現行の道路交通法って、歩行者のルールについてはほとんど罰則がありません。
信号に従う義務には罰則がありますが、通行区分やら横断の方法などについては罰則がなく、警察官から指示されて従わない場合のみ罰則。
第十五条 警察官等は、第十条第一項若しくは第二項、第十二条若しくは第十三条の規定に違反して道路を通行している歩行者又はこれらの規定若しくは第十四条の二若しくは第十四条の三の規定に違反して道路を通行している遠隔操作型小型車の遠隔操作を行う者に対し、当該各条に規定する通行方法によるべきことを指示することができる。
(罰則 第百二十一条第一項第七号)
なぜ直接的な罰則がないのでしょうか?
歩行者のルールに罰則がない理由
そもそも、昭和35年以前の道路交通取締法時代には歩行者にも罰則がありました。
道路交通取締法
1 交通整理の行われている交さ点で左折し、又は右折しようとする車馬又は軌道車は、横断歩道において信号に従つて車馬又は軌道車の進路を通行している歩行者の通行を妨げてはならない。
2 車馬又は軌道車は、交通整理の行われていない交さ点においては、横断歩道を通行する歩行者の安全を確認してから、徐行して進まなければならない。この場合においては、歩行者は、当然すべき注意をしないで車道に入り、又は車馬若しくは軌道車の進路に接近してはならない。
道路交通取締法施行令
歩行者は、緒車又は軌道車の直前又は直後で道路を横断してはならない。但し、交通整理の行われている道路の部分を信号機に従って横断する場合においては、この限りではない。
罰則:3千円以下の罰金又は科料
そもそも、道路交通取締法時代には「車両が横断歩道で一時停止する義務」すらなく、信号がない横断歩道では直前直後横断は違反な上に罰則もありました。
なぜ昭和35年道路交通法で歩行者に対する罰則を設けなかったのかについては、以下が理由です。
旧法においては、道路を通行する歩行者に対し、この法律とほぼ同様の義務を課していたが、これらの義務の履行は、原則として罰則により担保されていた。しかし歩行者に一定の義務を課すことは、それによって交通秩序の確立を図るとともに、歩行者自身の安全を図るということが目的であるから、このような義務の履行については、罰則を設けてこれを担保するよりも、歩行者の自覚と遵法精神にまつ方が、ことがらの性質上はるかに適切である。そこで、この法律では、歩行者の通行に関する規定には原則として罰則を設けず、その違反行為がとくに危険を生ずるおそれがあると思われるものについて、警察官に指示権を与え、このような指示に違反する行為に耐久性はじめて罰則を設けるという二段構えの方式をとったわけである。
宮崎清文、条解道路交通法、1961(昭和36年)、立花書房、p62
罰則で脅しをかけて遵守させようとするよりも、結局のところ歩行者自身がルールを守らない結果、ケガするのは歩行者自身になるわけで、罰則よりも歩行者自身に委ねたほうが適切との判断。
また、道路交通取締法時代には横断歩道の優先権があまりない状況だったのに対し、道路交通法では横断歩道の歩行者優先(旧71条3号)を規定して車両側により強い注意を課したものと考えられます。
第34回国会 参議院 地方行政、運輸委員会連合審査会 第1号 昭和35年3月9日
○政府委員(柏村信雄君)
歩行者につきましては、現在違法の歩行をしたものは、それ自体罰則というものがかけられる建前になっておるわけでありますが、これを違法な歩行者については、その違法な歩行だけでは罰則は適用しない。それを警察官が見た場合に、正しい歩行をするように言って、なおかつこれを聞かないで、無理に違法な歩き方をするというものについて罰則をもって臨むということにいたしたわけでございまして、むしろこの点は、歩行者について法律を順守する気風というものが醸成されることを期待いたしまして、罰則をつけないということにいたしておるようなわけでございまして、そう個々に御検討をいただきますれば、権限強化という面はやむを得ざる━━先ほど申しましたようなことについては新しく規定を加えておりますけれども、全体的には、警察官の権限をそう強化しておるものとは私考えていないわけでございます。
ただまあ、昭和35年の国会議事録をみても歩行者の罰則を削除したことに懸念するような意見もあるし、昭和38年に車両に対して「横断歩道では歩行者がいる場合には一時停止義務」を課したときにも反対意見もあった。
けど、歩行者事故が多発していたことから車両側に対しより強い注意義務を課す方向に向かったという感じです。
事実、「道路交通法38条」ってどんどん車両側に対しより強い注意義務を課す改正を繰り返したわけだし。
横断歩道では直前直後横断が禁止されていない理由
現行法では横断歩道においては「直前直後横断」が禁止されていません。
第十三条 歩行者等は、車両等の直前又は直後で道路を横断してはならない。ただし、横断歩道によつて道路を横断するとき、又は信号機の表示する信号若しくは警察官等の手信号等に従つて道路を横断するときは、この限りでない。
一応これも理由があって、横断歩道でも直前直後横断を禁止してしまうと、歩行者の優先権が薄れる結果になり、横断歩道で優先されないなら誰も横断歩道を使わなくなり乱横断が始まるからとされています。
歩行者には「横断歩道ではノールック横断OK、待ち時間無しの優先ですよ」とすることで、歩行者を横断歩道に集客した政策なので。
歩行者が横断する位置を決めて、車両が停止する位置を決めたのが「交通の安全と円滑」です。
道路交通法38条1項が「横断歩道を横断する自転車」に優先権を与えていない理由も、自転車には「横断歩道を使う義務」を定めていないからです。
道路交通取締法時代の判例をみても、歩行者に対して起訴していた事案があるのかはよくわかりませんが、罰則を設けてもあまり意味がなかったのだろうと思われます。
歩行者にも罰則を設けるべき!という意見を時々見かけますが、昭和35年以前は罰則がありましたし、罰則により担保してもさほど意味がなかった。
そういう歴史から歩行者に対してはほとんど罰則がないわけですが、歩行者が直前直後横断した結果、2輪車の運転手が転倒し死亡した事故では歩行者が重過失致死罪で有罪(略式)になった事例もあるので、罰則が全くないというわけでもないのですけどね。
「横断歩道では車両を優先にすべき」という意見も時々見かけますが、それをした結果、昭和35年以前は乱横断が相次いだ。
優先権がないなら誰も横断歩道を使わない。
「歩行者に罰則を設けるべき」についても、罰則があった昭和35年以前はうまく回っていたわけでもないし、過去に失敗した政策を再びやっても無意味でしょう。
結局こういうのにしても、
この事故、誰が悪いと思いますか? pic.twitter.com/t3vjoh05Om
— パラノーマルちゃんねる (@paranormal_2ch) May 24, 2023
日本の法律上は直前直後横断なので歩行者の違反になりますし、このケースなら「過失運転傷害罪」も無罪になるか不起訴でしょうけど、それでも車両側には強く注意義務があるわけで、民事責任上は「ほとんどクルマの責任」になるようにしているわけです。
直前直後横断に罰則を設けたところで、減らないと思いますが。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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