いきなりですが、高知白バイ事故というものをご存知でしょうか?
YouTubeで探せばいくらでも出てきますが、冤罪が疑われている事件です。
4:50あたりからが分かりやすいと思いますが、バス運転手と検察側の主張が大きく異なっていたものです。
これを道路交通法上の義務として検討します。
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動いていたか、止まっていたか
要はこういう主張。
バス運転手の主張 | 検察側の主張(確定判決) |
バスは道路に進出し、右折待ちしていたところ白バイが突っ込んだ | 正常に進行する白バイに、バスが道路外から道路に進出して妨害した |
○バス運転手の主張
道路外から右折進行するために進出し、停止して対向車が途切れるのを待っていたところ、
高速度の白バイが衝突した。
(バスの後ろで同じく右折待ちしていたクルマによれば、停止していたのは1分足らずくらい)
○検察側の主張(確定判決)
正常に進行していた白バイに対し、バスが道路外から十分確認せずに進出してきた。
………………
では、道路交通法の義務として検討します。
バスは道路外から右折進行なので25条の2第1項の義務がある。
第二十五条の二 車両は、歩行者又は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、道路外の施設若しくは場所に出入するための左折若しくは右折をし、横断し、転回し、又は後退してはならない。
白バイについては安全運転義務(交差点安全進行義務)がある。
第七十条 車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。
※交差点安全進行義務(36条4項)は安全運転義務(70条)の交差点特別規定。
で。
25条の2第1項でいう「正常な交通を妨害するおそれ」とはこのような解釈です。
「歩行者又は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるとき」とは、車両等の運転者が道路外の施設若しくは場所に出入するための左・右折、横断、転回又は後退するにあたり、歩行者や他の車両をしてそのための急制動、一時停止、徐行あるいは異常な進路変更等、従前からの運転方法を著しく変更させる措置をとることを余儀なくされるような場合をいう。
大阪高裁 昭和44年12月23日
つまり道路外から道路に進出するにあたり、左右を確認してから「正常な交通を妨げないように」注意する義務があります。
さて。
以前、37条について「旧37条2項」の話を書きましたが、
基本的な考え方はこれと同じです。
バスが道路外から右折進行するにあたり、右方向に車両が全く見えなければ(妨害する恐れなし)、この位置まで進行しても「車道左側」については「正常な交通を妨げるおそれ(25条の2第1項)」には該当しない。
仮に対向車線がなかなか途切れなくてこの状態のまま停止中に「車道左側」を進行してくる車両があったとしても、遠くに「障害物」があるのだから減速して進行するのが当然だからです(安全運転義務)。
遠くに障害物があるのに、無減速で突っ込む人はいないでしょう。
ところが、検察側の主張のように白バイが迫っている中でバスが進出したら、まさに「正常な交通を妨げる危険性があるのに注意を怠り進出した」(25条の2第1項の義務違反)になるわけ。
道路交通法25条の2第1項は、ある種の優先規定。
道路外から進出する車両に譲歩を求め、正常な交通を妨げないようにすることで、正常な交通側に優先権を与える。
しかし、絶対的な優先ではないので、白バイの進路遠くに停止車両がいたら安全に停止するなどして危険を回避する義務を課している。
この事故、「バスが停止していても妨害したことに変わりないじゃん」みたいに言う人もいますが、それは道路交通法の義務を理解していない。
以前も書いた旧37条2項の話と同じです。
37条は右折車と対向直進車の関係において、直進優先を規定していますが、昭和46年までは「2項」が存在していました。
2項はこんな内容。
第三十七条 車両等は、交差点で右折する場合において、当該交差点において直進し、又は左折しようとする車両等があるときは、第三十五条第一項又は第二項の規定にかかわらず、当該車両等の進行を妨げては ならない。
2 車両等は、交差点で直進し、又は左折しようとするときは、当該交差点において既に右折している車両等の進行を妨げてはならない。
右折車は直進車を妨害してはならないけど(1項)、直進車は「既に右折している車両」の妨害禁止(2項)。
あまりにも分かりにくいため昭和46年に削除されましたが、このときの佐野判事の論文が一番分かりやすい。
2項は、1項による直進車の優先関係が発生する以前に既右折状態に入った右折車がその後に発生した事情によって直進車の進路上にとどまらざるを得なくなった場合には、直進車はそのような状態にある右折車の進行を妨げてはならないことを規定したもので、運転者が直進中に、自車進路上、制動距離外に障害物を発見したときには、これとの衝突を回避すべきは条理上当然のことで、成文による規定を待つまでもなく、2項は不要の規定である。
判例タイムズ284号「交差点における他の車両等との関係(東京地裁 朝岡智幸氏)」、佐野判事の論文からの引用
結局、昭和46年に2項が削除されましたが、高知白バイ事故についても具体的内容は違いますが、考え方は同じです。
右方向に車両がなく、「正常な交通を妨げるおそれがない」ので右折進行。
ところがこの位置でなかなか対向車が途切れずに停止状態が続いた。
そして白バイは「自分の進路上に障害物があるのだから、前方を注視しながら速度を調整して進行する義務(安全運転義務)」があるけど、冤罪説で言われているのは「白バイが高速度進行して停止できなかった」。
道路交通法の優先規定って基本的に同じような考え方なので、冤罪説によるとバスは白バイの妨害をしたのではなく、白バイが法定速度を遵守しなかったことが事故原因になるわけです。
左折と左側端寄せ
ちょっと話が変わりますが、左折する車両は「あらかじめ左側端寄せしてから」左折することになります。
第三十四条 車両は、左折するときは、あらかじめその前からできる限り道路の左側端に寄り、かつ、できる限り道路の左側端に沿つて(道路標識等により通行すべき部分が指定されているときは、その指定された部分を通行して)徐行しなければならない。
つまりはこう。
「あらかじめその前から」とは概ね30mとされますが、判例上では100mでも違反とは言えません。
あまり長くなるのはオススメしませんが。
当然ですが、左側端を通行する自転車に危険を及ぼすような場合には左側端に寄せる前に一時停止するしかありません。
第二十六条の二
2 車両は、進路を変更した場合にその変更した後の進路と同一の進路を後方から進行してくる車両等の速度又は方向を急に変更させることとなるおそれがあるときは、進路を変更してはならない。
左側端を通行する自転車がはるか遠くにいたので左側端に寄せた後に、横断歩道の歩行者が途切れなくて停止したとするじゃないですか。
その状態から自転車が来ても、自転車に対して妨害しているわけじゃないので、当たり前だけど違反にはなりません。
「直進優先」という言葉だけが先行して、道路交通法の義務から離れた解釈を盛んに主張する人とかいるけど、基本的な考え方って上で書いた佐野判事の論文なんです。
これを理解していない自転車って「妨害されている」等と発狂しますが、道路交通法を理解していないところに問題があるとしか言えませんな。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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