過失運転致死傷罪では「予見可能か?」「回避可能か?」が問われるためどこまで注意を払うべきか?が実際の運転では問題になりますが、過失運転致死傷罪は道路交通法違反とは無関係なので道路交通法を遵守していたから無罪になるわけではない。
では実際のところ、どこまで注意を払うべきか?について実例から考えてみましょう。
狭路を通行する車両が負う注意
今回は2つの判例をみていきます。
仙台高裁 昭和45年5月11日
事案は狭路を進行し「商店内(ただしほぼ道路上)で道路に背を向けて立話していた被害者がノールックで道路に進出してきた」ために衝突したもの。
被告人は大型バスで、衝突現場15m手前で一時停止し、警音器を2、3回吹鳴し、車掌の安全確認合図を受けて時速5キロで進行していた。
(2) 当時被告人の進路右側前方には駐停車中の自動車があり、通行幅員が狭かつたため、被告人は本件衝突地点の手前約15mのところで一時停止し、クラクシヨンを2、3回吹鳴するとともに、進路左方の安全を確認した車掌の「オーライ」の合図に従つて発車し、速度をほぼ人間の歩行速度である毎時約5キロメートルにして徐行したこと
(3) 本件衝突地点は、進路左方大内商店前であるが、同店は道路と接する側溝間際までほぼいつぱいに店舗を開いており、被告人車は店と接する側溝端と約60センチメートルの間隔をもち、右方駐停車中の自動車とはせいぜい1m位の間隔をもつて道路に稍斜めに進行したため被告人にこれ以上右に把手をきつて進行することを望むのは困難と認められること
(4) 被害者Aは右商店の店内で、道路に背を向け、同店のXと立話をしており、その踵は道路側溝の縁石からわずかに内側(約17センチメートル)にあつたこと、また同店先には被害者以外他に客などがいたようには見受けられないこと
(5) 被告人は右立話中の被害者に気付いたが、そのまま動かないものと考え、前記速度のまま進行を続け、自動車前端が被害者と約80センチの間隔で通り越したこと
(6) 被害者Aは、Xとの話を終え、会釈をして道路に対する注意をしないままいきなり左足を後方に引いて道路上に出たため、本件自動車の左前部ウインカーランプにその左肩胛部が当り、転倒して本件傷害をうけたこと
(7) Xは前記車掌の「オーライ」の合図を聞くとともに、本件自動車が徐行して接近してくるのに気付いていたこと
(8) 被害者が道路に出る際、右Xに会釈したというものの、そのことの故に特に突然不用意に道路に出る気配が、他(特に自動車運転者)からわかるような状態にあつたものとは認められないこと
検察官はこのような狭路を通行する際には「車の接近に気付かず道路端に立つている者に対し警音器を吹鳴してその注意を喚起し、また道路および通行人の状況に照らし危険がある時は一時停止して危険を避けるべき業務上の注意義務がある」として被告人を非難してますが、裁判所の判断はこちら。
本件立話中の被害者と被告人車との間隔は約8センチメートルに過ぎないのであるけれども、前記諸状況のもとで、前記(3)のように特に左方に寄りすぎたともいい得ず、同(2)のように、停車し、車掌の合図に従い、前方にクラクシヨンで警告を与え、最徐行に近い程の速度で進行したうえ、自動車運転者として、店先で道路に背を向け立つている人間が、特に分別のない幼児とか、或は道路に出るような気配を示している場合は別として、突然不用意に道路に出るというような異常な行動に出ることまで予測し、さらに警音器を吹鳴して注意を与えるとか、一時停止して危険を避けなければならないとかまでの注意義務があるものとは解せられない。かかる異常な被害者の行動は通常予見できないというべきである。
仙台高裁 昭和45年5月11日
要はやるべき注意を払いクラクションを鳴らして最徐行していた被告人に、さらなる注意義務があるとみなすのはムリがあるという判断。
当たり前ですが、クラクションを鳴らさず最徐行もせず漠然進行したなら話は別です。
大阪地裁 令和5年7月12日
こちらは歩車道の区別がない幅員6.5mの道路(商店街)を時速7キロで進行中に、幼児と衝突した死亡事故。
被告人は、本件当時、本件道路が車両通行禁止時間帯であることの認識を欠いてはいたものの、本件道路が店の利用客や通行人、自転車が行き交う商店街の道路であることは認識しつつ本件道路へと進入し、実際に児童を含む多数の歩行者や自転車と行き交ったり、追い越したりしていたのであるから、被告人の視界に本件店舗やその出入口前に佇立する被害者の父親らが入った時点(遅くとも、衝突の約4.5秒前・衝突地点から9m強手前に被告人車両が差し掛かった時点。甲46)では、本件店舗も営業中であり、本件店舗内には子供連れを含む買い物客がいる可能性があることは認識できたと認められる。このことと、被告人車両の運転席からは本件店舗の出入口部分の見通しが非常に悪かったことや、被告人車両の前方には他に走行している自動車が見当たらなかったことを併せみれば、前記時点で、被告人としても、本件店舗の出入口から被告人車両の進路に進出してくる買い物客等があり得ることや、その中には、低年齢の児童をはじめ、進行してくる自動車に注意を払わず、被告人車両の進行に気付かないまま進出してくる者も含まれ得ることを、十分予測できたといえる。
さらに、本件店舗前の本件道路の通行余地は約2.5mと非常に狭かったため、被告人車両がそのまま進行する場合には本件店舗やその対面にある店舗等との間隔を十分に取りながら進行することが困難であった(取り得る間隔は左右合計で約0.8mにすぎなかった。)ところ、被告人においても、前記時点において、正確な距離はともかく、本件店舗出入口や被害者の父親らの直近を通行しなければならないことは認識できたと認められるから、被告人車両の進行に気付かないまま進出してくる者があり得ることを予測できたことと併せみれば、そのまま漫然と被告人車両の進行を続けた場合には、本件のような人身被害を伴う事故を惹起することについても十分予見することが可能であったと認められる。
他方、被告人が、前記時点において、そのような人身事故を避けるべく、一時停止と最徐行を小刻みに繰り返して走行したり、警音器を適切に鳴らす、あるいは、いったん下車して直接呼び掛けるなどの方法によって周囲の者に対して自車の走行に関する注意喚起ないし退避指示をしたり、第三者に依頼して同様の注意喚起ないし退避指示をしてもらうとともに自車の誘導を依頼したりして、本件店舗の出入口等から自車進路上に進出してくる買い物客等の有無やその動静を確認しながら進行することは、他に走行する自動車はなかったなどの当時の道路状況や、本件店舗の出入口周囲には被害者の父親をはじめとして複数の者が存在したことに照らすと、可能かつ容易であったといえる。また、被告人が前記時点でそのような走行行為や行動に出ていたとすれば、当時の被告人車両の速度等に照らし、被告人車両が被害者に衝突する以前に停止できたり、警音器等による注意喚起を受けた被害者の父親等が被害者の動静に注意を払ったり、被告人車両の進路に出ないような措置をとったりしたと認められるから、本件事故結果の発生を回避することも十分可能であったと認められる。そこで、被告人には、前記時点において、上記いずれかの対応をとることより死傷事故の結果が発生することを防止すべき自動車運転上の注意義務があったと認められる。大阪地裁 令和5年7月12日
両者の差
仙台高裁は歩行者がほぼいない状況でクラクションを鳴らし最徐行していた上に、被害者は成人。
大阪地裁は歩行者多数の状況(そもそも車両通行禁止時間帯ですが)で徐行。
ビミョーに前提が違うのですが、仙台高裁の事案にしても「店先で道路に背を向け立つている人間が、特に分別のない幼児とか、或は道路に出るような気配を示している場合は別として」としているように店先に見えるのが幼児であれば話は変わる。
大阪地裁の事案は「店の利用客や通行人、自転車が行き交う商店街の道路であることは認識しつつ本件道路へと進入し、実際に児童を含む多数の歩行者や自転車と行き交ったり、追い越したりしていた」という状況においては、時速7キロの徐行であっても注意義務を尽くしたとは言えないと判断されてますが、
一時停止と最徐行を小刻みに繰り返して走行したり、警音器を適切に鳴らす、あるいは、いったん下車して直接呼び掛けるなどの方法によって周囲の者に対して自車の走行に関する注意喚起ないし退避指示をしたり、第三者に依頼して同様の注意喚起ないし退避指示をしてもらうとともに自車の誘導を依頼したりして、本件店舗の出入口等から自車進路上に進出してくる買い物客等の有無やその動静を確認しながら進行することは、他に走行する自動車はなかったなどの当時の道路状況や、本件店舗の出入口周囲には被害者の父親をはじめとして複数の者が存在したことに照らすと、可能かつ容易
としている。
②警音器を適切に鳴らす
③いったん下車して直接呼び掛けるなどの方法によって周囲の者に対して自車の走行に関する注意喚起ないし退避指示
④第三者に依頼して同様の注意喚起ないし退避指示をしてもらうとともに自車の誘導を依頼
状況に応じた注意義務の範囲については「どこまで」ということは一概には言えないのですが、法が求めている安全確認の範囲という部分では参考になる。
まあ、注意し過ぎてダメということはないのだし、注意し過ぎるくらいがちょうどいいのかもしれませんが。
ところで仙台高裁の事案は無罪ですが、民事まで無過失になるかと言われたらたぶんムリ。
刑事と民事は目的が違うし、過失の捉え方も違うので刑事無罪≠民事無過失。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


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