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歩行者が「先に行け」と言って慎重に進行したけど事故が起きた場合。

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今回はちょっと珍しい判例です。

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歩行者が「先に行け」と言って慎重に進行したけど事故

判例は仙台高裁秋田支部 昭和46年1月26日。
業務上過失傷害です。

 

まずは事故の態様。

(一) 被告人は小型四輪貨物自動車を運転して本件公訴事実記載の本件道路を南から北へ向つて進行中、前方に自転車を押しながら姉のAと共に対進歩行中の被害者の姿を認めたのであるが、本件道路が2.1ないし2.7m程度の狭い道路であるため、B宅前付近でいつたん停車し、同人らをやり過ごそうとしたところ、被害者は被告人の姿を見付けて押していた自転車を傍らの土手状の斜面に倒しておいたうえ、停車中の被告人車の右側にまわり運転席右側ドアの窓枠付近に手をかけて、被告人に対し、あれこれいんねんをつけ、さらに水田の引水のことで文句をつけたりしたので被告人はこれに立腹しつつも適当にあしらつていたが、同人が多少酒気を帯びていたので同人に対し「用があるなら家に来い。」といつたところ、同人は右手を振つて「いかなが(行けの意)。」と被告人に発進を促す合図をした。そこで被告人は右合図を機に発進すべく被害者を見たところ、同人の身体と被告人車との間は約20センチメートル離れていたので、バツクミラーをみながら時速約7キロメートルの低速で発進し、自車荷台中央部付近が同人の傍らを通過するまで同人の動静を注視したのみでそのまま走り去つたこと、

 

(二)他方被害者は発進を促したのち、被告人車にかけていた手をはなし、道路右側に佇立して被告人の進行を見守つていたが、被告人車が自己の前を通過し終らぬうち、再び被告人車を停車させようと思い、被告人車の進行方向に二、三歩足を踏み出したところ、ごつんという音がして急に足の力が抜けるように足元からへたへたとくずれ、道路右側にある約30度位下り勾配の土手に転落してその下を流れる川に落ちこんだこと、

 

(三)その際同人は加療約1年2月を要する左大腿骨完全骨折の傷害を負つたことがそれぞれ認められる。

認定としては、被告人車の泥除けと被害者が衝突し、川に転落した形です。

 

これに対し、無罪。

進んで本件における被告人の発進に際する注意義務懈怠の有無について考えるに、一般に自動車を発進させる際、周囲に歩行者があつてこれらの動静によつては衝突ないし接触の危険があると判断しうる状況においては自動車運転者たる者は歩行者の危険回避能力に応じ、あらかじめ安全な場所に避讓させる等の手段をとることにより危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務あることはいうをまたないところである。
しかし、自動車周囲にいる歩行者があらかじめ発進の事実を予見し、これを促した場合には、その者の歩行の姿勢、態度その他外部から観察できる徴表に照らし、自動車との接触ないし衝突を惹起するような異常行動にでることが予見される特段の事情があれば格別、そうでない限り、一応その者において自己の安全を維持するため行動を統制するものと信頼して通常の発進をすれば足り、歩行者においてことさら自動車に接近したりその進行を妨害する等異常な挙動に出ることまで予見してあらかじめこれらを避讓させる業務上の注意義務はないものと解するのが相当である。

 

これを本件についてみるに、被告人車の発進の経緯は前記(一)(二)認定のとおり、被告人は自車運転席右方路上に立つていた被害者の発進を促す合図により自車を発進させたもので、本件道路は狭隘であつたとはいえ、被告人車の車体と被害者の身体とは約20センチメートルの間隔があつて、発進によつてかならずしも接触ないし衝突の危険は予想されないばかりか、道路の右側も断崖のように避譲に適しない箇所とは異なり、約30度の下り勾配を有する土手状の斜面で、必要なときは右部分に片足もしくは両足をかけて避譲することも容易に可能であつたと認められる状況にあり、当時被害者は酒気を帯びていたとはいうものの、その酩酊度はさしたるものでなくその危険認識能力および回避能力において一般人より劣るとは考えられないし、かつ被害者は被告人車の傍らで被告人にいんねんをつけていたこと前示のとおりであるが、発進を促す合図を送つた際には、被告人に文句をつけることをあきらめ、被告人車から手を離し、佇立して被告人車の発進を見送る態勢に入つたと認むべく、以上のような状況に照らせば、被害者が発進後急に被告人車に追いすがるような異常行動に出る等被告人車と衝突の危険が予見される特段の状況があつたとは認めえない。

 

仙台高裁秋田支部 昭和46年1月26日

いわゆる信頼の原則から、歩行者が「先に行け」と言って慎重に発進した被告人には過失がないとしています。
まあ、「刑事責任がない」だけなので、民事責任についてはビミョーですが。

 

「行け」というのに被害者が自ら接近して起きた事故なのですが、民事責任を考えると因縁をつけてきた歩行者がいなくなるまでは発進しないほうがオススメです。
今の時代ならスマホで110番して動かないほうが得策でしょうけど、携帯電話なんて存在しない時代ですしね。

特に理由はないのですが

この判例を挙げた理由は、特に意味はありません。
刑事責任と言っても、何でもかんでも有罪にするほど世の中は理不尽ではないですし、横断歩道で一時停止後に慎重に発進したけど起きた事故に対し無罪にした東京地裁 昭和46年2月18日判決などもあります。

 

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まあ、無罪だから民事も無過失になるわけじゃないので、いろいろ注意しすぎるくらいのほうがオススメです。
注意しすぎることで損をすることはないので。
注意を怠って後悔することはあるでしょうけど。

 

なお、信頼の原則は「特別な事情がない限り」という条件がつくので、特別な事情があるときには有罪になり得ます。

 

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