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赤信号無視する車両や歩行者を予見する義務はない。

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ちょっと前に右直事故について、直進オートバイが赤信号無視して交差点に進入してきたことを見逃して起訴し無罪になった件がありましたが、

 

やっぱり無罪…警察と検察のミスが浮き彫りになった「被害者の赤信号無視見落とし事件」。
ちょっと前になりますが、被告人が交差点を右折する際に対向直進バイクが「赤信号無視で」交差点に進入してきて起きた事故。 検察は「被害者の赤信号無視」を見落としたまま起訴していましたが、やはり無罪判決だそうな。 福岡県古賀市で車を運転中、赤信号...

 

赤信号無視する車両を予見する注意義務がないことは昭和43年にすでに示されている話。
今になって画期的な判決がでたわけではありません。

本件の事実関係においては、交差点において、青信号により発進した被告人の車が、赤信号を無視して突入してきた相手方の車と衝突した事案である疑いが濃厚であるところ、原判決は、このような場合においても、被告人としては信号を無視して交差点に進入してくる車両がありうることを予想して左右を注視すべき注意義務があるものとして、被告人の過失を認定したことになるが、自動車運転者としては、特別な事情のないかぎり、そのような交通法規無視の車両のありうることまでも予想すべき業務上の注意義務がないものと解すべきことは、いわゆる信頼の原則に関する当小法廷の昭和40年(あ)第1752号同41年12月20日判決(刑集20巻10号1212頁)が判示しているとおりである。そして、原判決は、他に何ら特別な事情にあたる事実を認定していないにかかわらず、被告人に右の注意義務があることを前提として被告人の過失を認めているのであるから、原判決には、法令の解釈の誤り、審理不尽または重大な事実誤認の疑いがあり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

 

最高裁判所第三小法廷 昭和43年12月24日

ところで、「対歩行者」や「対自転車」にも同じなのか?と質問を頂きましたが、刑事責任としては同じです。

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歩行者や自転車の信号無視

対歩行者については、例えば大阪高裁 昭和63年7月7日判決。

本件交差点は信号機による交通整理の行なわれている交差点で被告人の進行方向は前方青信号を表示していたのであるから、これに従って本件交差点を直進通過しようとしていた被告人としては、特別の事情のない限り、前方の横断歩道上を横断しようとする歩行者はすべて横断歩道前方の赤信号に従って横断をさし控えるものと期待し信頼するのは当然で、自動車運転者に通常要求される前方注視義務を尽しつつ運転すれば足り、赤信号を無視して横断する歩行者があることまでも予想してこれに対処し得る運転方法を執るまでの義務はないのであって、右地点に北へ向け歩行中の本件被害者を認めたことによってもこの点は何ら影響を受けるものでない。

 

大阪高裁 昭和63年7月7日

対自転車だと徳島地裁 令和2年1月22日判決とか、大阪高裁 平成27年5月19日判決とか。

前記のとおり、本件交差点は信号機による交通整理が行われており、被告人車両は対面信号機の青色表示に従い直進して本件交差点に進入したものである。このような場合、当該車両の運転者は、特別な事情がない限り本件横断歩道等を横断しようとする歩行者、自転車等がその対面する信号機の赤色表示に従って横断を差し控えるものと期待して信頼するのが通常である。そして、関係証拠に照らしても、当時の被告人に対面信号機が赤色表示であるにもかかわらず本件横断歩道等を横断する歩行者、自転車等が多いといった事情を認識していたことはうかがわれず、本件において前記特別の事情があるとは認められない

 

徳島地裁 令和2年1月22日

で。
勘違いしやすいポイントですが、被害者が赤信号なら必ず無罪になるわけではないこと。
「特別な事情」がある場合には別なのです。

 

徳島地裁判決では「対面信号機が赤色表示であるにもかかわらず本件横断歩道等を横断する歩行者、自転車等が多いといった事情を認識していたことはうかがわれず」とありますが、信頼の原則を否定する特別な事情とはだいたいはこれ。

・当該場所にて「信号無視が多いこと」を知っていた。
・普通に前方注視していれば、ブレーキを掛けて事故を回避できたのにブレーキが遅れた。

こういう場合には信頼の原則が働きません。

 

また、これも勘違いしやすいポイントになりますが、刑事責任が無罪だから民事責任が無過失になるわけではありません。

所論は本件事故に関する刑事判決を云為するが右判決の内容が如何ようにもあれ、原審としてこれに一致する判断をしなければならない筋合はなく、また右判決と一致しない事実認定をするについて第一審判決の説明以上の場面を附け加えなければならないわけもない。されば原判決には所論の違法ありというを得ず、所論は採用できない。

 

最高裁判所第一小法廷 昭和34年11月26日

無罪と民事無過失は別問題。

 

赤信号無視して進入する歩行者や自転車を予見する義務はありませんが、刑事責任上の話。

なぜ起訴するのか?

例えば徳島地裁判決の場合、被害者が赤信号の自転車横断帯を進行して起きてますが、検察官の言い分としては「だいぶ手前で被害者が赤信号無視して進入したことを発見可能」みたいな話なわけです。
ちゃんと前を見てブレーキを掛けていれば事故を回避できたはず、という検察官の主張。

 

しかし、「だいぶ手前で被害者を発見可能」という点がそもそも立証できず、「見えなくね?」となる。
そして何の目的で繰り出したのかはわかりませんが、「道路交通法38条1項に基づく高度な注意義務があるのに怠った」と主張してますが、裁判所が一蹴。

(1)自動車を運転する者は、自車が信号機により交通整理の行われている交差点を対面信号機の青色表示に従い直進する場合でも、自動車運転者として通常要求される程度に、前方左右を注視し、進路の安全を確認しつつ進行すべき自動車運転上の注意義務があるものと解すべきであり、このことは本件の被告人においても同様である。

 

(2)これに対し、検察官は、その趣旨は必ずしも判然としないものの、論告において、被告人又は被告人車両には、道路交通法38条1項が適用されることを前提として、先に述べた以上に特に高度の注意義務が課されるかのような主張をしているため、この点について念のため付言しておく。
道路交通法38条1項は、「当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車(以下この条において「歩行者等」という。)がないことが明らかな場合」を除外しているところ、この「歩行者等が無いことが明らかな場合」には、歩行者等に向けられた信号機の信号が赤色を表示しており、その赤色の現示時間中に車両等が横断歩道等を通過し終わることが明らかな場合が含まれると解される。本件における被告人車両は、この除外事由に該当するといえるから、道路交通法38条1項が適用はない。仮に、検察官の主張するように、被告人車両について道路交通法38条1項が適用されるとしたならば、信号機により交通整理が行われている交差点において、自車の対面信号機が青色を表示しており、横断歩道等の歩行者等に向けられた信号機の信号が赤色を表示している場合であっても、特にその道路幅が広ければ広いほど、自動車の運転者は、常に横断歩道等の直前で停止できるような速度、すなわち、横断歩道等に接近しながら徐々に速度を落とし、横断歩道等の至近のところでは徐行に近い状態の速度で進行しなければならないことになるが、このことが結論において不合理であることは明らかである

 

検察官は、この主張をするに際し、札幌高裁昭和50年2月13日判決判例タイムズ325号304頁を引用するが、同裁判例は、当該事案における道路および交通の状況等から、前方の横断歩道上に横断中の歩行者がなお残存する蓋然性が高く、運転者においても対面信号機が青色表示に変わった直後に発進したため前方の横断歩道上に横断中の歩行者等が残存している可能性があることを十分予測できた事案に関するものであって、本件とは事案を異にする
以上により、被告人又は被告人車両には道路交通法38条1項は適用されず、したがって、その適用を前提として高度な注意義務が課されるかのように述べる検察官の主張は採用できない。

 

徳島地裁 令和2年1月22日

検察官の主張通りなら、青信号で交差点に入る車両は徐行することになりますが、アホ過ぎて話にならない。

 

対歩行者や自転車でも信頼の原則は働きますが、最近になって判断されたわけではなく昭和40年代にはすでに示されてます。
ただし、対歩行者や自転車の場合、民事無過失は滅多にありません。
刑罰を課す刑事責任と金銭賠償の責任は意味が違うのですが、民事無過失については加害者側に無過失の立証責任がある上に(自賠法3条但し書き)、優者危険負担の原則からなかなか認めないかと。

被告の落ち度とを単純に比較するならば、被告の主張するように、亡被害者の落ち度の方がより大きいと言えるだろう。
しかし、交通事故における過失割合は、双方の落ち度(帰責性)の程度を比較考量するだけでなく、被害者保護及び危険責任の観点を考慮し、被害者側に生じた損害の衡平な分担を図るという見地から、決定すべきものである。歩行者(人)と車両との衝突事故の場合には、被害者保護及び危険責任の観点を考慮すべき要請がより強く働くものであり、その保有する危険性から、車両の側にその落ち度に比して大きな責任が課さ
れていることになるのはやむを得ない。
特に、被害者が思慮分別の十分でない子供の場合には、車両の運転者としては、飛び出し事故のような場合にも、相当程度の責任は免れないものというべきである。

 

平成15年6月26日 東京地裁


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