横断歩道を横断する歩行者は、信号に従う義務くらいしかありません。
ほかにも「付近に横断歩道があるなら横断歩道を使う義務」などもありますが、罰則もない。
横断歩行者の「義務」に焦点を当てて歴史をみていきます。
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昭和35年以前
まずは昭和35年以前の「道路交通取締法」時代から。
この時代は信号機の有無で違いがありました。
歩行者の義務 | 車両の義務 | |
信号機あり(青信号) | 特になし | 横断歩行者の妨害禁止(旧法19条の2第1項) |
信号なし | 直前直後横断禁止(旧令10条)、車両への警戒義務(旧法19条の2第2項) | 徐行義務(旧法19条の2第2項)、クラクションを鳴らす義務(旧令29条) |
昭和35年以前で驚くことは、信号がない横断歩道ではむしろ車両が優先なんじゃないか?と思えてしまう点。
車両は横断歩道に接近する際には歩行者の有無にかかわらずクラクションを鳴らす「義務」があり、徐行義務があります。
しかし一時停止や妨害禁止の義務はなく、むしろ歩行者に「直前直後横断禁止」や「当然すべき注意をしないで車道に入り、又は車馬若しくは軌道車の進路に接近してはならない」などと義務を課しています。
車両側は安全確認と徐行義務。
道路交通取締法
1 交通整理の行われている交さ点で左折し、又は右折しようとする車馬又は軌道車は、横断歩道において信号に従つて車馬又は軌道車の進路を通行している歩行者の通行を妨げてはならない。
2 車馬又は軌道車は、交通整理の行われていない交さ点においては、横断歩道を通行する歩行者の安全を確認してから、徐行して進まなければならない。この場合においては、歩行者は、当然すべき注意をしないで車道に入り、又は車馬若しくは軌道車の進路に接近してはならない。
道路交通取締法施行令
歩行者は、緒車又は軌道車の直前又は直後で道路を横断してはならない。但し、交通整理の行われている道路の部分を信号機に従って横断する場合においては、この限りではない。
罰則:3千円以下の罰金又は科料
横断歩道でも直前直後横断禁止なことに注意。
車馬又は軌道車は、見通しがきかない交差点若しくは坂の頂上附近、曲角、横断歩道又は雑踏の場所を通行するときは、警音器、掛声その他の合図をして徐行しなければならない。
昭和35年以降
昭和35年道路交通法では、「横断歩道」における歩行者の「直前直後横断禁止」を撤廃。
現行規定
第十三条 歩行者は、車両等の直前又は直後で道路を横断してはならない。ただし、横断歩道によつて道路を横断するとき、又は信号機の表示する信号若しくは警察官等の手信号等に従つて道路を横断するときは、この限りでない。
これの理由はいくつかありますが、まずはこれ。
交通整理が行われていない交差点における歩行者の横断については、車馬または軌道車に徐行義務を課す反面、歩行者に対しても「当然すべき注意をしないで車道に入り、又は車馬若しくは軌道車の進路に接近してはならない」という注意義務を課していたが、本法では、この種の規定を設けていない。
これは、被害を受けるのはほとんど通行人側にあること、およびこの種の義務規定の存在により被害者側が民事賠償や裁判等で不利に陥る等の理由によるといわれている。しかし、かかる規定の有無にかかわらず、被害者に過失が認められる以上、自動車損害賠償保障法による損害賠償責任はない(同法三)。
横井大三, 木宮高彦、註釈道路交通法、1961、有斐閣
それ以外の理由としては、横断歩道でも歩行者が優先されないなら誰も横断歩道を使わなくなる(乱横断しまくる)からとされています。
横断歩道以外でも直前直後横断禁止、横断歩道でも直前直後横断禁止ならわざわざ横断歩道に行かずに横断する人が増えるだけでしかない。
昭和35年道路交通法では、必ずしも一時停止義務がなく、しかも「横断しようとする歩行者」を対象にしていない。
第七十一条
三 歩行者が横断歩道を通行しているときは、一時停止し、又は徐行して、その通行を妨げないようにすること。
けどこれだとやはり「横断歩道特典」が少なく乱横断が減らなかったため昭和38年に改正。
対象となる歩行者 | 車両の義務 | |
昭和35年 | 横断中の歩行者 | 一時停止又は徐行 |
昭和38年以降 | 横断中又は横断しようとする歩行者 | 一時停止かつ妨害禁止 |
あと「横断歩道でのクラクション吹鳴義務」も昭和35年で廃止。
結局のところ、歩行者側に注意義務を強くしても事故が減らなかった歴史があり、しかも横断歩道上における歩行者の注意義務を規定すると歩行者はわざわざ横断歩道を使わなくなりメチャクチャになっていた歴史があるから今に至る。
旧法はやかましい
旧法は横断歩道では必ずクラクションを鳴らす義務があったり、追い越しするときもクラクションを鳴らす義務がありました。
とにかくうるさく、騒音問題から今のようになったと考えられます。
けど、クラクションと掛け声を同列に扱うなどある意味ではユニークです。
車馬又は軌道車は、見通しがきかない交差点若しくは坂の頂上附近、曲角、横断歩道又は雑踏の場所を通行するときは、警音器、掛声その他の合図をして徐行しなければならない。
2、前項の場合においては、後車は、警音器、掛声その他の合図をして前車に警戒させ、交通の安全を確認した上で追い越さなければならない。
今の時代はクラクションと掛け声は別に扱われていますが、何かあるなら「掛け声」という選択肢があるわけで、クラクション鳴らしまくる理由もないんですよね。
歩道で歩行者にベルを鳴らす自転車にしても、ベルを鳴らすからトラブルになるけど、掛け声は問題ない。
あっ、間違っても「ドケやゴルァ」という掛け声はダメです。
それは掛け声ではなく恫喝ですから。
先人たちがいろいろ試して立法し、失敗してきた集大成として今の規定なので、そういう歴史を理解するとよろしいかと。
38条2項にしても、なぜこの規定があるかといえば「空気読めない人が事故りまくった結果」です。
先行車が横断歩行者のために一時停止しているのに、空気読めない後続車が側方通過しまくり事故りまくった結果ですから。
先人たちがいろいろ試して失敗してきた歴史があり、その結果として歩行者には義務を緩和していることを理解すると、見方が変わるかもしれませんね。
先輩方が既に試して失敗した内容を復活させるというのは、あまりにもアホな発想としか言えません。
ただし、歩行者が横断歩道で直前直後横断しようと、道路交通法違反にはならなくても過失にはなりうる点は注意が必要です。
民事、刑事ともに「歩行者の過失」扱いになります。
状況 | 高齢者等 | 歩行者過失 | |
広島高裁S60.2.26 | 横断歩道前で車両の状況を確認し、すぐに横断せずタバコに火をつけ確認せず横断開始 | - | 10% |
神戸地裁H8.5.23 | 夜間、小走り | 高齢者 | 5% |
大阪地裁R2.9.25 | 昼間、直前横断 | - | 10% |
東京地裁S46.4.17 | 左折時 | - | ※20% |
東京地裁S46.1.30 | 青信号で横断 | – | 20% |
大阪地裁H28.2.3 | 死角 | 高齢者 | 5% |
京都地裁 S48.1.30 | 夜間、横断歩道で四つん這いで探し物 | – | 70% |
東京地裁S54.2.1 | 青色の表示中に本件道路の横断を開始し、センターラインの約3.5m手前付近で青色点滅の表示に変わつたが、極めて遅い歩調で横断し続け、センターライン付近で赤色の表示に変わつたが、なお従前どおりの歩行を続け、センターラインを少し越えた付近で本件車両用信号が青色信号と変わり、その後6秒程度歩行し続けた | – | 40% |
※東京地裁昭和46年4月17日判決は、二審で無過失になったかのような要旨あり(判決文不詳)。
刑事では被告人の過失を消し去る効果はありませんが、量刑判断の中で検討されます。
一例。
所定刑のうち禁錮刑を選択するのを相当とするが、他方本件事故は4歳の幼児が横断歩道上を駆けて走つたことが重要な原因となつて生じたものであつて、その横断方法は本件の具体的状況下にあつてはまことに危険な横断の仕方であつたと考えられること、また幼児の監護者の不注意も看過しえないことを斟酌すると、被告人に対してあえて実刑を科するのは相当でないから、結局被告人を禁錮4月に処し、なお刑法25条1項に従い、この裁判確定の日から一年間、右刑の執行を猶予し、原審および当審の訴訟費用は、刑事訴訟法181条1項本文に従い、その全部を被告人に負担させることとして、主文のように判決する。
東京高裁 昭和46年5月31日
歩行者側に過失が認められたとしても、車両側の義務責任から比較して軽微と言わざるを得ませんが。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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