こちらについて。
横断歩道を横断しようとする自転車には優先権がありませんが、事故を起こしてしまえば有罪になるという意味が理解しにくい方がいたようなので、判例を元に解説します。
過失運転致死傷罪とは?
過失運転致死傷罪の定義はこちら。
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
「道路交通法の義務を怠り」ではなく、「運転上必要な注意を怠り」になっています。
運転上必要な注意を怠りとは「予見可能な事故を回避しなかったこと」全般を指すことに注意。
では具体的な判例を。
東京高裁 平成22年5月25日判決
事故のイメージです。
時速55キロで見通しが悪い横断歩道に接近し、横断歩道を横断した自転車と衝突した事故です。
これについて、まず38条1項前段の義務違反があったと認定。
38条1項前段は、こういう規定です。
38条1項は「横断しようとする歩行者がいたら止まれ」ですが、その前の前提として
この場合、横断歩道付近の見通しが悪いので「横断しようとする歩行者が明らかにいない」とは到底言えない。
なので時速55キロで横断歩道に接近したら歩行者の有無に関係なく、それだけで違反。
要は考え方として、
↓
○減速接近義務を果たしている最中に自転車が飛び出してきたら、ブレーキで事故を回避可能だろ!
こういうロジックです。
進行道路の制限速度が時速約40キロメートルであることや本件交差点に横断歩道が設置されていることを以前から知っていたものの、交通が閑散であったので気を許し、ぼんやりと遠方を見ており、前方左右を十分に確認しないまま時速約55キロメートルで進行した、というのである。進路前方を横断歩道により横断しようとする歩行者がないことを確認していた訳ではないから、道路交通法38条1項により、横断歩道手前にある停止線の直前で停止することができるような速度で進行するべき義務があったことは明らかである。結果的に、たまたま横断歩道の周辺に歩行者がいなかったからといって、遡って前記義務を免れるものではない。もちろん、同条項による徐行義務は、本件のように自転車横断帯の設置されていない横断歩道を自転車に乗ったまま横断する者に直接向けられたものではない。しかし、だからといって、このような自転車に対しておよそその安全を配慮する必要がないということにはならない。
自動車運転者としては、同法70条による安全運転義務があるのはもちろん、交通の実情を踏まえた注意義務が求められるのは当然である(所論は、道路交通法上の義務と自動車運転過失致死罪における注意義務を同一のものと理解している点で相当でない。すなわち、信頼の原則が働くような場合はともかく、前者がないからといって、直ちに後者までないということにはならない。)そして、自転車は、対歩行者との関係では交通強者であるものの、対自動車との関係では交通弱者であってなお多くの自転車が歩行者と同様に自転車横断帯の設置されていない横断歩道を利用して横断しているのが交通の実情である。
東京高裁 平成22年5月25日
歩行者に向けた減速接近義務を果たしていれば事故を回避可能だったし、何より横断歩道を横断する自転車は「予見可能」。
なので過失運転致死傷罪は有罪です。
東京高裁 昭和56年6月10日判決
まずは事故態様。
赤信号で停止していた状態から、先行自転車と後続車が左折進行。
自転車が左折進行と同時に右に進路を変えて横断歩道を横断した結果、事故に至った事例(業務上過失傷害罪、今でいう過失運転致死傷罪)。
簡単に言えば、自転車には優先権がないけど目の前にいるんだし横断歩道を横断することは予見可能なんだから、安易に左折進行すると思い込むことなく自転車の動静に注意せよという判例です。
道路交通法12条1項は横断歩道がある場所での横断歩道による歩行者の横断を、また、同法63条の6は自転車横断帯がある場所での自転車横断帯による自転車の横断義務をそれぞれ定めているので、横断者が右の義務を守り、かつ青色信号に従って横断する限り、接近してくる車両に対し優先権が認められることになるのであるが(道路交通法38条1項)、本件のように附近に自転車横断帯がない場所で自転車に乗ったまま道路横断のために横断歩道を進行することについては、これを容認又は禁止する明文の規定は置かれていないのであるから、本件被害者としては横断歩道を横断するにあたっては自転車から降りてこれを押して歩いて渡るのでない限り、接近する車両に対し道交法上当然に優先権を主張できる立場にはないわけであり、従って、自転車を運転したままの速度で横断歩道を横断していた被害者にも落度があったことは否定できないところであり、被害者としては接近して来る被告車に対して十分な配慮を欠いたうらみがあるといわなければならない。しかしながら自転車に乗って交差点を左折して来た者が自転車を運転したまま青色信号に従って横断歩道を横断することは日常しばしば行われているところであって、この場合が、信号を守り正しい横断の仕方に従って自転車から降りてこれを押して横断歩道上を横断する場合や横断歩道の側端に寄って道路を左から右に横切って自転車を運転したまま通行する場合に比べて、横断歩道に接近する車両にとって特段に横断者の発見に困難を来すわけのものではないのであるから、自動車の運転者としては右のいずれの場合においても、事故の発生を未然に防ぐためには、ひとしく横断者の動静に注意をはらうべきことは当然であるのみならず、自転車の進路についてもどの方向に進行するかはにわかに速断することは許されないのであるから、被告人としては、被害者の自転車が同交差点の左側端に添いその出口に設けられた横断歩道附近まで進行したからといって、そのまま左折進行を続けて◯✕方向に進んでいくものと軽信することなく、同所横断歩道を信号に従い左から右に横断に転ずる場合のあることをも予測して、その動静を注視するとともに、自車の死角の関係からその姿を視認できなくなった場合には右横断歩道の直前で徐行又は一時停止して右自転車の安全を確認すべき注意義務があるものといわなければならない。
昭和56年6月10日 東京高裁
優先権がないにしろ、事故を起こしてしまえば有罪です。
それらを踏まえて
簡単にまとめるとこうなります。
○横断歩道を横断する自転車には優先権がない
○道路交通法の義務にかかわらず、予見可能な事故を回避する義務がある
○事故を起こしてしまえば有罪
それらを踏まえて、最大限事故を回避するために自転車を優先させるドライバーもいるし、一時停止はしないけど慎重に見極めて進行するドライバーもいます。
一点注意なのは、あまり知られていませんがおおむね6歳以下が乗る自転車は、道路交通法上は「小児用の車」として歩行者扱いになります。
なので幼児が乗る自転車に対しては問答無用に一時停止義務があることに注意。
道路交通法の義務だけでなく「予見可能な事故を回避する義務」があることに注意です。
非優先側の自転車が横断することは予見可能な以上、相応の注意義務は免れない。
横断歩道があったときに、歩行者が横断するのはもちろんのこと、自転車が横断することは誰しもが予見可能ですから。
なので道路交通法上の優先通りにならないことはありますが、どうも勘違いする人がいるのも事実。
こんなヤバい人までいますから…
あえて「被害者」と書きますが、存在しない優先権を盾に絡まれて、警察呼んで、拘束されて。
確かに38条1項は読んだだけではわからないのは事実ですが、それを悪用する人がいるので、きちんとした解釈を広めるべきです。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
横断歩道がないところの横断どころか自転車側が一時停止の交差点ですら基本的に自動車側に民事ではより重い責任、刑事罰の可能性があることを考えれば優先と自己責任は別なんだってわかるとおもうんですけどね
コメントありがとうございます。
過失割合が低いから優先だ!などと語る人すらいますが、なぜいろいろごちゃごちゃに考えるのか不思議です。