大分の時速194キロ事故について、福岡高裁は危険運転致死(進行制御困難な高速度、2条2号)を認めた原判決を破棄し、過失運転致死罪にとどまるとしたようですが、
詳しくは判決文が公開されないと語りようがない。
一応報道ベースでは以下が気になった。
法定速度の3倍を超える高速度は常軌を逸しており悪質ではあるものの、過失運転致死傷罪で処罰している裁判例が積み重なり、同様の解釈が定着してきていると説明。そのうえで「被告に対してのみ、特異な判断を維持することはできない」とした。
また、走行実験に参加したプロドライバーの「現場をミスなく運転することは難しい」との証言を採用した一審判決について、高裁は実験に使われた車両は被告の車と車種が異なり、「証拠価値に乏しい」と指摘。「被告の車両の具体的性能を前提として立証する必要があった」とした。
時速194キロ死亡事故、二審は危険運転認めず 懲役4年6カ月判決(朝日新聞) - Yahoo!ニュース大分市で2021年2月、時速194キロで車を運転して死亡事故を起こしたとして、自動車運転死傷処罰法違反(危険運転致死)の罪に問われた元少年(24)の控訴審判決が22日、福岡高裁であった。 平塚
争点となった危険運転に当たるかについて、平塚裁判長は「制御困難な高速度での走行」という構成要件を満たすには、路面状況が運転に与えた具体的な影響や、どの程度ハンドルを切ると車線を逸脱するのかといった立証が必要だと指摘。事故を起こす実質的危険性があったとした一審判決では、それらが十分に立証されていないと結論付けた。
二審は危険運転の適用認めず 時速194キロ、大分死亡事故―福岡高裁:時事ドットコム大分市で2021年2月、時速194キロで乗用車を運転し、死亡事故を起こしたとして自動車運転処罰法違反(危険運転致死)罪に問われた当時19歳の元少年の男(24)の控訴審判決が22日、福岡高裁であった。平塚浩司裁判長は同罪を適用して懲役8年とし...
これを見る限り、「まっすぐ走れていたから成立しない」という単純な話ではなく、進路逸脱を伴わない事例(つまり「制御困難性」が具現化してない場合)にはより高度な立証を要するという話であって、法解釈上は進路逸脱を伴わなくても「進行制御困難な高速度(2条2号)」が成立することを示唆したことになる(もし進路逸脱が必須要件ならば、「その余を判断するまでもなく」としてこの言及に及ばないので)。
一審判決で用いられた実験とはこちら。
関係証拠によれば、捜査機関は、令和6年5月20日、捜査用車両を使用し、警察官2名に、本件道路において時速60kmで走行させた上、サーキット場において時速60km及び時速140ないし150kmで走行させて、車両の揺れ及びハンドルの操舵角を計測する実験を実施したところ、同じ速度(時速60km)で本件道路及びサーキット場を走行した場合、一定角度を超えるハンドル操作の回数は本件道路の方が多く、同じ場所(サーキット場)で走行した場合、速度が上がれば(時速60kmと時速140ないし150km)、車両の揺れが大きくなり、一定角度を超えるハンドル操作の時間当たりの回数が多くなるという結果が得られたことが認められる。
この点、弁護人が主張するとおり、本件道路における走行実験は、本件事故から3年以上経過した後に実施されたものであり、路面の状況が本件事故当時と同一であるとはいえないこと、使用車両が被告人車両と同種ではないことなどを考慮すると、前記の実験結果は、本件事故当時の被告人車両の揺れの有無・程度や被告人のハンドル操作状況を具体的に推認し得るものではないが、一般的に、自動車は、速度が速くなると、揺れが大きくなり、運転者のハンドル操作の回数が多くなる傾向があるという限度では、その証拠価値を肯定できる。
大分地裁 令和6年11月28日
一審も警察の実験結果を「本件事故当時の被告人車両の揺れの有無・程度や被告人のハンドル操作状況を具体的に推認し得るものではない」とし、「一般的に、自動車は、速度が速くなると、揺れが大きくなり、運転者のハンドル操作の回数が多くなる傾向があるという限度では、その証拠価値を肯定できる」という一般論の限度でしか証拠価値を認めていない。
しかし福岡高裁は被告人車両と同一じゃないと証拠価値が乏しいと判断した様子。
ただし報道とは重要な部分が割愛されがちなので、詳しくは判決文を待つしかない。
さて。
上級審が事実誤認により原判決を破棄する場合について、以下最高裁判例がある。
(1) 刑訴法は控訴審の性格を原則として事後審としており,控訴審は,第1審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく,当事者の訴訟活動を基礎として形成された第1審判決を対象とし,これに事後的な審査を加えるべきものである。
第1審において,直接主義・口頭主義の原則が採られ,争点に関する証人を直接調べ,その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が判断され,それらを総合して事実認定が行われることが予定されていることに鑑みると,控訴審における事実誤認の審査は,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであって,刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。したがって,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。このことは,裁判員制度の導入を契機として,第1審において直接主義・口頭主義が徹底された状況においては,より強く妥当する。最高裁判所第一小法廷 平成24年2月13日
なお補足意見がついている。
裁判官白木勇の補足意見は,次のとおりである。
1 これまで,刑事控訴審の審査の実務は,控訴審が事後審であることを意識しながらも,記録に基づき,事実認定について,あるいは量刑についても,まず自らの心証を形成し,それと第1審判決の認定,量刑を比較し,そこに差異があれば自らの心証に従って第1審判決の認定,量刑を変更する場合が多かったように思われる。これは本来の事後審査とはかなり異なったものであるが,控訴審に対して第1審判決の見直しを求める当事者の意向にも合致するところがあって,定着してきたといえよう。
この手法は,控訴審が自ら形成した心証を重視するものであり,いきおいピン・ポイントの事実認定,量刑審査を優先する方向になりやすい。もっとも,このような手法を採りつつ,自らの心証とは異なる第1審判決の認定,量刑であっても,ある程度の差異は許容範囲内のものとして是認する柔軟な運用もなかったわけではないが,それが大勢であったとはいい難いように思われる。原審は,その判文に鑑みると,上記のような手法に従って本件の審査を行ったようにも解される。
2 しかし,裁判員制度の施行後は,そのような判断手法は改める必要がある。
例えば,裁判員の加わった裁判体が行う量刑について,許容範囲の幅を認めない判断を求めることはそもそも無理を強いることになるであろう。事実認定についても同様であり,裁判員の様々な視点や感覚を反映させた判断となることが予定されている。そこで,裁判員裁判においては,ある程度の幅を持った認定,量刑が許容されるべきことになるのであり,そのことの了解なしには裁判員制度は成り立たないのではなかろうか。裁判員制度の下では,控訴審は,裁判員の加わった第1審の判断をできる限り尊重すべきであるといわれるのは,このような理由からでもあると思われる。
本判決が,控訴審の事後審性を重視し,控訴審の事実誤認の審査については,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであるとしているところは誠にそのとおりであるが,私は,第1審の判断が,論理則,経験則等に照らして不合理なものでない限り,許容範囲内のものと考える姿勢を持つことが重要であることを指摘しておきたい。
福岡高裁が証拠の信用性が乏しいとしたことが、論理則、経験則等から不合理と言えるのか?は判決文を見ないとわからない。
検察が最高裁に上告するかはわかりませんが、最高裁は事実取り調べをしない法律審。
今さら同一車種で実験しても、証拠として見てもらえない(つまり一審証拠の信用性を主張するしかない)。
そして上告するには憲法違反か判例違反がないと原則としてできないわけですが(現実には無理筋の判例違反を主張し、「破棄しなければ著しく正義に反する」を期待することも多いとはいえ)、検察の対応には注目かと。
まあ、同一車種で一般公道を封鎖して著しい高速度の実験をすることが許されるのか?という疑問がありますが、どちらにせよ、判決文がないと何もわからない。
なお、大分地裁判決、最高裁判決はともに裁判所ホームページに掲載されてます。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。




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