以前どこかで書いた気がするけど、38条2項の解釈として「対向車を含まない」と書いてある解説書もあります。
この問題はそもそも、様々な資料や判例、他条との兼ね合いから矛盾や整合性を考える問題だと書いてきましたが、

元検察官の意見を確認しましょう。
Contents
38条2項に対向車を含むか?
解説書は元検察官で、名古屋地検交通部長、横浜地検交通部長、東京地検交通副部長、広島高検刑事部長などを歴任した互敦史氏の「基礎から分かる交通事故捜査と過失の認定」。
○「横断歩道又はその手前の直前で停止している車両等」とは
進路前方に設けられた横断歩道上か自車から見てその手前で停止している車両等のこと
です。したがって停止車両等が自車線(複数の車線がある道路においては、自車と同一方向の他の車線を含む。)にある場合と反対車線にある場合を両方含みますが、停止車両等の側方を通過して「その前方に出る」前に一時停止すべき義務を課したものですから、結局、この規定からは、後者(停止車両等の反対車線にある場合)は除かれると思います。
しかし、この規定は、停止車両等が邪魔になって横断歩道やその直近を横断しようとしている歩行者や横断中の歩行者の有無の確認ができない場合に、歩行者の安全を守るため、車両等の運転者に一時停止義務を課したものですから、反対車線に停止中の車両等の側方を通過して「その後方」に出ようとする場合も、一時停止義務を課すべきです。よって、このような場合、一時停止義務違反は道路交通法違反にはなりませんが、過失運転致死傷罪成立の前提となる注意義務違反には該当します。互敦史、「基礎から分かる交通事故捜査と過失の認定」、東京法令出版、191頁
さて。
互氏解釈
第三十八条
2 車両等は、横断歩道等(当該車両等が通過する際に信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等により当該横断歩道等による歩行者等の横断が禁止されているものを除く。次項において同じ。)又はその手前の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、その前方に出る前に一時停止しなければならない。
互氏解釈では「その手前の直前で停止している車両等がある場合」には対向車(B)を含むが、
「その前方に出る」のところで対向車が除かれるとしている。
ここは私の捉え方とやや差があり、昭和46年改正前の44条3号(駐停車禁止場所)の表現を考えると「その手前の直前で停止している車両等がある場合」自体に対向車を含まないのではないか?と。
互氏解釈 | 管理人解釈 | |
「その手前に停止している車両等」 | 対向車を含む | 対向車を含まない |
「その前方に出る」 | 対向車を含まない | 対向車を含まない |
旧44条は今違い、「前後5m」ではない。
旧44条3号 | 38条2項 |
横断歩道の手前の側端から前に五メートル以内の部分 | 横断歩道等の手前の直前で停止している車両等がある場合 |
旧44条の範囲はこちら。
「手前の側端から前に5m」と「手前の直前」はほぼ同一表現な上、38条2項でいう「手前の直前」とは44条3号を理由に「手前5m」と解釈されることを考えると、38条2項でいう「手前の直前」とはそもそも対向車を含まないのではないか?という疑問。
ただし以前も書いたように、それが絶対的な根拠にはなり得ないので、他の資料も含め総合的に考える必要がある。

根拠としては
この問題はあらゆる資料や判例から整合性を確認する話と書きましたが、こちらに付け加えておきます。
資料や判例等 | 内容 |
条文解釈 | 普通に読めば対向車を含んでいないけど、100歩譲って対向車を含んでいるように読めなくもない |
3項との対比 | 2項で対向車を含んでいるなら、3項の解釈がおかしくなる |
警察学論集42年12月 | 立法趣旨、立法経緯は対向車を含んでいない |
国会答弁43.5.23 | 「交通整理の行なわれておらない横断歩道におきまして、横断歩行者が渡ろうとして車が横断歩道の直前にとまっておるときには、うしろから行った車もとまりなさいという規定」と説明 |
旧44条の解釈 | 旧44条3号と同様の表現を用いていることからしても、対向車を含んでいないことが推測される。 |
月刊交通46年8月 | 44条3号を改正した理由から、38-2に対向車を含んでいないことが推測される。 |
名古屋高裁S49.3.26 | この判例は道路左側にある駐車車両に対する説示しかしていないので無関係な上、名古屋高裁の説示は宮崎注解43年改訂版からの引用 |
宮崎注解 | 対向車を含んでいないことがうかがえる記述な上、名古屋高裁以降の全訂新版(56年)でも見解を変えていない |
東京高裁46.5.31 | 対向車が渋滞停止している状況で、横断歩行者がいるかいないかわからない場合の一時停止義務を否定 |
東京高裁50.9.5(民事)、大阪高裁54.11.22(刑事)など多数の判例 | 対向車が横断歩道を塞いでいる状況で、2項を一切問題にしていないことから、そもそも対向車に適用するとは考えていないことが推測される。 |
千葉県警の解説書 | 警察庁主催の質疑回答をまとめたもの。対向車には適用できないと明記されている。 |
札幌高裁45.8.20 | 立法趣旨を説明しているが、対向車を含んでいないことがうかがえる内容 |
運転免許基準(警察庁) | 対向車を含んでいないことが容易にうかがえる |
互敦史、「基礎から分かる交通事故捜査と過失の認定」、東京法令出版、191頁 | 停止車両等の側方を通過して「その前方に出る」前に一時停止すべき義務を課したものですから、結局、この規定からは、後者(停止車両等の反対車線にある場合)は除かれる |
ところで、互氏が述べるように道路交通法違反にならなくても注意義務違反にはなりうる。
互氏は対向車が原付等の場合と、クルマ(大型車)の場合で死角レベルが違うことを指摘してますが、そもそも2項の新設理由は死角除去というよりも、「駐停車禁止場所に停止している車両は横断歩行者優先中以外あり得ないのだから、空気を読むまでもなくお前もとまれ」。
しかしながら、横断歩道において事故にあう歩行者は、跡を絶たず、これらの交通事故の中には、車両が横断歩道附近で停止中または進行中の前車の側方を通過してその前方に出たため、前車の陰になっていた歩行者の発見が遅れて起こしたものが少なからず見受けられた。今回の改正は、このような交通事故を防止し、横断歩道における歩行者の保護を一そう徹底しようとしたものである。
まず、第38条第2項は、「車両等は、交通整理の行なわれていない横断歩道の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、当該横断歩道の直前で一時停止しなければならない」こととしている。
もともと横断歩道の手前の側端から前に5m以内の部分においては、法令の規定もしくは警察官の命令により、または危険を防止するために一時停止する場合のほかは停止および駐車が禁止されている(第44条第3号)のであるから、交通整理の行われていない横断歩道の直前で車両等が停止しているのは、通常の場合は、第38条第1項の規定により歩行者の通行を妨げないようにするため一時停止しているものと考えてしかるべきである。したがって、このような場合には、後方から来る車両等は、たとえ歩行者が見えなくとも注意して進行するのが当然であると考えられるにかかわらず、現実には、歩行者を横断させるため横断歩道の直前で停止している車両等の側方を通過してその前方に出たため、その歩行者に衝突するという交通事故を起こす車両が少なくなかったのである。
そこで、今回の改正では、第38条第2項の規定を設けて、交通整理の行われていない横断歩道の直前で停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとする車両等は、横断歩道を通行し、または通行しようとしている歩行者の存在を認識していない場合であっても、必ずその横断歩道の直前で一時停止しなければならないこととし、歩行者の有無を確認させることにしたのである。車両等が最初から歩行者の存在を認識している場合には、今回の改正によるこの規定をまつまでもなく、第38条第1項の規定により一時停止しなければならないことになる。
「一時停止」するというのは、文字通り一時・停止することであって、前車が停止している間停止しなければならないというのではない。この一時停止は、歩行者の有無を確認するためのものであるから、この一時停止した後は、第38条第1項の規定により歩行者の通行を妨げないようにしなければならないことになる。また、一時停止した結果、歩行者の通行を妨げるおそれがないときは、そのまま進行してよいことになる。警察学論集、「道路交通法の一部を改正する法律」、浅野信二郎(警察庁交通企画課)、立花書房、1967年12月
昭和42年当時はBが駐停車禁止場所ではないので、
2項を制定した当時、対向車を含まないことを前提にしていたことがうかがえる。
その他様々な資料を含め総合的に考えて、対向車を含むと解釈できる要素が見当たらないのですが、対向車を含むと主張する人は3項との矛盾等をどう考えているのか謎。
存在しない前提を創作してから解釈する人とかもいたけど、

存在しない前提を創作してから話を進めても、「そんな前提はないですね…」としか言いようがないし、わりと不思議なのよね。
なぜデタラメを創作してから語るのかについては。
ちなみに「対向車を含む」と推認できる資料についても、何かお持ちの人がいたら提供よろしくお願いいたします。
なお「オレは対向車を含むと習った」みたいな話をしてきた人もいるのですが、こういう議論のときに確認しようがない話を持ち出せば水掛け論にしかならないのであって、まともな大人なら検証可能な資料しか出さない。
堂々巡りになることが明らかな主張をするのは悪意。
「飲み屋で聞いた」と言われても、信憑性が怪しい上に本当の話なのかすらわからんのよね。
「飲み屋で聞いた」と自信満々に主張する人がいたら、議論が成り立たない人と捉えるのみ。
もう一つ。
存在しない前提を創作してから主張していた運転レベル向上委員会にしても、
「対向車を含まない」というやつらはバイアスが掛かっている!とやたら強気に煽っているけど、存在しない前提を創作して主張する人が他人を「バイアス」呼ばわりできるのが凄い。
この人は頻繁に法律解釈を間違ってますが、反面教師とはこういうことなんだなと思わせてくれる。
ところで、過去には「2項に対向車を含む」という前提に立った民事判例を複数取り上げてますが、それらを含めて判断しても「対向車を含まない」と捉えるほうが整合性が取れる。
持論に都合がいい資料ばかり取り上げる人もいるけど、わざわざ「含む」という前提の民事判例を取り上げているようにあらゆる資料から判断する話なのよね。
名古屋高裁判決にしても、同一進行方向の停止車両について説示したものなので「事案が違う」としか言いようがないし、ましてや説示内容は宮崎氏の書籍からの引用に過ぎず名古屋高裁オリジナルではない。

宮崎氏の記述、名古屋高裁判決以降の全訂版を見ても宮崎氏は「対向車を含まない」という前提で書いていることがうかがえるのであって、名古屋高裁判決は「対向車を含む」とも「対向車を含まない」とも判断していないのだと理解できる。
調べ方が雑だったり、存在しない前提を創作したりして主張されても困惑しますが(なぜそういう人がやたら強気なのかも含め謎)、対向車を含むと推認できる資料をお持ちの方がいましたら引き続きご提供よろしくお願いいたします。
なお、例えば警察学論集について「対向車を含むとも含まないとも書いてないだろ!」みたいな低レベルな話をされても無意味。
あれを読んで少なくとも立法経緯には対向車を含まない前提で考案されたことは容易に読み取れるのであって、警察学論集「のみ」で判断しているわけではないのね。
単に立法経緯が対向車を含まないという事実の話をしていて、それを補強するのが札幌高判や東京高判、その他たくさんの判例。
立法経緯に対向車が含まないとして、実際に制定された法律が立法経緯通りなのかは必ずしも明らかではない。
しかし同一表現を使う3項との矛盾が出てきたり、様々な矛盾を解決できなくなるから「対向車を含まない」と捉えるのが妥当と思ってますが、「バイアスがー!」という人に「お前の話?」みたいな低レベルな煽りをしたところで水掛け論なのよね。
そもそも「バイアス」だということに意味がなくて、きちんと主張しきれないからバイアスという安易な言葉で逃げているように見えますが、どちらにせよあれ以降解説動画もない様子をみると、主張する材料がないのではないでしょうか。
まあ、本来議論すべき減速接近義務の話が蔑ろになるので一時停止義務があるかないかを論じてもしょうがない気がするけど、元検察官(地検交通部長)の見解は冒頭に挙げた通り。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
宮成正典(元検察官(平成18年退官))『交通事故捜査の手法 第2版』(初版:平成22年9月発行,第2版:平成26年2月発行,発行所:立花書房)240頁も,roadbikenavi様が引用されている互敦史『基礎から分かる交通事故捜査と過失の認定』の191頁と同様に,「被疑者から見て横断歩道の右側部分あるいはその前後に対向車両が停止している場合には,道路交通法第38条第2項は適用されません。」と述べています(ただし,理由付けは異なるようです。)。
すなわち,この『交通事故捜査の手法 第2版』239,240頁は,道路交通法38条2項について,「『横断歩道等に停止している車両等』とは,被疑車両が通過しようとしている横断歩道に車体の一部又は全部が入っている状態で停止している車両等を指します(前掲書366頁)。(改行)また,『横断歩道等の手前の直前で停止している車両等』とは,横断歩道を通過しようとしている被疑車両から見てその横断歩道の手前の直前で停止している車両等を指します(前同頁)。この『直前』は,第2項には第1項前段の括弧書きが適用されないため,横断歩道の直前を指し,横断歩道の手前に設けられた停止線の直前を指すのではありません。そして,『横断歩道の手前の直前』の範囲は,道路交通法第44条第3号が『横断歩道又は自動車横断帯の前後の側端からそれぞれ前後に5m以内の部分』を駐停車禁止場所としている趣旨からすると,横断歩道等の手前5m以内であると解するのが相当だと考えられます。また,『停止している』とは,一時停止による場合だけでなく停車あるいは駐車をも含みます。停止している『車両等』には,自動車だけでなく原動機付自転車,軽車両,トロリーバス及び路面電車を含みます(同前頁)。(改行)従って,被疑者から見て横断歩道の右側部分あるいはその前後に対向車両が停止している場合には,道路交通法第38条第2項は適用されません。」と述べています。なお,引用文中の「前掲書」とは,道路交通執務研究会編著・野下文生原著『執務資料 道路交通法解説 15-2訂版』(平成22年7月発行,発行所:東京法令出版)を指しており,同書の366頁の引用箇所は,道路交通法38条2項の解説中の「(2) 『横断歩道等又はその手前の直前で停止している車両等』とは」の部分です。
コメントありがとうございます。
なるほど、あながち私の考え方も的外れでは無さそうだと自信を持ちました。
なにせ、この問題について44条を根拠に主張する他人を見たことがなく…
警察庁にしても見解を変えたとみるほうが適切で、何が起きているのか不思議です。