以前も取り上げた「事故直後に飲酒運転を隠すためコンビニにブレスケアを買いに行った事件」。
この件は過失運転致死罪ですでに有罪判決が出ていますが、遺族の尽力で「救護・報告義務違反」(道路交通法72条)としてあらためて起訴。
一審の長野地裁はコンビニに向かいブレスケアを購入した点(飲酒運転発覚回避行動)が「救護の遅延」と捉え「直ちに」に反するとして救護義務違反を認定。
しかし東京高裁が破棄し無罪とした事件です。
検察は最高裁に上告していましたが、最高裁は12月13日に弁論を開くと通知したらしい。
東京高検は判決を不服として最高裁に上告していましたが、この程、最高裁が12月13日に検察側、弁護側の主張を改めて聞く弁論を開くことを決めました。逆転無罪を言い渡した高裁の判決が見直される可能性があります。
母「こんな国に産んでごめんね」男子中学生の死亡事故巡る裁判 最高裁が弁論決定 ひき逃げ逆転無罪の高裁判決が見直される可能性 事故後に飲酒隠すため、コンビニで口臭防止剤…一審は有罪判決 (NBS長野放送) - Yahoo!ニュース2015年、長野県佐久市の男子中学生が車にはねられ死亡した事故を巡る裁判で、最高裁が12月に弁論を開くことを決めました。ひき逃げの罪に問われた男性に東京高裁は「逆転無罪」を言い渡しましたが、これが見
最高裁の開廷情報にはまだ掲載されていません。
最高裁は下級審と異なり、弁論を開かずに棄却の決定(いわゆる三行決定)を出せる仕組みなので、棄却するほとんどの事案は弁論すら開かれない。
弁論を開くということは、基本的には判決を見直すサインとなる。
この件については、道路交通法72条における「直ちに」の解釈がポイントになりますが、大阪高裁の判断では救護等以外の行為に時間を籍してはならないという意味であつて、例えば一旦自宅へ立帰るとか、目的地で他の用務を先に済すというような時間的遷延は許されないものとする。
右報告が果して道路交通法72条1項後段所定の報告をした場合にあたるかどうかについて案ずるに、右にいう「直ちに」とは、同条1項前段の「直ちに」と同じくその意義は、時間的にすぐということであり「遅滞なく」又はというよりも即時性が強いものであるところ、同条1項前段の規定によれば交通事故であつた場合、事故発生に関係のある運転者等に対し直ちに車両の運転も停止し救護等の措置を講ずることを命じているのであるから、これと併せてみると同条1項後段の「直ちに」とは右にいう救護等の措置以外の行為に時間を籍してはならないという意味であつて、例えば一旦自宅へ立帰るとか、目的地で他の用務を先に済すというような時間的遷延は許されないものと解すべきである。
蓋し同法が右報告義務を認めた所以は、交通事故の善後措置としては、先ず事故発生に関係のある運転者等に負傷者の救護、道路における危険防止に必要な応急措置を講ぜしめるとともに、これとは別に人身の保護と交通取締の責務を負う警察官をして負傷者の救護に万全の措置と、速やかな交通秩序の回復につき適切な措置をとらしめるためであるから、現場に警察官がいないときの報告も、時間を藉さず直ちになさねばならないからである。
大阪高裁 昭和41年9月20日
一方、比較的最近の東京高裁の事例では「一定の時間的場所的離隔を生じさせて、これらの義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要する」という見解に至っている。
救護義務及び報告義務の履行と相容れない行動を取れば、直ちにそれらの義務に違反する不作為があったものとまではいえないのであって、一定の時間的場所的離隔を生じさせて、これらの義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要する
東京高裁 平成29年4月12日
今回の事件は平成29年東京高裁の判断を踏襲していると考えられますが、最高裁が道路交通法72条でいう「直ちに」について判断をする可能性が高まったことになる。
なお、今回の事件について東京高裁の判断はこちら。
第4 法令適用の誤りの控訴趣意について
当裁判所は、所論に鑑み検討した結果、被告人に救護義務違反の罪が成立すると判断した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあり、原判決は破棄を免れないと判断した。以下、そのように判断した理由を述べる。
1 本件事故後の被告人の行動等
原審関係証拠によれば、原判決が適切に認定しているように、本件事故後の被告人の行動等に関し、次の事実が認められる。
⑴ 被告人は、平成27年3月23日午後10時7分頃、被告人車両を運転中に本件事故を起こし、衝突地点から約95.5m先で被告人車両を停止させて降車した。被告人は、車を人に衝突させたと思い、衝突現場付近に向かい、同日午後10時8分頃、衝突現場である横断歩道付近で靴や靴下を発見し、その後約3分間、付近を捜すなどしたが、被害者を発見することができなかった。
⑵ 被告人は、被告人車両を停止した場所まで戻り、同日午後10時11分52秒頃、被告人車両のハザードランプを点灯させた後、警察に飲酒運転がばれないように酒の臭いを消すものを買おうなどと考え、被告人車両の停止地点から約50.1m移動し、同日午後10時12分17秒頃、コンビニエンスストア(以下「本件コンビニ」という。)に入店し、口臭防止用品「ブレスケア」を購入し、退店後の同日午後10時13分0秒頃、これを服用した。
⑶ 被告人は、本件コンビニを退店後、衝突現場方向に向かい、衝突地点から約44.6m離れた地点に倒れていた被害者が発見されるとその下に駆け寄り、被害者に対して人工呼吸をするなどした。その後、その場に到着した被告人の友人のうちの一人が、同日午後10時17分頃、消防に119番通報した。
2 検討
前記1の本件事故後における被告人の行動等について検討すると、まず、被告人は、本件事故後、直ちに被告人車両を停止して被害者の捜索を開始しており、被告人車両を停止した場所に戻ってハザードランプを点灯させたことについても、交通事故を起こした運転者に課せられた危険防止義務を履行したものと評価できる。その後、本件コンビニに行ってブレスケアを購入し、退店後にこれを服用したことについては、被害者の捜索や救護のための行為ではないものの、これらの行為に要した時間は1分余りであり、被告人車両を停止した場所から本件コンビニまで移動した距離も50m程度にとどまっており、その後直ちに衝突現場方向に向かい、被害者が発見されると駆け寄って人工呼吸をするなどしていることに照らすと、被告人の救護義務を履行する意思は失われておらず、一貫してこれを保持し続けていたと認められる。このように、救護義務を履行する意思の下に直ちに被告人車両を停止して被害者の捜索を開始し、その後も救護義務の履行を放棄して現場から立ち去ることはなく、被害者が発見された後は実際に救護措置を講じたという、本件事故後の被告人の行動を全体的に考察すると、被害者に対して直ちに救護措置を講じなかったと評価することはできないから、被告人に救護義務違反の罪は成立しない。
3 原判決の判断について
原判決は、被告人は、ブレスケアを購入するために本件コンビニに赴いた時点で、交通事故を発生させた当事者として救護義務を「直ちに」尽くすことよりも、飲酒事実の発覚を回避するための行動を優先させており、そのような発覚回避行動に要した時間が二、三分間にとどまり、場所的にも数十メートル程度の離隔しかなかったとしても、交通事故を発生させた当事者が救護義務を尽くすことと、飲酒事実の発覚回避行動をとることは、内容や性質からみて対極の行動であり、前者より後者を優先させる意思決定を行動に移した時点で、前者の救護義務の履行と相容れない状態に至ったとみるべきであり、被告人は、上記発覚回避行動に及んだことにより救護の措置を遅延させたというべきであるから、「直ちに」救護の措置に及ばなかったという救護義務違反の罪が成立すると判断している。
しかし、飲酒事実の発覚を回避する意思は、道義的には非難されるべきものであるとしても(もっとも、被告人が身体に保有していたアルコール量は、酒気帯び運転の罪を構成する程度に達していなかった。)、救護義務を履行する意思とは両立するものであって背反するものではなく、上記発覚回避行動に出たからといって救護義務を履行する意思が否定されるものではないから、被告人が同意思を失ったとは認められない。前記2のとおり、被告人は、救護義務を履行する意思の下に直ちに被告人車両を停止して被害者の捜索を開始し、被害者が発見された後は実際に救護措置を講じており、その間に捜索や救護のためではない上記発覚回避行動に出ているものの、本件事故後の被告人の行動を総合的に考慮すれば、人の生命、身体の一般的な保護という救護義務の目的の達成と相容れない状態に至ったとみることはできない。原判決は、救護義務違反の罪が成立するかどうかは、当該事案全体を見渡し、様々な事情を総合的に考慮して判断すべきであると説示するものの、本件事故後における救護義務を履行する一貫した意思の下での被告人の行動の全体的な考察を十分に行わず、飲酒事実の発覚回避という行為の目的を過度に重視した結果、救護義務違反の罪の構成要件への当てはめを誤ったものといわざるを得ず、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。
4 検察官の主張について
検察官は、法令用語としての「直ちに」は、即時性が強く一切の遅滞を許さないとされていることなどからすれば、道路交通法72条1項前段の「直ちに」とは、事故発生の後、無為のうちに時間を空費したり、法が命じる救護の措置以外の一切の行為を行うことを許さない趣旨と解すべきであり、これと同様の解釈に基づき、被告人に救護義務違反の罪が成立するとした原判決の判断は正当である旨主張する。
しかし、原判決は、前記3のとおり、救護義務違反の罪が成立するには、当該事案全体を見渡し、事案全体に表れた様々な事情を総合的に考慮して、救護義務の履行と相容れない状態に至ったといえる必要があることを前提に同罪の成否について判断しており、救護の措置以外の行為をしたら直ちに同罪が成立するとの解釈を採っているものとは解されない。検察官の上記主張は採用できない。
また、検察官は、原判決は、被害者の捜索活動と並行して119番通報を行うことが可能であったのにそれをしなかったなどの不作為を問題視し、ブレスケアの購入、服用という逸脱行動に及んだ段階で、期待された措置を講じなかったという不作為が可罰的な程度に達したとして、救護義務違反の罪が成立すると認定したものと解され、かかる原判決の判断は正当であるとも主張する。しかし、被害者が発見されていないため、119番通報をすることよりも被害者を捜索、発見して救護措置を講じることを優先したからといって、人の生命、身体の保護という救護義務の目的に直ちに反することになるとはいえないし、被害者が発見されていない状況で119番通報をしたとしも、被害者の所在や負傷状況等を救急隊員に伝えることができず、被害者の救護に直ちにつながらないから、本件において、被告人が119番通報をしなかったことを重視して救護義務違反の罪の成立を認めることはできないというべきである。検察官の上記主張も採用できない。
5 以上によれば、被告人に救護義務違反の罪が成立するとした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあり、その余の控訴趣意について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、原判決は、救護義務違反の罪と報告義務違反の罪とが科刑上一罪の関係にあるものとして1個の判決をしているから、結局、原判決は全部破棄を免れない。
東京高裁 令和5年9月28日
最高裁が弁論を開く事案は全上告事件の1%もないはずですが、この件、検察官がどのような上告理由を書いたのか気になる。
そのうち最高裁の開廷情報に掲載されると思いますが、最高裁の開廷情報は事件の概要や争点をまとめたPDFがつくことが多い。
ただまあこの件、本来であれば過失運転致死罪と救護義務違反罪を同時に起訴すべき事案だったとも言えるので、その点では検察官も反省すべきなんじゃないかと。
少しでも無罪になる可能性がある場合には不起訴にするのもわかるし、平成29年東京高裁判決がそれを後押ししてしまうのもわかりますが(今回の事件でも弁護人は一審で、平成29年東京高裁判決を引用し無罪を主張している)、最高裁はどう判断するのでしょうか。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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