こちらについてご意見をいただきました。

ご意見の前に、記事中の判例について。

事故の態様は、直進バイクと右折車の事故。
なお信号無視はありません。
直進バイクは著しい高速度と、無灯火という事案。
基本過失割合は直進バイク15%、右折車85%ですが、東京地裁 令和元年6月25日判決は右折車無過失(自賠法3条但し書きの適用)を認めている。
交差点内を右折しようとする⾃動⾞(⾃動⼆輪⾞を含む。以下同じ。)の運転者としては,対向直進⾞の有無さえ確認すればよいというものではなく,右折進路先の当該交差点⼜はその直近で道路を横断する歩⾏者の有無などの安全にも特に注意して進⾏しなければならないのであり(道路交通法36条4項参照),夜間においては,発⾒しづらくなる歩⾏者の有無はより慎重に確認されるべきである。また,もとより,交差点内を右折しようとする⾃動⾞の運転者は,その進⾏中,対向道路の状況を常に視認し続けなければならないというものではない。そして,⾃動⾞の運転者にとって,夜間の⾛⾏時に前照灯を点灯させるというのは必ず順守されるべきごく基本的な義務であり,深夜という時間帯であればこれを失念するということも考えにくく,その他この義務を履⾏するのに何らかの⽀障があるとは考え難い。そうすると,深夜,交差点を右折しようとする⾃動⾞の運転者としては,対向直進⾞(⾃動⾞)は前照灯を点灯しているものと信頼してよく無灯⽕で進⾏してくる対向直進⾞(⾃動⾞)があり得ることまで予⾒すべき義務はないものと解される。
東京地裁 令和元年6月25日
では頂いたご意見を。
無灯火分の修正要素が10%になっていることからも明らかにおかしい。
そもそも勘違いしちゃいけないのは、「無灯火だから」という理由で直ちに信頼の原則が適用されたわけではないこと。
右折車が対向直進車を確認する際に、無灯火であるとしても「普通に視認可能」であれば、信頼の原則は適用されない。
なぜなら前方注視していれば普通に無灯火のバイクが視認できるなら、信頼の原則と称して前方注視義務を免除することにはならないのでして。
この事案は、無灯火の直進バイクを「視認不可能」な事案であって、右折車からすれば対向車がいないことをきちんと確認したのに、右折開始したら直前になって無灯火のバイクが視認可能になったもの。
頑張って前方注視しても視認不可能なのに、視認不可能な直進バイクに気づかなかったことは不注意(過失)と言えますか?
視認不可能なものを視認できなかったことを、法律上「不注意(過失)」と言えますか?
もちろん言えないですよね。
だから「深夜,交差点を右折しようとする⾃動⾞の運転者としては,対向直進⾞(⾃動⾞)は前照灯を点灯しているものと信頼してよく無灯⽕で進⾏してくる対向直進⾞(⾃動⾞)があり得ることまで予⾒すべき義務はない」となる。
もちろんですが、無灯火のバイクであっても視認可能なケースには当てはまりません。
では基本過失割合から派生する「無灯火の過失修正10%」とは何なのか?
右直事故の基本過失割合が想定する典型例は、右折車が確認不足など「右折車に過失がある」前提になっている。
過失がある前提での「無灯火修正」なのだから、要するに「無灯火であるから視認しづらくなってはいるが、視認不可能ではないケース」なのよ。
信頼の原則って判決文の一部を抜粋すると勘違いしやすいんだけど、例えば「赤信号を無視して交差点に進入する車両や歩行者を予見する注意義務はない」とした最高裁判例がある一方、
①最高裁判所第三小法廷 昭和45年9月29日決定
職権によつて調査すると、原判決およびその是認する第一審判決は、本件交差点は、信号機による交通整理の行なわれている交差点であるが、被告人の進行していた道路は幅員が約一二、一メートルであるのに対し、これと交差する道路の幅員は約一六メートルであり、信号機はやや時差のある変則信号であり、交差点付近手前までは人家のため見とおしが悪いのであるから、自動車運転者としては、右交差点に進入するについて、徐行して左右道路の車両との交通の安全を確認すべき注意義務があるとして、これを怠つた被告人に過失があるとしているのである。しかし、右のような事情がある場合でも、いやしくも信号機の表示するところに従つて運転をすれば、他の道路から進入する車両と衝突するようなことはないはずであるから、自動車運転者としては、信号機の表示するところに従つて自動車を運転すれば足り、いちいち徐行して左右道路の車両との交通の安全を確認すべき注意義務はないものと解するのが相当である。
最高裁判所第三小法廷 昭和45年9月29日
最高裁判例以降であっても「被害者が赤信号を無視した事故」について、青信号車両を有罪としたものはいくつかある。
②東京高裁 昭和59年3月13日判決
本件は、被告人が深夜(略)普通乗用自動車を運転し、車道幅員約12mで片側一車線の歩車道の区別のある道路を時速約40キロメートルで走行中、本件交差点にさしかかり、青色信号に従い右交差点を直進しようとした際、酔余赤色信号を無視して交差点内中央付近を右から左へ横断歩行していた本件被害者2名を約13ないし14m先に初めて発見し制動措置をとることができないまま自車前部を両名に衝突させたことが明らかであり、これに反する証拠は存在しないところ、本件交差点出口南側横断歩道の左側に街路灯があるため、交差点手前の停止線から40m手前(本件衝突地点からは約51.4m)の地点から本件衝突地点付近に佇立する人物を視認できる状態にあり、しかも被害者の服装は、一名が白色上衣、白色ズボン、他の一名が白色ズボンであったから、被告人は通常の注意を払って前方を見ておけば、十分に被害者らを発見することができたと認められる。なるほど、被告人車の進路前方右側は左側に比べて若干暗くなっているけれども、(証拠等)によれば、被告人が最初に被害者らを発見した段階では、すでに被害者らは交差点中心よりも若干左側部分に入っており、しかも同人らは普通の速度で歩行していたと認められるから、前記見通し状況のもとで、被告人が本件の際被害者らを発見する以前に同人らを発見することは十分に可能であったと認められる。
そして、本件が発生したのは深夜であって、交通量も極めて少ない時間であったこと、本件事故時には被告人車に先行する車両や対向してくる車両もなかったし、本件道路が飲食店等の並ぶ商店街を通るものであること、その他前記本件道路状況等に徴すると、交通教育が相当社会に浸透しているとさいえ、未だ本件被害者のように酔余信号に違反して交差点内を横断歩行する行為に出る者が全くないものともいいがたく、したがって、本件において、被告人が本件交差点内に歩行者が存することを予見できなかったとはいえないし、また、車両運転者が歩行者に対し信号表示を看過して横断歩行することはないとまで信頼して走行することは未だ許されないというべきである。
東京高裁 昭和59年3月13日
信頼の原則を理解する上では、有罪判例と無罪判例の差を考える必要がある。
最高裁判例は、原判決は「青信号であっても左右の見通しが悪いのだから、徐行すべき注意義務があった」とする。
しかし最高裁は徐行すべき注意義務はないとした。
要するに、「徐行していれば衝突を回避できた事案」であり、「徐行していなかったから衝突を回避できなかった事案」でもある。
しかし東京高裁のケースは、「普通に前をみていれば余裕で視認できた事案」でしかなく、「普通に前をみていれば余裕で衝突を回避できたのだから、前方不注視は明らか。赤信号無視する人を想定して注意する義務はないにしても、すでに赤信号無視した人が遠くに視認できたのだから、信頼の原則と称して前方注視義務を免除することはムリ」でしかない。
一見すると判断が割れた判決にみえても、割れたのは判決であって、判断基準は同じなのよね。
さて話を戻しますが、「相手が無灯火だから」という理由で信頼の原則を適用したのではない。
無灯火で、しかも視認できないから信頼の原則が適用されたに過ぎない。
つまり、無灯火であっても視認可能なケースには当てはまらない。
ここを理解するには、類似事案を対比して検討した方がわかりやすいかも。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


コメント