これについてですが、歩行者は「横断歩道の付近なのに横断歩道外を横断」(道路交通法12条1項)、「直前横断」(13条1項)の違反がありますよね。
これらは違反になりますが、罰則はありません。
強いていうなら警察官から指示されて従わない場合には罰則があります(15条)。
という意見は必ず出てきますが、そもそも罰則があったのをあえて廃止しているのが真相です。
「罰則で制約をかけても意味がなかった」のが事実。
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歩行者のルールの歴史
現行法では、横断歩道については直前直後横断は禁止されていませんが(13条1項)、昭和35年以前の道路交通取締法では無信号横断歩道においても直前直後横断は禁止されていました。
◯現行法
第十三条 歩行者等は、車両等の直前又は直後で道路を横断してはならない。ただし、横断歩道によつて道路を横断するとき、又は信号機の表示する信号若しくは警察官等の手信号等に従つて道路を横断するときは、この限りでない。
◯道路交通取締法施行令
歩行者は、緒車又は軌道車の直前又は直後で道路を横断してはならない。但し、交通整理の行われている道路の部分を信号機に従って横断する場合においては、この限りではない。
直前直後横断については無信号横断歩道でも禁止されていたのが昭和35年以前の道路交通取締法。
当該規定には罰則もあり、3千円以下の罰金又は科料でした。
他にもこのような規定がありました。
道路交通取締法
1 交通整理の行われている交さ点で左折し、又は右折しようとする車馬又は軌道車は、横断歩道において信号に従つて車馬又は軌道車の進路を通行している歩行者の通行を妨げてはならない。
2 車馬又は軌道車は、交通整理の行われていない交さ点においては、横断歩道を通行する歩行者の安全を確認してから、徐行して進まなければならない。この場合においては、歩行者は、当然すべき注意をしないで車道に入り、又は車馬若しくは軌道車の進路に接近してはならない。
無信号の交差点にある横断歩道では、車両には安全確認と徐行義務があるものの、一時停止義務はない。
しかも「歩行者」には「当然すべき注意」を求めてました。
そのほか、「横断歩道の付近で横断歩道外を横断」や「斜め横断」についても、歩行者に罰則がありました。
しかし昭和35年道路交通法では、歩行者の罰則をほとんど廃止。
さて、なぜでしょうか?
現実的な話として、警察官が道路の全てを監視して違反者を次から次へと検挙する…ということはあり得なくて、罰則があることは「見つかると罰金」というある種の精神的な脅しみたいな意味合いになります。
それがさほど機能しなかったことが歩行者の罰則を無くした理由。
旧法においては、道路を通行する歩行者に対し、この法律とほぼ同様の義務を課していたが、これらの義務の履行は、原則として罰則により担保されていた。しかし歩行者に一定の義務を課すことは、それによって交通秩序の確立を図るとともに、歩行者自身の安全を図るということが目的であるから、このような義務の履行については、罰則を設けてこれを担保するよりも、歩行者の自覚と遵法精神にまつ方が、ことがらの性質上はるかに適切である。そこで、この法律では、歩行者の通行に関する規定には原則として罰則を設けず、その違反行為がとくに危険を生ずるおそれがあると思われるものについて、警察官に指示権を与え、このような指示に違反する行為に対しはじめて罰則を設けるという二段構えの方式をとったわけである。
宮崎清文、条解道路交通法、1961(昭和36年)、立花書房、p62
第34回国会 参議院 地方行政、運輸委員会連合審査会 第1号 昭和35年3月9日
○政府委員(柏村信雄君)
歩行者につきましては、現在違法の歩行をしたものは、それ自体罰則というものがかけられる建前になっておるわけでありますが、これを違法な歩行者については、その違法な歩行だけでは罰則は適用しない。それを警察官が見た場合に、正しい歩行をするように言って、なおかつこれを聞かないで、無理に違法な歩き方をするというものについて罰則をもって臨むということにいたしたわけでございまして、むしろこの点は、歩行者について法律を順守する気風というものが醸成されることを期待いたしまして、罰則をつけないということにいたしておるようなわけでございまして、そう個々に御検討をいただきますれば、権限強化という面はやむを得ざる━━先ほど申しましたようなことについては新しく規定を加えておりますけれども、全体的には、警察官の権限をそう強化しておるものとは私考えていないわけでございます。
「罰則があるぞ!」と脅しをかけてもさほど機能しなかったみたいですし、歩行者については交通教育に委ねたほうがいいという考え方です。
歩行者の場合は違反しても赤切符ですが、直前横断したことについて起訴する…というのは現実的ではないし、しかも直前横断して重傷を負ったこと自体がある種の罰にもなっているのにさらに起訴して有罪にするとなるとさすがに躊躇うでしょう。
昭和35年以前には歩行者の違反にも罰則がありましたが、あまり意味がなかったからほとんど削除したというのが歴史の流れです。
ちなみに昭和35年以前の道路交通取締法では、無信号横断歩道についても「直前横断」が禁止されてました。
これをわざわざ削除したのにも理由があって、わざわざ横断歩道に行ったのに優先権が確立されてないと、横断歩道に行かなくなり乱横断しまくるからです。
「横断歩道ではノールック横断OK、待ち時間無しの優先ですよ」とすることで、歩行者を横断歩道に集客した政策です。
乱横断を減らす目的で横断歩道での歩行者の義務を減らし優先権を強化したのに、今さら歩行者に義務を課せば昭和35年以前の状態に戻ってしまい意味がない。
そもそもの話として
冒頭の動画のようにノールック直前横断した被害者さんが免許無し…とは考えにくくて、免許を持っているオッサンでもノールック直前横断するし、付近に横断歩道があっても使わないなんてザラ。
酒飲んで自転車に乗るオッサンでも、普通に免許持ちはたくさんいるでしょう。
免許を持っているからルールを守るとか、免許を持っているからルールに詳しい…なんて幻想だと思う。
マスコミの報道なんて毎回のように怪しいルールを解説していますが、マスコミ担当者が無免許…とも考えにくい。
それこそ自動車ジャーナリストさんが怪しいルール解説を始めるのはザラですが、免許を持っていない自動車ジャーナリストなんていないでしょ笑。
取り締まりや罰則が一定の制約にはなりますが、そもそも罰則があった時代にうまく機能しなかったから罰則を削除してきた経緯があるので、今さら罰則を設けたところであまり意味がないと思う。
今回の動画の被害者さんを検挙したところで、重傷を負った人に罰則を課すのも変。
歩行者の義務を減らしてきた経緯は法改正史を見ればわかるし、改正に至った理由については警察学論集などで警察庁交通企画課が説明していたり、国会議事録でも出てきます。
改正に至った理由を見ていくほうが理解が深まると思うのですが、法律を改正するには必ず理由があるのですよね。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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