なかなか不思議なところに着目する人もいるのだなあと思ったのですが、ご意見を頂きました。

これはおかしいのではないか?
そもそも、なぜこうなっているかを考えてみましょう。
元々は同じ罰則
確かにクルマと軽車両では救護義務違反の罰則は違います。
クルマ | 軽車両 | |
罰則 | 五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金 | 一年以下の懲役又は十万円以下の罰金 |
根拠条文 | 117条1項 | 117条の5 |
これ、「軽車両を軽くしている」のではなく、元々は同じ罰則なんです。
◯昭和35年
現行法とは異なり、軽車両か否かで分けておらず、1年以下の懲役又は5万以下の罰金。
昭和39年に以下の改正をして、軽車両は罰則を据え置き、軽車両以外の救護義務違反の罰則を引き上げた。
第百十七条中「第七十二条」を「車両等(軽車両を除く。以下この条において同じ。)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において、第七十二条」に、「違反した者」を「違反したとき」に、「一年」を「三年」に、「五万円」を「十万円」に改め、同条の次に次の一条を加える。
第百十七条の二 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
一 第六十五条(酒気帯び運転の禁止)の規定に違反した者で酒に酔い(アルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれがある状態にあることをいう。)車両等を運転したもの
二 第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反した者(前条の規定に該当する者を除く。)
この改正により、軽車両の救護義務違反は117条の2第2号になり罰則は据え置き(1年以下の懲役又は5万以下の罰金)、クルマや原付は3年以下の懲役又は10万以下の罰金に引き上げた。
問題は引き上げた理由です。
簡単にいえば、当時ひき逃げ事故の増加が社会問題化しており、罰則強化による引き締めを狙ったわけ。
第46回国会 衆議院 地方行政委員会 第37号 昭和39年4月23日
○江口(俊)政府委員 ただいま提案理由の説明がございました道路交通法の一部を改正する法律案につきまして、さらに補足して御説明いたします。
(略)
第五に、罰則の強化について御説明いたします。
その一は、第百十七条の車両等の運転者が交通事故による人の死傷があった場合において負傷者の救護等を怠った場合の罰則を強化することについてであります。
この改正規定は、瀕死の重傷と知りながらこれを放置したまま逃走するきわめて悪質なひき逃げ事犯が多くなってきている現況にかんがみ、交通事故のうち、人の死傷があった場合における運転者の犯したひき逃げ事犯は、他の場合と区別してその罰則を強化しようとするものであります。
第46回国会 衆議院 地方行政委員会 第50号 昭和39年5月28日
○高橋(幹)政府委員 ひき逃げの件数を御説明申し上げますと、昭和三十八年度におきまして人身事故と物件事故と両方あるわけでございますが、人身で申し上げますと死亡が五百十四件、それに対しまして検挙をいたしました件数が四百十四件ということになっておりまして、検挙率は八〇・五%ということでございます。重傷が二千百四十三、軽傷が八千九百七十六、それぞれの検挙の件数は七二%、七五%、こういうことで、平均いたしまして人身の検挙件数は七五・三%ということでございます。人身の事件は約一万一千六百件ございまして、いま申し上げたように検挙件数が八千七百六十一件、七五・三%という数字でございます。これは三十七年度に比べて総体といたしましては一・八%の検挙率の増加ということになっております。
○華山委員 私心配するのでございますが、いろいろな点で刑罰を重くいたしますというと、ひき逃げがますます多くなるのじゃございませんでしょうか。これが確かに検挙されるということであれば私はいいと思いますけれども、七五%の検挙率、これは私は相当の成績だとは思いますけれども、刑罰が重くなるとますますこわいからひき逃げしてしまう。そういうふうなことについての御心配、予防的意味で、ひき逃げすると重刑になるのだということを、何か予防的な措置でなすったことがかえって逆になるようなことはないものでございましょうか。
○高橋(幹)政府委員 間々そういう例はございます。ひきまして、これはたいへんだというので逃げる。しかしこれは元来人間の問題としては最も恥ずべき行為でありまして、法律に規定しておりますところの現場の救護措置をするということは、運転手の基本的な問題として当然やるべきことでありまして、これらのひき逃げに対する罰則を強化したからひき逃げがふえるということでは、これは一般国民の水準の問題ということにも関連いたします。もちろんそういうことの具体的な実例はございますけれども、方向といたしましては、私どもはひき逃げ事犯の予防といたしましては、やはり罰則を強化していくということが一つの要求であるというふうに考えております。
○華山委員 あなたのおっしゃることは正しいと思いますよ。そうだと思います。しかし現実にひき逃げをするような人というものは、教養の低い人なんです。また現在におけるところの運転をしている人は、あなたのおっしゃるようなりっぱな紳士ばかりではない。そういう場合に、私はこのひき逃げの罰則を高くすることに反対するわけではありませんけれども、検挙率というものがうんと高くて、ひき逃げをすればつかまえられるのだ、こういうふうな域に達しませんというと、私はかえってひき逃げを多くするようなことになりはしないかということを心配して申し上げるのでございますが、ひき逃げに対しましての検挙率を高めるというふうなことにつきまして、特にこの罰則を高めたという機会に強化されなければいけないと思いますが、何かそういうふうなお考えはございますか。
○高橋(幹)政府委員 確かにおっしゃる点はよくわかります。したがいまして、私どもは単に罰則を強化したのみではいけない、結局ひき逃げをしたら損だ、必ず検挙されるということでなければ、すべての犯罪の防遏にはならないわけであります。これは単にひき逃げばかりの問題ではなく、一般犯罪につきましても、その犯罪を検挙することがやはり防犯の第一の手段でございますので、私どもといたしましても、ひき逃げ事犯の検挙の体制というものに対しましては、できるだけ捜査体制を充実するということで、先般来増員をお願いいたしましたものの中から、それぞれ必要な数字の捜査専従員を設けまして、あるいは関係府県の連絡を強化することによって、それぞれの府県間の捜査の協助体制を強化する、あるいはパトカー等の機動力をつける、あるいはいろいろな現場に遺留されましたところの鑑識のいわゆる科学捜査という面についての体制を強化をする、あるいは犯罪捜査のための予算をふやす、こういうようなことで、いわゆるひき逃げの捜査体制の強化というものにつきましては、本年度の重点といたしまして種々具体的な努力をいたしているところでございます。
軽車両以外の救護義務違反の罰則を引き上げた理由は、罰則強化による犯罪抑制効果を狙っている。
急増したひき逃げに対する警告効果ですよね。
で、簡単にいえば軽車両によるひき逃げ事案は件数が少なく、罰則強化による犯罪抑制効果をする理由がなかったから据え置きにした。
このあともクルマや原付の救護義務違反の罰則は引き上げされてますが、軽車両は据え置きなのは件数が少なく、しかも重傷事案が少なかったから引き上げによる警告効果をする必要がなかったのかと。
「軽車両を軽くしている」のではなく、「軽車両以外を引き上げて重くした」が正解。
青切符にしても
青切符制度は昭和42年に創設されてますが、青切符の狙いは違反処理を簡便化して急増する違反者処理の負担を軽減することにある。
昭和42年に青切符制度を創設した際に軽車両や歩行者を除外したのは、軽車両や歩行者の違反はクルマや原付からすると限りなく少なく、簡便な処理を必要としなかったからです。
しかし令和になり自転車の違反件数が急増しているから、自転車についても青切符制度を創設した。
ただし自転車以外の軽車両については、青切符制度から除外されています。
馬の交通違反なんて件数が少なく、青切符制度を導入する必要がないのでしょう。
要は自転車によるひき逃げ事案が急増すれば罰則の引き上げを検討するだろうし、馬車の信号無視が増えれば馬車も青切符制度の対象にすることを検討するでしょう。
法律は理由があって改正されたり創設されるわけなので、「馬車にも青切符制度を導入すべき!」というからまずみんな馬車に乗らないと話にならない。
ちなみに馬の交通違反は見たことないなあ…
救護義務違反の罰則ですが、「自転車を軽くした」のではなく「クルマや原付を重くした」が正解。
なぜ重くしたかについては警察学論集 昭和39年7月号などに書いてありますし、そちらをどうぞ。
たぶん執務資料とかにも書いてあるんじゃないかな?
道路交通法については条文解釈を一通り確認したら、あとは立法経緯に着目した方が理解が進むと思う。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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