今回取り上げるのはこちら。
事故の概要は、前方不注視のクルマが妊婦に後方から衝突し、妊婦は死亡、胎児は重度の脳障害を負って生まれたというもの。
刑法上、胎児に対する傷害は罪にならない。
あくまでも母体に対する傷害として評価せざるを得ないところ、この事案は検察官が訴因変更し、子の名前と状態を起訴事実に盛り込んだ。
判決は2年6月の実刑判決ですが、執行猶予がつかなかった珍しい判例としても知られている。
さて、今回は執行猶予がつかなかった理由を見ていく。
(量刑の理由)
本件事故現場は、直線道路であり、周囲は明るく見通しも良く、被告人の視界を遮るものは何もなかった。他方、被害者は、被告人車両から見て前方の道路右端の路側帯を被告人車両と同一の方向に歩いていた。したがって、被告人が被害者との衝突を避けるためにとるべき運転操作は、被告人車両をそのまま直進させるという極めて容易なものであった。
しかるに、被告人は、約80mもの距離を約9秒間にもわたり被告人車両を右方向に斜行させ、被害者の背後から衝突したものである。しかも、ドライブレコーダー映像によれば、被告人は、斜行を始めた後、ブレーキ操作やハンドルを戻そうとした様子は全くみられない。そうすると、被告人は、被告人車両の斜行にも被害者の存在にも全く気が付いていなかったというほかなく、前方左右の注視や、ハンドル・ブレーキの的確な操作を怠った過失の程度は非常に重大である。被害者は、後方から斜行して接近してきた被告人車両を避けられるはずもなく、被害者に過失は一切ない。
被害者は、本件事故により、急性硬膜下血腫や同人が懐胎中の胎児に胎児機能不全を生じさせる循環不全等の重傷を負って死亡しており、取り返しのつかない重大な結果が生じている。何ら落ち度のない被害者は、若くして突然命を奪われた。被害者が夫婦で誕生を心待ちにしていた我が子を抱くこともできずにこの世を去る無念は計り知れない。また、被害者の懐胎し本件事故前まで順調に生育していた胎児(出生後の氏名はB)は、本件事故により被害者が負った傷害により、胎児機能不全となり低酸素脳症の仮死状態で生まれ、出生後から意識がない上、自発呼吸も不可能な状態であり、現在も回復困難な病態が続き、24時間介護が必要な状況にある。弁護人は、被告人が被害者が妊婦とまでは認識することが困難であり、個別的事情は評価するべきでないと主張するが、被告人が予見することは可能であったといえるから、採用できない。当然ながら、被害者遺族の処罰感情は峻烈である。
以上検討したとおり、本件の過失はもとよりそれにより生じた結果の重大性を踏まえると、被告人の刑事責任は重いものであり、本件は実刑に処すべき事案である。
その上で、被告人が公訴事実を認め、反省の態度を示していること、今後、任意保険により遺族らに一定の被害弁償がなされることが見込まれること、被告人に前科がないことなどの酌むべき事情も考慮し、被告人を主文に掲げたとおりの刑に処することとした。名古屋地裁一宮支部 令和8年6月18日
9秒間もの間斜行したのにハンドル操作もなく、過失の程度は重大なのは言うまでもない。
さらに見通しもよく被害者の発見は極めて容易なのに、全く見えていなかったことを考えても基本的な前方注視を怠っており、極めて容易なことを怠ったという評価。
そして過失の重大性と「結果の重大性」を踏まえて実刑判決としてますが、執行猶予の有無に胎児への傷害が関係したと考えられる。
ところでこの裁判は、被告人、検察官双方ともに控訴しなかったため、判決が確定している。
被害者が妊婦であることの予見可能性については争いがあったようですが、大筋では被告人は罪を認めている。
ちなみに被害者遺族は「罪を重くしろ」と要望していたわけではない。
胎児を一人の人間として扱って欲しいという趣旨の様子。
判決文を見る限り、胎児に傷害を負わせたことも含めて量刑判断されたと考えられますが、仮に訴因変更しなかった場合、つまり胎児への傷害の事実を起訴事実に含めなかった場合には執行猶予になっていたのだろうか?
興味深い判例です。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


コメント
心情的には、判決通り、胎児も人であるので考慮するのが良いと思います。
そのことは大前提として、解釈論の話として。
法的には、生まれるまでは母体の一部で人格ままだ無い、とされるのを曲げて解釈しているわけで、
(そもそも訴因に子供の名前を盛り込んだ検察官の問題かもしれませんが)
(生まれる前の子供に、法的には名前は無いですね)
そのあたりが判決後に議論にならなかったのか、疑問に思います。
法定の刑罰の中で量刑で重くした、ということなら、曲げていることにはならないのか・・・。
コメントありがとうございます。
要するに、母体への侵害の程度として胎児への影響をも評価したと取れるため、胎児への傷害自体を罪にしたわけではないのかなと。
あくまでも量刑判断としての評価で、罪自体は評価してないわけですね。
解説ありがとうございます。
遺族が「罪を重くしろ」と言っていたわけではない、ということなら、執行猶予になるのを避けて、被告にちゃんと反省してもらおう、ということなのかもしれません。
コメントありがとうございます。
要するに遺族的には、「胎児への傷害自体が無かったこと」にされたくないのだと思います。
現実に起きたことを判決文という公的文書に記録を残してほしいのかと