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交通事故における心因的素因減額とは?

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こちらで少し触れた「心因的素因による減額」ですが、

自転車で走行中、「犬のリード」は視認可能か?
先日書いたこちら。 散歩中の犬のリード(引き綱)に絡まって転倒した自転車に腕を引っ張られてけがをしたとして、飼い主の女性が、自転車を運転していた男性に約6900万円の損害賠償を求めていた訴訟は1日までに、大阪高裁で和解が成立した。一審の神戸...

一審判決では、損害賠償合計を約3400万とした上で「心因的素因による減額」が30%、過失相殺が歩行者:自転車=30:70としています。
つまり「約3400万×70%×70%」から既払分を差し引いたのが報道にあった「約1570万」。

 

二審は歩行者:自転車=30:70から20:80に変更の上、2500万で和解とありますが、3400万の80%が2720万。
既払分を差し引くと約2500万になるので、おそらく二審では「心因的素因による減額」を取り消したのではないかと思われますが詳しくはわかりません。

 

そもそも、「心因的素因による減額」とはなんなのでしょうか?

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心因的素因による減額

素因減額とは、交通事故発生前から被害者が持っていた身体や精神の特徴や既往歴などが、事故の損害拡大に寄与した時に、その分を差し引くもの。

 

例えばですが、このような判例があります。
身体的素因減額の判例ですが東京高裁平成3年2月27日。

本件事故により受けた被控訴人の衝撃の強さ等を総合すると、被控訴人は本件事故以前から頸椎後縦靱帯骨化症という体質的要因を有していたが、頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症は本件事故を発症機転として発症し、増悪したものと認めるのが相当であり、また、前認定のその余の傷害及び以上の各傷害に起因する後遺障害も本件事故と相当因果関係があるというべきである。

(中略)

加害者にとっては、体質的要因も、被害者に存した特異な事情であるという点において、心因的要因と変わりがないというべきである。したがって、身体に対する加害行為により生じた損害が加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その拡大に被害者の特異な疾病等の体質的要因が寄与している場合にも、その損害のすべてを加害行為によるものとして加害者に負担させることは、不法行為責任における損害の公平な負担という観点からみて相当ではないというべきである。以上によれば、右のように被害者の特異な体質的要因が損害の拡大に寄与している場合にも、心因的要因の場合と同様に、過失相殺に関する民法722条2項を類推適用して、その事情を斟酌することができ、かつ、斟酌するべきであると解するのが相当である。

 

東京高裁 平成3年2月27日

事故に遭った被害者は元々後縦靭帯骨化症を持っていて、それが原因で損害が拡大した場合には「身体的素因減額」となる。
この判例では40%の身体的素因減額になっています。

 

最高裁も心因的素因減額は認めています。

身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによつて通常発生する程度、範囲を超えるものであつて、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるものと解するのが相当である。

 

最高裁判所第一小法廷 昭和63年4月21日

大雑把なイメージですが、被害者が持っていた心因的要因によって治療期間が長引いたときなどに、損害賠償額から一定割合を差し引きますよというのが心因的素因減額です。
ケガを負わせたのは加害者とはいえ、被害者が元から抱えていた何らかの身体的・心因的理由により治療期間が長引いたことまで加害者に負担させるのはムリがある。

 

ただし身体的・心因的素因減額は時に暴走します。
判例は福岡高裁宮崎支部 平成4年12月25日。
追突事故に遭った被害者が「首が長く不安定」という身体的特徴を持っていたことからケガの状態を悪化させたとして、4割の素因減額を認めてしまう。

 2 上告人は、平均的体格に比して首が長く多少の頸椎の不安定症があるという身体的特徴を有していたところ、この身体的特徴に本件事故による損傷が加わって、左胸郭出口症候群の疾患やバレリュー症候群を生じた。バレリュー症候群については、少なくとも同身体的特徴が同疾患に起因する症状を悪化ないし拡大させた。また、頭頸部外傷症候群による前記眼症状についても、上告人の右身体的特徴がその症状の拡大に寄与している。
3 右事実関係における上告人の症状に加え、バレリュー症候群にあっては、その症状の多くは他覚的所見に乏しく、自覚的愁訴が主となっており、実際においては神経症が重畳していることが多いので、更にその治療が困難とされていること、そのためもあって、初期治療に当たり、不要に重症感を与えたり後遺症の危険を過大に示唆したりしないことが肝要であるとされていることが認められ、これを上告人の前記症状等に照らすとき、上告人の右各症状の悪化ないし拡大につき、少なからず心因的要素が存するということができる。
二 本件は、上告人が本件事故により被った損害の賠償を請求するものであるが、原審は、右事実関係を前提として、本件において上告人の首が長いこと等の事情にかんがみると、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して上告人の首が長いという素因及び前記心因的要素を斟酌し、本件事故による上告人の損害のうち四割を減額するのが相当であると判断した

福岡高裁宮崎支部は「被害者の首が長いことも素因だ」とし、心因的素因も含め4割の減額を認定。
しかし最高裁が「それは違うだろ」と待ったを掛けた事案です。

しかしながら、被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。

(中略)

これを本件についてみるに、上告人の身体的特徴は首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定症があるということであり、これが疾患に当たらないことはもちろん、このような身体的特徴を有する者が一般的に負傷しやすいものとして慎重な行動を要請されているといった事情は認められないから、前記特段の事情が存するということはできず、右身体的特徴と本件事故による加害行為とが競合して上告人の右傷害が発生し、又は右身体的特徴が被害者の損害の拡大に寄与していたとしても、これを損害賠償の額を定めるに当たり斟酌するのは相当でない。
そうすると、損害賠償の額を定めるに当たり上告人の心因的要素を斟酌すべきか否かはさておき、前示と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は上告人敗訴部分につき破棄を免れない。そして、本件については、損害額全般について更に審理を尽くさせる必要があるから、右破棄部分につきこれを原審に差し戻すのが相当である。

 

最高裁判所第三小法廷 平成8年10月29日

二審判決は身体的素因と心因的素因の両面から減額してますが、心因的素因はともかくとしても「首が長い」だけで減額することは認められないとして差戻し。

 

けど、なかなか凄い話ですよね。
加害者側が「事故を起こしたのは悪かったけど、バレリュー症候群については首が長いせいもあるよね?」と主張し、「そうだ!首が長いのも一因だ!」と認める高裁…

 

最高裁がきっちり否定したのですが、高裁判決のまま確定していたら、事故にあったときに「お前の首、長くね?」という話になりかねないという…

 

「首長人は減額OK」については最高裁が否定していますが、身体的素因減額、心因的素因減額は揉める原因になりかねない。

ロードバイクと犬のリードの事故

さてロードバイクと犬のリードの事故。
一審判決では、被害者の損害賠償額(約3400万)に「30%の心因的素因減額」を認め、かつ歩行者:ロードバイク=30:70としています。

つまりロードバイク側が支払う額は、こうなる。

 

約3400×70%(心因的素因減額)×70%(過失相殺)-既払分=約1570万

 

つまり一審判決では、ロードバイク側の負担は実質的には49%になるわけです。

 

この件、ロードバイク側は保険に入っていて、保険会社は被害者に対して後遺障害の認定と素因減額した額を提示したものと考えられますが、被害者からすると後遺障害の等級認定に納得いかないし、素因減額については揉める要素になる。
だから被害者が訴訟提起したものと考えられますが、確かに過失割合も争点ですが、メインは等級認定と素因減額なんじゃないかと。

 

そして報道を見る限り、二審は心因的素因減額を認めず、過失割合も20:80に変更したから2500万で和解に至ったのかと思われます。
約3400万×80%-既払分で計算すると、ほぼ2500万になります。
ただし詳細は報道されてないのでわかりません。

 

心因的素因減額や身体的素因減額については、被害者からすると納得いかないのは当然。
納得いかないなら裁判するしかない。

過失割合については

過失割合と和解額がメインで報道されてますが、先日書いた件。

警察官が行った再現はこちら。

警察官は、本件リードの存在を認識しない前提で、3度にわたり、通常の状態で前方を注視しながら自転車を走行させる実験を実施したが、本件リードを張った状態及び緩ませた状態のいずれにおいても、本件リードを発見することは困難であった。一方、警察官が、本件リードの存在に注意しながら時速約20キロで自転車を走行させた時には、本件リードを約9m手前で視認可能であった。

これを踏まえた一審判決がこちら。

被告は、被告車を運転して本件遊歩道を走行するにあたり、本件現場付近には歩行者が存在したのであるから、周囲の状況を確認して安全に走行すべき義務があるにもかかわらず、これを怠った過失がある。他方、原告にも、他の自転車等の交通当事者が通行することが合理的に想定される本件現場付近で本件犬の散歩をするにあたり、本件リードを適切に操作し、本件犬との距離を適切に保つなどして、人や自転車等の他の交通当事者の通行を妨害しないようにすべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠った過失がある。そして、本件事故が公園内であって、散歩や遊戯によって歩行者が不規則・予想外な行動をとる可能性が相応にあるような場所であり、自転車で通行する被告に対して比較的慎重に運転すべきことが要求される場所での事故であることからすると、本件リードの視認可能性が極めて低く、原告の本件リードの操作等が適切とは言い難い面があったとの事情等を考慮したとしても、本件事故における原告の過失相殺率は、30%とするのが相当である

 

神戸地裁 令和5年7月21日

要はリードの視認可能性が著しく困難としても、自転車側の注意義務は「それ以前」。
時速約20キロからペダリングを止めて減速していても、注意義務としては歩行者の横を通過する以上はもっと慎重であるべきという話なわけ。

 

道路交通法の義務でいえばこうなります。

(左側寄り通行等)
第十八条
2 車両は、前項の規定により歩道と車道の区別のない道路を通行する場合その他の場合において、歩行者の側方を通過するときは、これとの間に安全な間隔を保ち、又は徐行しなければならない。

サイクリングロードだと、歩行者の横をビュンビュン飛ばすロードバイクとか見かけますが、「散歩や遊戯によって歩行者が不規則・予想外な行動をとる可能性が相応にあるような場所」では時速20キロから減速程度では不十分とも言える判示。

 

下記は多摩川サイクリングロードですが、このように狭いサイクリングロードでは法律上、歩行者の横を通過する際は徐行しかない(安全側方間隔が取れない)。

視認困難と警察官が判断したような事案、時速20キロから減速していたケースでも自転車の過失は80%。
民事責任としてはこうなるわけで、より慎重に&自転車保険は必須としか言えないよね。

 

ちなみにサイクリングロード事故でも歩行者の過失を認めてないものもあるので、遊歩道とサイクリングロードでは差がないと思われます。
その場所が「散歩や遊戯によって歩行者が不規則・予想外な行動をとる可能性が相応にあるような場所」であるなら自転車がより慎重に走れという話でしかない。

保険会社が認定した等級や、心因的素因減額に納得いかないから裁判になったものと考えられますが、結局この件ってサイクリングロードでの歩行者・自転車分離の問題にも繋がるし、さらにいえば犬のリードの話にも繋がります。

 

報道だと警察が行った実験結果や自転車のスピードなどが書いてないから根拠がない憶測ばかりが飛び交いますが、たぶん保険会社が心因的素因減額を主張してきたときに、納得して示談する人は少ないのではないでしょうか。
保険会社のスタンスは「納得いかないなら裁判へ」でしかないわけだし。

 

サイクリングロードや遊歩道など「散歩や遊戯によって歩行者が不規則・予想外な行動をとる可能性が相応にあるような場所」ではより注意しましょう。
あと、自転車保険に入ってなかったら大変なことになるので、未加入の人は速やかに加入を。

 

ちなみに民事の過失割合ってこんな感じです。
そもそも「どっちが悪いか?」を純粋に比較する仕組みではないので。
双方の落ち度を単純に比較するような仕組みではないのよ。

 

このように判示されている判例もあります。

ところで、(2)で述べたような、本件マンションのスロープで危険なスケートボード遊びをし、しかも、間近に迫っている加害車両に気付くことなくスロープを滑り降りた亡被害者の落ち度と、(3)で述べた被告の落ち度とを単純に比較するならば、被告の主張するように、亡被害者の落ち度の方がより大きいと言えるだろう
しかし、交通事故における過失割合は、双方の落ち度(帰責性)の程度を比較考量するだけでなく、被害者保護及び危険責任の観点を考慮し、被害者側に生じた損害の衡平な分担を図るという見地から、決定すべきものである。歩行者(人)と車両との衝突事故の場合には、被害者保護及び危険責任の観点を考慮すべき要請がより強く働くものであり、その保有する危険性から、車両の側にその落ち度に比して大きな責任が課されていることになるのはやむを得ない。特に、被害者が思慮分別の十分でない子供の場合には、車両の運転者としては、飛び出し事故のような場合にも、相当程度の責任は免れないものというべきである。

 

平成15年6月26日 東京地裁

 

それこそ最近は、いくつかの自治体で「自転車保険加入義務(罰則なし)」がありますが、「歩行者保険加入義務」なんて聞いたこともありません。
より責任が重い側に保険加入義務を定めて被害者保護をするためだし、そういうもんだと考えたほうがいい。

 

しかし、最高裁が「首長人減額」を否定してなかったら、大変でしたよね笑。


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