やっぱりなと思った。

以前からかなり話題になっていた時速118キロ白バイと衝突した右折車ドライバーが過失運転致死罪に問われた事件。
一審は被告人の過失を認定し有罪にしましたが、札幌高裁は一審を支持して控訴棄却。
この事故ですが、報道のイメージだと「被告人は安全確認して右折したのに、異常な高速度で直進してきた白バイが突っ込んだ」かのように感じる。
しかしドラレコなどから認定した事実はだいぶ違う。
被告人が対向車を確認したのは、衝突地点の95.4m手前。
被告人車の速度から計算すると、右折開始の6秒前なのよ。
そして被告人は交差点中央より25m手前から「逆走小回り右折」を開始してますが、被告人車は大型車なので右折完了に時間がかかる。
なにより、被告人が右折を開始した地点では既に両者の距離は79mまで接近していた。
信頼の原則によると、「制限速度から20キロ程度超過した直進車を予測して右折する」ことになりますが、
79mに迫っていた距離感だと、白バイが20キロ程度超過した時速80キロであったとしても事故は起きていた。
つまりこの事故は、白バイの高速度にも問題はあるけど、きちんと右折直前に確認していたら「既に両者の距離は詰まっていた」のだから右折を開始することが許されない状況だったことになる。
第5 認定事実に基づく検討
1 予見可能性について
⑴ 道路交通法37条は、車両等は、交差点で右折する場合において、当該交差点において直進しようとする車両等があるときは、当該車両等の進行妨害をしてはならない旨規定しており、右折車両の運転者は、対向直進車両の速度及び同車との距離を判断した上、自車が対向直進車両の進路上を通過し終えるのに要する時間を考慮して、対向直進車両に衝突等の危険を回避するために制動や進路変更をさせることなく、同車の接近前に自車が右折を完了し得ることを確認し得た場合のほかは、対向直進車両が通過するまで右折進行を一時差し控えるべき義務を負うと解される。⑵ 本件においては、被告人は、本件右折を開始するに当たり、前方左右を注視し、対向直進車両(被害車両)の有無を確認した上、同車の速度及び同車との距離を判断し、同車の接近前に自車が安全に右折を完了し得るかを確認する義務があったといえる。そして、本件交差点付近の本件道路は、ある程度の幅員があり、交差道路に優先し、信号機もなく、直線が続く平坦な道路であること、周囲を緑地帯に囲まれ、本件事故当時の交通量も少なかったこと、被告人車両の対向車線は、本件交差点に向けて若干の下り勾配となっており、被告人車両及び対向直進車両との間に見通しを妨げるものもなかったことなどからすれば、対向直進車両が最高速度である時速60キロメートルを基準として、時速20キロメートルをある程度超過する速度で、本件道路を進行してくることも十分予測し得るというべきであるから、上記の確認に当たっては、そのような事情をも考慮することが求められるというべきである。
⑶ 以上を前提に検討すると、本件右折開始時点において、被告人車両と被害車両との距離は約79メートルであり、これは、被害車両が、本件道路の最高速度を時速20キロメートル超過する時速80キロメートル(秒速約22.22メートル)で進行してきた場合には約3.56秒で、本件道路の最高速度を時速25キロメートル超過する時速85キロメートル(秒速約23.61メートル)で進行してきた場合には約3.35秒で、同時点における被告人車両の位置に到達する距離であった。
次に、被告人車両が本件右折の完了に要する時間等を検討すると、被告人車両の車体は長く、右折完了に相応の時間を要し(被告人も、このことを当然認識していたものと考えられる。)、具体的には、前記第2の5⑴のとおり、被告人車両が本件右折を開始した地点から右折完了地点までの距離は約27.4メートルであるから、被告人車両が本件右折の開始から完了に要するまでの時間は、本件右折開始後から衝突時までの平均速度の秒速約7.74メートル(前記第2の4⑵イ)で進行した場合で約3.54秒、被告人に有利に考慮して、本件右折開始前1秒間の平均速度である秒速約9.4メートル(前記第2の4⑵ア)で進行した場合であっても、約2.91秒を要する。前者の場合であれば、時速80ないし85キロメートルで進行してくる大型自動二輪車である被害車両に急な制動や進路変更を余儀なくさせるだけでなく、被告人車両と被害車両が衝突してその運転者の死亡の結果を伴う交通事故が発生する可能性が相当高いことは明らかである。後者の場合であっても、被告人車両が本件右折を開始した時点で、被害車両は衝突時の同車の位置から少なくとも約67.4メートル手前(前記第2の4⑴)の地点を走行していたことからすれば、被害車両は、最高速度を時速23.38キロメートル超過する時速83.38キロメートル(67.4÷2.91×3.6≒83.38)以上の速度で進行していれば、被告人車両が本件右折を完了するまでに、被告人車両右折完了地点付近の上記位置に到達することになり、やはり、同様の結果が発生する可能性が高いと認められる。⑷ 以上によれば、被告人は、本件右折開始時に、対向直進車両の有無及び同車と自車との距離等を確認していれば、被害車両の存在を確認し、同車が通常予測し得る速度で進行してきた場合に、その接近前に自車が右折を完了することができず、自車と被害車両が衝突等してその運転者の死亡の結果を伴う交通事故を発生させることを十分予見することが可能であったし、予見する義務があったといえる。
2 結果回避可能性について
⑴ 前記のとおり、右折車両の運転者は、対向直進車両に衝突等の危険を回避するために制動や進路変更をさせることなく、同車の接近前に自車が右折を完了し得ることを確認し得た場合のほかは、対向直進車両が通過するまで右折進行を一時差し控えるべき義務を負うと解される。この点、本件公訴事実は、判示と同旨の注意義務を掲げるものであるが、検察官は、同注意義務につき、対向直進車両の動静に留意し、その安全を確認しながら進行すべき注意義務も含む趣旨であり(仮に被告人が公判において供述するように右折に際して被害車両の存在に気付いていたとしても、同注意義務に違反している。)、また、①結果回避措置を本件交差点の中心の直近の内側を通ることに限定する趣旨ではなく、②前方を注視し、適切な走行を行うことにより、被害車両との衝突を回避すべきことも包含しており、例えば、そもそも右折を差し控えるなどの回避措置も当然含む趣旨であると釈明している。⑵ そして、被告人は、本件右折開始時点において、前記のとおり、被害車両の接近前に自車が右折を完了することができず、被害車両と衝突等してその運転者の死亡の結果を伴う交通事故を発生させるという結果を予見すれば、その場で右折を差し控える、又は、道路交通法34条2項にのっとり、本件交差点の中心の直近の内側を通過する右折開始地点(前記第2の5⑵)まで直進するなどして、容易に結果発生を回避することが可能であったということができるから、結果回避可能性(結果回避義務違反)も認められる。
札幌地裁 令和6年8月29日
3 弁護人の主張の検討
⑴ 弁護人は、被告人は、制限速度が時速60キロメートルの道路を時速約118キロメートルもの高速度で進行する対向直進車両の存在を予見する義務はない旨主張する。しかしながら、本件における予見可能性の判断において重要であるのは、被告人が、本件右折を開始する前に、対向直進車両が通常予測し得る程度の速度で進行してきて被告人車両と衝突等する結果を予見することができたか否かであって、被害車両が前記高速度で進行してくることまで具体的に予見することができなかったとしても、直ちに被告人の予見可能性が否定されることにはならない。
⑵ また、弁護人は、右折車両としては、右折開始時ではなく右折開始前の合理的な時点において、通常想定される速度で進行してきた場合に衝突のおそれがあるような位置に対向直進車両がいるかを確認すれば足りるとした上で、被告人の公判供述を前提にして、被告人は、本件右折の数秒前に一度、相当遠方まで注視し、被害車両を発見した上で右折をしたものであるから、過失はない旨主張する。しかしながら、前記のとおり、そもそも被告人の公判供述の信用性は高いものではないし、同供述を前提としたとしても、被告人は、影のようなものが見えたにすぎず、それが車両であるかの判別や速度の確認すらも十分できていない状況であった。加えて、仮に、被告人が前記こ線橋の頂上付近にいた被害車両を見たことがあったとしても、それは、被告人車両が本件右折を開始するまで約6秒も前のことであったと考えられ(8.5-2.5=6。前記第2の4⑴参照)、被告人は、その後衝突まで意識的に被害車両を確認したこともなかったというのであるから、被告人は本件右折に当たって対向直進車両の動静を確認したとはいい難く、注意義務を果たしたとはいえない。弁護人の主張は、道路交通法の趣旨にも沿わない独自の見解であって採用できない。
⑶ さらに、弁護人は、被告人の捜査段階供述を前提としても、被告人が本件右折時に被害車両を認識できなかったのは、同車が通常の注意をしても発見できないほど遠くの位置を走行していたためであるから、結果回避可能性はなかったなどとも主張するが、前記のような本件右折開始時の被告人車両と被害車両との距離や被告人車両からの見通し等に照らして、同主張がその前提を欠くことは明らかである。
⑷ その他、弁護人の主張を検討しても、前記の判断を左右するものはない。
札幌地裁 令和6年8月29日
要は報道からイメージした事故と、裁判で認定された事実はだいぶ差があった事件なのよね。
なお裁判所が認定した事実(距離感など)については、被告人側は争っていない。
裁判所が指摘したのは「118キロは予見可能」ではなくて、「仮に+20キロ(80キロ)であっても事故っていた」なのよね。
イメージの乖離
「時速118キロのバイクを回避できないだろ」という意見って実は正解でして、その意見の意味は「右折直前に対向車を確認して問題ないから右折したのに、時速118キロのバイクを回避できないだろ」ですよね。
まさかノールック右折して「時速118キロのバイクを回避できないだろ」という話をしているわけじゃない。
この事故はどちらかというとノールック右折したみたいなイメージなのよ。
右折する際は対向車の進路を通過するのだから、右折直前に確認する。
しかし今回の事故は、右折開始6秒前、衝突地点の約95m手前で対向車を確認したという事案。
この事実認定では被告人の安全確認不足は明らかとしかいえず、控訴審が棄却することも予想通りでした。
なお最高裁に上告する方針らしいけど、おそらくは判例違反を理由に上告するのかな。
この事故ですが、報道がもう少し具体的な数値を挙げていれば世論も違う方向だったかもしれない。
ちなみに白バイの速度については、理屈の上では速度超過車の取り締まり追尾ならサイレンは不要ですが、現に追尾中だったとは思えないので(追尾中なら被告人車とすれ違っているはずだし)、本当に追尾中だったのかは謎。
とはいえ、それと被告人の過失の有無は無関係なのよね。
刑事事件は「どっちが悪いか」ではなく、「被告人の過失が他人を死亡させたのか?」だけが問われるのだから。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
ちなみに、民事になると、白バイの速度超過が過失相殺になったりするんでしょうか?
コメントありがとうございます。
過失修正要素になり得ますが、これを典型的事例に当てはめて過失修正するのが妥当なのかはやや疑問があります。