読者様から質問を頂いたのですが、これはちょっとややこしいのです。

弁護士事務所の数字は弁護士事務所に依頼してきた実例を元にしているようですが、なぜ同じ犯罪なのに不起訴率85%と不起訴30%と大きな差が出るのでしょうか?
確かに、法務省の統計によると令和3年の過失運転致死傷罪は公判請求が1.5%、不起訴が84%。
一方、弁護士事務所のデータでは過失運転致死傷罪は70%が起訴、30%が不起訴だったとしている。

国の統計では不起訴率84%のところ、弁護士事務所が仕事として受けた事例で不起訴になったのは30%なのでだいぶ差があることになりますが、これには理由があります。
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過失運転致死傷罪が「ほとんど不起訴」は真実か?
道路交通関係の書籍、特に検察官が書いた検察官向け書籍をみると、過失運転致死は原則として起訴(公判請求)、過失運転致傷のうち軽症事案は原則不起訴のように書いてある。
大雑把にまとめるとこうなる。
致死 | 致傷(重症) | 致傷(軽症) | |
処分 | 原則起訴 | 基本的に起訴 | 原則不起訴 |
例外 | 信頼の原則など無罪になりうるケースは不起訴 | 信頼の原則など無罪になりうるケースは不起訴 | ひき逃げや飲酒運転など悪質性が高いケースは起訴 |
過失運転「致死」と過失運転「致傷」は扱いが違うのよ。
なぜなら自動車運転処罰法の規定。
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
運転レベル向上委員会の人って以前、5条但し書きを「執行猶予」と勘違いしてましたが、但し書きは執行猶予ではなく刑の免除。
たまに見かける判決ですが、「主文 被告人の刑を免除する」というのがありまして、有罪は有罪だけど怪我の程度が軽い場合は刑を免除するという条文です
(無罪ではない)。
さて、過失運転「致死」は原則として起訴と書きましたが、数字でいうと公判請求は1.5%しかない。
これをみると、ほとんど起訴されないかのような錯覚に陥る。
けどね、
致死と致傷(軽症)は扱いが違う。
なぜなら致傷(軽症)を起訴しても「主文 被告人の刑を免除する」という判決になる可能性が高いのだから、時間のムダなんですね。
そして致死と致傷で実務上の扱いが違うのに、法務省の統計では致死傷全体のデータになっているわけ。
令和3年の事故総数が30万5196件で、軽症人数は33万4927人、死亡者数が2636人。
一つの事故で複数の被害者が出ることがあるので事故総数と人数は合わないけど、
負傷者総数362131人+死亡者総数2636人を足すと364767人。
死亡者の割合は約0.7%ですよね。
軽症者334927人なので、負傷者+死亡者総数からみると軽症者の割合は約92%。
これでわかると思いますが、
致死 | 致傷(重症) | 致傷(軽症) | |
処分 | 原則起訴 | 基本的に起訴 | 原則不起訴 |
例外 | 信頼の原則など無罪になりうるケースは不起訴 | 信頼の原則など無罪になりうるケースは不起訴 | ひき逃げや飲酒運転など悪質性が高いケースは起訴 |
人数(令和3年) | 2636人(0.7%) | 27204人(7.4%) | 334927人(92%) |
検察官向け解説書でよくみられる「過失運転致死は原則として公判請求」はウソなのではなくて、過失運転致死傷のうち致死案件がそもそも少ないから見かけ上の不起訴率が大きくなる。
そして「過失運転致死傷」のうち軽症事案が圧倒的なので、過失運転致死傷罪全体の不起訴率をみれば不起訴率が大きくなるのは当然の話。
過失運転致死の不起訴率が85%もあるわけじゃないのよね。
致死傷のうち致死が少なく致傷(軽症)が多いから統計全体でみたら不起訴率が高いように見えるだけで、致死事案の起訴率は違います。
原則としての取り扱いは書いた通りで、そこから
・1件の事故で複数の被害者がいる場合
・致死事案でも信頼の原則など無罪になりうるケースを不起訴
・致傷(軽症)でもひき逃げや飲酒運転など悪質性が高い場合を起訴
として修正すると、このような実情になる。
そして弁護士事務所に依頼するケースは、おそらく致死とか重症案件が多いのでしょう。
それらは過失運転致死傷の中でも「原則として起訴する事案」なわけで、起訴率が高いのは当たり前。
つまり
過失運転致死の起訴率は公表されていませんが、一説によると50~70%程度ではないかとも聞きます。
過失運転致傷(重症)も50~60%くらいは起訴なんじゃないかと推測されますが、定かではない。
要は処罰法5条但し書きに該当する軽症事案と、信頼の原則など無罪になりうるケースは不起訴ですが、それ以外は「原則起訴」なのよ。
刑事事件は「被告人の利益に」ですから、ちょっとでも疑いを挟むと無罪になり、無罪になりうるケースは不起訴にしているから有罪率99%以上になっているわけでして…
致死と致傷(軽症)を分けずに出した「不起訴率85%、公判請求1.4%」だけをみると、過失運転致死傷罪はどうせ不起訴になると勘違いしますが、要は統計マジックみたいなもんなのよ。
致死は原則起訴、致傷(軽症)は原則不起訴という運用で、致傷(軽症)総数が圧倒的多数なら不起訴率が高いように出るのは当たり前でしかない。
運転レベル向上委員会の人は上っ面の統計マジックに引っ掛かり、「致死は原則起訴」というところに気づかずに死亡事故案件の説明でも「公判請求はたった1.4%」と連呼してますが、致死と致傷(軽症)で扱いが違う、致死よりも致傷(軽症)が圧倒的多数だということに気がついてないから実態とかけ離れた解説になっている。
ただそれだけです。
以前チラっと見たときは「刑の免除」を執行猶予と勘違いしていたので、それも統計データの読み間違いを加速させた原因だと思われますが…
札幌地裁の時速118キロ白バイ事故って、当初検察官は不起訴処分でしたよね。
検察審査会の議決を経て起訴しましたが、あれは死亡事故なので「原則起訴」に該当する。
しかし「著しい高速度の直進車を予見する注意義務は、特別な事情がない限りは無い」という信頼の原則が確立されている以上、無罪になりうるケースだから不起訴にしたものと考えられる。
このように致死だから必ず起訴になるわけじゃないけど、致死事案は原則起訴なのよ。
そんな中、「致死傷」の数字を出してどうせ不起訴になるかのような解説をすることに何の意味があるのか知りませんが、この人は数字や情報の取り扱いが雑すぎると思う。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
法務省の「検察統計」の月報の「罪名別 被疑事件の処理人員」に「過失運転致傷」と「過失運転致死」に分けた処理人員(合計,既済(起訴(計,公判請求,略式命令請求),不起訴(計,起訴猶予,嫌疑不十分,その他),中止,他の検察庁に送致,家庭裁判所に送致),未済)が記載されています(ただし,年報の「罪名別 被疑事件の既済及び未済の人員」には,危険運転致死傷は記載されていますが,そのほかの「自動車による過失致死傷等」は記載されていないようです。)。
https://www.moj.go.jp/housei/toukei/toukei_ichiran_kensatsu.html
コメントありがとうございます。
あとで確認します。
ありがとうございます。