子供の命は、スマホよりも軽いんですかね?

今日、ちょっと用事があって駅にママチャリで行き、用事を済ませたあと。
どうにも許しがたいことがありまして。



違法のデパートや!

駅から歩いて駐輪場に向かおうとしていたところ、ママチャリに乗った方が、歩道で、私にほぼ接触するくらいの至近距離で追い越して行ったんですね。
かなり広い歩道、というよりも駅前のターミナルなんで、広場みたいになってます。
こんな歩行者の至近距離を追い越さなくて・・・と思ったのですが、もっと驚いたのはこんな感じです。

・後部に子供を一人乗せている
・抱っこひもで子供を一人抱っこしている
・運転手のお母さんは、スマホで通話中
・そのため片手運転になり、2m程度の幅でフラフラ左右にジクザグ走行

オイ!!
これぞ、違法行為のデパートや!と突っ込み入れたくなるレベルです。

さらに言いますと、この方、満車になっている駐輪場に、管理人の制止を無視して突入しようとして咎められ、それでも通話は止めず、かなり大きな信号を信号無視して通過。
自動車がビックリしてクラクション鳴らしてましたが・・・

ここまでで、この方が犯した違反は、
・乗車違反(抱っこ)
・片手運転(スマホ通話)
・信号無視

呆れるしかありません。
ちなみにですが、歩道で対向してきた自転車とぶつかりそうになってました。

不幸中の幸いというか、急いでいる要素もなく、速度で言うとかなりの低速です。
低速すぎるからふらつくというのもありますが(片手運転だからというほうが大きいでしょうが)。

よくあれで、死なないなと不思議に思うレベル

正直なところで言いますと、抱っこひもで抱っこして乗っているお母さんは結構います。
スマホで通話しながら乗っている人もよく見かけますし、スマホを操作しながら乗っている人もよく見かけます。

信号無視も、小さな交差点だと時折見かけます。

車と違って、現実的には違反を取られるというか、取り締まりにあうこともほぼないのがママチャリですので、【これくらいみんなやっているしいいじゃん】的な発想なのかもしれません。

ちなみにですが、おんぶして乗車することは、法律上問題ありません。
もちろん、大人をおんぶして乗車するのはNGですが。

抱っこがダメでおんぶはOK、という法律がおかしいと思う人も多いです。
これについて、おんぶだと子供の様子が見えないし、泣きやまないから現実的ではないという意見も多いのが現状ですが、万が一の落車転倒事故の際は、抱っこのほうが危険が高いからだと言われています。
ママチャリで落車という表現もなんかしっくりこないですが、法律上そうなっているわけなのが現実です。

実際、神奈川県では、抱っこひもで抱っこした状態から落車転倒し、子供がなくなるという事件も起こっています。
ただし、おんぶでもこのような東京工業大学の実験結果があります。
https://withnews.jp/article/f0161207002qq000000000000000W04z10701qq000014367A

ただ現状としては、抱っこは違法になるわけですので、違法なことをして、理由を付けてあーだこーだ言うのはちょっと筋が違うと思ってます。
抱っこを認めさせたいなら、法改正を陳情すべきことですので(ただし、おんぶについての規定は、各都道府県の細則で決まってます)。

100歩譲って、抱っこの件は黙認するとしても、子供二人乗せてスマホで通話し、フラフラ運転し、しまいには信号無視はないでしょう。
スマホよりも子供の命が軽いのでしょうか?
まあ、そのお母さん自体も自殺行為にしか思えないのですが。

抱っこでもおんぶでも、死亡事故は起こってます

全体数から見たら少ないのは承知で書きますが、自転車に抱っこ、もしくはおんぶで、子供が死亡するという事故は起きています。
ただこの件、先に挙げたリンク先にあるように、抱っこかおんぶかの問題というよりも、ノーヘル状態になっていることが問題なんだとは思いますが。

前に、逆走子供乗せママチャリの件について書いたことがあります。

逆走ママチャリについてコメントを頂きました。

この時も、数件ですがご意見いただいてました。

文中の【ママチャリ】に関する部分についてコメントです。

大前提として筆者さんのようなケースでは全面的にママチャリ側が×と私も考えます。

ただし、
“10分早く出れば~”とある部分。
ここにはママチャリでこどもの送り迎えをする人たちに心を寄せて考える必要もあります。

それは幼児を送り迎えをすることがどれだけ前もって準備しても、余裕を持って出発しても、こどもの機嫌や粗相、保育所等での先生との思わぬやり取りがあるということ。それは想定外の連続であり、想定不可の毎日です。

日本の会社がもっとフレックスタイムを導入するなどして子育ての環境を整える必要性は言うまでもありません。

良い環境が生活の余裕を生み、それがルールを守るモチベーションに繋がる、そう考えることも出来ます。

ルールやマナーの向上はこうした側面のアプローチからも必要なのだろうと考えた今回の記事でした。

【自転車の逆走の危険】を諭すとき、相手の“毎日の大変さ”を労い「あなたは大切な命を乗せている」ことを伝える。

こちらも自転車乗りとしてそうした余裕を持てると格好いいですよね。

ルール違反やマナー違反の人と対峙することがもしあれば、【※とっておきの優しさでやっつけてやろう!】そう思うのです。

※レディー・ガガの母親の言葉です

想定不可な毎日なのはよくわかります。
ですが、

【自転車の逆走の危険】を諭すとき、相手の“毎日の大変さ”を労い「あなたは大切な命を乗せている」ことを伝える。

こちらも自転車乗りとしてそうした余裕を持てると格好いいですよね。

これについては、大変失礼ながらなにもカッコいいとは思えません。
そんなことで諭すことで解決しているなら、とっくの昔に解決しています。

逆走については明確に違法なわけですが、要は自転車だから許されるだろうという、甘えから来ていると思ってます。
車が逆走すれば大惨事が起こるのは誰でもわかりますし、普通に警察に捕まります。
しかし、ママチャリが車道を逆走しているところをパトカーが通り過ぎても、ひどい場合だと注意すらしません。

自転車だからこんなもんで捕まることもなければ、みんなやっているんだしよくね?という甘えもあるでしょう。
不思議に思うのですが、そんなに子供の命って軽いんですか?と逆に聞きたいです。
法律というのは、みんなが守ることで安全になるように設計されています。
守らない奴がいるから危険になるだけの話です。

もう一件。

記事を拝見したところ、保育園の送迎をしている者、子を持つ親の視点から感想を書きます。

筆者は子育て経験がありますか?
あれば正論が通らないことが分かるはず。
まず決め付けはよろしくないと思います。
こうやって私に決め付けられたら嫌ではありませんか?

子育て中、朝の1秒は昼の10分と同じくらいの重さがあるんですよ。
それを10分早く起きろは大変乱暴です。

いろいろな意見があるのは、それぞれに思うことがあり、それぞれに事情があると思うんです。

君子危うきに近寄らずと言います。
過去と他人は変えられません。
相手を諭したり自論で制することはやめて、それぞれもっと寛容に考えてはいかがでしょうか?

このご意見については、正直何を言いたいのかわからなかったので、こちらからも質問したのですが、回答も頂けずに残念です。
子育てに正論が通らないということはよく分かっていますし、そこが問題ではありません。
それを踏まえた上での私の意見なのです。

決め付けが良くない、とあったのですが、どこが決め付けなのかも分かりませんでしたのでお尋ねしましたが、回答は頂けませんでした。

それぞれに事情があるというのもよくわかりますが、もっと寛容にというのは理屈としてはおかしいです。
ここでいう寛容、という言葉は、それくらい許せという意味に捉える事が出来てしまいますが、法治国家ですので、違法なことを寛容に見逃せと言われているようで、どうにも釈然としません。

どんな事情があっても、許されないことってあると思ってます。
不可抗力でそうなってしまった、というのであればまた別の問題になりますが、自転車乗りながら通話しなければならないような特別な事情なんて世の中にはありません。
急いでいるなら、まずは目的地についてから折り返し電話すればいいでしょうし、急いでなくて今通話したいなら、降りれば済む話です。
信号無視もそうでしょう。

朝の1秒は昼の10分と同じくらいの重さがある、という言葉を使っていますが、その方がそう感じるのであれば、そうなんでしょう。
その理屈だと朝の10分は600分と同じ重さ、つまりは10時間に相当してしまってますが、私は時間というのは全ての人に平等だと思っているのですが、捉え方は人それぞれですし。
ですが、大変失礼を承知で書きますが、それを言い訳にしているようにしか聞こえないのです。
本当に成す術もないのですか?と。

そんなことで言い訳して、安全性をないがしろにするという考えがわかりません。
急いでいるとか時間がないというのはわかります。
でもそれが言い訳になって違反していいという理屈には絶対になりません。

先日、サイクリングロードで暴走するショップの走行会の話を書きましたが、

サイクリングロード問題について、ご意見を頂きました。

このとき取り上げたショップについて、いろいろと情報は頂いてます。

過去、もっと酷かったのは先日〇×△の件を伺った際にも出まして
〇×△□の人はよく追い抜きざまに罵声を浴びせたとか〇×△□〇×というチームは
管理人様のサイトでこれも問題に挙げていた(知らない人間を勝手に)風除けにしてトレインした上で前に出た後、今度は嫌がらせのようにブレーキをかけるなど
のエピソードを伺いました。
もう、豆腐の角に頭ぶつけて(以下略)という感想しか沸きません。

ABCの〇×△は近くの高校(全国大会の〇□県代表の常連)の自転車競技部の指定店でもあるそうですが
そういうのに胡坐をかいているのかもしれません。
店の雰囲気はそんなに悪くないのですが買い物する気になれなくなりました。

具体的なショップ名や地名、チーム名は全て伏せ時にさせていただきました。
サイクリングロードで、狭い道で歩行者もいるのに、時速40キロくらいで走っているショップの走行会ですが、たぶんこんなのは結構あります。
昔はそれこそ、今よりもロード人口が少なくて、こんなのしょっちゅうだったという話も聞きますし、古くからロードに乗る知人に聞いたところ、【昔は信号無視なんて当たり前だったけど、今はうるさい時代だから】というのと、【昔は無灯火なんて当たり前だったけど、今は警察もうるさい時代だから】と言ってました。
当然ですが、昔から信号無視も無灯火も違反です。
でも、時代によってはそれが当たり前だった、というお話です。(どこまでが真実なのかは知りませんが)

昔は何となく許されていたことでも、今の時代だと許されないことってたくさんあります。
例えるなら、昔は駅のホームで喫煙しても問題なかったわけですが、今はそんなことしたらダメなのは明らかです。
昔なんて、普通の電車に灰皿ついてましたけどね。

時代は間違いなく変わっていっています。
今日見た、スマホ子供乗せ信号無視ママチャリも、サイクリングロードで暴走するショップの走行会も、私は問題の根源は同じだと思ってます。
根源が同じというのは、

・私は大丈夫、という無意味な自信
・これくらい許せよ、という甘え
・自分中心主義

1つ注記させていただきますが、私だって過去には自分の無知がゆえに、知らずに違反してしまったり、知らずにマナー違反になってしまったことはいくらでもあります。
だけど、自分でおかしいことに気が付けたことは収穫でしたし、直そうと思う気持ちとか、いろいろ調べてみる姿勢とかがないと、永久に気がつかなかったかもしれません。

私もクロスバイクを買って直後は、サイクリングロードで我が物顔で走っていたこととかあります。
今考えても恥ずかしいことですが、おかしいと気が付けるかどうか、それ次第ではないでしょうか?
他人の走りを見ていて、自分の愚かさに気がついたこともあります。
他人の走りを見て、反面教師にすることもあります。

ただどちらにせよ、いろんなところにアンテナ立ててないと、やっぱ気がつかないです。
マナー違反でも、マナー違反だということに気がつかなければ、直そうという気持ちにすら至りません。
昔は、それこそ見知らぬ大人が注意してくれた話も、今は注意しても逆切れされる危険性もあるので、注意する大人もほとんどいません。(自分も含めて)

このサイトでは、おかしいものはおかしいと書いていきたいと思ってまして、それが唯一の存在価値だとも思っています。
人それぞれ、意見は違くて当たり前だと思ってますので、皆さまから頂く意見は大変貴重です。
ただし、理屈としておかしいでしょ?と思うご意見を頂くこともありますので、それには私なりの意見をぶつけることにしています。
別に喧嘩したいわけではないので、それはご了承ください。