弱者と強者。

報道でご存じの方も多いと思うのですが、障害者の方がJRに乗車拒否されたとしている話。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c7f0ac5e3072f76060742b53db2396235fe60438

なんだかなぁ、と思うところがあり。

端的に言うと

端的に言うと、最初から駅構造や駅員の有無を調べて、早い段階で連絡して相談してれば何も問題は起こっていなかっただろうということ。

首都圏に住んでいれば、どの駅にも駅員がいるのが当たり前のように感じるかもしれませんが、田舎のほうに行くと駅員がいない駅なんてザラ。
SUICAすら使えないし、切符すら売ってない駅すらある。
切符も売っていない駅の場合、駅にある機械で乗車証明を取って、車内で清算するとか、降車駅で清算するケースも普通にある。

まあ、首都圏でも鶴見線のように、無人駅&切符も売ってない駅は普通にありますが・・・

事前に調べて、連絡すると駅員も集まりやすく、私の待ち時間も減り、お互いにとっていいと思います。しかし、歩いている人たちが電車に乗る時に、駅が使えるかどうかを調べることはほとんどないと思います。「車いすなんだから調べるのは、仕方ない、連絡もしないといけない」というのは、改善していきたいです。なぜなら調べるのも、連絡するのも、手間も時間もかかることだからです。その手間と時間が障害者にだけ強制されるは、差別があるということと同じはないでしょうか。

http://blog.livedoor.jp/natirou/

調べたり連絡することは強制されているわけではなくて、一種の自己防衛だと思うんですね。
それこそベビーカー押して買い物するママさんも、駅に階段しかなかったらどうにもこうにも行かなくなる。
だから自己防衛のために調べる。
この駅はベビーカーでは無理だと判断したら、抱っこ紐に変更するなど対策をする。
足が悪い高齢者とかもそうで、自分で調べるのが難しいなら、子供に頼むとかいくらでも方法はある。

手間と時間を惜しんだら、その代償が自分に降りかかってくる恐れがある。
ベビーカー押したママさんが、調べないでとりあえず行ってみて、無人駅&階段しかなかったら、そこで終了してしまう。
手間と時間を惜しんだらそのツケが来る可能性があるのは、障害者だろうと健常者だろうと程度の差はあれど変わらないと思う。

現状、全ての駅に駅員を複数配置するとか、全ての駅にエレベーターを設置することは、費用面だけでなく物理的に不可能な駅もあるわけですし。
それをすべて達成しようと思ったら、今現在の運賃を数十倍とかにしない限りは無理だと思いますし、鉄道会社や駅員さんの負担も考えてあげてもいいんじゃないの?と思うんですね。

足に怪我をしたけどどうしても出社しないといけないという立場の人で、満員電車には乗れないからと自己防衛のために毎日グリーン車で通勤した人も知ってます。
お金はかかるけど、自分を守るにはそうするしかない。

小田原駅で駅員とのやり取りを撮影して、メディアに連絡してとしていたそうですが、これだと強者の行動だと思うんです。
鉄道会社は広い意味でいうところのサービス業ですが、いきなり撮影しだしたりメディアに連絡する人がいたら、駅員からしたら恐怖だと思うんですね。

なんで対等な立場に立って交渉しないのか、というところには大きな疑問があります。

権利の主張

障害者差別解消法には、このように記されています。

(事業者における障害を理由とする差別の禁止)
第八条 事業者は、その事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。
2 事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない

この方は【合理的な配慮】を強調しているようですが、その前にあるのが

その実施に伴う負担が過重でないときは

当日何の連絡も無しに来て、無人駅に複数の駅員を配備してくれというのは、一般的感覚でも難しいだろうなと予想できること。
熱海駅の駅員も、暇そうにフラフラしているわけではなく、仕事をしている。
その任務をいったん放棄して違う駅に来てくれというのは、数日前とかに連絡してもらっていれば何らかの調整を出来た可能性はあるでしょうけど、これからすぐにお願いしますというのは難しい。
まさに【人的配置が難しく、負担が過重】なのではないでしょうか?
それこそ、熱海駅でほかの乗客に対して行っているサービス(任務)を停止してまでほかの駅に来いというのは、無理がある。

権利を主張するのであれば、相手に対する一定の配慮はあるべきだと思ってます。
今回の件でいえば、先に調べて連絡するということが、鉄道会社への配慮です。

この件、いろいろ見ていると、実際に車椅子に乗っている方からも非難する意見が出ています。
障害者でも健常者でも対等で平等な世界というのは、お互いを尊重することから始まるもの。
突然の申し出に対して、熱海駅からタクシーを提案するなど、一定の配慮をしてくれた駅員さんに対して、リスペクトも何も感じない。

タクシー代が、などと主張するのは的外れというか、それが嫌なら予め調べて、連絡して相談してくれば済んだはず。
そういう手間を惜しめば、相応の結果が生じうるのは誰でも同じ。
障害者に限った問題ではないと思うんですね。

輪行も同じ

ちょっと前にごみ袋輪行について再度取り上げましたが、

ずいぶん前に書いた記事について、メールを頂いたのですが。 メールについてはいわゆる誹謗中傷の内容も含まれているので、一部のみ抜粋します。 ...

鉄道会社がこういうのはダメですよ、と例示しているにも関わらず、独自解釈で自分を貫こうとする人を好きになれないのが本音です。
鉄道会社はビニール袋はダメですよと例示しているのに、

素材としてビニール袋を使うならOKなんだとか、正直なところ理解不能。
なんで素直に読まずに、勝手な憶測で推測してしまうのかも理解不能。

JRの例については明記されているように袋が破損しやすいから、ビニール袋(ビニール製の袋と解釈)を禁止しているのであり、ゴミ袋は専用に当たらないという話とは別物です。まぜこぜにしないでほしい。

ゴミ袋を材料として輪行袋なるものを作った場合(一般的に輪行袋として扱われる要件を満たしている場合)、それは輪行袋として扱われる。屁理屈でもなんでもなくそれが一般的な解釈。ゴミ袋はただの材料であり輪行袋となった時にはゴミ袋ではない。輪行袋がナイロンの布地として解釈されないのと同じ。これを認めない場合どの製品も輪行袋では無くなる。

袋が破損しやすいからビニール袋は禁止・・・なんてどこにも書いてないけど。
書いてあるのはビニール袋は禁止というだけ。

こういうのも結局のところ、グダグダ言うくらいなら直接聞けばわかると思うのですが。

今回の騒動を見ていて思うんですが、きちんと調べずに決めつけて行動すると、どこかに問題が生じうるということ。
この原則は、障害者だけに限った話ではないし、健常者であっても起こりうること。
ただし障害者のほうが、より調べる項目は増えるかもしれないし、具体的内容はそれぞれのケースによる。

もう少し、鉄道会社の事情を考慮して、尊重しないと何も変わらないし変えることはできないと思う。
公共交通機関だから言われたことを何でも実現してあげないといけないわけではないし、相手の立場を尊重すれば、数日前までには連絡するという方法も取れたはず。
それを差別と言って逃げるだけなら、何も変わらないと思う。

差別なんじゃなくて、区別だと思うんですね。
差別という言葉は、

偏見や先入観を元に特定の人々に対し不平等な扱いをすること、他と比べて低く扱うこと

差別したくて駅員が無理だと回答したわけではない。
車椅子を持ち上げて運ぶには、人手が複数必要になる以上、自力歩行できる人とは区別されるのは仕方ないこと。
ドラえもんじゃあるまいし、駅員だって瞬間移動できるわけではない。

偏見や先入観で不平等に扱っているわけではなくて、単にマンパワーが必要になるという点のみで区別されているもの。
差別だ、差別だと主張するのは、強者の論理だったり、権利の濫用だと思うのですが。
差別と区別を混同しているように感じます。
不当に低く扱っているわけではなく、マンパワーが必要になるという点で区別されているだけ。
無人駅にもエレベーターを!というのは、費用面で100%不可能なのだから、マンパワーに頼らざるを得ないという点で区別されてるだけ。

前にも書いたと思いますが、私の身内には東日本大震災で家を流された者がいます。
当時神奈川県に住んでいた私としては、津波についてはテレビの世界でしかなく、悲しいこと、大変なことだとは思いますが、被災者にはなれませんので、全てを理解しようとしても難しい面は当然あります。
同じように障害者ではない人間にとっては、苦労があることは頭で理解できても、実感することは難しいのが本音。

そういう意味でどこか感覚の乖離は生じるでしょうけど、権利ばかり主張して相手の立場を考えない人については、何とも残念な気持ちになってしまいます。
そもそも【乗車拒否】されていないですよね。
実際に乗っていったわけだし。