時間指定の一方通行標識を見逃して反則切符を切られ、のちに無車検無保険運行だと指摘されたそうですが、
— 上地克明 (@kamijikatsuaki) June 16, 2025
これ以前も書いたけど、無車検無保険運行については過失犯の処罰規定がなく、故意犯のみが処罰対象です(刑法38条1項)。
一方、一方通行(交通法8条1項)については、故意犯(119条1項2号、三月以下の拘禁刑又は五万円以下の罰金)のほか、過失犯(119条3項、十万円以下の罰金)の処罰規定があり、「標識を見逃した過失により一方通行を逆走したこと」は119条3項の罪になるところ、反則通告制度の対象なので反則金を払えば刑事訴追されない(反則金7000円、違反点数2点)。
◯故意犯
二 第七条(信号機の信号等に従う義務)、第八条(通行の禁止等)第一項又は第九条(歩行者用道路を通行する車両の義務)の規定の違反となるような行為をした者(当該行為が車両等の通行に関して行われた場合に限る。)
◯過失犯
3 過失により第一項第二号、第五号(第四十三条後段に係る部分を除く。)、第十四号、第十六号若しくは第十九号又は前項第二号の罪を犯した者は、十万円以下の罰金に処する。
無車検運行(道路車両運送法58条1項、118条1号)と無保険運行(自賠法5条、86条の3第1項1号)には「過失により」という処罰規定がないので、無車検無保険であることの認識がないと刑事処分はできないことになりますが、行政処分として無車検無保険運行の点数をつけることは可能。
理由はこれ。
施行令の規定内容がこれ。
18 「無保険運行」とは、自動車損害賠償保障法第五条の規定に違反する行為をいう。
規定に違反したら点数をつけるとしていて、「道路車両運送法118条1号の罪にあたる行為」ではなく「道路運送車両法58条1項の規定に違反する行為」としているから。
ところが救護義務違反(過失処罰規定はない)の場合。
救護義務違反は72条1項前段に規定してますが、施行令で点数をつける基準が「72条1項前段の規定に違反した場合」ではなく、救護義務違反の処罰規定である「法第百十七条第一項又は第二項の罪に当たる行為」としている。
117条1項も2項も故意犯の処罰規定なので、救護義務違反として加点するには故意が必要になる。
まとめるとこうなる。
一方通行違反 | 無車検運行 | 無保険運行 | |
切符の種別 | 青切符 | 赤切符 | 赤切符 |
過失処罰規定 | あり | なし | なし |
行政処分 | 故意過失を問わない | 故意過失を問わない | 故意過失を問わない |
点数 | 2 | 6 | 6 |
無車検運行と無保険運行は同時に一個の違反となるため、6+6ではなく「6点」。
なので最大8点の加点になりますが、無保険運行分の行政処分をするかは警察の裁量になる。
分かりにくいのは、刑事処分と行政処分が別基準になるところ。
刑事処分として無車検無保険運行を処罰するには故意が必要ですが、行政処分として無車検無保険運行を加点するには故意が不要。
ただし勘違いしやすいのは、青切符として反則金を求める場合には、過失処罰規定がないものには故意が必要です。
なぜかというと、青切符は「本来は犯罪行為として書類送検し裁判所で処分を決める交通違反について、反則金を払えば刑事訴追しないという特例」なので、過失処罰規定がない違反に青切符を切り反則金を求めることは、刑事処分がないものなのに反則金を払えば刑事訴追しないという矛盾になるからです。
例えば43条前段(一時不停止)には過失処罰規定があるので、「一時停止標識を見逃した過失」により一時不停止だったことは青切符の対象ですが、43条後段(交差道路の進行妨害)については過失処罰規定がない。
「安全不確認の過失により交差道路の進行妨害をした」だと43条後段を理由に青切符を切ることはできませんが、最高裁によると「過失処罰規定がない場合でも、その行為が他人に危害を及ぼすおそれがある速度又は方法」であれば「安全不確認の過失による安全運転義務違反(70条)」になるとする。
道路交通法70条の安全運転義務は、同法の他の各条に定められている運転者の具体的個別的義務を補充する趣旨で設けられたものであり、同法70条違反の罪の規定と右各条の義務違反の罪の規定との関係は、いわゆる法条競合にあたるものと解される(最高裁昭和45年(あ)第95号同46年5月13日第二小法廷決定・刑集25巻3号556頁参照)。すなわち、同法70条の安全運転義務は、他の各条の義務違反の罪以外のこれと異なる内容をもつているものではなく、その構成要件自体としては他の各条の義務違反にあたる場合をも包含しているのであるが、ただ、同法70条違反の罪の構成要件に該当する行為が同時に他の各条の義務違反の罪の構成要件に該当する場合には、同法70条の規定が同法の他の各条の義務違反の規定を補充するものである趣旨から、他の各条の義務違反の罪だけが成立し、同法70条の安全運転義務違反の罪は成立しないものとされるのである。
つぎに、同法70条の安全運転義務違反の罪(ことに同条後段違反の罪)と他の各条の義務違反の罪とは、構成要件の規定の仕方を異にしているのであつて、他の各条の義務違反の罪の構成要件に該当する行為が、直ちに同法70条後段の安全運転義務違反の罪の構成要件に該当するわけではない。同法70条後段の安全運転義務違反の罪が成立するためには、具体的な道路、交通および当該車両等の状況において、他人に危害を及ぼす客観的な危険のある速度または方法で運転することを要するのである。したがつて、他の各条の義務違反の罪の過失犯自体が処罰されないことから、直ちに、これらの罪の過失犯たる内容をもつ行為のうち同法70条後段の安全運転義務違反の過失犯の構成要件を充たすものについて、それが同法70条後段の安全運転義務違反の過失犯としても処罰されないということはできないのである。
これを本件についてみるに、道路交通法(昭和46年法律第98号による改正前のもの)25条の2第1項の「車両は、歩行者又は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、後退してはならない。」との規定の過失犯たる内容をもつ行為は、直ちに道路交通法70条後段の安全運転義務違反の過失犯の構成要件を充たすものではなく、具体的な道路、交通および当該車両等の状況において、他人に危害を及ぼす客観的な危険のある速度または方法による運転だけがこれに該当するのであるから、道路交通法(昭和46年法律第98号による改正前のもの)25条の2第1項違反の過失犯が処罰されていないことから、その過失犯たる内容をもつ行為のうち道路交通法70条後段の安全運転義務違反の過失犯の構成要件を充たすものについて、同法70条後段違反の過失犯として処罰できないとはいえないのである。
そうすると、道路交通法(昭和46年法律第98号による改正前のもの)25条の2第1項違反の過失犯たる内容をもつ被告人の本件後退行為につき、道路交通法70条後段の安全運転義務違反の過失犯処罰の規定の適用がないとする理由はなく、かえつて、同法70条の安全運転義務が、同法の他の各条に定められている運転者の具体的個別的義務を補充する趣旨で設けられていることから考えると、他の各条の義務違反の罪のうち過失犯処罰の規定を欠く罪の過失犯たる内容を有する行為についても、同法70条の安全運転義務違反の過失犯の構成要件を充たすかぎり、その処罰規定(同法119条2項、1項9号)が適用されるものと解するのが相当である。
最高裁判所第一小法廷 昭和48年4月19日
「交差道路の進行妨害」と「他人に危害を及ぼすおそれがある速度又は方法」では差があるので、進行妨害の程度次第になりますが…
刑事処分上の故意/過失はややこしいし、行政処分は別になりますが、この件について無車検無保険運行の「未必的な認識」があったかについては検察官が取り調べするでしょう。
ただまあ一応理屈の上ですが、自賠法3条は事故によって他人を死傷させたときに、「自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたこと」を証明しない限り賠償責任を負うとしている。
第三条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。
無車検なら証明できないことになり、本来なら無過失になる事故態様であっても賠償責任を負うことになりかねない。
その意味でも、過失による無車検無保険運行は刑事処分がないにしても盛大な罰ゲームが待ち構えているとも言えるので、何一つメリットはないんですよね。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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