直進車が信号無視と思われるので、基本的には右折車は無過失になる事案ですが、
注意点があるとしたら、「必ず」右折車が無過失になるわけではないところ。
違反と過失の違いを理解する必要がある。
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右折車は「必ず」無過失なのか?
大雑把なイメージにすると、対向第一車線の車両が赤信号に従って停止したところ、
第二車線から赤信号無視と思われる車両が直進してきた。
多くの人が勘違いするポイントなんですが、民事は「違反割合」ではなく「過失割合」。
過失とは予見可能性と回避可能性の話になりますが、
「その速度と停止線の距離感では赤信号に従わないことが予見可能」だと判断されると、右折車にも過失はつきます。
実際の判例も同様の理解。
事案は「右折矢印信号に従って右折」と「赤信号無視して直進」した車両同士の事故です。
基本的には、赤信号を無視した直進車である被告C車両の一方的過失というべきである。
(中略)
被告Cの指示説明によれば、被告Cが最初に被告Y会社車両を発見した地点は別紙交通事故現場見取図2の②地点、その時の被告Y会社車両はア地点と認められ、その時点で、被告Y会社車両からも対向方向から直進してくる被告C車両の動静を確認することが比較的容易であった状況が窺える(前記アc)のとおり、被告Y会社車両は本件交差点を右折する際、先行車両に追随していた事実があるが、少なくとも、先行車両が本件交差点の中央を右折通過した後は、対向車の動静を確認できる位置関係にあったというべきである。)。そして、前記アb)のとおり、被告Cが衝突直前の同図面の⑤地点で初めてブレーキをかけたことからすると、被告Bは、別紙交通事故現場見取図1の④地点に至る以前に対向方向を確認していれば、被告C車両が相当の速度で本件交差点に進入してくることを認識し得たというべきである。
それにもかかわらず、被告Bは、衝突直前の同地点に至って初めて被告C車両を発見したというのであり、被告Bにも、対向直進車の動静を注視すべき義務に違反した過失があると認められる。
名古屋地裁 令和3年11月26日
基本的には信号無視した直進車の一方的過失ですが、対向車が信号に従わないことが予見可能なケースでは右折車にも過失がつく。
これを知らない人も多いけど、あくまで例外的な状況だからほとんどのサイトでは解説してないのよね。
しかも民事の場合、当事者間で「0:100」で合意したならそれが全て。
直進車側がゴネ出すとややこしくなりますが、裁判してでも右折車に10%つけたいかどうかなのよ。
なにせ裁判をしだすと面倒なんて話じゃないし、裁判したら必ず右折車にも過失を認めるとも限らない。
右折しようとしていたバスからみて、「対向車が信号に従わない速度だと言えるのか?」は問題になり得ますが、基本的には無過失事案。
しかし必ず基本通りになるわけではない。
刑事でも同じ
刑事責任(過失運転致死傷)においても、「特別な理由がなければ、信号無視する車両を予見する注意義務はない」になる。
本件の事実関係においては、交差点において、青信号により発進した被告人の車が、赤信号を無視して突入してきた相手方の車と衝突した事案である疑いが濃厚であるところ、原判決は、このような場合においても、被告人としては信号を無視して交差点に進入してくる車両がありうることを予想して左右を注視すべき注意義務があるものとして、被告人の過失を認定したことになるが、自動車運転者としては、特別な事情のないかぎり、そのような交通法規無視の車両のありうることまでも予想すべき業務上の注意義務がないものと解すべきことは、いわゆる信頼の原則に関する当小法廷の昭和40年(あ)第1752号同41年12月20日判決(刑集20巻10号1212頁)が判示しているとおりである。そして、原判決は、他に何ら特別な事情にあたる事実を認定していないにかかわらず、被告人に右の注意義務があることを前提として被告人の過失を認めているのであるから、原判決には、法令の解釈の誤り、審理不尽または重大な事実誤認の疑いがあり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
最高裁判所第三小法廷 昭和43年12月24日
これも勘違いする人が多いけど、信頼の原則は「特別な事情のないかぎり」なので、必ず当てはまるわけでもない。
以前、検察官が「被害者の赤信号無視」に気づかずに通常の右直事故として起訴し、被害者の赤信号無視が発覚した後も起訴を取り消しせず有罪の立証を続けた事案がありましたが、
この事案については、対向車の隙間からオートバイが信号無視して突っ込んできた事案。
要は右折車からするとオートバイは死角になるわけで、オートバイが信号無視することが明らかな速度だったとしても認識できない。
自動運転に向けた裁判例調査 報告書 | RoAD to the L4自動運転システムの仕様を決定するのに有用と考えられる判断基準や要素について、以下の内容について道交法に基づく整理と裁判例分析を行いました。
検察官は「信号無視するオートバイは予見可能」と主張してますが、この事案については「信頼の原則を否定する特別な事情には当たらない」として無罪。
⑴ 上記のとおり、被告人は、本件交差点内で一時停止の上、右折待ちをしていた際、対面信号機が赤色表示に変わり、対向車線の第2車両通行帯及び第3車両通行帯の各走行車両が減速するのを確認して、もはや本件交差点内に赤色信号に従わないで進入してくる車両はないと判断して右折を開始した。その当時、本件交差点の信号機は、3秒間全て赤色表示となる、いわゆるクリアランス時間内であり、被告人車両は、対向直進車両の進行を妨害しないよう、その動静を注視すべき一方、その後青色表示となる交差道路の交通を妨害しないために、速やかに右折を完了して本件交差点外に出るべき状況にあった。
このような状況において、被告人が、対面信号機が赤色表示に変わり、対向車線の、被告人車両に近い中央寄りの2つの車両通行帯を走行する車両2台が減速して停止しようとする状況を確認したのであれば、別の対向車両が赤色信号に従わずに本件交差点内に進入しようとするのを現認するなど、相手方が交通上適切な行動をとることを期待できないことを認識し、あるいは認識すべきであったときのような特別の事情のない限り、もはや赤色信号に従わないで本件交差点内に進入してくる対向車両はないと信頼することは許されるというべきである。そして、被告人は、本件事故の直前まで、普通自動二輪車であるB車両を認識していなかった上、道路の状況等から、B車両が、赤色信号に従って停止のため減速する先行車両を追い越して本件交差点内に進入しようとする状況を認識すべきであったともいえないから、上記特別の事情も認められず、検察官主張の注意義務はないというべきである。
⑵ これに対し、検察官は、被告人が右折を開始した時点で、少なくとも対向車線の第2車両通行帯を走行する車両(B車両の先行車両)は停止しておらず、そのために同車両の左側方(被告人車両から見て右側方)の見通しが困難であったから、同車両の左側方から、停止線手前で安全に停止しきれないと判断して本件交差点を通過しようとする対向直進車両があることを予見すべきであったとして、被告人は、第2車両通行帯の走行車両の前面で一時停止するなどして、同車両の左側方を確認する注意義務を負っていたと主張する。
しかしながら、被告人において、対向車線の第2車両通行帯を走行する車両の左側方の見通しが困難であったからといって、道路の状況等から見て、その付近に赤色信号を無視し、停止しようとする先行車両を追い越して本件交差点内に進入してくる車両が存在することを具体的に予測すべき根拠は見当たらないのであって、後続車両を含めもはや本件交差点内に赤色信号に従わないで進入してくる車両はないと信頼してよい状況に変わりない。検察官の主張は、信頼の原則の適用を否定すべき特別の事情に当たらない。
福岡地裁 令和5年10月27日
要は相手が信号無視なら必ず無過失(刑事・民事)になるような法律にはなってなくて、
相手が信号に従わないことが予見できた状況(例えば停止線で止まらないような速度だったなど)であれば、右折車は事故回避のために「右折を差し控えるべき注意義務」が発生する。
「相手が信号無視なら必ず無過失」みたいに思考停止に陥りがちな人もいるけど、違反について争うのではなく過失(注意義務)の有無を争うことを理解したほうがいい。
なお、今回の事故は怪我人が出てないので「過失運転致死傷罪」は成立しませんが(なにせ誰も致死傷に至ってないので)、直進車の同乗者やバスの乗客がケガした場合には直進車のドライバーが「過失運転致死傷罪」に問われる。
信頼の原則が否定された場合にはバスのドライバーも過失運転致死傷罪になりうるわけですが、注意義務(過失)を理解してないと、事故った後に揉めるのよね。
物損だけで済んだので、おそらく行政処分は直進車側に「信号遵守義務(7条)」のみになるでしょうけど。
理屈の上ではバスにも点数がつくこともあるから、結局は自分を守るには道路交通法のみではなく「予見可能なことは回避する」としか言えないのよね。
ちなみに先日も取り上げたこちら。

最近読者様に教えてもらった政府系サイトですが、かなり判例がまとまっている(自動運転の責任について、従来の判例から検討しているらしい)。
読者様から間違いの指摘を受けたのですが、それについては後日。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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