先日ちょっと質問を頂いた中に、
というビミョーな質問を頂きました。
何とも言い難いところです。
Contents
違反する車両を予測して運転する義務
基本的に道路交通法の具体的規定については、違反して進行してくる車両や歩行者を想定していない。
38条1項や37条による優先規定についても、信号機の有無は条文には書いてないものの、赤信号を無視して進行してくる車両や歩行者に優先を与える規定ではありません。
道路交通法第37条第1項所定の交差点における直進車の右折車に対する優先は、直進車が交差点に適法に入ったときだけに限るのであって、信号を無視して不法に交差点に入った場合には認められない。
昭和38年11月20日 東京高裁
この改正内容の第二点は、従来の第一項および第二項の区別を廃止したことである。改正前の第38条は交差点における交通整理の有無によって第一項と第二項を分けて規定していたが、車両等の義務の内容としてはいずれも「歩行者の通行を妨げてはならない」ことを規定していた。したがって、規定をこのように分けていた実益は、交通整理の行われている交差点において優先の適用を受ける歩行者を「信号機の表示する信号または警察官の手信号等に従って横断している」歩行者に限っていたことにあると考えられるが、本来このような優先の規定は適法な歩行者にのみ適用になると解するのが当然のことであるので(注2)、今回の改正を機にこの区別を廃止したのである。
(注2)この点については、改正前の第71条第3号すなわち改正後の第38条第1項の規定についても、信号無視の歩行者に優先権を与えたものでないのは解釈上当然のことであると考えられていた。
警察庁交通企画課 浅野信二郎、警察学論集20(12)、p37、立花書房、1967年12月
ほとんどの場合、違反して進行してくる車両や歩行者については安全運転義務(70条、36条4項)の範囲であったり、過失運転致死傷における注意義務としてあるのかないのかで判断されます。
ある種の信頼の原則とも関わりますが、民事は信頼の原則がフルに働かないのであくまでも刑事責任として。
「時と場合による」
例えば赤信号を無視して自転車横断帯を進行した自転車と車が衝突した事故について、以下のようになっています。
前記のとおり、本件交差点は信号機による交通整理が行われており、被告人車両は対面信号機の青色表示に従い直進して本件交差点に進入したものである。このような場合、当該車両の運転者は、特別な事情がない限り、本件横断歩道等を横断しようとする歩行者、自転車等がその対面する信号機の赤色表示に従って横断を差し控えるものと期待して信頼するのが通常である。そして、関係証拠に照らしても、当時の被告人に対面信号機が赤色表示であるにもかかわらず本件横断歩道等を横断する歩行者、自転車等が多いといった事情を認識していたことはうかがわれず、本件において前記特別の事情があるとは認められない。
徳島地裁 令和2年1月22日
普段から信号無視する歩行者や車両が多い交差点であれば、過失運転致死傷における注意義務としてなりうる。
他の判例だと、こちら。
この判例は道路外から車道に進出する車が一時停止せずに微速前進した結果、歩道を時速約39.6キロで進行してきた自転車と衝突した事故。
歩道を通行する自転車には徐行義務があるので、約40キロで歩道を爆走する自転車はどう考えても違反ですが、予見可能だとしています。
イ 被告人には,時速約39.6kmという高速度で左方から進行して来る自転車がいるとは予見できないとの弁護人の主張について見ると,時速39.6kmという速度は,自転車の速度としてかなりの高速度であることは否定できないものの,本件歩道がA自転車の進行経路に照らすと直線的な形状である上,1.0%と僅かではあるものの左方から右方に向けて下り坂になっていることなどの事情をも考慮すれば,およそ想定し難いほど特異な高速度とはいえない。このことは,道路交通法上,自転車には原則として歩道上での徐行義務が課されている(同法63条の4第2項)ことを踏まえても左右されない。
そうすると,被告人に時速約39.6kmで進行して来る自転車の存在を予見できなかったとはいえず,結局,弁護人の主張はその前提を欠くものであって採用できない。
ウ また,弁護人の上記主張は,時速約39.6kmという高速度で自転車が左方から進行して来るというのは異常な事態であり,このような異常な行動による危険を避けるために被告人に一時停止の義務まで課すのは不当に過剰なものであるとの趣旨にも解される。
しかしながら,本件歩道上の左方の見通し状況及び本件歩道の交通状況に照らせば,本件注意義務は,至極当然に課されるべきものである。所論を検討しても,A自転車の速度がおよそ想定し難いほど特異な高速度とはいえないことは上記のとおりである上,そのような速度の自転車に被告人車両が衝突した場合には重大な人身被害を生じさせる可能性が高いことを考慮すると,このような事態を回避するため,被告人に対し,本件注意義務を課すことが不当に過剰なものとは解されない。
エ 以上によれば,弁護人の主張は採用できない。
広島高裁 令和3年9月16日
結局のところ、予見可能なことは注意する義務があると解釈されますが、その範囲がどこまでなのかを制限するのが信頼の原則。
左折巻き込み系の事故についても、適切な注意義務を払い適切な左折動作に入っていたなら、それ以上不法に追い抜きする二輪車を予見する義務はないとされてます。
例えばこれ。
進行方向別通行区分があるので車両通行帯ですが、二輪車が車両通行帯最外側線を越えて進行することはまあまあ普通にあること。
適切な注意を払い、適切な左折動作に入っていたならそれ以上注意する義務はないにせよ、だいたいの場合は適切に注意を払うことなく、不適切な左折動作の結果として巻き込みを起こすわけで、それはきちんとしましょうというのが法律上の考え方なのかと。
どこまで予見する義務があり、予見した結果に基づく注意義務があるのかは難しいところです。
個人的には歩道を時速40キロで進行する自転車は予見不可能だと思いますが。
民事上の話
民事上の話としてであれば、不法通行する車両や歩行者について広く予見義務と注意義務が認められる傾向にあります。
国家が刑罰を下すための過失と、起きた被害を公平に分担する民事責任は基本的に考え方が違うので、民事責任に信頼の原則はあまり働かない。
例えばこちらの判例は、歩道から車道にノールックで降りて車道を逆走斜め横断する自転車は予見可能として注意義務違反にしてます。
歩行者側にもある程度、違反してくる車両を予見する義務が課されます。
下記の判例では、信号がない横断歩道を横断した歩行者と車がぶつかった事故について、歩行者側にも注意義務違反があるとして過失にしてます。
当然車については38条1項の違反になりますが、違反があることと事故発生は必ずしもイコールではないですし。
本件事故当時降雨中であつたため、控訴人は右手で雨傘を差し左手で手提かばんを持つて(または抱えて)歩行し、信号機の設置されていない本件事故のあつた横断歩道の手前で、横断のため左右を見たところ、南方から被控訴人車が北進しているのに気づいたが、かなりの距離があつたので歩道(一段高い)端附近に横断歩道に向つて立ち止まり、右のように右手に傘を持ち左手にかばんをかかえながらライターを取り出して煙草に火をつけた後、左右の交通の安全を確認しなくても安全に横断できるものと考えその確認をしないまま、横断歩道上を横断し始め、約1.3m歩いたとき被控訴人車左前方フエンダー附近に控訴人の腰部を接触し、本件事故を起した。
以上のとおり認められる。もつとも、乙第12号証(控訴人の供述調書)には、横断前に一度左右を見たことについて述べていないが、原審控訴人本人尋問の結果では事故のシヨツクで思い出せなかつたと述べており、これと対比すると右認定を妨げるものではなく、他に右認定を左右する証拠がない。
横断歩道であつても信号機の設備のない場合歩行者は左右の交通の安全を確認して横断すべき注意義務(事故を回避するための)があることは多言を要しない。右事実によると、控訴人は一旦横断歩道の手前で左右を見て被控訴人車がやや離れた南方から北進中であり直ちに横断すれば安全に横断できた状態であり、その時点では控訴人は右注意義務を果したといえないわけではない。しかし、控訴人はその直後に歩道端に横断歩道に向つて立ち止まり、右手に傘を持ち、左手でかばんをかかえながらライターを取り出して、煙草に火をつけたというのであるから、通常の場合よりも若干手間取つたことが考えられ、その時間的経過により、被控訴人車がさらに近づきもはや安全には横断できない状態になつていたことが十分に予測できたものといえるから、控訴人が横断し始めるときには、すでに、歩道に立ち止まる以前にした左右の交通の安全の確認では不十分で、さらにもう一度左右の交通の安全を確認した後に横断を始めるべき注意義務があつたものというべきである。しかるに、控訴人は歩道に立ち止まる前にした左右の交通の安全の確認だけで安全に横断できるものと軽信し、あらためて左右の交通の安全を確認しないまま横断し始めた過失があり、それが本件事故の一因となつているものといわざるをえない。本件事故についての控訴人、被控訴人双方の過失の態様、程度を比較し検討すると、控訴人の過失割合は10%とみるのが相当で、これを損害額算定につき考慮すべきものである。
広島高裁 昭和60年2月26日
確認したところ、令和2年9月25日大阪地裁で10%(昼間)、平成8年5月23日神戸地裁で5%(夜間、ただし高齢者)、それぞれ歩行者に過失をつけています。
どちらも信号機がない横断歩道です。
道路交通法上、横断歩道では歩行者の直前横断は禁止されていませんが、民事上は「歩行者の僅かな注意で事故を回避できた」として過失になります。
刑事で無罪になったとしても、民事責任とは関係ありません。
民事上で無過失になるには、車の場合自ら無過失の立証をした場合のみです(自賠法3条)。
例えばこちら。
先行する原付が右折合図をして道路中央に寄ったので、後続車は左側から追い越ししようとしたところ、ノールックノー合図で原付が左側に進路変更した事故。
こんな至近距離で進路変更されても対応できないし、予見する義務もない。
なので無過失の立証を認めてます。
そのほか、横断歩道以外を横断した事故。
・夜間
・歩行者は中央分離帯を越えて横断
・中央分離帯は歩行者と同じくらいの高さの木がある
・ガソリンスタンドの光が逆光になり中央分離帯付近に歩行者がいることは視認不可能
以上の理由から車に過失がないとしています。
刑事責任は不起訴で、民事責任は無過失。
不可能なことまで可能にしろという法律ではないし、予見不可能な事態にまで過失責任を負わせるものではないです。
その上でいうと、結局は裁判してみないとどう判断されるかわからない面があるわけです。
裁判に至るような原因を予見して徹底的に避けるのが予測運転。
クマがサイドアタックしてくるのを避けろとか、北朝鮮のミサイルを予見して逃げろとか、不可能なことまで避けろという話ではなく、予見可能なことと回避可能なことを避けろという話なので、よく見ながら考えて運転することがベストなのは言うまでもなく。
こういうのは予見可能というよりも、通常の注意を払えば回避可能。
歩道を通行する歩行者が突如車道に進出して車に向かってくることまで予見する必要性は感じませんが、歩道上で何らかの挙動不審やおかしな兆候があるなら、減速して様子見すべき注意義務があると思われます。
結局のところ、交通違反して進行してくる車両や歩行者を予測する義務があるのか?というと、基本的には「ある」と考えて運転した方が安全。
「義務があるのかないのか?」なんて括りで考えるよりも、いかに事故を起こさずに帰宅できるかを考えた方がいいと思います。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント