こちらに書いた内容ですが、
38条1項は減速接近義務のほか、一時停止「かつ」妨害禁止。
妨害してなくても減速接近義務違反は成立するし、一時停止義務違反も成立します。
横断歩行者妨害という名前が悪いのか?と考えてしまいます。
38条1項の改正史って、簡単にいえば「穴」の潰し合いなんです。
今回はそんな改正史を。
Contents
「一時停止」の完全義務化
まず昭和35年。
○昭和35年
第七十一条
三 歩行者が横断歩道を通行しているときは、一時停止し、又は徐行して、その通行を妨げないようにすること。
助けてドラえもん!
じゃあ昭和38年改正で「横断しようとする歩行者」がいるときに一時停止を義務化するわ。
妨害したかしてないかの前に、「横断しようとする歩行者」がいるときに一時停止を義務化すれば改善するだろう。
○昭和38年
第七十一条
三 歩行者が横断歩道により道路の左側部分(当該道路が一方通行となつているときは、当該道路)を横断し、又は横断しようとしているときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにすること。
昭和35年 | 昭和38年 | |
対象 | 横断歩道を通行する歩行者 | 道路左側の横断歩道を横断し、又は横断しようとする歩行者 |
義務 | 妨害禁止(一時停止or徐行) | 一時停止かつ妨害禁止 |
なお、本号においては、車両等の運転者に対し、一時停止する義務と歩行者の通行を妨げてはならない義務を並列的に課しているから、車両等の運転者は、およそ歩行者が横断歩道により道路の左側部分を横断し、または横断しようとしているときは、現実にその通行を妨げることになろうとなるまいと、かならず、まずは一時停止しなければならないこととなる。この点従前の本号の規定は、「歩行者が横断歩道を通行しているときは、一時停止し、又は徐行して、その通行を妨げないようにすること」と定められ、車両等の運転者に対しては、歩行者の通行を妨げてはならない義務のみが課され、その方法としては、一時停止と徐行が選択的に認められていたから、状況によっては、かならずしも一時停止する必要がなかった。したがって、このような規定によっても、歩行者の保護は理論上は一応図られていたわけであるが、現実の力関係においては、車両等の方が歩行者に比してはるかに強く、歩行者が横断歩道に入るきっかけがなかなかつかめず、結果としてその通行を妨げられることが少なくなかった。そこで昭和38年の道路交通法の一部改正により、本号の規定を現行のように改め、車両等の運転者に対し一時停止の義務を課して歩行者に横断歩道に入るきっかけを作ることにより、その保護の徹底を図ることとしたわけである。
宮崎清文、条解道路交通法 改訂増補版、立花書房、1963(昭和38年)
横断しようとしているときにクルマが止まるルールになったらしいよ。
………………
横断歩道の前で停止している車両がいたら、横断歩行者のために一時停止していることくらいわかるはずだが…
空気読めなくて。
空気読めない奴に空気読ませるよりも、強制一時停止にする!
もともと横断歩道の手前の側端から前に5m以内の部分においては、法令の規定もしくは警察官の命令により、または危険を防止するために一時停止する場合のほかは停止および駐車が禁止されている(第44条第3号)のであるから、交通整理の行われていない横断歩道の直前で車両等が停止しているのは、通常の場合は、第38条第1項の規定により歩行者の通行を妨げないようにするため一時停止しているものと考えてしかるべきである。したがって、このような場合には、後方から来る車両等は、たとえ歩行者が見えなくとも注意して進行するのが当然であると考えられるにかかわらず、現実には、歩行者を横断させるため横断歩道の直前で停止している車両等の側方を通過してその前方に出たため、その歩行者に衝突するという交通事故を起こす車両が少なくなかったのである。
そこで、今回の改正では、第38条第2項の規定を設けて、交通整理の行われていない横断歩道の直前で停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとする車両等は、横断歩道を通行し、または通行しようとしている歩行者の存在を認識していない場合であっても、必ずその横断歩道の直前で一時停止しなければならないこととし、歩行者の有無を確認させることにしたのである。車両等が最初から歩行者の存在を認識している場合には、今回の改正によるこの規定をまつまでもなく、第38条第1項の規定により一時停止しなければならないことになる。
「一時停止」するというのは、文字通り一時・停止することであって、前車が停止している間停止しなければならないというのではない。この一時停止は、歩行者の有無を確認するためのものであるから、この一時停止した後は、第38条第1項の規定により歩行者の通行を妨げないようにしなければならないことになる。また、一時停止した結果、歩行者の通行を妨げるおそれがないときは、そのまま進行してよいことになる。
警察学論集、浅野信二郎(警察庁交通企画課)、立花書房、1967年12月
………………
横断歩行者なんて見えませんでしたよ?
全く気がつきませんでした。
確か道路交通法38条1項は故意犯の処罰規定しかなく、横断歩行者に気がつかなかったのだから過失ですよね?
過失犯の処罰規定はないよね?
確かに過失犯の処罰規定はないから…次は気をつけろよ!
みんな言い訳して逃れようとしてるだけでは?
減速接近義務を新設!
38条1項違反の過失犯の処罰規定を新設!
昭和46年改正で完璧にしよう!
車両等が横断歩道に接近する場合の義務に違反した場合には、それだけで第38条第1項の違反となる。また、横断歩道の直前で停止できるような速度で進行してきた車両等が、横断歩道の直前で一時停止し、かつ、歩行者の通行を妨げないようにする義務に違反した場合も同様である。
今回の改正により、横断歩道における歩行者保護のための車両等の義務の違反については、新たに過失をも罰することとした。
横断歩道における歩行者の事故において、車両等の運転者が横断歩道あるいは歩行者に気がつかなかったと弁解する場合が多いが、この種の違反については過失をも罰することにより、歩行者保護の徹底を図ることとしたのである。
車両等が横断歩道に接近する場合において、十分確認しないでその進路の前方を横断しようとする歩行者がないと軽信したり、横断歩道の直前で停止することができないような速度で進行した場合には、過失により、第38条第1項前段の横断歩道に接近する場合の義務に違反することになる。また、車両等が横断歩道の直前で停止できるような速度で横断歩道に接近した場合において、その進路の前方を横断し、または横断しようとする歩行者がいることに気がつかなかったため、横断歩道の直前で一時停止せず、歩行者の通行を妨げたときは、過失により、第38条第1項後段の横断歩道の直前の一時停止等の義務に違反することになる。道路交通法の一部を改正する法律(警察庁交通企画課)、月刊交通、道路交通法研究会、東京法令出版、昭和46年8月
こういう流れで「穴」を埋めて改正してきた流れです。
しかしながら
以前も書きましたが、
ほとんどの場合「減速接近義務」を怠って事故になる。
事実、JAFの調査については、一時停止率と事故件数に相関性がない。
一時停止率が高い長野県と、一時停止率が低い新潟県の事故件数が全く相関していない。
長野県 | 新潟県 | |
人口(R4年8月) | 2,007,347 | 2,129,722 |
一時停止率(R5) | 84.4% | 23.2% |
一時停止率(R4) | 82.9% | 25.7% |
歩行者妨害事故(死亡者) | 246(2) | 204(2) |
この理由を考えるとJAFの調査内容が事故にはあまり結び付かない場面だからなんじゃないかと思うのです。
JAFの調査って、このような条件で行われています。
調査場所
※センターラインのある片側1車線道路で、原則として、調査場所の前後5m以内に十字路および丁字路交差点がない箇所で、道路幅員が片側2.75m~3.5m、交通量が3~8台/分(目安)とし、制限速度が時速40~60km程度の箇所調査対象
※横断歩行者側の車線を走行する自家用自動車、自家用トラック(白ナンバー)
信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国調査(2023年調査結果)「信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国調査(2023年調査結果)」についてご案内します。
事故に直結しやすいのはこういうタイプですが、JAFの調査対象ではない。
◯東京高裁 昭和42年2月10日
結局の話、「横断歩行者妨害」って現に歩行者がいなくても減速接近義務違反は成立するし(38条1項前段)、「横断しようとする歩行者」がいるときに一時停止義務を課している理由は、妨害したかしてないかが基準ではなく、「歩行者が横断歩道に入るきっかけ」として作ったもの。
なお、本号においては、車両等の運転者に対し、一時停止する義務と歩行者の通行を妨げてはならない義務を並列的に課しているから、車両等の運転者は、およそ歩行者が横断歩道により道路の左側部分を横断し、または横断しようとしているときは、現実にその通行を妨げることになろうとなるまいと、かならず、まずは一時停止しなければならないこととなる。この点従前の本号の規定は、「歩行者が横断歩道を通行しているときは、一時停止し、又は徐行して、その通行を妨げないようにすること」と定められ、車両等の運転者に対しては、歩行者の通行を妨げてはならない義務のみが課され、その方法としては、一時停止と徐行が選択的に認められていたから、状況によっては、かならずしも一時停止する必要がなかった。したがって、このような規定によっても、歩行者の保護は理論上は一応図られていたわけであるが、現実の力関係においては、車両等の方が歩行者に比してはるかに強く、歩行者が横断歩道に入るきっかけがなかなかつかめず、結果としてその通行を妨げられることが少なくなかった。そこで昭和38年の道路交通法の一部改正により、本号の規定を現行のように改め、車両等の運転者に対し一時停止の義務を課して歩行者に横断歩道に入るきっかけを作ることにより、その保護の徹底を図ることとしたわけである。
宮崎清文、条解道路交通法 改訂増補版、立花書房、1963(昭和38年)
「横断歩行者妨害」という言葉から、妨害したかしてないかが論点になりがちだけど、歴史から明らかなように妨害したかしてないかが必ずしも問題ではないわけよ。
しかしまあ、この改正史はなかなか興味深い。
穴が見つかる度に改正していくという…
「歩行者に気がつかなかった」という言い訳が横行した件なんかはなかなか凄まじい。
過失犯の処罰規定を作ったので、今は言い訳しても「横断歩道の左右確認を怠って漠然進行した過失」により38条違反が成立するシステムです。
38条を理解するには、改正時に警察庁が解説した内容から背景や経緯を見た方がいいと思う。
ほとんどの違反は妨害したかしてないかが論点ではないので。
けど、穴を埋めるように改正を繰り返したことから、やや複雑なルールになっているのも事実。
人によって解釈が割れるルールって危うい。
そして「横断歩行者妨害」という名前だけに着目すると意味を取り違えるリスクがある。
それと「一時停止率調査」よりも「減速接近率調査」をした方がいいと思う。
見通しが悪い横断歩道を使って。
たぶん一時停止率とは全然違う数字が出そう。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント