県議が運転する車両と一般人が運転する車両が交差点で衝突した事故について(一般人が運転する車両の同乗者が死亡)、県議が左方優先だから「被害者」であるかのように解説してますが、
この人はだいぶ勘違いしているようですが、左方車だから過失(民事過失ではなく刑事責任上の過失)が小さくなるわけでもなくて、この事故については報道からはどちらの過失が大きいかは全く読み取れない。
左方車だから「被害者」と考えるあたりもどうかと思うのですが、
そもそも勘違いしやすいポイント。
この事故は同幅員交差点で出会い頭に衝突した事故ですが、
・県議→一般車両の同乗者を過失によって致死傷させた疑い
・一般車両の運転者→同乗者を過失によって致死傷させた疑い
双方ともに書類送検されてますが、こういう事故は双方ともに書類送検するのは普通なのよ。
それを報道するかしないかは別問題で、双方ともに過失運転致死傷罪の容疑で捜査したのだから、刑訴法に基づき書類送検しないといけないのだから。
書類送検ってそれ自体は刑罰でもなんでもなくて、「捜査が終了したからあとはよろしく」でしかないのよね。
運転レベル向上委員会の人は、逮捕や書類送検をある種の刑罰的ニュアンスで捉えているようですが、本質的にはそうではない。
送られてきた書類を確認して、起訴すべきか不起訴にすべきかは検察官の判断になりますが、不起訴理由として「嫌疑不十分」や「嫌疑なし」というのもあるわけで、書類送検自体は単に書類の引き継ぎでしかない。
まあ、この事故の状況をみると、双方ともに「徐行義務を怠り安全不確認のまま交差点に進行した過失」なんだろうなとうかがえますが、そうであるなら左方優先以前の問題なのだから関係がない。
ところで、そもそも優先側だから過失(民事過失割合の話ではない)が小さいなんてこともなくて、例えばこういう判例がある。
・東西道路に一時停止規制
・交差点の全方向にブロック塀があり見通しは悪い
・南北道路の制限速度は40キロ
・道路幅は同程度
被告人車(青)は一時停止規制に従い一時停止した後、左方道路の見通しが悪いため徐行前進。
左方道路から進行してくる車との距離が約37mだったことから進行したところ、北進する車の速度が速く衝突した事故です。
これを道路交通法で見たときに、非一時停止側が優先権を持つのは明らか。
この判例は一時停止側車両が業務上過失致傷罪に問われたものになります。
ところで、右交差点は、交通整理の行なわれていない、左右の見とおしの悪い交差点であり、東西道路と南北道路の幅員はほほ等しく、かつ、南北道路は優先道路ではないから、A車のように南北道路を北進して交差点に進入しようとする車両は、東西道路に一時停止の標識があつたとしても、本件当時施行の道路交通法42条に従い、交差点において徐行しなければならないのである(最高裁昭和43年7月16日第三小法廷判決・刑集22巻7号813頁参照。)。
しかるに、原判決の確定した事実によれば、Aは、制限速度を超えた時速約50キロメートルで進行し、交差点手前約20. 5メートルに至り、初めて被告人車を発見し、急制動の措置をとつたが間にあわず、交差点内で被告人車に衝突したというものであつて、本件事故は、主としてAの法規違反による重大な過失によつて生じたものというべきであり、このことは、原判決も認めているところである。
しかし、進んで、原判決が説示しているように、被告人にも過失があつたかどうかを検討してみると、本件のように交通整理の行なわれていない、見とおしの悪い交差点で、交差する双方の道路の幅員がほぼ等しいような場合において、一時停止の標識に従つて停止線上で一時停止した車両が発進進行しようとする際には、自動車運転者としては、特別な事情がないかぎり、これと交差する道路から交差点に進入しようとする他の車両が交通法規を守り、交差点で徐行することを信頼して運転すれば足りるのであつて、本件A車のように、あえて交通法規に違反し、高速度で交差点に進入しようとする車両のありうることまでも予想してこれと交差する道路の交通の安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である。最高裁判所第三小法廷 昭和48年12月25日
非一時停止側を「重大な過失」と評価し、一時停止側は信頼の原則が働く場合なのだから「徐行義務を果たさず高速度で進入する車両を予見する注意義務はない」とする。
これが仮に非一時停止側が「時速30キロ」なら話は変わるし、そういうところがわからないと刑法上の過失の大小なんてわからんのよね。
ちなみにこの最高裁判例ですが、青車両は同乗者をケガさせたことから業務上過失致傷罪に問われた。
原審の認定はこちら。
被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和45年5月2日午後11時45分ころ普通乗用自動車(以下被告人車という。)を運転し、東京都武蔵野市a町b-c-dの交通整理の行なわれていない、左右の見とおしの困難な交差点をe方面からf町方面に向かい直進するにあたり、一時停止の道路標識に従い交差点手前の一時停止線上で一時停止したが、左方道路の交通の安全を確認しないで時速約10キロメートルで交差点に進入した過失により、おりから幅員4.8メートルの左方道路を時速約50キロメートル(制限速度は時速40キロメートル)で交差点に向かい進行してきたA運転の普通貨物自動車(以下A車という。)を左方約37メートルに発見したが、時すでに遅く、進退に窮して、そのまま交差点を通過しようとして通過しきれず、自車にA車を衝突させ、よつて自車に同乗していたBに傷害を負わせた、というものである。そして、原判決は、Aが少なくとも制限速度である時速40キロメートルを守り、被告人車を発見すると同時に急制動をしていたならば、本件事故の発生を見なかつたという点で、本件事故の主たる因子はAの過失にあるにしても、被告人も左方道路の交通の安全を確認せずに交差点に入つた過失は否定できない
これ、記録が見当たらないので正確にはわかりませんが、A(赤車両)は「徐行義務を怠り漠然50キロで交差点に進行した過失」として普通に有罪になるパターン。
当然行政処分も行われますが、運転レベル向上委員会の人は「行政処分は第一当事者のみ」みたいな主張が多いけど、全くそんなことはなくて、違反があれば点数をつけるし、違反と事故に因果関係があるなら付加点数もつく。
要はこの人、刑事と民事の概念を混同したまま語るから辻褄が合わなくなっているだけですが、例えば以前取り上げたこちら。
撮影者が右折しようとしたところに、赤信号無視のバイクが突っ込んできた事故。
説明にあるように、撮影者もバイクも「過失運転致傷」の容疑で書類送検されている。
撮影者側もケガしたなら双方ともに過失運転致傷の「容疑」がかかるのは当たり前で、容疑があるから「捜査」したのだから、その捜査資料は刑訴法に基づき書類送検する。
単にそれだけのことですが、冒頭の件についてもそれと同じ話でしかなくて、報道からはどちらの過失が大きいかについても、過失運転致死傷罪が成立しそうかについてもわからない。
けど左方車だからという理由で他人を死傷させながら「被害者」だと考える人もいるんですね…
かなり危うい考え方としか言えませんが、そもそも書類送検の仕組みなど勉強不足甚だしいのできちんと勉強した方がいいと思う。
この人の解説は法律とは関係ない独自論になっているので。
ちなみに上の右直事故については、右折車に何ら点数がつかなかったらしい。
「特別な事情がない限り」信号無視する車両を予見する注意義務がない以上、交差点安全進行義務もその前提で考えるのだから、交差点安全進行義務違反(刑事・行政)が成立しない。
しかし民事上は交差点安全進行義務違反として過失になりうる。
法律とは関係ない珍見解を発表しまくってこの人は何をしたいのか知りませんが、世間の認識が歪むのはこういうところが一因。
そもそも「どっちが優先?間違えたら過失運転致死傷」という考え方が既におかしくて、過失運転致死傷罪の成立要件を理解してないだけなのよね…

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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