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横断歩道を横断する歩行者と38条の関係。判例を元に。

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前回、横断歩道を横断する自転車についての判例をまとめましたが、歩行者についてもまとめておきます。

 

自転車と横断歩道の関係性。道路交通法38条の判例とケーススタディ。
この記事は過去に書いた判例など、まとめたものになります。 いろんな記事に散らかっている判例をまとめました。 横断歩道と自転車の関係をメインにします。 ○横断歩道を横断する自転車には38条による優先権はない。 ○横断歩道を横断しようとする自転...

 

Contents

道路交通法38条1項とは

道路交通法では、横断歩道を横断する歩行者について極めて強い優先権を与えています。

(横断歩道等における歩行者等の優先)
第三十八条 車両等は、横断歩道又は自転車横断帯(以下この条において「横断歩道等」という。)に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車(以下この条において「歩行者等」という。)がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。

38条1項は前段と後段に分けることが出来ます。

 

・前段(減速義務、速度調節義務)

横断歩道を横断しようとする歩行者が「明らかにいない」と言い切れないときは、減速してすぐに停止できる速度にする。

 

・後段(一時停止義務)

実際に横断歩道を横断している歩行者や、横断しようとする歩行者がいるときは一時停止する。

 

前段の減速義務を勘違いしている人は多いです。

 

✕ 「横断しようとする歩行者が見えたら減速」

◯ 「横断しようとする歩行者がいないと言い切れないときは全て減速」

 

実際のケースで検討します。

 

例えばこの横断歩道で検討します。

道路左側は隠れた階段と歩道があります。
道路右側は歩道になっており、見渡せる状況です。

信号機がない横断歩道の50m手前には菱形の横断歩道の予告標示があります。
まず最初に菱形を見かけた地点。
この状況では右側の歩道に歩行者がいるかいないかは見えますが、左側は見えません。
従って「横断しようとする歩行者が明らかにいない」とは到底言えませんので減速します。

さらに進んだ地点でも、同様に左側は見えませんので減速し続けます。

ここまで進んで左側を確認したとき、「横断しようとする歩行者が明らかにいない」ことを確認したら減速義務が解除されます。

もし横断しようとする歩行者がいたら、そのまま一時停止します。

38条1項は、前段の減速義務がポイントです。
「横断しようとする歩行者が明らかにいない」と断言できない場面では全て減速して様子を見ながら横断歩道に接近することがポイント。
減速している状態なので、実際に横断しようとする歩行者が見えたら慌てることなくブレーキを踏むだけ。

 

なお、前段の減速義務違反だけでも違反は成立します。
ここからは判例を元に検討していきます。
原則としては、横断歩行者が横断歩道上で事故にあった場合、車が全面的に悪いことになります(一部例外あり)。
何がなんでも一時停止する義務があると考えてよい。

「進路の前方」の範囲

38条では「進路の前方」とあります。

第三十八条 車両等は、横断歩道に接近する場合には、当該横断歩道を通過する際に当該横断歩道によりその進路の前方を横断しようとする歩行者がないことが明らかな場合を除き、当止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者があるときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。

※自転車横断帯は割愛。

 

進路の前方を横断、横断しようとする歩行者の範囲についての判例があります。

福岡高裁 昭和52年9月14日(刑事)

この判例は道路交通法38条1項の違反について争われた事件です。

道路交通法38条1項は、「車両等は、横断歩道に接近する場合には、当該横断歩道を通過する際に当該横断歩道によりその進路の前方を横断しようとする歩行者がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者があるときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。」と規定しているところ、右規定の趣旨、目的が横断歩道における歩行者を保護、優先することにあることは言うまでもなく、右趣旨、目的及び右規定の改正経過並びに同法1条に照らして解釈すれば、右に規定されている「その進路の前方」とは、車両等が当該横断歩道の直前に到着してからその最後尾が横断歩道を通過し終るまでの間において、当該車両等の両側につき歩行者との間に必要な安全間隔をおいた範囲をいうものと解するのが相当であり、右38条1項後段の規定は、車両等の運転者に対して、当該横断歩道により右の範囲を横断し又は横断しようとする歩行者があるときは、その直前で一時停止するなどの義務を課しているものと解される。そして、右の範囲すなわち歩行者との間に必要な安全間隔であるか否かは、これを固定的、一義的に決定することは困難であり、具体的場合における当該横断歩道付近の道路の状況、幅員、車両等の種類、大きさ、形状及び速度、歩行者の年齢、進行速度などを勘案し、横断歩行者をして危険を感じて横断を躊躇させたり、その進行速度を変えさせたり、あるいは立ち止まらせたりなど、その通行を妨げるおそれがあるかどうかを基準として合理的に判断されるべきである。

 

原審において検察官は「進路の前方」の範囲を約5mと陳述しているが、これは、この程度の距離を置かなければ横断歩行者の通行を妨げることが明らかであるとして福岡県警察がその取締り目的のため一応の基準として右の間隔を定めていることを釈明したものと解され、必ずしも「進路前方」の範囲が5m以内に限定されるものではないのであつて、この範囲は具体的状況のもとで合理的に判断されるべき事柄である

 

福岡高裁 昭和52年9月14日

38条1項における「進路の前方」は、車幅+安全側方間隔だとしています。
警察の取り締まり基準は5mですが、一律には決めることが出来ず、以下の要素を加味して決まります。

横断歩行者をして危険を感じて横断を躊躇させたり、その進行速度を変えさせたり、あるいは立ち止まらせたりなど、その通行を妨げるおそれがあるかどうか

前段の「減速義務」の意義

38条1項は前段の減速義務がポイントですが、前段の義務は昭和46年に追加されました。
昭和46年道路交通法改正以前の判例に、減速義務の意義が示されています。

東京高裁 昭和46年5月31日(刑事)

この判例は信号機がない横断歩道で一時停止を怠り発生した事故について、業務上過失致死傷に問われた判例です。

車両等の運転者はどのような状況があれば右の速度調節義務を負うものであろうか。それは、その際の道路およびその周辺ないし車両通行の状況、道路付近にいる歩行者の状況等により具体的、個々的に考えられるべきものであるけれども、一般的にいうならば、交通整理の行なわれていない横断歩道においては歩行者は強い優先権を有し、たとえ車両等がその横断歩道に近づいてきていてもこれを横断して差支えないものであり、これを車両等の運転者の側からみれば、一時停止しなければならぬ状況の発生をあらかじめ明確に予知することは困難な関係にあるわけであるから、車両等の運転者としては、一時停止を必要とする状況の発生がいやしくも予想されうる状態のもとにおいては、その状況がいつ発生するかわからないことを念頭に置いてこれに備え速度を調節すべきであり、いいかえるならば、速度調節を必要としないのは、そのような状況発生の蓋然性が認められない場合すなわち自車が横断歩道の手前に接近した際にその横断歩道の進路左側部分を横断し、又は横断しようとする歩行者のないであろうことが明らかな場合に限るというべきである。このことは、横断歩道直前における一時停止義務の場合とを区別して考うべきであつて、右の一時停止義務は歩行者が現に「横断し、又は横断しようとしているとき」に発生すると解すべきこと道路交通法38条1項の規定上明らかであるのに対し(検察官の控訴趣意中に、横断歩行者の有無が明確でない場合にも一時停止義務があると主張する部分があるが、この点は採用しがたい。)、この速度調節義務は事前のことであり将来発生するかもしれない状況に対処するためのものであるから、その状況の発生しないであろうことが明確な場合に限つてその義務がないとされるのである。

 

東京高裁 昭和46年5月31日

※「横断歩道の進路左側部分」とあるのは昭和46年改正以前の表記で、現在は「横断歩道によりその進路の前方」。

 

歩行者が横断を開始しないのが明らかな場合以外は、全て減速義務を負うとされています。
歩行者が見えたら減速ではない。

 

38条はよほど見通しがいい場面を除けば、全て減速義務を負うと考えたほうがよい。
減速している状態なので、現に横断しようとする歩行者を発見したらゆっくりブレーキを踏んで一時停止するだけです。

東京高裁 平成22年5月25日(刑事)

この判例は歩行者の事故ではなく自転車の事故。
歩行者にも考え方が通用する判示があります。
制限速度40キロの道路を時速55キロで進行した事例。

進行道路の制限速度が時速約40キロメートルであることや本件交差点に横断歩道が設置されていることを以前から知っていたものの、交通が閑散であったので気を許し、ぼんやりと遠方を見ており、前方左右を十分に確認しないまま時速約55キロメートルで進行した、というのである。進路前方を横断歩道により横断しようとする歩行者がないことを確認していた訳ではないから、道路交通法38条1項により、横断歩道手前にある停止線の直前で停止することができるような速度で進行するべき義務があったことは明らかである。結果的に、たまたま横断歩道の周辺に歩行者がいなかったからといって、遡って前記義務を免れるものではない

 

東京高裁 平成22年5月25日

38条1項前段の減速義務は、「横断しようとする歩行者が明らかにいない場合」以外は減速して一時停止に備える義務を課しています。
最終的に、結果論として歩行者がいなかったから減速義務が免除されるわけではないとしている。

これはよくよく考えてみると、例えば横断歩道手前70mくらいの地点では「横断しようとする歩行者がいるか不明」なわけ。
減速義務の除外事由は「横断しようとする歩行者が明らかにいない場合限定」なわけで、「いるかいないか不明」なら減速義務が発生します。
制限速度を越えていて、きちんと確認したとは到底言えないわけです。
なお、横断歩道が赤信号で、赤信号のまま車両が横断歩道を通過することが明らかな場合は除外事由とみなされ減速義務はありません。

大阪高裁 昭和56年11月24日(刑事)

減速接近義務の具体的内容に触れた判例です。

道路交通法38条1項に規定する「横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行しなければならない。」との注意義務は、急制動等の非常措置をとつてでも横断歩道の手前で停止することさえできる速度であればよいというようなものではなく、不測の事故を惹起するおそれのあるような急制動を講ずるまでもなく安全に停止し得るようあらかじめ十分に減速徐行することをも要するとする趣旨のものであり、したがつて、時速25キロメートルでは11m以上手前で制動すれば横断歩道上の歩行者との衝突が回避し得るからといつて右の速度で進行したことをもつて右の注意義務を尽したことにはならない、と主張する。

(中略)

横断歩道直前で直ちに停止できるような速度に減速する義務は、いわゆる急制動で停止できる限度までの減速でよいという趣旨ではなくもつと安全・確実に停止できるような速度にまで減速すべき義務をいつていることは所論のとおりである。

 

大阪高裁 昭和56年11月24日

横断歩道上で一度立ち止まった歩行者の判例

大阪高裁 昭和54年11月22日(刑事)

この判例は業務上過失傷害罪に問われた判例です。

 

南行車線が渋滞で停止車両があり、停止車両の隙間から横断歩道を横断しようとし、横断歩道の中央付近で姉が顔を出して反対車線を確認。
姉は横断を躊い横断歩道中央付近で立ち止まった。

 

車の運転者は時速8~10キロで進行していたものの、姉が横断中に立ち止まったことから横断歩行者がいないと考え進行。
弟(8歳)が姉の横から横断したために起こった事故です。

 

イメージ図(正確性は保証しません)。

このように横断歩道上を横断しようとしてその中央付近手前まで歩んできた歩行者が、進行してくる被告人車をみて危険を感じ、同歩道の中央付近手前で一旦立ち止まったとしても、横断歩道における歩行者の優先を保護しようとする道路交通法38条の規定の趣旨にかんがみると、右は同条1項後段にいう「横断歩道によりその進路の前方を横断しようとする歩行者」にあたるというべきである。
そして、同女が横断歩道上の前記地点で立ち止まったとしても、前記認定のような当時の状況に徴すると、同女の後方からさらに横断者のあり得ることが予想される状況にあったのであるから、自動車運転者である被告人としては、同女の姿を認めるや直ちに、右横断歩道の手前の停止線の直前で(仮に、被告人が同女の姿を最初に発見した時点が、所論のように被告人車の運転席が停止線付近まで来たときであったとしても、事理は全く同様であって、その時点で直ちに)一時停止し、横断者の通行を妨げないようにしなければならなかったのである。

 

所論は、しきりに、横断歩道上、右側への見通しがきかない状態にあった点を強調し、一時停止しても、結果は同じだった旨主張するが、そこが、歩行者優先の横断歩道である以上、前記のとおり見通しが困難であれば、一層、安全確認のため一時停止すべきであり、更に進行するに際しても、最徐行するなどして横断歩道上の右方の安全を慎重に見極めつつ進行すべき業務上の注意義務があった

 

大阪高裁 昭和54年11月22日

なお、38条2項には横断歩道や横断歩道の直前で停止している車両があるときには、一時停止する義務があります。

2 車両等は、横断歩道等(当該車両等が通過する際に信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等により当該横断歩道等による歩行者等の横断が禁止されているものを除く。次項において同じ。)又はその手前の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、その前方に出る前に一時停止しなければならない

 

この規定は対向車が停止している状態ではなく、同一進行方向の車両が停止している場合に課された義務です。

ただし、この判例のように対向車が渋滞で停止状態にあるときには、「事実上」一時停止レベルにしないと横断歩行者を見逃すリスクが高いと言えます。

 

38条1項前段の減速義務があることは疑いようがなく、38条2項の一時停止義務の対象ではないことも明らかですが、事故防止のためには最徐行もしくは一時停止しないと対向車の隙間から横断歩道を横断してくる歩行者を見逃すので注意が必要です。

 

見えない、見通しが悪いならそれに応じた速度で。

 

なお、横断歩道ではなく歩道を横切るときの判例ですが、見えないなら一時停止では不十分で、一時停止とわずかに前進を小刻みに繰り返す注意義務があるとしています。

 

車が道路外→車道に進入する際の、歩道に対する注意義務。時速40キロ弱で歩道通行する自転車を予見せよ。
車が道路外の施設から歩道を横切って車道に進入する際は、歩行者を妨げてはならない義務があります。 自転車は一応、歩道を通行することが可能です。 ただし自転車が歩道を通行する際には原則として徐行義務があります(63条の4第2項)。 しかも歩道の...

 

対向車線が渋滞で横断歩道の見通しが悪い場合の注意義務

東京高裁 昭和42年2月10日(刑事)

対向車線が渋滞で横断歩道右側が十分視認できない場合の注意義務についての判例です。
一審は最徐行を課すのは過当として無罪にしましたが、二審は横断歩道右側が見えない以上は最徐行すべき注意義務があるとしています。

 

上にある大阪高裁判例とも関係します。

 

本件交通事故現場は前記のとおり交通整理の行われていない交差点で左右の見通しのきかないところであるから、道路交通法42条により徐行すべきことももとよりであるが、この点は公訴事実に鑑み論外とするも、この交差点の東側に接して横断歩道が設けられてある以上、歩行者がこの横断歩道によって被告人の進路前方を横切ることは当然予測すべき事柄に属し、更に対向自動車が連続して渋滞停車しその一部が横断歩道にもかかっていたという特殊な状況に加えて、それらの車両の間に完全に姿を没する程小柄な児童が、車両の間から小走りで突如現われたという状況のもとにおいても、一方において、道路交通法13条1項は歩行者に対し、車両等の直前又は直後で横断するという極めて危険発生の虞が多い横断歩道すら、横断歩道による限りは容認しているのに対し、他方において、運転者には道路交通法71条3号により、右歩行者のために横断歩道の直前で一時停止しかつその通行を妨げないようにすべきことになっているのであるから、たとえ歩行者が渋滞車両の間から飛び出して来たとしても、そしてそれが実際に往々にしてあり得ることであろうと或は偶然稀有のことであろうと、運転者にはそのような歩行者の通行を妨げないように横断歩道の直前で直ちに一時停止できるような方法と速度で運転する注意義務が要請されるといわざるをえず、もとより右の如き渋滞車両の間隙から突然に飛び出すような歩行者の横断方法が不注意として咎められることのあるのはいうまでもないが、歩行者に責められるべき過失があることを故に、運転者に右注意義務が免ぜられるものでないことは勿論である。
しからば、被告人は本件横断歩道を通過する際に、右側に渋滞して停車していた自動車の間から横断歩道によって突然にでも被告人の進路前方に現われるやもはかり難い歩行者のありうることを思に致して前方左右を注視すると共に、かかる場合に備えて横断歩道の直前において一時停止することができる程度に減速徐行すべき注意義務があることは多言を要しないところであって、原判決がこのような最徐行を義務付けることは過当であるとしたのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな根本的且つ重大な事実誤認であって、この点において既に論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

 

昭和42年2月10日 東京高裁

 

車道が青信号(横断歩道は赤信号)になった直後の38条の義務

この判例は青信号で横断歩道を横断開始したものの渡りきれず赤信号になり、車道が青信号になった直後の注意義務についての判例です。

札幌高裁 昭和50年2月13日(刑事)

論旨は要するに、原判決は、本件事故が被告人の前方注視義務および安全確認義務懈怠の過失に基因するものである旨認定するが、被告人は、本件当時前方に対する注視および安全確認を尽していたものであつて、なんらこれに欠けるところはなく、しかも、本件の場合、被害者側の信号は、計算上同人らが横断を開始した直後青色点滅に変つたものと認められるから、同横断歩道の長さ(約31.6m)をも考慮すれば、同人らは当然右横断を断念し元の歩道上に戻るべきであつたのである。青色信号に従い発進した被告人としては、本件被害者らのように、横断開始直後青色点滅信号に変つたにもかかわらずこれを無視し、しかも飲酒酩酊していたため通常より遅い歩行速度で、あえて横断を続行する歩行者のありうることまで予測して前方を注視し低速度で運転する義務はないから、本件には信頼の原則が適用されるべきであり、したがつて、被告人に対し前記のような過失の存在を肯認した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認、法令解釈適用の誤がある、というのである。

(中略)

まず、被告人側の信号が青色に変つた直後における本件横断歩道上の歩行者の存否の可能性についてみると、司法巡査作成の「信号の現示と事故状況について」と題する書面によれば、本件横断歩道の歩行者用信号は、青色39秒、青色点滅4秒、赤色57秒の周期でこれを表示し、被告人側の車両用信号は、右歩行者用信号が赤色に変つてから4秒後に青色を表示すること、すなわち、被害者側信号が青色点滅を表示してから8秒後に被告人側信号が青色に変ることが認められるところ、横断歩行者の通常の歩行速度を秒速約1.5mとすると(交通事件執務提要305頁参照。)、歩行者は右8秒の間に約12m歩行することになるが、本件横断歩道の長さは前記のとおり31.6mであるから、歩行者がたとえ青色信号で横断を開始しても途中で青色点滅信号に変つたとき、渡り終るまでにいまだ12m以上の距離を残している場合、当該歩行者は被告人側の信号が青色に変つた時点において、依然歩道上に残存していることになる。
道路交通法施行令2条は、歩行者用信号が青色点滅を表示したとき、横断中の歩行者は「すみやかに、その横断を終えるか、又は横断をやめて引き返さなければならない。」旨規定するが、本件横断歩道の長さに徴すると、たとえ歩行者が右規定に従つてすみやかに行動するとしても、右残存者がでることは否定し難く、とくに本件交差点付近は前記のとおり札幌市内でも有数の繁華街「すすきの」に位置し、多数の歩行者が存在するばかりか、本件当時はその時刻からいつて歩行速度の遅い酩酊者も少なくないので、右のような残存歩行者がでる蓋然性は一層高いものといわねばならない

 

してみると、本件のような道路、交通状況のもとにおいて、対面信号が青色に変つた直後ただちに発進する自動車運転者としては、特段の事情のないかぎり、これと交差する本件横断歩道上にいまだ歩行者が残存し、なお横断を続行している可能性があることは十分に予測できたものとみるのが相当であつて、特段の事情を認めえない本件の場合、被告人に対しても右の予測可能性を肯定するになんらの妨げはない。そして、以上のごとく、被告人が本件交差点を通過するに際し、本件横断歩道上にいまだ横断中の歩行者が残存していることが予測できる場合においては、当該横断歩道により自車の前方を横断しようとする歩行者のいないことが明らかな場合とはいいえないから、たとえ、被告人が青色信号に従つて発進し本件交差点に進入したとしても、本件横断歩道の直前で停止できるような安全な速度で進行すべきことはもとより、同横断歩道により自車の前方を横断し、または横断しようとする歩行者があるときは、その直前で一時停止してその通行を妨害しないようにして歩行者を優先させなければならない(道路交通法38条1項なお同法36条4項参照)のであつて、被告人としては、いつでもこれに対処しうるよう、本件被害者らのような横断歩行者との接触の危険性をも十分予測して前方左右を注視し、交通の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があつたというべきである。

 

札幌高裁 昭和50年2月13日

長い横断歩道ほど青信号で適法に横断開始しても渡り切れない歩行者が予想されます。
青信号だからといってすぐに発進することは許されず、きちんと横断歩道の状況をみてから発進する注意義務があるとしています。

 

なお、横断歩道がずっと赤信号(車道が青信号)の場合には、38条による高度な注意義務はありませんが、安全運転義務はあるため安全確認しながら進行する義務があります(徳島地裁 令和2年1月22日)。

 

自転車と横断歩道の関係性。道路交通法38条の判例とケーススタディ。
この記事は過去に書いた判例など、まとめたものになります。 いろんな記事に散らかっている判例をまとめました。 横断歩道と自転車の関係をメインにします。 ○横断歩道を横断する自転車には38条による優先権はない。 ○横断歩道を横断しようとする自転...

 

横断歩道を車両が通過した後の注意義務

道路交通法38条は横断歩道に接近し、通過する際の義務を運転者に課していますが、横断歩道が何らかの理由により塞がっていた場合の注意義務に関する判例があります。

東京高裁 昭和50年9月5日(民事)

一審の事実認定より。
イメージ図。

 

1  右交差点(大関横丁)は北(千住方面)南(上野方面)に通ずる国道四号線(日光街道)―歩車道の区別があり、車道幅員約22.3m―と東(浅草方面)西(荒川方面)に通ずる明治通り―歩車道の区別があり、車道有効幅員約16.7m(この交差点から東側は車道南端歩道寄りが約30mにわたり工事中で柵が置かれて車両の通行が妨げられている)―とがほぼ直交する市街地の交差点であって、信号機が設けられ、浅草寄り(東端)には幅約3.7mの横断歩道がある。

 

2  被告車は、国道四号線千住方面から右交差点に至り、青信号を待って発進して交差点に進入し、左折したものであるが、左側に併進(左折)する自転車があったため、明治通りセンターライン寄りに進路をとった。

 

当時、明治通りの右交差点東側、西行車線上は、信号待ち車両が多く、二列で接着して長い列をなして停車していた。そのうち、右交差点内に(右横断歩道を越えて)停車しているのが二両、横断歩道にかかっているのが二両で、うち、センターライン寄りはトラックでその前半、その左側は乗用車でボンネット部分程度が横断歩道を塞いで停車していた。(したがって、右横断歩道の東側半分余りは完全に塞がれていたことになり、このことは被告車運転者が容易に認めることのできることである。)

 

3  右横断歩道上あるいはその直近を、南へ向う歩行者3、4人がセンターライン附近を過ぎ、一方北へ向う歩行者3、4人が被告車の進路あたりを通過した直後、被告車は左折車の先頭車として、既に歩行者が自車進路を通り過ぎたとみて、右横断歩道に進み、ほどなく、サードギヤーに変えるとともにアクセルを踏んで加速し、時速約25キロメートルで進行し、被告車運転者は自車先端が横断歩道東端を2~3m位過ぎた頃、横断歩道東端から約6m東方センターライン附近において前記停車車両の間を通り抜けてそのまま車道を小走りで横断しようとする原告を発見し直ちに急制動をかけたが及ばず、被告車右前部が原告に接触し、右前輪で原告の右上肢を轢いた。

 

東京高裁の判示です。

 

道交法は、第38条において、「車両等は、歩行者が横断歩道により道路……を横断し、又は横断しようとしているときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない」旨を、第38条の2において、「車両等は交差点又はその直近で横断歩道の設けられていない場所において歩行者が道路を横断しようとしているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない」旨を定めているところ、交差点に横断歩道が設けられている場合においても、車両等が横断歩道に進入して停止している等の事情のため、横断歩道の全部若しくは大部分が塞がれ、歩行者が横断歩道上を通行することが不可能であるか若しくは多数の歩行者が信号の変わらない間に横断歩道内を安全迅速に通行、横断することが事実上困難な場合、換言すれば、横断歩道が本来の正常な機能を果し得ていない場合は、いわば、横断歩道がないに等しいか若しくはこれに近い事情にあるものと考えることができるのであって、かような状況の下では、信号がなお青であるかぎり、歩行者が横断歩道外の、その附近を通行することは、やむを得ないこと若しくは強いてとがめられないことというべきである。他面、青信号により交差点を左折してかような状況下にある横断歩道を通過しようとする車両の運転者は、横断歩道附近の、反対車線上につらなって停車している車両の間等から信号に従い横断しようとする歩行者が現われることのあり得ることは容易に予想し得るところである。しかも、歩行者は、横断歩道が本来の機能を果し得ていないことにつき本来責任がないのに、このため横断にあたっていっそう大きい危険にさらされることとなることから考えれば、かような歩行者の安全横断を確保するために、車両の運転者の側にいっそう大きい注意義務を要求することが公平にかない、前記各法条の精神にもそうゆえんである。これらの諸点から考えれば、青信号により交差点を左折して右のような状況下にある横断歩道を通過しようとする車両の運転者は、信号に従い横断歩道外の、その附近を通行、横断しようとしている歩行者に対する関係においても、前記各法条の想定する場合に準じて、歩行者優先の見地の下に、かような歩行者が安全に通行、横断ができるよう注意を払う義務があるものと解するのが相当である。

 

この見地から考えるに、前認定の事実によれば、控訴人車が青信号により左折して本件横断歩道に差しかかった際、幅員約3.7mの本件横断歩道中通行可能の部分は人ひとりが通過できる程度の間隔に過ぎなかったこと、横断歩道上に停車するような車両が信号の変わるのを待たず前車との間隔をつめるためにさらに前進しないとは保しがたいこと、歩行者が横断にかかろうとした位置いかんによっては前記のような間隔があることすらこれを的確に認識することが困難な場合もありうることなどから考えれば、当時、本件横断歩道は、正常な、本来の機能を果し得ていなかったものと認められ、控訴人車の運転者としても、このことを認識していたか若しくは少くともこれを認識し得べき事情にあったものと認められる。従って、控訴人としては、前記通行可能の部分附近を通過した歩行者の一団が自車の前方を通過した後においても、横断歩道附近の、反対車線上につらなって停車する車両の間等から信号に従い(当時信号がなお南北青を示していたことは、本判決において引用する原判決の認定するとおりである。)横断しようとする歩行者が現われるかもしれないことを考慮にいれて前方注意義務を尽すとともに、かような歩行者が現われる場合に備えて、何時でも停車できるような速度で進行する注意義務があったものというべきである。

 

東京高裁 昭和50年9月5日

 

横断歩道が何らかの原因で塞がっているけど横断歩道の信号機が青の場合、横断歩道から外れた位置から横断する歩行者がいることを予見可能。
横断歩道を通過した後でも、横断歩行者の存在を確認しながら進行する義務があるとしています。

 

対向車線と38条2項。なぜ対向車線に停止車両があるときに適用されない?
道路交通法38条2項は、横断歩道手前に停止車両があるときには、一時停止して確認してから進行せよというルールです。 2 車両等は、横断歩道等(当該車両等が通過する際に信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等により当該横断歩道等による歩行者等...

 

交差点内で信号が黄色になった場合の注意義務

東京高裁 昭和41年10月19日(刑事)

青の信号で交差点に進入した自動車運転者が、前方の横断歩道上左端付近に左から右に横断しようとして佇立している歩行者を認め、さらに右交差点の中央付近まできたときに前方の信号が黄色に変わったのを認めた場合には、直ちに横断歩道直前で停止すべき業務上の注意義務はないけども、間もなく歩行者に対する信号が青に変わり、歩行者が当該横断歩道を左から右に横断を開始することが必至であるから、自動車運転者としては、右歩行者の通行を妨げないよう配慮するとともに減速徐行し、状況に応じいつでも急停止し得るような態勢で横断歩道またはその付近における歩行者の動静を絶えず留意して進行するなど、その安全をはかる業務上の注意義務がある

 

東京高裁 昭和41年10月19日

横断歩行者が赤信号で横断した場合

横断歩道が赤信号であるにも関わらず横断開始した場合、38条の義務はありませんが70条安全運転義務があるため、事故を回避して歩行者を保護する義務があります。
ただし、運転者がきちんと注意義務を果たしたけど事故を回避できなかったと判断された場合には、有罪になる可能性はありません。

大阪高裁 昭和63年7月7日(刑事、信頼の原則を適用)

この事故は歩行者が赤信号の横断歩道を横断して起きた事故です。
一審は事実認定を誤り有罪にしました。

控訴趣意の論旨は、まず、原判決が被告人の過失を判示するにあたり「自車左前方約45.6mの地点に、自車進路前方を左から右へ横断しようとしているA(当時80歳)を認めたのであるから、前方注視を厳にし進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務がある」としている点について、被告人は右地点においては横断歩道の方に向っている歩行者を認めたにすぎないのであるから、右Aが80歳であり同女が横断しようとしているのを認めたとしているのは事実を誤認したものであり、また、原判示の交差点を前方青信号に従って直進通過しようとしていた被告人としては、右歩行者が横断歩道前方の赤信号に従い自車の通過を待つものと考えるのは当然であって、右歩行者を認めたことによっても自動車運転者に通常要求される程度を超える高度の注意義務を負担するに至るものではないのであるから、被害者の年令についての認識がどうであれ、同女が横断しようとしているものと認識していたとの誤認の事実を前提にして、「横断しようとしているAを認めたのであるから、前方注視を厳にし進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務がある」として、あたかも自動車運転者に通常要求される程度を超えた高度の注意義務があるかのようにしているのは法令の解釈適用を誤ったものであって、右各誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというものであり、次に被告人に科せられる注意義務に関する右判示にもかかわらず、原判決の「罪となるべき事実」及び「弁護人の主張」(原判決は「弁護人の主張」としているが「弁護人の主張に対する判断」とでもするのが相当であろう)における判示及び説示を総合すると、原判決は、右通常要求される程度を超える高度の注意義務違反の有無を問題にしているのではなく、結局のところ自動車運転者に通常要求される前方注視義務を被告人が欠いたために赤信号を無視して横断を開始した被害者の発見が遅れたことに被告人の過失を認めるもので、もし被害者が歩道と車道の境界をなす縁石線から10センチメートル車道上に進出した時点で被告人においてこれを発見し衝突を回避する措置を講じていたら本件結果を回避できたのに被告人は前方注視を怠ったため横断しようとしている被害者を右時点で発見することができず本件を惹起したとする趣旨にも解し得る点について、前同様青信号に従って通過しようとしていた被告人としては、右時点でもなお被害者が赤信号に従って停止し自車の通過を待つものと考えるのが当然であって、被害者が赤信号を無視して自車前方を横断するものと予想してこれとの衝突を未然に回避するための措置を講ずべき義務を未だ負担するものではなく、被告人に右のような予見義務が発生するのは被害者が更に1.2m程度車道内へ前進した時点というべきであるが、その時点では被告人運転車の速度との関係で既に結果回避の可能性が存しないのであって、結局被告人に注意義務違反は存しないということになり過失は認められないというべきであるから、右の点においても原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈適用の誤りが存するというものである。

一審は事実認定を間違えているとしています。
原判決は「自車左前方約45.6mの地点に、自車進路前方を左から右へ横断しようとしているA(当時80歳)を認めたのであるから、前方注視を厳にし進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務がある」として注意義務を判示。
しかし45.6m先に見たのは、「横断しようとする歩行者」ではなく、「横断歩道に向かう歩行者」。

 

○一審の間違い事実認定(実際に横断開始している?)

○真実(横断歩道に向かっている)

本件交差点は信号機による交通整理の行なわれている交差点で被告人の進行方向は前方青信号を表示していたのであるから、これに従って本件交差点を直進通過しようとしていた被告人としては、特別の事情のない限り、前方の横断歩道上を横断しようとする歩行者はすべて横断歩道前方の赤信号に従って横断をさし控えるものと期待し信頼するのは当然で、自動車運転者に通常要求される前方注視義務を尽しつつ運転すれば足り、赤信号を無視して横断する歩行者があることまでも予想してこれに対処し得る運転方法を執るまでの義務はないのであって、右地点に北へ向け歩行中の本件被害者を認めたことによってもこの点は何ら影響を受けるものでない。

(中略)

先に認定のような状況下で自動車を運転中の被告人に右のような予見義務が生じるのは、早くとも、被害者が更に車道内に進出して歩道縁石線から1.3mの間隔にある車道外側線あたりに達した時点すなわち見取図の地点から2.2m前進した時点(被告人運転車両の速度を時速45キロすなわち秒速12.5mとすると、同車両が見取図①の地点から②の地点まで19.6m進行するのに要する時間は1.568秒となり、被害者はこの間に見取図の地点からの地点まで3.2m進んでいるのであるから1m進むのに要する時間は0.49秒で、2.2m進むのに要する時間は1.078秒となるから、被害者の地点通過後1.078秒後)あたりと考えるのが相当であり、被告人運転車両は右地点に被害者を発見後右時点までの間に見取図①の地点から13.725m進行することとなるから、衝突地点である横断歩道まで31.025mを残すに過ぎないのであって、この時点では、被告人が衝突を回避すべく急制動の措置を執ったとしても、現実に要した被告人運転車両の制動距離が31.5mであったこと、右計算の前提となった各地点の位置関係に多少の誤差を伴うことが避け難いこと、被害者が歩道の縁石線を越えて車道に立ち入るにあたり多少逡巡したということも大いに考えられるから1.3m先の車道外側線に達するまでの所要時間が計算上のものより長くなり従って右時点までに被告人運転車両も横断歩道に一層近接している可能性も存すること等を考慮すると、本件衝突を回避することが可能であったとかあるいは衝突は不可避としてもより軽微な結果にとどまったとか断ずるには大いに疑問があるといわねばならず、所論のいうように、被告人に本件結果について予見義務が生じると考えられる時点においては既にそれを回避する可能性が存しなかったというべきで従って被告人に回避義務を科することはできず結局注意義務違反のかどは存しないこととなる

 

大阪高裁 昭和63年7月7日

この判例では、歩行者が赤信号のまま横断開始した時点で急ブレーキを掛けたとしても、回避不可能として無罪にしました。

東京高裁 昭和59年3月13日(刑事、信頼の原則を否定)

こちらの判例は横断歩道からちょっと外れた位置を赤信号で横断していた判例ですが、通常の注意義務を果たせば事故は回避できたとして有罪にしました。

本件は、被告人が深夜(略)普通乗用自動車を運転し、車道幅員約12mで片側一車線の歩車道の区別のある道路を時速約40キロメートルで走行中、本件交差点にさしかかり、青色信号に従い右交差点を直進しようとした際、酔余赤色信号を無視して交差点内中央付近を右から左へ横断歩行していた本件被害者2名を約13ないし14m先に初めて発見し制動措置をとることができないまま自車前部を両名に衝突させたことが明らかであり、これに反する証拠は存在しないところ、本件交差点出口南側横断歩道の左側に街路灯があるため、交差点手前の停止線から40m手前(本件衝突地点からは約51.4m)の地点から本件衝突地点付近に佇立する人物を視認できる状態にあり、しかも被害者の服装は、一名が白色上衣、白色ズボン、他の一名が白色ズボンであったから、被告人は通常の注意を払って前方を見ておけば、十分に被害者らを発見することができたと認められる。なるほど、被告人車の進路前方右側は左側に比べて若干暗くなっているけれども、(証拠等)によれば、被告人が最初に被害者らを発見した段階では、すでに被害者らは交差点中心よりも若干左側部分に入っており、しかも同人らは普通の速度で歩行していたと認められるから、前記見通し状況のもとで、被告人が本件の際被害者らを発見する以前に同人らを発見することは十分に可能であったと認められる。

 

そして、本件が発生したのは深夜であって、交通量も極めて少ない時間であったこと、本件事故時には被告人車に先行する車両や対向してくる車両もなかったし、本件道路が飲食店等の並ぶ商店街を通るものであること、その他前記本件道路状況等に徴すると、交通教育が相当社会に浸透しているとさいえ、未だ本件被害者のように酔余信号に違反して交差点内を横断歩行する行為に出る者が全くないものともいいがたく、したがって、本件において、被告人が本件交差点内に歩行者が存することを予見できなかったとはいえないし、また、車両運転者が歩行者に対し信号表示を看過して横断歩行することはないとまで信頼して走行することは未だ許されないというべきである。

 

東京高裁 昭和59年3月13日

普通に前を見ていれば容易に回避可能という判例です。

「横断し、又は横断しようとする歩行者」

歩行者が手で「先に行け」などと譲ってきたので進行したところ違反を取られたという話を時々聞きます。
直接的な判例はありませんが、「横断しようとする歩行者」について争われた判例があります。

東京高裁 昭和42年10月12日(刑事)

当時の法律は71条3号(昭和38年改正)。

三 歩行者が横断歩道により道路の左側部分(当該道路が一方通行となつているときは、当該道路)を横断し、又は横断しようとしているときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにすること。

判例は東京高裁 昭和42年10月12日。
認定された事実は以下の通り。

(一)  歩行者である老人は、横断歩道によつて、古町通りから、白山公園入口に向けて車道を横断するため、歩道から横断歩道に2、3歩足をふみ出したが、被告人の車を先頭に十数台の車両が進行してくるのを見て、その場に一時停止したものの、その際別段歩道上に引き返すような素振が見受けられなかつたことが、明らかであり、右事実に徴すれば、右老人は、横断歩道によつて、古町通りから白山公園入口に向けて車道を横断しようとしたものであるが、被告人の車を先頭に十数台の車両が進行してくるのを見て、横断に危険を感じ、その安全を見極めるため、一時停止したにすぎないものであつて、歩道上に引き返すような素振を見せる等外見上明らかに横断の意思を放棄したと見受けられるような動作その他の状況が認められない以上、直ちに横断の意思を一時放棄したものとは認められないこと、
(二)  被告人は一時停止することなく、歩行者である右老人の直前1.5mないし2mのところを通過したこと、
(三)  右老人が立止つていた個所のすぐ先の左側には貨物自動車が停車していた、事実がなかつたこと、
(四)  警察官は、被告人および右老人の行動を近距離から現認し、被告人が横断歩道直前での一時停止を怠つたものと認めたので、同人を検挙したものであること

裁判所の判断です。

右法条にいわゆる「横断しようとしているとき」とは、所論のように、歩行者の動作その他の状況から見て、その者に横断しようとする意思のあることが外見上からも見受けられる場合を指称するものであるが、論旨第一点において説示したとおり、老人が横断歩道で立ちどまつたのは、そのまま横断すれば危険であると考え、その安全を見極めるためにしたものにすぎず、横断の意思を外見上明らかに一時放棄したものとはいえないから、この場合は、前記法条にいわゆる「横断しようとしているとき」に該当するものというべきである。そこで右主張もまたこれを容れることができない。論旨は理由がない。

 

東京高裁 昭和42年10月12日

 

横断の意思の「一時放棄」について述べてますが、手で「先に行け」と促されたことは横断意思の一時放棄に該当する可能性はあります。
きちんと一時停止して何度か確認した上なら、一般的には取り締まり対象にはしていないと思いますが、取り締まりされた事案はそれなりに聞くため、誰かが裁判で争わない限りは結論は不明です。

 

なお、警備員の指示に従って左折して横断歩道事故を起こした事故について、徐行やミラー確認をした以上は警備員の指示を信頼して進行しても過失ではないとした判例があります。

 

旗振りオッサンと38条違反。
個人的にはどうでもいい話題だと思うのですが、このような質問を頂きました。 たぶんこんなイメージかと。 ちょっと話が長くなるのでこちらから回答します。 普通に考えて 絶対に違反にならないと断言はしませんが、きちんと一時停止した上で確認し、小学...

 

東京地裁 令和元年12月19日(行政)

運転免許取消処分の取消請求訴訟の中で、「横断し、又は横断しようとする歩行者」について触れています。

横断歩道等における歩行者等の優先に関する車両等運転者の義務等を定めているのは、道交法が、歩行者等の横断の用に共するための場所として横断歩道等を設け(同法2条1項4号、4号の2)、歩行者等に対しては、横断歩道等がある場所の付近においては、当該横断歩道等によって進路を横断しなければならない義務を課していること(同法12条1項、63条の6)との関係で、歩行者等が横断歩道等を横断するときには歩行者等の通行を優先してその通行の安全を図るべきものとし、その横断歩道等に接近する車両等に対して、歩行者等の通行を妨げないようにしなければならない義務を課したものと解される。このような道交法の規定及びその趣旨に照らせば、同法38条1項にいう「横断し、又は横断しようとする歩行者」とは、横断歩道上を現に横断している歩行者等であるか、あるいは、横断歩道等がある場所の付近において、当該横断歩道等によって道路を横断しようとしていることが車両等運転者にとって明らかである場合の歩行者等、すなわち、動作その他から見て、その者が横断歩道等によって進路を横断しようとする意思のあることが外見上明らかである歩行者等のことをいうと解するのが相当である。

 

(中略)

 

原告は、道交法38条1項は、横断歩道等に「接近する」車両等に適用される規定であって、横断歩道上を既に進行中の車両等に適用される規定ではないから、原告車両が本件横断歩道上の進行を開始した後に本件車道の横断を開始した本件被害者は、「横断し、又は横断しようとする歩行者」に当たらないと主張する。
しかしながら、前記(2)で説示したとおり、原告車両と本件被害者は、本件横断歩道上か、又は本件横断歩道に極めて近接した地点で衝突しているのであるから、原告車両が本件横断歩道に接近した時点では、本件被害者は既に本件車道の横断を開始していたか、又は横断しようとしていることが明らかな状態にあったことが推認され、これを覆すに足りる証拠はない。また、仮に、上記のような推認が及ばないとしても、横断歩道等によって道路を横断する歩行者等の安全を図るという道交法38条1項の趣旨に照らせば、車両等が横断歩道等を通過中に、その車両等の進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等が現れた場合であっても、例えば歩行者等が急に飛び出してきたなど車両等運転者が注視していても歩行者等の通行を妨げない行動に出ることが困難な場合を除き、車両等運転者は、同項に基づき歩行者等の通行を妨げないようにする義務を負うものというべきである。

 

東京地裁 令和元年12月19日

私人による交通整理と横断歩道

大阪高裁 昭和62年5月1日(刑事)

横断歩道を横断した自転車と左折大型車が衝突した事故について、私人による交通整理を信頼して過失を認めなかった判例があります。
歩行者でも基本的な概念は変わらないと思いますが、問題になるのは誘導員の信頼性です。

※面倒なので以前作った画像を流用しますが、左折先が南→西南に向かっていたようなので判例の現場とは異なります(単なるイメージ)。

 

一審は以下の注意義務違反を認めて有罪にしました。

原判決は、「被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和(略)ころ、大型貨物自動車を運転し、(略)先の交通整理の行われている交差点を南から西南に向かい左折進行するにあたり、前記交差点の左方道路が鋭角であつたので、大まわりで左折するのであるが、同交差点西詰に横断歩道が設置されていたので、同横断歩道の直前で一時停止または徐行して、横断者等の有無を確かめ、進路の安全を確認して左折進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、誘導者が左折するよう指示したことに気を許し、横断者等の有無及びその安全を確認することなく、時速約10キロメートルで左折進行した過失により、おりから南から北に向けて対面青色信号により南北道路西側沿い歩道から同交差点西詰に設置されている横断歩道に進入してきた被害者運転の普通自転車に自車左前部を衝突させて、同人を路上に転倒させ、よつて同人に加療約67日間を要する頭部外傷I型等の傷害を負わせた」旨の公訴事実(なお、略式命令の「罪となるべき事実」もこれと同一)に対し、被害者の加療期間をその後変更された訴因のとおり「約338日間」とした以外、ほぼこれと同旨の事実関係を認定して、被告人を有罪と認めた

これに対し二審は、最高裁判例を元に無罪にしています。

被告人は、後記のとおり、右横断歩道の通過にあたり、左方の安全確認を自己の視野の範囲内では行つたが交差点の約30m南方の一時停止地点を警備員(いわゆるガードマン。以下「ガードマン」という。)の左折の合図に従い発進して左折を開始したのち同人から左折中止等の合図を受けなかつたところから、南北道路西側の歩道より横断歩道を渡ろうとする歩行者・自転車がないものと考えて、右横断歩道直前で一時停止することなく前記の速度で通過しようとしたものであること、被告人車は、前記のとおり左斜下方等直近の死角が大きいため、同車が横断歩道直前に達した段階では、当時すでに同車の左方ないし左方やや後方ほぼ直近にまで接近していたとみられる被害車両を、進行中の被告人車の運転席から発見することは、不可能又は著しく困難であつたと考えられるが、横断歩道の直前で一時停止の上、助手席に移動するなどして死角内の安全を確認して進行していれば、本件事故を回避することができたことなどの点も、証拠上明らかであると認められる。従つて、本件における被告人の過失の有無は、被告人に対し、右横断歩道直前で一時停止の上右のような方法で死角を解消して進行すべき注意義務を課することができるか否かによつて決せられることになる。

 

横断歩道及び自転車横断帯(以下「横断歩道等」という。)における歩行者及び自転車(以下「歩行者等」という。)の通行の安全は、最大限度に尊重されるべきであつて、道路交通法38条も、車両等が横断歩道等に接近する場合には、「当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等により進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車……がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前……で停止できるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通過を妨げないようにしなければならない。」と規定して、その趣旨を明らかにしている。ところで、被告人は、本件当時、左斜下方等直近の死角の大きい本件生コン車を助手なしで運転していたものであつて、左折中本件横断歩道直前に達した際、左方から右横断歩道を横断し又は横断しようとしている歩行者等の存否をそのままでは確認することができなかつたのであるから、道路交通法の右規定の趣旨にかんがみ、左方向からの横断者がないと信じるに足りる合理的な理由がない限り、横断歩道直前で一時停止の上、自車に設置された各種のミラーを通じまた必要に応じて助手席に移動するなどして左方(やや前下方から斜後下方までを含む。以下同じ。)の死角を解消し、左方からの横断者がないことを確認したのちでなければ、横断歩道を通過することは許されないと解すべきである。弁護人の当審弁論は、交通ひんぱんな道路における他の交通への影響を重視する立場から大型車両の運転者が交差点を左折して横断歩道を通過する際の一時停止及び死角解消の義務(以下「一時停止等の義務」という。)を一般的に否定するかのようであるが、そのような見解は、当裁判所のとらないところである。
そして、本件において、被告人が横断歩道直前で一時停止の上左方の死角を解消して進行しなかつたのが、自車に左折発進の合図をしたガードマンから、その後左折中止等の合図を受けなかつたことによるものであることは前説示のとおりであるから、本件における被告人の一時停止等の義務違反の過失の有無は、横断歩道直前でガードマンから左折中止等の合図を受けなかつたことが、被告人にとつて、左方からの横断者がないと信じるに足りる合理的な理由といえるかどうかにかかるものというべきである。

 

一般に、私人による交通規制は、警察官によるそれに比し誤りを生ずることが多く、かつ、その性質上徹底しにくいものであることは、検察官が当審弁論において主張するとおりと考えられるから、私人による交通規制が行われている場合に、自動車運転者が右規制に従つていさえすれば必ず過失が否定されるということにならないのは当然である。しかし、私人による交通規制であつても、これを信頼して進行したため過失が否定される場合があることは、最高裁判所の判例(昭和48年3月22日第一小法廷判決・刑集27巻2号240頁)も認めるところであつて、結局、当該私人による交通規制の趣旨・目的、同人に課せられた任務・役割、同人が現実に行つていた規制の方法及びこれを前提とした当該場所における現実の交通状況等にかんがみ、これが自動車運転者にとつて信頼に値するものであると認められるときは、右規制に従つて進行する自動車運転者にとつて、本来同人に課せられている注意義務が軽減又は免除されることがあると解すべきである。従つて、本件における被告人の横断歩道直前での一時停止等の義務の存否も、右のような観点から、更に検討されなければならない。

 

(中略)

 

以上の認定によれば、本件当日、本件交差点においては、工事現場に向かう多数の生コン車の左折に伴う危険の防止や混雑の緩和をもその任務とするガードマンが配置されており、同人は、交差点の手前約30mの一時停止地点に停止待機中の生コン車の運転者に対し、その前方至近距離から左折発進可の合図を与えたのち、しばらく同車と併走しながら左折進行可の合図を送り続けた上、大回りで左折する同車の前面を斜めに横切つてその右斜め前方直近の地点に達し、同車の進行方向の状況を確認するとともに、横断歩道を渡ろうとする歩行者等がある場合には適宜これを制止するなど、3か月以上も前から同所に配置されていた他のガードマンらと同様、おおむね適切な方法で生コン車の左折を誘導していたことになり、従前、右ガードマンの誘導に従い横断歩道直前で一時停止することなくこれを通過していた生コン車と他の車両・歩行者との間で問題を生じたことがなかつたこと等にも照らすと、本件当日、ガードマンから従前と同様の方法で誘導を受けつつ本件交差点を左折中であつた生コン車の運転手である被告人については、右ガードマンにおいて、自車の左斜下方等直近の死角内の安全を確認して誘導してくれており、同人から左折中止等の合図を受けない限り、右死角内には横断者等がいないと信じるに足りる合理的な理由があつたというべきであつて、被告人に対し、右ガードマンの配置・誘導等がない場合と同様に、横断歩道直前における一時停止等の義務を課するのは相当でない。(なお、本件において、被告人車の左折を誘導したガードマンは、被告人車が横断歩道直前に達した際、被告人車の右斜め前方直近の地点に佇立して、その進行方向に注意を向けていたことが明らかであるが、同人は、当日の前4回の被告人車の通過時に歩道から横断歩道を渡ろうとする歩行者等がいた場合には、適宜引き返すなどして歩行者等を規制していたこと前認定のとおりであり、同人の右佇立地点からは、被告人車の前面の横断歩道を渡ろうとする歩行者等の存否を確認すること及びこれを発見した場合に被告人に対し左折中止の合図をすることがいずれも容易であつたと認められるから、被告人車の横断歩道通過時に堺が被告人車の右斜め前方にいて被告人車の進行方向に注意を向けていた点は、右結論を左右しない。また、検察官が当審弁論において引用する大阪高等裁判所の判例は、ガードマンによる規制の事実上の効果及び被告人車と被害車両の相互の位置関係等注意義務の存否の判断上重要な前提事実を異にする事案に関するものであつて、本件に適切な先例とはいえない。)しかして、本件において、被告人は、大回りで本件交差点を左折し西側横断歩道直前に達した段階で、自車の左折を安全に誘導すべきガードマンから左折中止等の合図を受けておらず、また、自席において、自車に設置された各種ミラー及び肉眼により、自己の視野に入る限度で左方の安全を確認し、前示のように時速約10キロメートルをやや下回る速度で徐行しつつ横断歩道を通過しようとしたものであるから、被告人としては、自動車運転者として課せられる注意義務を尽くしたものと解するのが相当であり、その過失を肯定することはできない。

 

そうすると、これと異なり、被告人に横断歩道直前における一時停止等の義務があるとして過失を認めた原判決は、事実を誤認したものといわざるを得ず、右事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、破棄を免れない。

 

大阪高裁 昭和62年5月1日

あくまでも最低限の注視義務を果たした上でガードマンを信頼して左折しても刑事責任は問わないとしたものです。

福岡地裁小倉支部 昭和42年5月1日(民事)

こちらは小学生が横断歩道の両端で旗を持ち、車道と歩行者を交通整理していた状況。
歩行者(小学生)を赤旗で止めようとしたところ小学生が横断を開始。
車は車道の青旗をみて時速30キロのまま進行して起きた事故です。

 

詳しくはこちらを。

 

横断歩道の旗振りと、民事の過失。
以前、私人の交通整理と刑事責任については書きました。 この判例は業務上過失傷害罪に問われたもので、大阪高裁昭和62年5月1日判決。 大型車が交差点を左折する際に、ガードマンの指示に従って左折進行したことにより、横断歩道を横断した自転車に衝突...

 

これら判例を踏まえると、このようなケース。

大人が交通整理をしていて、車が一時停止しても先に行けと促す場合には、きちんと歩行者の動静を注視しながら最徐行で進行することは問題ないと思います。
ただし、「一時停止してから確認」は必須なことや、仮に小学生が交通整理していた場合には進行することはやめたほうがいいかと。
交通整理・交通誘導している人の信頼性が関係すると思われます。

38条2項の一時停止

38条2項は横断歩行者の有無に関わらず、横断歩道の手前で停止している車両があるときには、前に出る前に一時停止する義務があります。

 

名古屋高裁 昭和49年3月26日(刑事)

同法38条2項にいう「横断歩道の直前で停止している車両等」とは、その停止している原因、理由を問わず、ともかく横断歩道の直前で停止している一切の車両を意味するものと解すべきであるから、本件の場合、被告人の進路前方の横断歩道直前の道路左側寄りに停止していた自動車が、一時停止による場合であると停車或いは駐車による場合であるとにかかわりなく、被告人としては、右停止車両の側方を通過してその前方に出ようとするときは、出る前に一時停止しなければならないのである。

 

名古屋高裁 昭和49年3月26日

 

札幌高裁 昭和45年8月20日(刑事)

右規定の新設された立法の趣旨、目的は、従前、横断歩道の直前で他の車両等が停止している場合に、その側方を通過して前方へ出たため前車のかげになつていた歩行者の発見がおくれ、横断歩道上で事故を惹起する車両が少なくなかつた道路交通の実情にかんがみ、とくに歩行者の保護を徹底する趣旨で設けられたものである。すなわち、右規定は、本来駐停車禁止区域である横断歩道直前において車両等が停止しているのは、多くの場合、歩行者の通行を妨げないように一時停止しているものであり、また、具体的場合に、当該車両等が歩行者の横断待ちのため一時停止しているのかそうでないかが、必ずしもその外観のみからは、一見して明らかでないことが多い等の理由から、いやしくも横断歩道の直前に停止中の車両等が存在する場合にその側方を通過しようとする者に対しては、それが横断中の歩行者の存在を強く推測させる一時停止中の場合であると、かかる歩行者の存在の高度の蓋然性と直接結びつかない駐車中の場合であるとを問わず、いずれの場合にも一律に、横断歩道の直前における一時停止の義務を課し、歩行者の保護のよりいつそうの強化を図つたものと解されるのである。(浅野信二郎・警察研究38巻10号34頁。なお弁護人の論旨は、右「停止」中の車両の中には「駐車」中の車両が含まれないとの趣旨の主張をしているが、法2条18号、19号によれば、「停止」とは「駐車」と「停車」の双方を含む概念であることが明らかであるから、右の主張にはにわかに賛同できない。)

 

昭和45年8月20日 札幌高裁

横断歩道がない交差点を横断する歩行者に対する注意義務(38条の2)

横断歩道がない交差点を横断する歩行者に対する注意義務については、38条の2に規定があります。
古い判例ですが、交通量が多い横断歩道がない交差点を横断する歩行者に対する注意義務を認めた判例があります。

大阪高裁 昭和40年12月3日(刑事)

右前方を走る自動三輪車と前後わずかに1mの距離で運転していたことにより(並走に近い)、道路を右→左に横断する歩行者の発見が遅れ(自動三輪車が死角になる)事故になった判例ですが、横断歩行者があることを予測して自動三輪車との距離をきちんと空けるべき注意義務があったとしています。

 

事故現場は交通の激しい市街地であつて、左右に被告人の進行する道路と交差する横道が数本あり、附近に歩行者のための横断歩道が設けられていないため、歩行者は随時車馬の通行する合間を縫つて車道を横断しなければならない状況にあるので、かような箇所を進行する自動車の運転者は、道路を横断する歩行者のあることを当然予期しなければならず、前方を横断する歩行者があれば、これに衝突しないよう万全の措置をとつて進行する業務上の注意義務があるといわなければならない。本件について右注意義務の内容をさらに具体的に検討すると、先行軽三輪車との間に前示のようなわずか、1mの距離間隔を置いてしかも夜間で、前照燈を下げていたため前方の視界約10mという状態で時速30キロの速度をもつて進行することは弁護人所論のように右前方に死角を生じ、横断歩行者を発見すると同時に急制動をかけても制動距離の関係から衝突を免れない虞があり甚だ危険であるから、かような場合には先行三輪車の陰に横断歩行者がいれば、これを早期に発見することができるよう一旦減速して先行三輪車との間に相当な間隔(その距離を具体的にいえば、先行三輪車の通り過ぎた直後に道路を横断しようとして出て来た歩行者がいても、それを見て急停車をすれば衝突を防止し得る距離)を置いて進行するか又は前方の安全を確認した後道路の幅員を考慮に入れて先行三輪車と頭を並べて進行し、もつて死角を作らないよう自動車を運転すべきであつたといわなければならない。道路交通法70条が車両等の運転者は、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ他人に危害を及ぼさないような速度と方法をもつて運転しなければならないと規定していることに徴し、自動車運転者に前説示のような注意義務を課しても、苛酷であるとは考えられない。被告人が前説示の如き注意義務を尽くしておれば、本件事故の発生を未然に防止し得たことが、きわめて明白であるから被告人はなお、業務上過失致死の責任を免れることはできないのである。従つて本件は被害者が死角からいきなり飛出したための事故で被告人には過失がないとの所論は到底採るを得ない。

 

大阪高裁 昭和40年12月3日

横断歩道に接近する自転車の義務

自転車も車両ですから、車道に通行し横断歩道に接近する際には当然38条の義務があります。

東京地裁 令和4年2月18日(刑事)

この判例は食品の配送をする自転車が、夜間無灯火で横断歩道を横断する歩行者に衝突した事故です。
自転車としては珍しく、業務上過失致死に問われました。
自転車といえど38条の義務があるし、義務を怠れば事故になります。

(罪となるべき事実)
被告人は、ロードバイク型の自転車による有償の食品配達業を営み、走行速度を上げて歩合制の配達報酬等を効率的に得ようとしていた者であるが、令和3年4月17日午後7時5分頃、食品を配達するため、業務として前記自転車を運転し、東京都板橋区[以下省略]の道路をa方面からb方面に向かい時速約20ないし25キロメートルで進行中、同所先の交通整理の行われていない丁字路交差点入口に設けられた横断歩道に差し掛かった際、自車には前照灯の装備がない上、折からの降雨により眼鏡に雨滴が付着するなどし、前方左右が見えにくい状態になっていたのであるから、適宜減速した上、一層前方左右を注視し、同横断歩道による横断歩行者の有無及びその安全を確認しながら進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、減速することなく、かつ、前方左右を注視せず、同横断歩道による横断歩行者の有無及びその安全を確認しないまま漫然前記速度で進行した過失により、折から左方から右方に横断歩行中のA(当時78歳)を左前方約4.5メートルの地点に認め、急制動の措置を講じたが間に合わず、同人に自車を衝突させて同人を路上に転倒させ、よって、同人に外傷性頭蓋内損傷の傷害を負わせ、同月19日午後8時28分頃、東京都荒川区[以下省略]所在の病院において、同人を前記傷害により死亡させた。

(量刑の理由)
1 本件は、判示の食品配達業を営んでいた被告人が、自転車を運転中、交通整理の行われていない丁字路交差点入り口の横断歩道に差し掛かった際、速度調節及び前方左右注視の業務上の注意義務を怠り、折から同横断歩道を歩行中の被害者に自車を衝突させて死亡させた事案である。
2 被告人は、夜間降雨があった中、前照灯の装備がなく、眼鏡に雨滴が付着して前方左右が見えにくい状態にあったにもかかわらず、時速約20ないし25キロメートルという自転車としては相応に高速度のまま、横断歩道による横断歩行者の有無及びその安全を確認しないままに走行したために本件を惹起した。被告人は、高速走行可能なロードバイク型の自転車を運転するなどして、走行速度を上げて歩合制の配達報酬等を継続的に効率よく得ようと食品配達業に従事しており、そのような業務者の負う基本的な注意義務に違反したものであって、その過失は重い。

 

東京地裁 令和4年2月18日

歩行者の責任

刑事上の責任

道路交通法上、歩行者は以下の義務があります。

・信号を守る義務(7条)
・付近に横断歩道があるときは横断歩道を使う義務(12条1項)
・横断歩道以外を横断するときは、車両の直前直後横断の禁止(13条1項)
・横断禁止の標識がある場所での横断禁止(13条2項)
・斜め横断禁止(斜め横断可能な横断歩道を除く、12条2項)

信号無視以外は、事実上罰則はありません。

 

道路交通法上、横断歩道を横断する歩行者は車が迫っていようと横断することは何ら違反になりません。

交通整理の行なわれていない横断歩道においては、横断歩行者はきわめて強い優先権を有し、いつ横断を開始してもよいと同時に、その横断のしかたに関しても、必ずしも通常の速度でのみ歩行しなければならないものではなく、走る方法で横断することも―それが現在の交通の実態からみて当該歩行者にとり危険なときもあることは別として―別に禁ぜられているところではなく、現にそのような横断も往々にして行なわれているのであるし、ことに小児の場合、走つて横断することの多いことは、好むと好まざるとにかかわらずわれわれの経験上明らかなところである。そして、このように横断歩道上における歩行者の自由な横断を許し、歩行者にきわめて強い優先権を認めることは、そもそも横断歩道なるものが歩行者の安全かつ自由な横断と車両の円滑な交通との調節点として案出されたものであつて、横断歩道が設けられた場合には法はその附近で歩行者の横断を禁止する反面、横断歩道によつて横断する場合には車両の直前または直後で横断してもよいこととし、その他横断の方法につきなんら制限を規定せず、他方横断歩道を通過しようとする車両等に対しては前記の一時停止義務のほか諸種の制限を設けている

 

東京高裁 昭和46年5月31日(刑事)

赤信号で歩行者が横断開始した場合、信号無視(道路交通法7条違反)になることや、歩行者が重過失致死傷罪として書類送検された事例があります。

 

事故で「交通弱者」の歩行者が書類送検 異例の判断が下された理由(前田恒彦) - エキスパート - Yahoo!ニュース
横断歩道を歩いて横断中、直進してきたバイクと衝突し、首の骨を折る重傷を負った41歳の男性が、逆に書類送検された。なぜか――。目撃者あり 事故は2019年1月16日深夜、静岡市内の交差点で発生した。歩

 

二輪車であれば歩行者と衝突した場合に、二輪車の運転者が怪我や死亡する可能性があるからです。

民事上の責任

横断歩道上で歩行者に衝突した場合、横断歩行者が赤信号で横断開始したようなケース以外は、過失割合は歩行者:車=0:100です。
信号のない横断歩道や、青信号で横断開始した歩行者には道路交通法上、何ら違反はありません。

 

しかし、以下のケースでは歩行者に過失がつくことがあります。

・夜間
・幹線道路
・歩行者の注意により容易に事故を回避できた場合

本件事故当時降雨中であつたため、控訴人は右手で雨傘を差し左手で手提かばんを持つて(または抱えて)歩行し、信号機の設置されていない本件事故のあつた横断歩道の手前で、横断のため左右を見たところ、南方から被控訴人車が北進しているのに気づいたが、かなりの距離があつたので歩道(一段高い)端附近に横断歩道に向つて立ち止まり、右のように右手に傘を持ち左手にかばんをかかえながらライターを取り出して煙草に火をつけた後、左右の交通の安全を確認しなくても安全に横断できるものと考えその確認をしないまま、横断歩道上を横断し始め、約1.3m歩いたとき被控訴人車左前方フエンダー附近に控訴人の腰部を接触し、本件事故を起した

 

以上のとおり認められる。もつとも、乙第12号証(控訴人の供述調書)には、横断前に一度左右を見たことについて述べていないが、原審控訴人本人尋問の結果では事故のシヨツクで思い出せなかつたと述べており、これと対比すると右認定を妨げるものではなく、他に右認定を左右する証拠がない。

 

横断歩道であつても信号機の設備のない場合歩行者は左右の交通の安全を確認して横断すべき注意義務(事故を回避するための)があることは多言を要しない。右事実によると、控訴人は一旦横断歩道の手前で左右を見て被控訴人車がやや離れた南方から北進中であり直ちに横断すれば安全に横断できた状態であり、その時点では控訴人は右注意義務を果したといえないわけではない。しかし、控訴人はその直後に歩道端に横断歩道に向つて立ち止まり、右手に傘を持ち、左手でかばんをかかえながらライターを取り出して、煙草に火をつけたというのであるから、通常の場合よりも若干手間取つたことが考えられ、その時間的経過により、被控訴人車がさらに近づきもはや安全には横断できない状態になつていたことが十分に予測できたものといえるから、控訴人が横断し始めるときには、すでに、歩道に立ち止まる以前にした左右の交通の安全の確認では不十分で、さらにもう一度左右の交通の安全を確認した後に横断を始めるべき注意義務があつたものというべきである。しかるに、控訴人は歩道に立ち止まる前にした左右の交通の安全の確認だけで安全に横断できるものと軽信し、あらためて左右の交通の安全を確認しないまま横断し始めた過失があり、それが本件事故の一因となつているものといわざるをえない。本件事故についての控訴人、被控訴人双方の過失の態様、程度を比較し検討すると、控訴人の過失割合は10%とみるのが相当で、これを損害額算定につき考慮すべきものである。

 

広島高裁 昭和60年2月26日

適法に横断した歩行者に過失がつくケースはそれほど多くはありません。
判例では5~20%程度、歩行者に過失がつくことがあります。

 

確認したところ、令和2年9月25日大阪地裁で10%(昼間)、平成8年5月23日神戸地裁で5%(夜間、ただし高齢者)、それぞれ歩行者に過失をつけています。
どちらも信号機がない横断歩道です。

 

道路交通法上、横断歩道を横断する歩行者に何ら注意義務を課してないことから過失相殺を認めない判例のほうが多いとは思われますが、歩行者のわずかな注意で事故を回避できたケースでは過失相殺することもあります。

 

広島高裁判決の中に「左右の交通の安全を確認して横断すべき注意義務(事故を回避するための)」とありますが、民事の過失って道路交通法違反だけじゃなく「予見可能なことを回避しなかったこと」が含まれます。
38条の「強さ」や、車と歩行者のパワーバランスなどを考慮すると歩行者に高度な注意義務を課しているわけではなくて、わずかな注意で回避できるようなものを回避しなかった場合のみ歩行者の過失にしている印象はありますが、裁判官の考え方次第なのかも。

 

実際のところ、一審で歩行者に過失をつけながらも、二審で過失ゼロにしている判例も。
(横浜地裁昭和56年9月24日、東京高裁昭和57年5月11)

 

ほとんどの事故は裁判ではなく示談。
運転者は過失運転致死傷に問われているため、民事上は早く誠意を示し示談して不起訴や減刑を狙うかと。
もちろん、本当に誠意があるなら最初から一時停止しますけど。
なので歩行者は無過失になることがほとんど。

最後に

38条の基本は、横断歩道の予告標示(菱形)を見つけたら減速を開始するところにあります。

義務 義務の発生点 義務の除外規定
前段 横断歩道の手前で停止できるような速度 横断歩道に接近する時 横断歩道を横断しようとする歩行者がいないことが明らかになったら
後段 一時停止と妨害禁止 横断しようとする歩行者がいる時

右左折時にはそもそも徐行義務があるので(34条1項、2項)、横断しようとする歩行者がいたらそのまま一時停止するだけ。

減速義務、徐行義務を果たさないから止まれないわけで。

 

最近ちょっと気になるのですが、「歩行者には横断歩道にて左右の確認をする義務はない」と言う人がいます。
これについては正直なところ舌足らずというか、「道路交通法上の義務はない」であって、民事上の注意義務はあると判例でも示されています。

 

道路交通法は刑法なので、刑法上の義務はないというならわかるけど。

 

ちなみに道路交通法38条は昭和46年改正により過失犯も処罰する規定になってます(119条2項)。
過失犯の処罰規定を新設した理由は、「歩行者の存在に気が付かなかった」という言い訳マンが横行したから。

 

道路交通法について詳しく知りたいなら、とりあえずは「執務資料道路交通法解説」(東京法令出版)をオススメします。
ただし、今の時代に合わない判例が掲載されていたり、記述の間違いもあるのも事実。
執務資料に掲載されている判例についても、可能であれば全文を読んだほうがよろしいかと。






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