読者様から質問をいただきました。
質問内容はこの動画についてです。
「赤信号無視の車両や歩行者を青信号側が常に予見しなければならないわけではない」とし、「しかし注意する義務がある」とも述べ、「夜間に酩酊者がいる場合には信頼の原則は適用されない」と解説していますが、これは酩酊者がいることを予想して減速や徐行をしなさいという意味なのでしょうか?赤信号を無視したのが酩酊者だった場合に青信号側が有罪になるなら、青信号で交差点に接近し通過しようとしている車両からすれば信号無視するのが車両なのか酩酊者なのかわからないはずなのに、信号無視したのが偶然車両だったなら無罪、信号無視したのが偶然酩酊者だったなら有罪になり、結局青信号で交差点に接近し通過しようとする車両は何をしていれば良かったのかわかりません。このあたりを解説してもらえませんか?
これについては以前解説しているのですが、

簡単にいえば、運転レベル向上委員会が法令解釈と判例解釈を間違っているために、意味不明な解説になっている。
正確はこちら。
赤信号を無視して交差点に進入する車両や歩行者を予想して予め警戒する注意義務はないものの、無視して進入してきた車両や歩行者との衝突を回避することが可能な場合であれば、衝突を回避する必要があり、回避可能なのに衝突を回避しなかったなら有罪、回避不可能な場合は無罪。

赤信号無視した車両や歩行者が「視認可能」になった地点において、直ちに急ブレーキを掛ければ回避可能なのに回避しなかったのであれば、相手が車両だろうと酩酊者だろうと、青信号側は「前方不注視により急ブレーキが遅れて衝突した」として有罪になる。
ところが相手が信号無視したことが「視認可能」になった地点において、制限速度内で通行していた車両が急ブレーキを掛けたとしても回避不可能な距離だった場合には無罪になる。

で。
運転レベル向上委員会がいくつか判例を取り上げてますが、最高裁 昭和45年9月29日(運転レベル向上委員会は9月25日としているが誤り)では信頼の原則が適用され(なお本件は「対車両」である)、高松高裁 昭和49年10月29日、東京高裁 昭和59年3月13日(ともに酩酊者)では信頼の原則が適用されなかったことから、対車両であれば信頼の原則が適用され、対酩酊者であれば信頼の原則が適用されないという誤った捉え方をしている。
これが誤りと断言できるのは、最高裁の事案は「制限速度内で信号無視した車両を視認可能な地点で急ブレーキを掛けても回避不可能な事例」だから信頼の原則が適用されたに過ぎず、高松高裁と東京高裁の事案は「通常の前方注視をしていれば、余裕で衝突を回避できた事例」であり、それがたまたま酩酊者だったに過ぎない。
話の前提になる部分を無視した「判決文の切り抜き」をするから正しい理解に至らないわけでして。
では最高裁の事案からみていきます。
①最高裁判所第三小法廷 昭和45年9月29日決定
職権によつて調査すると、原判決およびその是認する第一審判決は、本件交差点は、信号機による交通整理の行なわれている交差点であるが、被告人の進行していた道路は幅員が約一二、一メートルであるのに対し、これと交差する道路の幅員は約一六メートルであり、信号機はやや時差のある変則信号であり、交差点付近手前までは人家のため見とおしが悪いのであるから、自動車運転者としては、右交差点に進入するについて、徐行して左右道路の車両との交通の安全を確認すべき注意義務があるとして、これを怠つた被告人に過失があるとしているのである。しかし、右のような事情がある場合でも、いやしくも信号機の表示するところに従つて運転をすれば、他の道路から進入する車両と衝突するようなことはないはずであるから、自動車運転者としては、信号機の表示するところに従つて自動車を運転すれば足り、いちいち徐行して左右道路の車両との交通の安全を確認すべき注意義務はないものと解するのが相当である。
最高裁判所第三小法廷 昭和45年9月29日
一審と二審は、「信号がある交差点でも見通しが悪い以上は徐行して左右の確認をして通行する注意義務があり、徐行して警戒しなかったために信号無視車両との衝突を回避できなかった」として有罪にしている。
つまり通常の制限速度であれば回避不可能な事案ですが、最高裁は「信号機の表示するところに従つて自動車を運転すれば足り、いちいち徐行して左右道路の車両との交通の安全を確認すべき注意義務はない」として原審の判断を否定している。
しかしこの事案はそもそも、被告人も赤信号無視であるという事情があり、原審の理屈は間違っているものの過失責任があるという判断については正当だから上告を棄却した。
②高松高裁 昭和49年10月29日判決
この事案は信号無視した酩酊者と青信号車両が衝突したもの。
高松高裁は青信号車両に信頼の原則を認めず有罪としてますが、理由は以下。
被告人は、衝突地点の約28メートル西方(実況見分調書第二見取図①点)で本件交差点の北東端にある信号を見たのであるが、その際同交差点北から南進し、交差点手前停止線に停止していたX巡査運転のパトカーをも認めたのであるから、もし被害者が北側の歩道に立つていたり、同歩道から道路中央部へ移動していたならば、当然被告人はそれをも目撃しているはずであるのに、何らそのような物を見た形跡がない。また本件事故は、被告人車の右前部と被害者の身体の右側とが衝突して起つたものと考えられ(被害者の右手背擦過傷、右大腿打撲擦過傷、右下腿複雑骨折等の傷害から同人の右側に当つたものと考えられる。)、それによると被害者は衝突現場で西方ないし西北方(被告人車の来る方向)を向いていたものと考えられる。さらに前記のように、被害者は瓦町から歩いて本件交差点に来たものと考えられるので、その地理的関係から言つても本件道路の南側歩道を歩いて交差点にさしかかり、西方から東進してくる被告人車を認め得る南側歩道から、横断歩道に沿つて衝突地点の方へ移動したものであると考えるのが自然である(なお被害者が寄つたと思われる五番丁タクシーは本件道路の南側にある。記録57丁)。そして実況見分調書における被告人の指示説明その他関係証拠によれば、被告人が衝突地点の16メートルあまり西方(上記見取図②点)で被害者を発見した時から衝突時までの間に、被害者は移動しておらず、立ち止つたままであつたことが認められるので、これら諸般の情況を総合して考えると、被害者は、被告人に発見される以前に、本件交差点の南東の歩道から移動して衝突地点付近に進出して立ち止まり、被告人車の方を見ていたものと考えられ、当時深夜で交通が閑散であり、かつ前記のように相当飲酒酩酊していたため、信号機のことには気がつかず、南側から北側車道に向つて進出し、同車道を走行してくる被告人の空ハイヤーをとめ、乗車しようとしたのではないかとの推測も十分可能といわなければならない。ところで問題は、被害者は右移動に際し、論旨のいうように秒速5メートルもでとび出したものか、普通に歩行して行つたものかの点であるが、この点確たる証拠はないものの、被害者が56歳の高校教師であり、相当酒に酔い、かつ、つかれた状態で急に走り出すという元気があつたものとは考えられず、よほど急いだとしても原判決のいう秒速1メートル6、70センチメートル程度ではなかつたかと考えられる。いずれにしても本件交差点の南東隅附近の歩道に対する西方車道からの見とおしは極めて良好であり、同所において赤信号を無視して横断歩道を渡ろうとしている者があれば、相当遠方からでも見える筈であり、急に物蔭から飛出したという状況でなかつたことは明らかである。もつとも当時同所には照明設備がなく暗かつたということであるが、被告人の前照灯の照射距離は40ないし50メートルであるから、被告人が前方注視さえ怠らなければ、もつと早期に被害者の動静を発見してその危険を予知し、これを回避するため有効適切な措置がとれた筈である。
高松高裁 昭和49年10月29日
この事案における被告人の主張は以下。
本件交差点に向つて東進してくる被告人の空タクシーを発見した同人は、これに乗せてもらうべく、酩酊のためその危険に気づかず、いきなり道路中央に飛び出して行き、そのタクシーの前面に立ちふさがつたと考えられるのであり、もしこの事実を前提とするときは、仮に被告人が時速50キロメートルの制限速度を遵守していたとしても衝突を避けることは無理
被告人が主張する事実を元にすれば、確かに被告人車には回避可能性がなく、信頼の原則が適用され無罪になりうる。
しかし裁判所が認定した事実は「いきなり飛び出しではない」だし、認定事実を元に考察すれば「被告人が前方注視さえ怠らなければ、もつと早期に被害者の動静を発見してその危険を予知し、これを回避するため有効適切な措置がとれた」であるから信頼の原則は適用されない。
それがたまたま酩酊者だっただけなのよね。
判決文後半のみを切り抜きするから、どのような事実認定を元にした判断なのかを見誤る。
③東京高裁 昭和59年3月13日判決
この事案も青信号車両と、酩酊信号無視歩行者の衝突事故です。
東京高裁は信頼の原則を適用する事例ではないとしてますが、理由は以下。
本件は、被告人が深夜(略)普通乗用自動車を運転し、車道幅員約12mで片側一車線の歩車道の区別のある道路を時速約40キロメートルで走行中、本件交差点にさしかかり、青色信号に従い右交差点を直進しようとした際、酔余赤色信号を無視して交差点内中央付近を右から左へ横断歩行していた本件被害者2名を約13ないし14m先に初めて発見し制動措置をとることができないまま自車前部を両名に衝突させたことが明らかであり、これに反する証拠は存在しないところ、本件交差点出口南側横断歩道の左側に街路灯があるため、交差点手前の停止線から40m手前(本件衝突地点からは約51.4m)の地点から本件衝突地点付近に佇立する人物を視認できる状態にあり、しかも被害者の服装は、一名が白色上衣、白色ズボン、他の一名が白色ズボンであったから、被告人は通常の注意を払って前方を見ておけば、十分に被害者らを発見することができたと認められる。なるほど、被告人車の進路前方右側は左側に比べて若干暗くなっているけれども、(証拠等)によれば、被告人が最初に被害者らを発見した段階では、すでに被害者らは交差点中心よりも若干左側部分に入っており、しかも同人らは普通の速度で歩行していたと認められるから、前記見通し状況のもとで、被告人が本件の際被害者らを発見する以前に同人らを発見することは十分に可能であったと認められる。
そして、本件が発生したのは深夜であって、交通量も極めて少ない時間であったこと、本件事故時には被告人車に先行する車両や対向してくる車両もなかったし、本件道路が飲食店等の並ぶ商店街を通るものであること、その他前記本件道路状況等に徴すると、交通教育が相当社会に浸透しているとさいえ、未だ本件被害者のように酔余信号に違反して交差点内を横断歩行する行為に出る者が全くないものともいいがたく、したがって、本件において、被告人が本件交差点内に歩行者が存することを予見できなかったとはいえないし、また、車両運転者が歩行者に対し信号表示を看過して横断歩行することはないとまで信頼して走行することは未だ許されないというべきである。
東京高裁 昭和59年3月13日
通常の注意を払って前方を見ておけば余裕で衝突を回避できた事例です。
この事例にしても、「信号無視する者を予見して予め減速徐行しろ」という話ではなく、「前方注視していれば普通に回避可能だったのだから、信頼の原則と称して青信号車両の前方注視義務を免除することにはならんだろ」でしかない。
そしてたまたま相手が酩酊者だっただけの話で、「酩酊者だから信頼の原則を適用しない」という意味ではない。
これらから見えるのは、結局のところこれなのよね。
赤信号を無視して交差点に進入する車両や歩行者を予想して予め警戒する注意義務はないものの、無視して進入してきた車両や歩行者との衝突を回避することが可能な場合であれば、衝突を回避する必要があり、回避可能なのに衝突を回避しなかったなら有罪、回避不可能な場合は無罪。

で。
民事においては、このように基本過失割合が設定されている。
| 相手が赤信号無視4輪車の場合 | 相手が赤信号無視自転車の場合 | 相手が赤信号無視歩行者の場合 | |
| 青信号4輪車の過失 | 0% | 20% | 30% |
赤信号無視した4輪車との事故では、青信号4輪車の基本過失割合は0%。
しかし対自転車や対歩行者では、青信号4輪車にも過失割合が設定されている。
これについて判例タイムズを読むとわかるのですが、基本的な考え方に差があるのでして。
| 赤信号無視4輪車の場合 | 赤信号無視自転車の場合 | 赤信号無視歩行者の場合 | |
| 青信号4輪車の過失 | 0% | 20% | 30% |
| 基本過失割合の設定理由 | 青信号4輪車に過失がない前提 | 青信号4輪車に過失がある前提 | 青信号4輪車に過失がある前提 |
4輪車と4輪車の基本過失割合では、青信号4輪車に過失が「ない」前提、つまり青信号4輪車に回避可能性がない前提で基本過失割合を設定した。
しかし対自転車や対歩行者の基本過失割合では、青信号4輪車に過失が「ある」前提、つまり青信号4輪車にも回避可能性があることを前提にしており、青信号4輪車に過失がない(回避可能性がない)場合には適用しないことも書いてある。
なぜこのようにしているかを考えると、クルマ、自転車、歩行者では速度が違うことが大要素と考えられる。
通常40~50キロかそれ以上で通行するクルマが赤信号無視して交差点に進入してきた場合、ほとんどの場合には青信号側には回避可能性が全くない。
例えば下記事案は、仮に異常な高速度ではなかったとしても、青信号側に回避可能性があるとは思わない。
下記なんかは、青信号車両視点で「赤信号無視車両を視認可能になった地点」で急ブレーキを掛けたとしても、回避不可能ですよね。
クルマ対クルマの事故では、青信号車両に回避可能性がない事案がほとんどだから、基本過失割合を「0:100」に設定し青信号車両に過失がない前提にしている。
ところが歩行者のように時速4~8キロ程度の低速な場合、多くの場合青信号車両には回避可能性があるのだから、衝突した場合には「過失がある前提」で基本過失割合が設定されている。
対車両、対歩行者だから過失割合が違うという理解が本当に正しいのかは疑問で、要するに車両と歩行者では速度が違うことに起因して考え方を変えているのでしょう。
なお判例タイムズによると、歩行者が赤信号無視して横断してきた場合であっても、急な飛び出しなど回避不可能な事案では基本過失割合を適用せず無過失になることが記載されており、基本過失割合は「何らかの過失があることが多いから、過失がある前提にしており、過失が認められない事案では適用されない」という原則になっている。
現実の民事裁判においては、車両対車両の赤信号無視事故であっても、青信号側に回避可能性がある場合には青信号側にも過失をつけている。
で。
これらから言えるのは、制限速度内できちんと前方注視していれば、それで十分ということ。
交差点安全進行義務(36条4項)も同じことを言っているのだし。

陥りがちな罠なんだけど、執務資料は判例集ではないのだから、判決文の抜粋しか掲載されていない。
判決文の抜粋を見て、そこから判決文全体を探して読むならいいんだけど、それを怠れば判決の意味を取り違えて間違える。
そういう間違いをすれば認識が歪み運転も危険になりかねないから、きちんと判決文全体を探して読みましょう。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


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