この事故についてちょっと考えてみようと思う。
横断禁止道路を横断する歩行者と、大幅な速度超過バイクが衝突
これについて、歩行者は横断禁止道路を横断した違反があり、バイクは大幅な速度超過があるので双方に問題がありますが、それぞれについて考えてみます。
バイクの責任
この道路は指定最高速度が50キロですが、大幅な速度超過がある。
歩行者横断禁止道路といえど、速度遵守義務や前方注視義務まで免除するわけではないため、制限速度内で前方注視していれば回避可能だったと判断された場合、過失運転致傷罪になる。
すなわち、本件事故は、原判示被害者が、所論のように、道路交通法第13条第2項の規定に違反して、歩行者として横断禁止区域となつている原判示道路を横断しようとし、しかも、横断に際して一たん立止り、二、三歩後退したことにその一因があり、右被害者にもかなり重大な過失があるものと解せられるが、その主たる原因は、被告人が自動車運転者としての基本的な義務である進路前方の注視義務を怠り、漫然時速約50キロの速度で進行した過失により右横断中の歩行者である被害者に全く気付かず、自車前部を同人に衝突させたことにあることが充分認められるのである。従つて、原判決には、所論の如き認定事実と証拠との間のくいちがいは存しない。(右のように、本件事故に関しては、被害者の過失が認められるのであるが、被害者の過失を罪となるべき事実として判示する必要はないものと認められるので、原判決が被害者の過失につき判示しなかつたことをもつて、事実摘示の不備や事実と証拠との間に理由のくいちがいがあるものとすることはできない。右被害者の過失については、量刑事情としてこれを参酌すれば足るのである。)
東京高裁 昭和42年5月26日
歩行者が横断禁止の場合、横断歩行者を高度に予見する注意義務はなくても、速度遵守や前方注視義務を免除することにはならない。
刑事責任は「どっちが悪いか?」という観点ではなく、被告人の過失と事故発生に因果関係があるかどうかの問題なので、被害者の過失は量刑判断で考慮される程度。
おそらく、指定最高速度を遵守し前方注視していれば避けられた事故なので、バイクの過失は重い。
次に歩行者の問題を考えます。
歩行者の責任
横断禁止の標識があることを理由に「歩行者横断禁止」と報道してますが、横断禁止なのは間違いないにしても若干の疑問。
というのは、ここって信号がある横断歩道の近く(付近?直近?)ですよね。
歩行者用の赤信号の意味は、「横断歩道を横断してはならない」ではなく「横断してはならない」になっている。
信号の種類 | 信号の意味 |
人の形の記号を有する赤色の灯火 | 一 歩行者等は、道路を横断してはならないこと。 |
つまり歩行者用信号機の効力範囲がどこまでなのか?という問題がありましてね…
付近に横断歩道があるなら横断歩道を使えというルールもありますが、横断歩道から外れた位置なら信号無視に当たらないと解釈するのも疑問。
なお、刑事として扱う分には「赤信号無視」と捉えても「歩行者横断禁止標識」と捉えても、どちらにせよ横断禁止なので、バイク運転者がケガしたなら歩行者は重過失致傷罪(刑法211条後段)に問われます。
実際に歩行者横断禁止道路を横断してバイクと衝突し、バイク運転者が死亡した事故について歩行者に重過失致死罪を適用した事例もあるし、
歩行者が赤信号無視してバイクと衝突し、バイク運転者が死亡した事故について歩行者に重過失致死罪を適用した事例もある。
刑法211条後段の「重過失」とは、過失が重大なことを意味し結果が重大だったかを問わない。
刑法209条、210条が通常の過失により死傷の結果を発生させた場合の規定であるのに対し、同法211条後段は重大な過失により右と同じ死傷の結果を発生させた場合に前2条に比し刑を加重する規定であり、右にいう重大な過失とは、注意義務違反の程度が著しい場合、すなわち、わずかな注意を払うことにより結果の発生を容易に回避しえたのに、これを怠つて結果を発生させた場合をいい、その要件として、発生した結果が重大であることあるいは結果の発生すべき可能性が大であつたことは必ずしも必要としないと解するのが相当である。
東京高裁 昭和57年8月10日
これらを考えると、どっちもどっちなのよね。
大幅な速度超過により事故を回避できなかったとも取れるし、歩行者も横断禁止(標識なのか信号なのかは別として)である以上、歩行者の行動にも問題がある。
民事は揉める
この歩行者の行動を赤信号無視とみるか、横断禁止標識無視とみるかで民事の過失割合は違うのよね。
バイクの大幅な速度超過を無視して考えると、このような差がある。
信号無視態様 | 横断禁止標識態様 | |
歩行者過失 | 75% | 40%程度 |
内訳 | 歩行者赤信号70%に「横断歩道付近」を加算修正 | 横断歩道の付近を横断した場合から横断禁止標識を加算修正 |
警察的には歩行者が「赤信号無視」なのか「横断禁止標識無視」なのかはあまり関係ないけど、民事は揉める。
しかもオートバイの大幅な速度超過があるのでなおさらややこしい。
けど、民事の過失割合ってあくまでも金銭賠償上の概念でしかなくて、強者対弱者の関係では「どっちが悪いか」を表すものではない。
あくまでも「平等」ではなく公平に過失相殺する仕組みな上、所詮は結果論でしかない。
そうすると、結局はオートバイも歩行者もそれぞれやるべき義務をやってねとしか言いようがないのですが、この事故を取り上げた理由は先日のこちら。
このような交差点にて歩行者Yが横断する際には、歩行者用信号に従う義務がある。
理由は先ほど説明したように、歩行者用信号の「赤」は横断歩道における横断を禁止しているわけではなく、「横断してはならない」だから。
じゃあ歩行者用信号の効力はどのくらい及ぶのか?という問題がありますが、
以前気になって調べたのですが、社会通念で判断するとしか言いようがない…
なお、判例タイムズ284号になかなか興味深い話が書いてありまして、歩行者横断禁止標識の民事基本過失割合は当初「赤信号同等」にしようとしていたらしい。
歩行者横断禁止標識がある場合、第一次倉田試案では歩行者過失が80%にしようとしていたけど裁判所内でも批判が大きく、取り止めになったそうな。
横断歩道橋を増やし横断歩道を廃止し、歩行者横断禁止規制を敷こうとする昭和40年代の行政の動きは、高齢者や障害者を無視した政策と批判が強まり、赤信号と同等に捉えるのは妥当ではないとして過失割合が再検討されたとか。
そういう流れもあり、民事責任上は赤信号/横断禁止標識はどちらも「横断禁止」だけど、基本過失割合には差がある。
まあ、「横断禁止」であることには変わりないし、歩行者横断禁止だからオートバイが速度超過していい理由にもならないので、結局はお互いちゃんとやれやとしか言いようがないのですが。
歩行者横断禁止(赤信号/横断禁止標識)を破って横断したときに、歩行者が必ず被害者になるわけじゃないのよね。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
以前、「台車を押す人は軽車両」みたいな事を取り上げてらっしゃったと思うのですが、軽車両でも歩行者横断禁止の道路を横断するのはダメなのでしょうか?
人力車や荷車とは違って、台車は厳格に軽車両とは見なされない(歩道を普通に通行してるし)のでしょうか?
コメントありがとうございます。
実はその話は少々厄介でして、現行法では一定の大きさ以下なら軽車両ではなく歩行補助車等になります。
映像からはよくわかりませんが、報道からすると歩行者とみなしているものと思われます。
台車は軽車両で乳母車は歩行者では、宅配の方は乳母車だと言い張る必要が出ますものね笑
ありがとうございます。
コメントありがとうございます。
ショッピングカートと台車の境目が曖昧だったりしたので、大きさの基準で分けないとメチャクチャになるんですよね。
なかなかややこしいですが。