ちょっと前にこんな報道がありました。
おととし11月、札幌市豊平区の道道で、当時8歳の男の子が乗用車にはねられ、重傷を負った事故…乗用車を運転していた70代の女性は、無罪判決を受けました。
(中略)
18日の判決で札幌地裁は、事故当時、男の子が暗い色の服を着ていたことなどから「自転車の進入を予測できたとしても、衝突を回避することは不可能、または極めて困難だった」とし、禁錮1年の求刑に対し、無罪を言い渡しました。
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「暗い色の服を着ていたことなどから」というところで発狂する人もいるみたいですが、こういう報道ってだいたいは「など」のところに無罪にした理由があるのがもはやお決まりだったりします。
ところで、判決文を見たのですが。
Contents
なぜ無罪にしたのか?
判例は札幌地裁 令和5年4月18日です。
裁判所ホームページにあるので、気になる人はどうぞ。
まあ、いろいろ思うところはありますが、判決理由について
「暗い色の服を着ていたことなどから」
でまとめてしまうマスメディアってある意味凄いなと。
事故概要です。
被告人は、被告人車両を運転し、本件道路の第2車線(以下「本件第2車線」という。)をf方面からg方面に向かって進行していた。被告人車両の後方で第1車線を走行していたB運転車両(以下「B車両」とい
う。)のドライブレコーダー映像(甲5〔211110162401_0033.mp4のファイル〕)によれば、再生開始から24秒頃、被告人車両がB車両を追い越した。その前から32秒頃にかけて、対向車線は第1車線を中心に断続的に車が走行しており、被告人車両は、24秒頃から32秒頃まで約15m間隔で進行する10台の対向車両とすれ違い、その後衝突するまでは対向車両とすれ違っていない。
他方、32秒頃、被害者自転車が対向車線側歩道から対向車線に進入を開始した。
その後、被害者自転車はさらに被告人進行車線に進入し、34から35秒頃、公訴事実記載の場所である本件第2車線上(以下「本件衝突場所」という。)において、被告人車両と衝突した。38秒頃、被告人車両は停止した。
3 本件衝突場所付近の道路状況についてみると、本件道路は、本件衝突場所の9.8m手前で市道(以下「本件市道」という。)と交差しており、本件道路が優先道路であった。
片側二車線の第二車線を走行し、対向車10台とすれ違った直後に道路右側から自転車が横断。
クルマは衝突を回避できなかった事故です。
ドラレコは被告人車の後方(第1車線)を走行していたクルマの映像。
結局のところ、被告人がどの時点で被害者を発見できたのかについての争いです。
歩道上にいた被害者を発見できたのか、対向車線の第一車線に進入した時点で発見できたのか、第二車線に進入した時点で発見できたのか。
検討された点はこちら。
②被害者自転車が歩道から車道に乗り入れ始めた時点(Ⓟ’1付近)
③被害者自転車全体が対向車線の第1車線上に進入した時点(Ⓟ’2付近)
④被害者自転車が対向車線の第2車線に進入し(Ⓟ’3)、又は、中央線に到達した(㋑)時点
これらのポイントについて、
・視認可能だったのに被告人が見逃したか?
・視認可能だった時点で急ブレーキを掛けた場合に事故を回避可能だったか?
などを争点にしています。
①と②については視認できない(予見可能性なし)。
③については予見可能性について合理的な疑いがあるとし、④の時点については既に回避可能性がないとしている。
例えば①(被害者自転車が歩道上にいた時点)について、検察官の主張は「視認可能」。
しかし普通に否定されている。
2 被害者自転車が歩道上にいた時点(㋐付近)
被告人車両の進行車線側歩道上をf方面からg方面に向かって自転車で進行していたCは、実況見分において、被害者は、前記消火栓標識手前の地点(㋐地点)付近から対向車線に進入し、その際自身は見取図○Ⅰ の地点にいたと指示し、また公判廷において、その際被告人車両は自身より後ろにいた旨証言しており、この指示、証言のとおりの事実が認められる。
見取図によれば、○Ⅰ とⓅ1は車線の向きに沿ってほぼ並列した位置にあるから、被害者自転車が㋐から対向車線に進入しようとした際、被告人車両はⓅ1より手前の位置にいたと認められる。そして、被告人車両からの見通し見分の結果(甲2写真24)によれば、Ⓟ1からですら㋐を視認することはできないと認められるから、より遠距離にある被告人車両の位置から被害者自転車を視認することはできない。
なお、検察官は、Cが○Ⅰ から㋐が視認できたことを指摘するが、○Ⅰ から㋐を直線でつないだ場合、本件第2車線とは、Ⓟ1から15.5mg方面に進んだⓅ2付近で交わることになるから、○Ⅰ から㋐が視認できたからといって被告人車両から視認できたということにはならない。
したがって、被害者自転車が㋐地点にいた時点においては、これを視認できるとして予見可能性を認めることができない。
問題になるのは③(被害者自転車全体が対向車線の第1車線上に進入した時点)の時点での判断。
さらに、本件衝突場所付近の道路状況の影響を考慮する必要がある。確かに、被告人が右方も視野に入れて前方を注視していれば、Ⓟ’2付近まで進入してきた被害者自転車が目に入る位置関係にあり、また、右方の市道からの車両等の進入の可能性も踏まえて右方を注視し、急制動の措置を取ることができたと考えられなくもない。しかし、被告人車両の進行車線に直接車両等が進入するのは、左方の市道からであり、左方の市道の見通しは良くなく、比較的急な下り勾配にもなっていて、急に車両等が現れて衝突に至る可能性も考えられるから、前方左右を注視して運転するにしても、特に左方を注意して運転するのが自然な道路状況であった。また、自動車運転者にとって最優先されるべき前方注視箇所は進路前方の進行車線上であるところ、左前方である同車線の第1車線には停止車両があり、その動静も注意すべき対象であったといえる。これに加え、本件道路は市街地を通過する道路であったとはいえ、被害者自転車は、横断歩道がない場所で、複数台の対向車両が通過しすれ違った直後に、2車線の対向車線を横断して進入してきており、被告人車両の運転者として容易に予想できる行動とはいえないこと、前記検討のとおり、被害者自転車は、対向車線に進入し始めた時点では視認困難であり、Ⓟ’2付近で突然車線上に現れたようにも見えたと考えられることを踏まえると、対向車線の第1車線上に被害者自転車が見えたとしても、どのような動きであるのかを直ちに認識できるとは限らない。中央線を越えて本件第2車線まで進入してくる動きであることを認識・判断するために若干の時間を要することは考えられるし、その動きが意外な事態と感じられ、驚きや狼狽から反応が遅れることもあり得ると考えられる。
「その道路の状況(交差道路左側や停止車両を注視する場面)」と「複数台の対向車とすれ違いした直後」などを問題にしている。
また、被告人からみて対向車線側(右側)を高度に注視する義務を負っていたのかなどポイントになる部分は様々ありますが、これを「暗い色の服を着ていたことなどから」でまとめてしまうのは違うんじゃない??と疑問に思う。
マスメディア的にはそういうまとめ方なんですかね。
そもそも
刑事事件なので「疑わしきは被告人の利益に」なので過失認定が厳しくなりますが、刑事事件の対立構造って検察官と被告人。
検察官が立証責任を負うわけですが、時々謎の主張を繰り広げている判例もあります。
それこそ、「赤信号の自転車横断帯(車道が青信号)でも道路交通法38条1項による高度な注意義務がある」とか…
いやいや、それを言い出したら横断歩道が赤信号でもみんな徐行するの?となるわけで、何を言っているのかわからない。
冒頭の判例にしても、そもそも立証しきれてないだけなんじゃないかと思ってしまいますが、なぜか報道だとだいぶいい加減な伝え方になるのも不思議です。
あと気になる点。
そもそも検察がドラレコ映像を過信したとか、強引な取り調べだったという問題も指摘されている。
あともう一つ。
これは北海道放送の報道内容。
おととし11月、札幌市豊平区の道道で、当時8歳の男の子が乗用車にはねられ、重傷を負った事故…乗用車を運転していた70代の女性は、無罪判決を受けました。
判決などによりますと、札幌市の70代の女性は、おととし11月10日午後4時45分ごろ、札幌市豊平区の道道で乗用車を運転中、自転車に乗って道路を横断していた当時8歳の男の子をはね、全治1年の重傷を負わせた過失運転傷害の罪に問われています。
19日の判決で札幌地裁は、事故当時、男の子が暗い色の服を着ていたことなどから「自転車の進入を予測できたとしても、衝突を回避することは不可能、または極めて困難だった」とし、懲役3年の求刑に対し、無罪を言い渡しました。
札幌地検は「判決内容を精査し、適切に対応したい」とコメントしています。
間違いポイント。
報道の間違い | 正確な内容 |
午後4時45分ごろ | 午後4時43分ごろ |
19日の判決 | 18日の判決 |
懲役3年の求刑 | 禁固1年の求刑 |
報道も雑だよなあ…
この違いが何かに影響するわけではないにしろ、みんなテキトーすぎる。
小学生が大怪我した事案なのに、警察の強引な捜査、検察の雑な立証、雑な報道。
なお、刑事責任が無罪でも民事過失割合はおそらくクルマの過失が70~80%程度になると思われます。
制限速度40キロの道路をスリップ痕からは「時速41.54km(秒速11.54m)」と推測され、衝突による減速を加味すると時速45キロ程度だったとしてますが、どんな事故でも速度が速くなればなるほど回避可能性は減る。
物理法則としては当たり前ですね。
それらを踏まえて、じゃあこういう事故はどうすれば防げるのか?というところに焦点が当たるべきかと思うのですが。
強引な捜査や検察官のドラレコ過信があったとしても、事故自体は起きているのですし。
事故処理の問題と、事故を防ぐために必要なことは別問題。
8歳に高度な注意義務を期待するのか?というのも疑問はあるし、当該箇所で横断歩行者や横断自転車がどれくらいいるのかによっても話は変わるでしょう。
事故現場が坂になっていることも含め、横断者が多いなら横断歩道があるほうがよいかもしれないし。
注意義務としてはそれもアリでしょうけど(道路交通法の義務とは別)、坂の途中って横断歩道に行くには登る、下るの煩わしさからそのまま横断する自転車や歩行者が一定数出るもの。
そういう横断が多い場所かどうかによっては対策も違うかと。
事故現場付近はこちらですが、
Googleマップで見る限り、約550mの区間に横断歩道(信号交差点)がない。
片側二車線の道路なので、歩行者や自転車などが横断する際にはどうしてるんだ??という疑問もあります。
なので道路としてもやや疑問はありますが、小学生に車道の通行車両の速度と距離を見極めて横断しろというのは酷だし、事故現場からどちらの横断歩道に向かうにも250~300m程度。
坂を登るか下るかしないと横断歩道がないのも、ちょっとツラい。
なお、検察は控訴を断念したので判決は確定しています。
自転車側の注意義務
あくまでも自転車に関するサイトなのでこの場合における自転車の注意義務について書きますが、自転車の義務は25条の2第1項。
「正常な交通を妨害するときは横断禁止」です。
自転車って横からの被視認性がクルマよりも落ちます。
理由はシンプルで、クルマのようにヘッドライトが大きければまだ被視認性がありますが、自転車ライトなんて横からみても無力に近い。
ロード乗りが使うような強力なライトなら別かもしれませんが。
歩行者の場合、直前直後横断が禁止されてますが、直後横断を禁止している理由はこのように「歩道上で横断待ちしている歩行者が見えないから」。
車道を進行する車両からすると、不意打ちみたいになってしまい回避可能性が大きく減るからです。
ただまあ、片側複数車線の道路でそこそこ交通量があれば、現実的には直前直後横断になり事実上横断がムリになる場合は多いのですが、じゃあ安全な横断施設がある信号交差点まで長い距離&坂を登るか下るかするのか?という問題になるわけだし、仮に横断者が多いなら押しボタン横断歩道くらいあっても良さそうだよなあと思いました。
この件を見ての印象をまとめておきます。
◯検察は過失を立証しきれてないのにムリに起訴した可能性。
◯そもそも、横断歩道までかなり距離がある構造に疑問。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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