読者様から時速194キロ事故の「進行制御困難高速度危険運転致死傷罪」について、
と言われたのですが、
ぶっちゃけた話、そのような話がどこにあるのか見当たらなくて。
進行制御困難高速度を関わる部分のみ抜粋します。
○法制審議会刑事法(自動車運転による死傷事犯関係)部会第1回会議 議事録
次に,1の後段になりますが,自動車の進行を制御することが困難な著しい高速度で自動車を走行させる行為によって人を死傷させる罪でございます。
この「自動車の進行を制御することが困難な著しい高速度」というのは,その速度が速すぎるために,道路状況,運転車両の状況等に応じた運転操作によっては自車の進行を制御した走行をすることができず,又はこれが困難となる,そのような速度を意味し,具体的には道路状況,運転車両の状況等に照らし,社会通念に従って決することとなります。● それでは,気づいたところを二,三指摘してみたいと思います。
まず,大きくは一の1でございますが,私の理解ですと,この後段,後ろから2行目ですが,「自動車の進行を制御することが困難な著しい高速度で」というくだりでございますけれども,これはこれまでのアルコール等の「運転が困難な状態で」というものとやや質が違うのではないかと。つまり,前段の方は,一定の継続的な状態で困難な状態という意味だろうと思うのですが,後段の方は,むしろ運転の方法にかかわるもので,一の2の方と親近性があるのではないか,そういう意味で私はこれを2の方に移した方がいいのではないかというふうに思っております。
それから,ただいまのところで「制御することが困難な著しい高速度で自動車を走行させ」となっているわけでございますが,「制御することが困難な」,更に「著しい」という,この「著しい」というのは無い方がいいのではないか,有りますと,「著しい」というのは程度問題でございますので,かえってその適用に困難を来すのではないかというのが一つの疑問点でございます●それから,○○委員からの御指摘の第2点で,「著しい高速度」というのと,その手前の「制御が困難」というのがあると,「著しい」は要らないのではないかという点の御指摘がございましたが,ここに著しい高速度になるというのはどのような速度かといいますれば,速度が速すぎるために当該道路状況等に応じて自車の進行を制御することが困難となるような速度ということでございまして,それは正に著しい高速度であるという意味で,その内容が分かりやすいということも考えまして,要綱でもございますので,あえてこのような書き方をしておるという段階でございます。
●しかし,1の後段,「自動車の進行を制御することが困難な著しい高速度で走行」させて事故ったという場合,これは果たして傷害あるいは傷害致死と同一に論じられるのだろうか。例えば,200キロ,あるいは200キロ超のスピードで走っていた,たまたま脇見をした,脇見をしなければ200キロの速度でも事故らなかったのだけれども,たまたま脇見をしたからぶつかったという場合に,それはこの構成要件が適用されるのか,されないのか。されないというのであれば,それは論旨は一貫している。ただ,されるとなると,それは結果的加重犯ではなくて,場合によっては危険犯と過失犯の結合犯ではないかと。ですから,そのような場合までもし視野に入れたものであるとすると,この書き方はおかしいのではないか。今回の新しい構成要件をつくるのを,結果的加重犯として処理するという基本的な指向と反するのではないかというふうに思います。この点は,今後の議論ではっきりさせなければいけないというふうに思います。
●今回の危険点の射程の範囲の考え方ですが,「著しい高速度」のところで,広すぎないかという御意見が二,三あったように思いますが,これは要するに速度というのは普通事故の原因になっているわけでありますが,ここで「著しい高速度」と言っているものは,結局自動車の進行を制御することが困難なような著しい高速度と,一の1の前段の方はアルコール等の影響で正常な運転が困難になるという制御困難型の類型なんですが,この後段の方は,速度が速すぎるゆえに,ちょっとしたハンドル・ブレーキの操作で事故になってしまう,わずかなミスでそういう事故になってしまう,そのような制御が困難な,制御が全くできないというわけではなくて,わずかなミスで事故になってしまうような,そういうような状態を考えておりますので,道路状況等に応じた速度ということにはなりますけれども,相当絞られた高速度を念頭に置いているというふうに釈明を1点しておきたいと思います。
それからもう1点,基本行為と結果との関係でございまして,これはとても大きな問題であると私どもも思っておったわけでございますが,例えば一の1の,要するに制御困難型の運転の場合が典型ですので,そちらを例にとって御説明いたしますと,要はアルコールの影響等で正常な運転が困難になっておりますと,これは事象の認識,あるいは認識に応じた判断,判断に応じた運転操作,そういう各段階で非常に能力が傷ついている状態でありますので,そのような状態で走っていけば,いろいろな原因で事故が起こる可能性が非常に強いということでございます。したがいまして,直接の事故の直近の原因がハンドルとブレーキの操作のミスのこともあれば,前方不注視のこともあれば,脇見のこともあろうかと思いますが,いずれもそれはそういう正常な運転が困難な状態の中での事故であるということで,そういう危険な状態が結果に結びついていると考えられるのではなかろうかと考えておりまして,それは逆に言いますと,非常に注意深く運転しておっても避けられないような飛び出し事故と,このようなものは当然ここで射程の外になっている。それは,およそこのような危険運転行為の危険とは無関係な結果の,被害者の一方的な過失の事故であると。あるいは,事例としては少ないと思いますが,運転者が酒酔い状態で故意にぶっつけてやろうと思って傷害・殺人に及ぶと,このような場合ももちろんここには入ってこない。大体そのような考え方を今のところとっておるということであります。
● あと,若干補足させていただきますと,因果関係との関係で,チキンレースなんかの場合に,対向車線を走行しておる相手の車が急転把せざるを得なくなって,死傷事故に至るという例は,因果関係があるのかというお尋ねがございました。
これは,既に例えば逮捕・監禁で,被害者がやむなく逃げ出しましてとかいう場合に因果関係を認められるのと同じでございますし,これは結果加重犯という話でございますが,ただ暴行の例でも同じことでございまして,殴りかかったときによけて,転んでけがをすれば,それは当然傷害であると。ここは,判例等の考えでも,恐らく肯定されるのではなかろうかと考えておるところでございます。●言い落とした点があるので。
1点,質問と意見を同時に言わせていただきますが,この(骨子)の中で,多分最も外縁が不明な概念というのは,進行制御困難という概念だと思うのです。これをさっと読むと,これは物理的な意味における制御困難というふうに読むのが一番読みやすい。ところが,説明によると,道路状況等を前提にするということになりますが,そうすると例えば住宅密集地で歩行者がわらわらいるというようなところを60キロで走ったと。制限速度は,例えば30キロだとします。そうすると,歩行者にぶつかる危険性は非常に強いわけですね。例えば,60キロじゃなくて80キロで走ったとする。そうすると,歩行者がぽっと出てきたときにぱっと止まれるか,多分止まれない。そういう意味では制御困難だということになります。
ところが,物理的にいえば,今の車は80キロであれば制御困難ということはあり得ないわけですね。そうすると,この制御困難というのをどういう意味でとらえるのか,むしろ予見可能性を含めた,要するに回避可能性を含めた意味でこの制御困難というのか,回避可能性を排除した意味で制御困難というのか,これによってこの適用の幅がものすごく変わってくる。回避可能性を含めた意味での制御困難というふうにしてしまうと,従来の業過はほとんどこれに当たってしまうということになって,この概念は極めて問題だと。ですから,事務当局が提案され,かつ,被害者も要望している悪質・重大事故に限って重く処罰するという今回の改正の趣旨からいうと,この概念はもう少し整理をしていただかないと,被害者のサイドから見ても,私たちはそこまで言っていたわけではないのだけどねということになるのではないかと思います。
法制審議会刑事法(自動車運転による死傷事犯関係)部会第2回会議
次に,一1の後段の「自動車の進行を制御することが困難な著しい高速度」ということにつきまして,どのような速度であるかなど御質問,御指摘等がございました。この「自動車の進行を制御することが困難な著しい高速度」という言葉の意味は,そのような速度で当該自動車運転した場合には,速度が速すぎるために,当該道路状況などに応じて自車の進行を制御することが困難となるような速度であります。例えば,速度が速すぎるため,ハンドルのぶれや車体の揺れが生じてしまっている場合でありますとか,道路の湾曲,カーブの状況,路面の状況,自動車の安定性などに照らしまして,当該速度で運転を続ければハンドルやブレーキの操作のわずかのミスによって自車を進路から逸脱させるなどして事故を発生させることになると認められる,このような場合に,このような高速度であると認めることができるわけでございます。したがいまして,このような制御困難な高速度に達していない場合であれば,例えば住宅街をそこそこの速い速度で走行いたしまして,速度違反が原因で路地から出てきた歩行者を避けられずに事故を起こしたような場合でありましても,本罪には当たらないということになります。
また,過積載の場合はどうかという御指摘もございましたが,自動車の安定性,転把性能,制動性能等に影響を与える事柄でありますので,著しい高速度に相当する速度は相対的に下がってくるだろうと考えております。
次に,もう少し具体的に高速度で運転中に脇見運転をしたために死傷事故を起こした場合はどのようになるのかという御質問がございました。これは,酒酔いで正常な運転が困難な状態下において脇見をして事故を起こした場合も同じことになると考えておりますが,要はアルコールの影響等々によりまして正常な運転が困難な状態での運転行為,これは道路や交通の状況を正確に認識すること,これらの状況に応じた運転操作を的確に行うことが困難になっておりまして,常に衝突事故を発生させる高い危険性を有しているものでございますし,著しい高速度の運転行為も同様,自動車の進行を制御することが困難になっておりますので,常にハンドル,ブレーキの操作等,わずかなミスによって衝突事故を発生させる高い危険性を有しているものであります。このような高度の危険性の下に,自動車の制御が困難な状況下で運転するという状況の下に発生した事故による人の死傷の結果は,通例,当該運転行為の危険性に起因するものと認めることができます。しかし,的確な運転行為を行ったとしても,回避不能と認められるような,例えば被害者が飛び出した一方的な過失の事故,このような場合は明らかに当該運転行為の危険性とは別の原因による死傷の結果の発生でございます。そのように認められますので,これは運転行為の危険性に起因しておりませんから,本罪の責任は問えない,そのように考えております。また,自動車の進行を制御することが困難な著しい高速度であるということの認識にいたしましても,そのような速度で当該自動車を運転すれば,速度が速すぎるために,道路状況等に応じた自車の進行の制御が困難になる,そういう速度であるということの認識が必要だということになりますが,これも具体的な事実関係の認識としては,ハンドルがぶれておる,車体がぶれておる,要するに相当スピードを出しておるためにぶれておるということ,あるいはここの道路のカーブがどのぐらいの状況であって,路面は砂利道で例えば滑りやすいかとか,あるいは自車が荷物の積載状況でどのような安定性の状況にあるかとか,そのような具体的事実と,現にどの程度の速度が出ておるかということを前提として,当該速度で運転を続けるとわずかなミスで事故を発生させる可能性があると認識できるような場合,このような場合も多いと思います。このような認識をもって,進行制御が困難なことの認識としては足りると考えておりますが,ここでは困難なことの認識でございますので,これは制御が不能であるということまでは要求されていないということでございます。
● 次に,因果関係ですが,先ほどの説明ではやや分かりにくいなと。例えば,制御困難な著しい高速度運転をしていた,ハンドルがぶれていた,ハンドルがぶれていたけれども,そのままちゃんと前を向いて走っていれば事故は起きなかったと。と同時に,ハンドルはぶれているけれども,ぶれていることによって例えば体が振動して前方注視をしていることが困難で,首がふらついて前方注視をすることが困難だというのであれば,因果関係があるということになると思うのですが,その気になれば前方注視をしていることも可能であった,しかし卑近な例を出せば,歩道をきれいなお姉さんが歩いていたので脇見をした,そしてぶつかったという場合に,なぜ因果関係があるのか,それがよく理解できないということです。
● 因果関係について,関連した質問で申し訳ございません。
先ほどの御説明で,被害者が飛び出したような場合には含まれないという御説明だったのですけれども,因果関係の判断で想定されているのが,安全な運転をしていたとしても事故が起こったというふうに伺えたような気がするのですけれども,比較の対象は,著しい高速度,特に悪質・危険な行為であるということが加重の根拠となっているとすれば,そのような悪質・危険な行為でなければ事故は起こらなかった,つまり過失があっても通常の過失であれば事故は起こらなかったであろうという場合も除かれるべきではないかというふうに思うのですけれども,その点,どのようにお考えか伺えればと思います。● ですから,いろいろな運転が人間の行う運転でありますから,コンピュータでもひょっとしたら事故るかもしれませんけれども,さまざまな状況と申しますか,人間の運転する幅のある中で,ちょっとした操作や判断ミスによって事故が起きる可能性ある速度ということに着目しておりますので,したがいましてそこでの運転行為自体が,その意味で脇見でありましても,それは運転行為の危険性によって生じたものであることは間違いない。
● 脇見とその運転行為の間に因果関係が何らかの形でつけば,その事故との因果関係,その危険な速度による運転行為と事故との間に因果関係があるという理屈は納得できるのですが,危険な速度による運転行為と,脇見との間に因果関係がない場合に,なぜ事故と危険な運転行為の間に因果関係が出てくるのか,理解できないと思うのです。
● 先ほど申し上げましたように,そういうちょっとした操作,判断のわずかなミス,ちょっと脇見をすることもございましょうし,判断ミスをすることもございましょう。それがあったときに危ない速度ということでございます。
● 普通の速度だったら,ちょっとした脇見程度だったら事故らないのだけれども,その速度はちょっとした脇見でも,そんなことやったら直ちにぶつかる可能性が高い,だから因果関係があるという趣旨ですか。
● そういう危険な速度であるということで,危険性との因果関係はあるということでございます。
● そうすると,その速度,「進行を制御することが困難な」という縛りの中で含めることは……。
● ですから,困難と申し上げていますのがほんのちょっとした判断,操作のミス,脇見もそうでございましょうけれども,ほんのちょっとしたことで事故を発生させる可能性があるということが,ここで言っています「制御することが困難な」という意味でございます。
● であるから,脇見をした結果,事故が起こったというのであれば,○○委員も納得なさると思うのですけれども,たまたま非常に危険な行為をしていて,たまたま脇見をして,たまたま事故が生じたというだけで本罪が適用されるということであれば,それはやはり危険な行為を処罰していて,結果はあくまでいわば客観的処罰条件にすぎないというふうにどうも受け取れるのですね。しかし,それでは本罪の特に重く処罰するということの説明として十分でないのではないか,別に,これに当たらなくても,業務上過失致死で処罰することはできるわけですから,特に重く処罰するということの説明としては,やはり脇見をして事故が起こってももちろんいいわけですけれども,著しく高速度で走っていたからこそ止まれなかったということが要求されるべきではないかというふうに思います。● その点は,多少○○幹事と意見を異にするのですけれども。やはりこれは,行為に着目している犯罪類型であって,そういう意味では先ほどからの御説明,一応納得はしているのですが,ただ具体的な状況に応じて著しい高速度というのか決まってくるとしますと,これは○○幹事の御説明など聞いていましてもほとんど業過の説明以外の何物でもないのではないかと。この犯罪類型の説明には,私はどうもなっていないような,そういう危惧感を持ちました。
ですから,極めて具体的に言いますと,制限速度が30キロあるいは40キロという,我々が生活しているような道路で,例えば100キロですっ飛ばしたというときには,これはもうそもそも100キロでそういうところを通れば,当然だれが出てきても止まれないような,そういう速度なので,それは加重して処罰しますということだろうと思うのですね。30キロのところを50キロで走ったというときは,場合によっては止まれるかもしれないので,これは業過だけれども,40キロのところを100キロで走ったらこっちに行くと。要するに,簡単に言えばそういうすみ分けを考えておられるというふうに私は理解したわけですが,どうも具体的な状況との関係で,この著しい高速度,危険速度というのが決まってくるという御説明になりますと,余り業過と変わらない,類型性のない御説明になっているのではないかと思いますので,その点もう一度確かめたいと思います。
● 今,○○委員の御指摘のように,例えば規制速度40キロのところを100キロで行くと,これは大体規制速度の趣旨に照らしましても,恐らくそういう無謀な運転行為の場合には進路に従った進行の制御は困難な状態であって,わずかなミスで進路外に飛び出してしまう,それが狭い住宅地であってもカーブを曲がり切れずにぶつかってしまうだろうとか,そういう状況になっておると思います。
そうは申しましても,規制速度との関係のみではなかなか全部は律し切れませんで,具体的な進路の,道路のカーブの状況等を無視しかねる点がございまして,そういう現実の客観的な状況の中において,これは明らかに進行のコントロールができないと。要するに,前段と後段の位置付けにしておるというのは,意のままに自車を扱えなくなるような,操れなくなるような,そのような制御困難型の危険性ということで一応くくっておるわけでございますので,具体的な道路状況等と一切切り離すことはなかなか困難ではなかろうかと思っております。
● 前回から,今の進行制御困難な著しい高速度のこの点については,非常に構成要件の縛りが不十分で,構成要件として不明確だというふうに申し上げていますが,こういう言い方をすると○○委員にしかられるかもしれないのですが,先ほどの○○委員のような御見解がこの説明及びこの条文から出てくること自体からみても,この書き方がまずいということになると思うのですね。多分,町の平均速度40キロ制限のところの住宅街の道路を100キロて飛ばそうが,120キロで飛ばそうが,それはここで言う進行制御困難な著しい高速度には該当しないというのが大前提でなければいけないのですね。それを,そういう住宅街を100キロで飛ばせば,当然出てきたときに止まれないだろう,だから進行制御困難だというような解釈をすれば,それはすべて通常の211条の中に解消されていってしまうわけで,そうではないのだというその基準がはっきり書き込まれなければいけない。ですから,○○幹事がおっしゃっているように,これは道路が真っすぐであるか,幅がどの程度であるか,舗装が砂利なのかアスファルトなのかコンクリートなのか,あとはどの程度のアールで曲がっているのかということは具体的に勘案しなければ,あと走っているのがポルシェなのかサニーなのかということは具体的に考えなければいけないことなんですが,他に歩行者がいるかどうか,それから他に車がいるかどうか,これは考えないという前提でなければ,私はいけないと思うのです。
ですから,その辺が,多分この委員の中でも意思が統一されていないというか,理解が統一されていないで議論が行われている。だからそういう状態が起きること自体が,この書き方に問題があるということを示していると私は思いますけれども。
● 釈明いたしますと,自動車の進行を制御というのは,自動車が進んでいくその進路に沿って走行していくことをコントロールするという意味でございますので,基本的には今,○○委員がおっしゃったことを念頭に置いて考えており,それがまたこの言葉で十分に表現できていると思っておったわけでございます。
● 私はちょっと納得できないのですが。
そうすると,この制御困難な速度というのは,具体的な道路状況や車種や速度や,そういうものを全部勘案して決めていくとすれば,業過より加重する根拠というのは一体どこに求められるのでしょう。
あるいは,これは○○委員にもお聞きしたいことですが,どこで区別なさるのですか,業過と。
● それは-勝手に答えていいですか。(笑声)
私が,こういうふうな理解で運用するなら納得できるなと,使う側も,被疑者として使われる側も,両方の立場でこういうふうな使われ方,こういう理解の下の使い方だったら納得できるなというのは,通常,車というのは自分の腕できちんと曲がったり止まったりするというのは当たり前のことで,そういう状態で運転をしているのだけれども,注視不足がその上に重なって事故ってしまう,だからこれは過失で処罰するのですよというのが基本ですね。それに対して,車を真っすぐに進むだけでもうハンドルがぶれる,車体ががたがたする,接地感もほとんどない,そういう状態でとにかく道路状況に沿って必死で車を操る,それがぎりぎりの限度で,○○幹事等がおっしゃっているようにちょっとでも気を抜いたらすぐ路肩に飛び出すという程度の速度で車を運転するということは,通常想定されている運転の仕方とは運転行為自体が違うと。要するにそれは,こういう例えが妥当かどうかは別にして,群衆の中に虎を放つようなものではないかと,極端なことを言えば。それを通常の業過とは違う世界で処罰するというのが合理的だろうなと思っているわけですね。
● まず,一の1の前段でございますけれども,私はこの前段についてはそれほど問題ないというふうに理解しておりまして,したがって1のところで問題になるとすれば,ただいま議論になっているところであろうという整理をしておいた方がよかろうと思っております。
そこで,この後段でございますが,前回私は,これは前段と罪質としてはやや違うのではないか,むしろこれは運転の方法について言っているので,前段の方はむしろ能力について言っているのだと,そういう意味で分けた方がいいと申しました。
それから,ただいまのは意見でございますが,要するにここでは無謀運転,ほっておいたら事故が起こるというようなそういう無謀なものというのを類型化しようとしているのだろうと思うのです。その際に,このような仕方で無謀ということが言えるかということでございますけれども,一定のスピードだけで無謀ということが決まってくるわけではございませんので,具体的な状況の下で無謀な運転は十分あり得るわけでございます。つまり,一般の過失と違った,つまり未必の故意に準ずるような,そういうものをここで類型化しようとしているのだろうと思うのです。そういう意味で,この文言がそういうものを表すのに適切でないとすれば,それはまた検討する余地があろうかと思っておりますけれども,私自身はこれで分かるなというふうに理解してまいりました。その際に,文言としては「制御することが困難な著しい高速度で」とありますので,制御するというのが困難な速度であったら「著しい」は要らないのではないか,二重の形容ではないかということを前回申しました。そういうことで,私としては基本的にはこのような考え方は妥当であろうと。
ただ,後段の方はむしろ1項目分けた方がよいのではないか,2とも若干違うような感じがいたしますので,その方がいいのではないかと。その場合の理解として,ただいま申しましたような,いわば無謀なスピードで運転するという,無謀なという意味には,これは形式的な100キロとか,それで決まるものではない,具体的な道路事情によって決まってくるものだと。その際にはそういう運転をすれば死傷の結果が発生する危険は非常に高い,しかし故意はない,そういうものを指すのであろうと,こういうふうに私は思っております。● 先ほどからの御議論を聞いておりまして,このような構成要件を作ったらどうかというもともとの発想は,○○委員がお話しのように,いってみればとにかくめちゃくちゃなスピードで運転している,普通予測されるような道路上でのいろいろな出来事が起こったときに,それに対応のしようがないではないかというようなスピードと,こういう異常な高速度で運転しているのは,これは事故が起きることが客観的には,本人はそれを意図していなくても必然に近いというふうな形態というのがあるだろうと。それを処罰の対象にしないというのはやはりおかしいのではないかという,そこから始まっているわけです。
ただ,もともとはそういうことであっても,ではその下限みたいな部分が一体どこまでいくのかというところが一つの問題で,時速50キロというスピードが,それ自体とれば50キロは50キロでしかない。しかし,例えば道路工事をやっていて,道幅がものすごく狭くなっているところを50キロで走る,そういうような場面というのはやはり同じような評価ができるのではないか,そういう限度でそこに具体的な個別事情による評価によって含まれてくる部分というのも入ることになるだろうと。基本は,客観的にいって,例えば200キロ,300キロというのは,そんなスピードで走れるかどうかは別として,そういうようなものが前提となっているということ。しかし,これもまた高速道路で120キロで走る話と,市中を120キロで走る話とはもともと違うわけですから,そういう意味で道路の状況というのも,これはどうしても考慮に入れざるを得ない面がある。その限度での要するに具体的な状況に応じたという部分が出てくるという,そういうことで考えていたわけです。
もう1点,実はこれは○○委員にお尋ねしたいのですが,そういうようなスピードで走っていて脇見をして,脇見が事故の原因だと言える場合というのは,具体的にどういう場合なのか,これは逆に非常に想定しにくいのですね。恐らく,例えば高速道路で150キロで走っていて,前の車があることが分かっている,ひょっと脇見をした途端に,すぐ目を戻したら前の車がブレーキ踏んでいて,あわててブレーキ踏んだのだけれどもぶつかってしまった。この場合に,そういうスピードで走っていて,わずか脇見をしたということが原因で,それが事故の原因になると言えるとは到底思えないわけで,それは走っている速度自体でそういう原因になっているのではないか,それ以外に一体どういう場面で○○委員が御指摘のような具体的な場面が生じるのか,これを多少御説明いただければもう少し議論がしやすくなるのかなという気がしているのですが。
● 今,○○委員が出された事例と近いと思うのですけれども,例えば中央道の真っすぐのところで260キロで走っていたと。はるかかなたに1台だけ先行車があった,路面状態は非常にいい。そのときに,そのまま前を向いて走っていれば何ら問題はなく事故も起きなかった。ところが,脇見をしたために,脇見の時間にもよりますけれども,視線を元に戻したときには車間距離がかなり詰まっていた,急ブレーキを踏んだけれども間に合わなかった,それで追突したというような場合ですね,私が想定して言っているのは。そういう場合には,やはり脇見が原因ではないのかと。仮に250キロで走っていたとしても,そのまま前を見て運転していればぶつからないわけですから。そういう場合に,250キロの運転と事故が因果関係があると言われるのは,どうしても納得できないなと,違和感があるなというのが私の感じ方です。
それから,先ほどこの制御困難な著しい高速度の分はほかの項に分けた方がいいのではないかという御意見があったと思いますが,これはやはり事務当局が出された案は,要するに車を制御するのに困難になる理由にいろいろあって,その一つがアルコールであり,もう一つは薬物であり,その一つが速度であるという分け方だろうと思うので,それはやはり一つにくくるのが妥当だろうというふうに私自身は思っているのです。ですから,何度もおっしゃるように,ほんのちょっと,例えば280キロくらいで走っていて,とにかく振動が激しくて前方注視も十分にできないような状態だと,思わず脇見をするというか,視線か外れてしまった,結果的には脇見になりますけれども,とにかく視線が外れてしまった,そしてぶつかったというのなら,確かにそれは280キロの速度で走るから事故ったではないかと言われても,これはやむを得ないわけですけれども,そうではなくて,故意に,脇見をするぞと思って脇見をした,それでぶつかったという場合にまで,280キロで走ったこととの因果関係があるという理屈の方が,今までの因果関係論を全部否定するものではないかと私は思うのですけれども。
それからもう一つ,今ここで議論されているように,制御困難というのが道路状況といいますか,道路の客観的状況のほかに他の歩行者の在り方,それから他の車の在り方,それまで道路状況に含める含めないで相当変わってくるわけですね。そうすると,仮に歩行者,他の車まで具体的な道路状況の中に入れ込んで考えるというところまできて,更に脇見をしたとしても,それは脇見との因果関係は認めませんとなりますと,際限なくこの条文が適用される範囲が広がってくるのではないかということになって,これは大変なことであると,使う方も大変だけれども,使われる方も大変だという感じを持っているのです。
● 今の,260キロ,280キロというのは,要は制御が困難になっておるという状況で,長時間脇見ができるということは普通なくて,長時間脇見ができる程度というのは制御が困難でない状態なのだろうと。でなければ,一瞬の脇見で前車に追突するぐらいまで近づくはずないのでありまして,そういう意味ではちょっと設例として実例がどの程度のものがあるのかなというのは私も疑問を感じておるところでございますが,1項後段の私どもの考え方は,コントロール困難というところに着目したところでございまして,それは御指摘のとおりであると考えております。● 先ほど議論の出ていた「著しい」という文言ですが,実は「高速度」の「高」も結構価値的評価が入っておりまして,二重になっている面がございます。もし「著しい」をとったとしても,「高速度」で捕捉できるのではないかという感じがいたしますが,その辺の御検討もいただければと思います。
● すぐ反対意見を申し上げるのは誠に申し訳ないのですが,私は困難な,かつ著しく高速度,やはりこの「著しい」というのは縛りのためになくてはいけないと。この条文について私はいろいろ言っていますので,責任上これは思いつきで誠に申し訳ないのですが,法文にそんな言葉は使えないという御意見もあるかもしれませんが,例えば「制御することが物理的に困難な著しい高速度」と。「物理的」というのは,多分法文にはなじまないとは思うのですが,こういうような趣旨で,要するに今ここで議論になっているように,他の通行人の存在だとか,そういうものは基本的に含まない,客観的に車の性能,あとは客観的な道路状況との関係において制御困難であるということが明確に読み取れるような修飾語をどこかに付けていただけないかなというふうに思いますが。それは無理だよという話になれば,仕方がないですねという話になるかもしれませんが。
法制審議会刑事法(自動車運転による死傷事犯関係)部会第3回会議
一の1後段につきましては,「著しい」を削除いたしまして,「自動車の進行を制御することが困難な高速度」という表現にいたしております。ここでもその意味いたしますところは,速度が速すぎるために,例えばハンドルやブレーキの操作などのわずかなミスにより,事故を発生させることになると認められるような高速度ということでございまして,前回までの御説明と変わるところはございません。ただ,そのような速度であることについては,「自動車の進行を制御することが困難な高速度」という言葉で表現され尽くされておりますので,この上,更に「著しい」という修飾語を付けると,規定の意味がかえって不明確になるおそれもありますため,その旨の御指摘も踏まえてこれを削除することとしたものでございます。
その他,要綱(骨子)の修正はいたしませんでしたが,1点だけ補足させていただきます。
1の後段の高速度運転に関連いたしまして,住宅街などを高速度で疾走する行為は極めて危険でありますが,これをどのように考えるべきかという点につきまして,1の後段の高速度運転に含めるべきである,あるいはこれに含めるべきではない,1と2の中間的な類型として検討すべきであるなどの方向の御意見や御示唆があったものと承知いたしております。この点につきましては,見通しの悪い交差点が連続するような比較的狭い道路を相当の高速度で疾走する行為の危険性は明らかではございますが,多くの場合はわずかなハンドル操作ミスで道路のカーブに対応できなくなるような場合でありますし,自車の進行の制御が困難な高速度の要件を満たすと思われます。これに該当しない場合でありましても,現に歩行中の人を道路端に避けさせてやろうという妨害の目的が認められるような場合でございましたら2項に当たりますし,あるいは本当に見通しが悪く,人や車の通行が極めて高度に予想されるにかかわらず,高速度で疾走する場合には,未必の故意による傷害,殺人等の適用が検討されることになるわけでございまして,これらのいずれにも該当しない場合には,業務上過失致死傷罪としての処理が適当であろうと考えたものであります。以上でございます。● 一の1の後段につきまして,先ほど○○委員から再度御説明があったわけですが,いま一つ,私,理解が至りませんのでお教えいただきたいと思います。
ここでは,「自動車の進行を制御することが困難な高速度」ということが危険源になっていると思うのですが,先ほどのお話ですと,これは相対的にとらえないというようにも伺えるのでありますが……。要するに,ある一定の絶対値みたいな高速度というのがあって,それを超えなければ高速度ではないというようなお考えにお立ちなのか,それともやはり相対的に,その道路状況によって高速度ということが決まってくるのか,それともそれプラス物理的にわずかなハンドルミスが事故につながるようなそういう速度をいうのか。核心を突くような,「制御することが困難な高速度」ということの御説明を簡潔にお願いできればと思いますが。
● つまり,ここで言っております高速度と申しますのは,道路そのものの状況に応じて的確な操作ができないと申しますか,わずかな判断,ブレーキやハンドルの操作のミスによって事故になるような高速度ということでございますので,その意味ではそれぞれの道路の狭さ,曲がり具合といったようなものも,当然考慮することにはなろうかと思っております。
● 今の関係ですけれども,そうすると道路状況というのが一つありますけれども,車の種類といいますか,能力とか,いろいろピンからキリまで車の性能についてはあるわけです。それから,あと当然運転の技能ですね,運転手の運転の技能,これもプロ級から若葉マークまで,いろいろかなり千差万別あると思うのですけれども,それとの関係はどういう形になるのでしょうか。
● 車の性能ということでまいりますと,確かに非常に運動性能が高いと申しますか,急停止をできるようなものと,大型のトレーラーでタイヤがつるつるであるといったようなものとはおのずから異なってこようとは思っております。いずれにしましても,そういう高速度であるということの認識を必要としております。
その意味で,車種,車の状況であるとかいったことを一切除外して,一つの道路については一つの高速度しかないというものではございませんということでございます。
● そうしますと,要するに車種とか道路状況とか,あるいは運転の技能とか,そういうものによって高速度の概念自体は相対化していくということになるわけですか。
● 運転技能というものは基本的には関係ないというふうには思っておりますが,道路の状況,そして自動車の大きさなどによりまして,その限度で相対化しているといえば相対化しているものであると。もともとその程度の速度になりましたら,その車を運転しておりますとわずかなハンドル操作,あるいは判断ミス,ブレーキングのミスということで大事故になるということでございますので,そこは一定の定型性のあるものというふうに考えておりますが。
● 確認になるのかもしれませんが,真っすぐな道を想定していただきたいと思うのですが,いわゆる何らかの対象を発見した後,その手前で正しく止まれないような速度で走っていたような場合には,この「自動車の進行を制御することが困難な高速度」には当たらないというふうな前回までの御説明だと思いますが,その点について,まず変更がないのかどうかをお願いしたいと思います。
● その点は,変わりはございません。個々の歩行者であるとか通行車両があるということとは関係のない話でございます。
● 止まるという,止まれないような速度という意味は入っていないという理解でよろしいのでしょうか。
● それが止まるとおっしゃる趣旨でありますけれども,T字路になっておるようなところでしたら,それはもう制御できないというか,曲がり切れないとか。
● 一本道,直進路で。
● 直進路で止まるということの趣旨がちょっと分かりませんが,要するに進路に沿って自車をコントロールすることができるかどうかという判断基準であります。仮に人が出てきたら止まれるかどうかという,判断ではありません。
● 「自動車の進行を制御」という中の制御には,止まるという部分が入るのではないかということが1点あるわけでございます。それが一つあった上で,そういう速度,正しく止まれないような速度という観念といいますか,概念は入っていないということでございますか。
● 行き止まりなら止まるということは必要でございますので,進路に沿ったきちんとした進行ができないというほどの高速度,ちょっと間違うとはみ出したりするということでございます。
● 前方に駐車車両があった場合はどうでしょう。
● 駐車車両が,例えば完全に道をふさいでいた,それならもう止まらなければぶつかるというわけですね。その場合には,進路に沿った進行の極限状態ということになるかもしれませんが,一般的には駐車車両があってもその横を通っていけるということであれば,それは道路が曲がっておるのに沿って進行するというのと大体同じ状況になっている,そう考えております。
● その場合は,要するに避けられないという状況があるかないかということ。
● ですから,道がカーブしておるのに応じて曲がれないという場合には突っ込んで事故になるわけで,駐車車両もある意味で道路のカーブと同視できる場合ではなかろうかと思います。
● 今の○○幹事の御質問の趣旨を,私なりにそんたくいたしますと,例えば制限速度40キロの道路を60キロで走っていた,その際に横丁から子供が飛び出してきたときには,もう急ブレーキを踏んでも止まれないというような場合が,この「制御困難な高速度」の中に入るかという,端的に言えばそういう御質問だと私は理解しましたので,私も重ねて,そういうものはこれには入らないという御趣旨のように伺っておりますということです。
● そのとおりでございます。
● そうすると,これは暴走運転のようなものというふうに考えてよろしいのでしょうか。端的に表現すると。
● 典型的にはそのとおりでございます。
● 修正部分で,「運転に必要な」というものを「自動車の進行を制御する」,こういう文言に変えられました。これは1項後段の「自動車の進行を制御する」というのと同じ文言でありますが,この進行の制御の中には,当然といいますか,走る,曲がる,止まるといういわゆる運転の3要素すべてを含んでおると解してよろしいのでしょうか。
● そういう基本的な操作を含んでおりますが,今の日本の運転免許の場合に,それだけの技能で足りるかというと,かなり高度ではないかと思っております。いずれにしても,基本的な操作ということでございます。
● 当然,正しく止まることが未熟な人も入るということになりますね。
● どういうブレーキングをすれば,どのように止まれるかということすら分かっていないような方ということでございます。
● 正しく止まるかどうかは問うていないわけでしょうね,この1項前段の進行制御というのは。止まろうと思っても止まれない,止まり方が分からないという程度のことという趣旨でしょうか。
● 恐らく,正しく止まるというところにある程度の高度な技能性が要求されるという感じがいたします。前段で言っているのは,本当に運転技術が未熟であって,どの程度ハンドルを切ればどの程度曲がるか,どの程度ブレーキを踏めばどの程度止まるかとか,そういう基本的なことが分かっていなくて,したがって「正常な運転が困難な状態で」ということになるわけでございます。
● もう一つ,これは確認のための質問ですけれども,1項前段の「進行制御」と,後段の「進行制御」,表現は同じですが,1項前段の「進行制御」は絶対概念で,1項後段の「進行制御」は客観的な道路状況との関係における相対概念というふうに理解していいということでしょうか。
● 進行の制御,後段の方は従来から申し上げておりますように,自車の進路に沿って的確に運転をするという意味でありまして,後段の方で相対化するというお話は,主として速度が道路状況に応じて大きく変わる,ここで言う高速度が道路状況に応じて大きく変わるという意味で御理解いただければと思います。
ところでこれ。
したがいまして,このような制御困難な高速度に達していない場合であれば,例えば住宅街をそこそこの速い速度で走行いたしまして,速度違反が原因で路地から出てきた歩行者を避けられずに事故を起こしたような場合でありましても,本罪には当たらないということになります。
いわゆる対処困難性ではないことを説明していますが、なぜか「このような制御困難な高速度に達していない場合であれば」が欠落して紹介されることがある。
当然下記についても同じ前提での質疑なのよ。
真っすぐな道を想定していただきたいと思うのですが,いわゆる何らかの対象を発見した後,その手前で正しく止まれないような速度で走っていたような場合には,この「自動車の進行を制御することが困難な高速度」には当たらないというふうな前回までの御説明だと思いますが,その点について,まず変更がないのかどうかをお願いしたいと思います。
● その点は,変わりはございません。個々の歩行者であるとか通行車両があるということとは関係のない話でございます。
「真っすぐな道を想定していただきたいと思うのですが,いわゆる何らかの対象を発見した後,その手前で正しく止まれないような速度で走っていたような場合」であっても、制御困難な高速度に達していると評価できるのならば、対処困難性を持ち出すまでもなく進行制御困難高速度危険運転致死傷罪は成立することになる。
そして、進路逸脱という「制御困難性の具現化」を要件にしてないのは条文からも明らかなので、「まっすぐ走れていたら該当しない」というのは必ずしも正しくないと言える。
で。
制御困難性の具現化(進路逸脱)がなくても同罪が成立することはあり得ると様々な解説書や判例にある通りでして、
自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条2号にいう「進行を制御することが困難な高速度」とは、速度が速すぎるために自車を道路の状況に応じて進行させることが困難な速度をいい、具体的には、そのような速度で走行を続ければ、道路の形状、路面の状況などの道路の状況、車両の構造、性能等の客観的事実に照らし、あるいは、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって、自車を進路から逸脱させて事故を発生させることとなるような速度をいうと解されており、両当事者もこれによっており、当裁判所もこの解釈に異論はない(判断の基礎となる「道路の状況」には、道路に設置された電柱や街路灯、道路両側の建造物等の道路周辺の設備等の状況を含むと解される。)。
立法当時、進行制御困難な高速度については、個々の歩行者や通行車両とは関係がなく、進路に沿って自車をコントロールすることができるかどうかによって判断される旨の議論がされていた。これは、進行制御困難な高速度該当性の判断に当たっては、道路や自車の状況等を考慮するが、他の走行車両や歩行者等の他の交通主体の状況は考慮するものではないことをいうものと解される。もっとも、他の交通主体の状況を考慮するものではないからといって、道路や自車の状況等を考慮して進行制御困難な高速度に当たると認められる場合に、衝突の対象が他の交通主体であったことによって、その高速度の性質や評価が変わるとは考え難い。そうすると、他の交通主体と衝突した場合に危険運転致死傷罪の成立が否定されることがあり得るのは、その場合、進行制御困難な高速度に当たらないことになるからではなく、進行制御困難な高速度による危険運転行為と事故発生との間の因果関係が認められないことになることによると解される。(中略)
弁護人は、被告人が一方通行開始地点から衝突地点まで車線から逸脱することなく直進することができたことを指摘するが、進路から逸脱したことは進行を制御することが困難な高速度であることを推測させる事情となり得るが、逸脱しなかったからといって進行を制御することが困難な高速度に当たらないこととなるわけではないことは、条文の文言から明らかである。
さいたま地裁 令和7年9月19日
立法時の解説も、全て通読すれば「まっすぐ走れていたら該当しない」とは読み取れませんが、切り抜き論法されちゃうとそうなるのよね。
どこぞのYouTuberは切り抜き論法をしてましたが、あそこの人が切り抜き論法を使うのは今に始まったことではないし、他人がまとめたものを鵜呑みにしちゃダメだと思う。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


コメント
一般的な車線幅3.5mの真ん中を一般的な車幅1.7mの自動車が時速194km/hで真っ直ぐに走ってたとして、1度方向がズレたら1秒弱で車線から車体がはみ出るのだけど、わずかなハンドル操作ミスによる進路の逸脱の可能性がある速度にはならないのかあ
わずかなミスの定義がかなり限定的に考えてるんですかね
コメントありがとうございます。
要するに、逸脱する可能性というのが一般論に過ぎず、具体的立証がないから無罪の言い渡しをしたのかと。
とはいえ、経験則で考えると証拠価値を否定するのは不合理な気がしました。
ハンドルの操作ミスをどの程度に設定するかで結果は変わって来ますが、物理的な計算が具体的じゃないと高裁は判断してるようにも感じますね
同じ車種を用意するというのは要請してるようですが、どこらへんまで具体的証明に要求してるのやら
コメントありがとうございます。
道路の轍との関係では車種が関係することにはちがいないにしても、194キロではどのみち車種は大要素ではないような。
けど高裁の判断は経験則違反にも思えるので、まだわからないかと。