危険運転致死傷罪にかかる有識者会議の途中経過が報道されてますが、今回目指す改正の一つに「高速度類型」がある。
これが全く理解されてない上に誤解の原因になっているので、ちょっと解説しようと思う。
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高速度類型の危険運転致死傷罪

現行規定にある高速度類型はこちら。
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
この類型は「速度が速すぎてコースから逸脱しかねないような危険な状態」を指している。
「制限速度を遵守していれば事故を回避できたのに、速すぎて衝突した」といういわゆる対処困難性を含まない。
⑴ 法2条2号の「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」とは、速度が速すぎるため、道路の状況に応じて進行することが困難な状態で自車を走行させることを意味し、具体的には、そのような速度での走行を続ければ、道路の状況や車両の構造・性能、貨物の積載の状況等の客観的事実に照らし、あるいは、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって自車を進路から逸脱させて事故を発生させる実質的危険性があると認められる速度で自車を走行させる行為をいい、この概念は、物理的に進路から逸脱することなく進行できない場合のみならず、操作ミスがなければ進路から逸脱することなく進行できる場合も含まれることを前提としていると解するのが相当である(東京高裁令和3年(う)第820号同4年4月18日判決参照)。なお、本罪が捉える進行制御困難性は、他の車両や歩行者との関係で安全に衝突を回避することが著しく困難となる、すなわち、道路や交通の状況に応じて、人の生命又は身体に対する危険を回避するための対処をすることが著しく困難となるという危険(対処困難性)とは質的に異なる危険性であることに留意する必要がある。
大分地裁 令和6年11月28日
さてこれを踏まえて。
今回目指す改正は法2条2号に数値基準を設けるわけではない。
「重大な交通の危険の回避が著しく困難な高速度」という、いわゆる対処困難性に係る高速度類型を新設するのでして。
高速度では、「重大な交通の危険の回避が著しく困難な高速度」という概念を新たに採用。最高速度が時速60キロを超える道路では「60キロ超過」、60キロ以下では「50キロ超過」を基準とした。
たとえば最高速度が時速100キロの高速道路では160キロ、時速60キロの一般道では110キロから危険運転となる。この基準に「準ずる」速度も対象となり得るが、法務省は「基準を時速10キロ以上下回ったら適用困難」との見方を示している。
危険運転で数値基準案 ビール大瓶2本相当、速度50~60キロ超過:朝日新聞特に危険で悪質な運転行為を処罰する「危険運転致死傷罪」の要件の見直しに向け、法務省は9日、法制審議会(法相の諮問機関)の部会で、新たに導入する数値基準の案を示した。ビール大瓶2本を飲んだ状態にあたる…
危険性・悪質性の高い高速度運転による死傷事犯について実態に即した処罰を可能とするため、傷害罪・傷害致死罪に匹敵する危険性・悪質性を有する行為を重く処罰するという危険運転致死傷罪の罪質を前提とし、「その進行を制御することが困難な高速度」での走行行為を処罰の対象とする法第2条第2号とは異なる観点から高速度運転の危険性を捉える危険運転致死傷罪の新たな類型を設けた上で、処罰範囲を適切に限定しつつ、構成要件を明確化して安定的な運用を確保する観点から、犯行時の交通の状況等にかかわらずそうした危険性が認められるといえる数値基準を規定し、それを満たす速度で自動車を走行させる行為を一律に同類型の対象とすることが考えられる。
危険運転致死傷罪のうち高速度運転に係る類型を見直すことについては、危険運転致死傷罪は、傷害罪・傷害致死罪に匹敵する危険性・悪質性を有する行為を処罰対象とするものであり、危険運転致死傷罪として処罰すべき実質的危険性・悪質性を伴わない行為までがその処罰対象に含まれるような改正は適切でないという共通理解の下で議論が行われ、
○ 法第2条第2号の適用の可否が争われた事案の中には、同号の適用が認められなかったものがあるが、それらは、同号が処罰対象とする実質的危険性を有する行為であることが認められなかったものであり、同号の構成要件が不明確であることを直ちに意味するものではないとの意見も述べられたものの、
○ 同号の「進行を制御することが困難」とは、速度が速すぎるため、道路の状況に応じて進行することが困難な状態と解されているところ、「道路の状況」として他の通行車両や歩行者の存在を考慮できるかについて消極的な解釈を示す裁判例があるため、常識的に見て極めて危険性の高い高速度運転であっても、実際に進路を逸脱していない事案においては同号の適用が否定される場合があることから、高速度運転による死傷事犯への適切な対処を可能とするような規定の在り方について検討すべきであるといった意見が複数の委員から述べられ、おおむね異論は見られなかった。
その上で、高速度運転の危険性の内実について議論がなされ、
○ 第6回会議のヒアリングにおいて、高速度運転には、走行速度が速くなるほど停止距離が長くなるため、ブレーキ操作によって衝突を回避することが困難となる危険性や、走行速度が速くなるほどハンドル操作による自動車のコントロールが困難となるため、ハンドル操作によって衝突を回避することが困難となる危険性があるといったことが明らかになり、こうした知見を踏まえると、著しい高速度で自動車を走行させる行為には、他の車両や歩行者との関係で安全に衝突を回避することが著しく困難となる、すなわち、道路や交通の状況に応じて、人の生命又は身体に対する危険を回避するための対処をすることが著しく困難となるという危険性(対処困難性)があるといえる
○ 対処困難性は、法第2条第2号が捉える進行制御困難性とは質的に異なる危険性であるから、高速度運転に起因する対処困難性を捉える危険運転致死傷罪の新たな類型を設けることが考えられる
といった意見が示された。
そして、そうした類型を設ける場合の規定の在り方については、
○ 第6回会議のヒアリングの結果を踏まえても、道路の形状や交通状況等の個別の事情を凌駕して一律に進行制御困難性や対処困難性といった高速度運転の実質的危険性が認められるといえる速度を設定することは困難であり、数値基準の導入は慎重に検討すべきであるとの意見も述べられたものの、
○ 危険運転致死傷罪の罪質に照らすと、その対象行為については、危険性・悪質性が高いものに限定し、過失犯との適切な切り分けに留意する必要があるところ、処罰範囲を適切に限定しつつ、構成要件を明確化して安定的な運用を確保するという観点から、常軌を逸した、およそ対処を放棄しているといえるような高速度をもって数値基準を設定し、その速度以上の速度で自動車を走行させる行為を一律に同類型の対象とすることが考えられるといった意見が大勢であった。https://www.moj.go.jp/content/001428043.pdf
従来の法2条2号(進行制御困難高速度、つまりコースから逸脱しかねないような危険な状態)は維持し、それとは別に「重大な交通の危険の回避が著しく困難な高速度」を新設する。
なぜ法2条2号は維持するのかというと、法2条2号は制限速度以下であっても成立する。
一例として、時速45キロで同罪を認めた福岡地裁判決がある。
【罪となるべき事実】
被告人は、令和5年11月2日午前1時50分頃、普通乗用自動車を運転し、福岡県糟屋郡a町bc番地南西方約430m先の右方に湾曲する下り勾配の道路をA展望台方面からd方面に向かい進行するに当たり、その進行を制御することが困難な時速約45kmの高速度で自車を走行させたことにより、自車を道路の湾曲に応じて進行させることができず、自車の制御を失わせて横転させ、よって、自車同乗者B(当時16歳。以下「被害者B」という。)に加療約3日間を要する脳震盪等の傷害を負わせるとともに、同C(当時16歳。以下「被害者C」という。)に肝損傷の傷害を負わせ、同日午前7時26分頃、福岡市e区fg丁目h番i号D病院救命救急センターにおいて、同人を同傷害に基づく出血性ショックにより死亡させた。福岡地裁 令和7年9月22日
なぜ時速45キロで同罪が成立するかというと、この事故現場は下り勾配のヘアピンカーブであり、理論上の限界旋回速度は時速36~38キロ。
どう考えても時速45キロで曲がりきれないヘアピンカーブに曲がりきれない速度で進入して起こした事故ですが、法2条2号に数値基準を設けた場合、福岡地裁判決は危険運転致死傷罪に問えなくなる。
そのため、法2条2号が想定する「コースから逸脱しかねないような危険な速度」については維持し、世間の不満の原因になっている「重大な交通の危険の回避が著しく困難な高速度」を新設するわけ。
そこで問題になるのは、危険運転致死傷罪は危険な運転なら全てを対象に立法したわけではなく、危険な運転のうちより悪質なものを類型化した経緯がある。
そのため、「重大な交通の危険の回避が困難な高速度」ではなく「重大な交通の危険の回避が著しく困難な高速度」とすることにより、過失犯と区別がつきにくくなる懸念を払拭しようとしている様子。
要は「重大な交通の危険の回避が困難な高速度」と規定した場合、制限速度+5キロ程度でも危険運転致死傷罪が成立しうることになる。
しかし危険運転致死傷罪は「危険な運転行為のうち、より悪質なものを選び類型化した」という経緯から考えても、ちょっとの速度超過で同罪が成立することは立法趣旨に反する。
そこで「重大な交通の危険の回避が著しく困難な高速度」と規定し、過失犯とは明らかに異なる無謀で危険な速度を想定するようである。
ところで
「重大な交通の危険の回避が著しく困難な高速度」といういわゆる対処困難性高速度類型が新設された場合、たとえ数値基準をオーバーしていた場合であっても、その事故が「制限速度内であっても回避不可能だった」場合には成立しないものと思われる。
制限速度内であっても回避不可能だった場合には過失運転致死傷罪が成立しないのだから、それ自体は当然とも言える。
一例として、34キロ超過で事故を起こしたが無罪(過失運転致死)になった札幌地裁判決がある。

対処困難性高速度類型を新設することには賛成ですし、危険運転致死傷罪の立法趣旨からみても、新設する高速度類型はわりと高めな数値になるのも仕方ない。 しかし数値基準以下だから一律不適用とはならない予定。
結局、この類型を理解するにはまず従来の2条2号が想定する内容を押さえて、その上で著しい対処困難性高速度という悪質なものを新設するのだと理解しないと、感情論にしかならないと思う。
何でもかんでも危険運転致死傷罪になれば済む話ではないし、本質的には従来の2条2号とは異なる類型の新設であり、しかも過失犯との境目は明確である必要がある。
それを踏まえた議論だということなのよね。
しかしインターネット上での意見をみると、「+◯キロじゃないと危険運転致死傷罪にならない」かのような誤った解説を見かける。
数値基準以下でも10キロ弱の差であれば「対処困難高速度類型」が適用できるように改正を目指していることと、数値基準は「対処困難高速度類型」のみの話であり「進行制御困難高速度類型」には数値基準が設けられない(つまり数値基準以下でも進行制御困難高速度類型は適用できる)ことになる。
この棲み分けを理解し、そして危険運転致死傷罪の根幹にある立法趣旨と、過失犯との区別を理解する必要がある。
「+50キロ以上」というのも報道によると「10キロ弱の差」は適用できるようにするらしいので、実質的には「+40キロ以上」になりますが、
例えば「+30キロ以上」と規定した場合、制限速度30キロの速度標識を見落として時速60キロで進行中に事故を起こした場合にも同罪が適用されることになる。
それ自体は危険な運転行為と言えても、危険な運転行為のうちより悪質なものを選び類型化した立法趣旨と、他号との比較からみて同罪の適用が本当に適切なのか?という話になる。
過失運転致死傷罪の適用上も、法定上限いっぱいの適用がなされているわけでもなく、過失運転致死傷罪でその量刑を考慮すれば足りるとも言える。
感情論で語るのは誰でもできるけど、法全体を見渡して考えないと辻褄が合わなくなるだけなのよね。
そもそも、「進行制御困難高速度」に数値基準が設けられるかのような誤った考えすら見かけますが、
「進行制御困難高速度」は維持し、新たに「対処困難高速度類型」を新設する話であることも忘れてはならない。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。



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