられることは少なかった16)。
そのような中において,前記の立案担当者の見解を是認しつつ,「過失犯とは別個の犯罪類型である本罪の性質に鑑みると」,「速度超過に起因する単なる過失との区別」を明確にするために,「個別的な人や車の動きなどへの対応の可能性自体は考慮の外に置かれるべき」とする見解は,実務家から有力に指摘されていた17)。これは,立法当時における運転制御困難類型,特に進行制御困難高速度類型が,過失運転致死傷罪(現在)と量的にもっとも連続する類型であり,どこまでが過失で,どこからが制御困難類型危険運転致死傷罪なのかが類型的に不明確な部分があるので,前提となる危険行為(およびその認識)という部分で十分に絞りをかけた運用をしないと,過失運転致死傷罪を取り込みすぎることになる,との懸念を示す有力な見解18)とも呼応するものであるといえる。
すなわち,あえて標語的にいうのであれば,「具体的な道路の状況」に基づく判断に限定すべきであって,「具体的な交通の状況」との関係での進行制御困難という事態は,危険運転致死傷罪の想定する危険な運転ではない,とする見解が妥当してきたわけである。角度を変えてみれば,酩酊運転類型では,アルコール又は薬物の影響により「正常な運転が困難」な状態が規定されているのに対し,進行制御困難高速度類型では,あくまでも「その進行を制御することが困難」な高速度が規定されているという,条文上の文言の相違から,後者では,「具体的な交通の状況」との関係という判断要素は含まれないとの理解が導かれてきたといえる。

https://chuo-u.repo.nii.ac.jp/record/2000746/files/0009-6296_129_6-7_521-549.pdf

で。
違う記事にする予定だったのですが、かつて検察は「まっすぐ走れていたから」として同号での起訴を断念する傾向にあった。
これを考えて欲しいんだけど、そもそも条文上も学説も、進路逸脱は必須要件ではない。
しかし有罪の立証がないなら無罪の言い渡しをしなければならないとするのだから(刑訴法336条)、検察官が立証しないといけない。

 

しかし、まっすぐ走れていた場合の立証手法が確立されていなかっただけなのよね…
大分地裁の事案では、地検ナンバー2の検察官を投入して本気度を出した。
そして道路の轍に着目し時速194キロでは「わずかな操作ミスで進路逸脱しかねない高速度だった」と立証し、裁判所も認めた。

 

さいたま地裁判決は道路の狭さに着目した立証をしてますが、ようやく立法時から言われてきた内容の立証手法が確立されつつある。

 

まあ、法律知識がない人だと「まっすぐ走れていたから成立しません説」の真意を図りかねて、「弁護人の入れ知恵なんですぅ!」と陰謀論に傾いて正確な理解から遠ざかる一方ですが、理解よりもエンタメ化が目的になるとろくなことがない。

 

なお「通行妨害目的」についての判示は割愛します。

 

さてこの事件は、酒気帯び運転罪と危険運転致死罪の併合罪。
量刑の理由はこちら。

第5 量刑の理由
被告人は、酒気を帯びた状態で、住宅等が立ち並ぶ狭隘な一方通行の直線道路を100m以上にわたって逆走して加速した末、時速約125㎞で交差点内に進入し、交差する優先道路を走行中の被害者の車両に自車を衝突させて被害者に傷害を負わせて死亡させたものである。その運転は、交通ルールを意に介さない無謀なものである。
被告人は、一方通行道路に進入したことから焦って早くその出口まで到達しようと加速した旨供述するが、一方通行道路に進入する前から加速し始めたことや、進入した後も被告人や同乗者に表情の変化その他の反応はなかったことに照らすと、同供述は信用し難く、被告人は、何らの必要性や緊急性もないのに、強い決意で無謀な高速度運転に及んだというほかない。被害者にとって、逆走してくる被告人車両を予見し警戒することは不可能であり、落ち度のない被害者の生命が奪われたのは理不尽である。
そうすると、被告人の刑事責任は誠に重大であり、保険により相応の賠償がされることが確実であり、物損についても支払済みであることは大きく考慮すべきであるし、被告人が、被害者や遺族の心情を想像した上で、自己の判断の誤りや交通ルールを遵守することの重要性について考えを深めていることが認められるが、故意の行為により被害者を死亡させた事件を行った当時18歳の少年であった被告人について、保護処分を相当とする理由は認められず、主文掲記の厳罰は免れない。

さいたま地裁 令和7年9月19日

ところでこの事件は被告人が控訴している。
様々な論文をみても、大分地裁判決/さいたま地裁判決の結論は変わらないのではないかと思う。
そして大分地裁判決は、地検ナンバー2の検察官が登場して従来の立証手法とは異なる方向に行きましたが、検察官によって差が出るのも本来はよろしくない。
人間が立証するのだから、差が出るのも仕方ない面はあるにしろ。

ちなみにこの判決ではわりと重要な説示をしていると思ったのですが、それはどこでしょうか?

コメント

タイトルとURLをコピーしました