以前、私人の交通整理と刑事責任については書きました。
この判例は業務上過失傷害罪に問われたもので、大阪高裁昭和62年5月1日判決。
大型車が交差点を左折する際に、ガードマンの指示に従って左折進行したことにより、横断歩道を横断した自転車に衝突した事件です。
※細部に違いはあるものの、だいたいのイメージ。
この判例では、私人の交通整理に従って進行したドライバーの過失を否定して無罪にしています。
根拠は昭和48年3月22日第一小法廷判決。
この判例では、私人の交通整理についての意義を説示しています。
一般に、私人による交通規制は、警察官によるそれに比し誤りを生ずることが多く、かつ、その性質上徹底しにくいものであることは、検察官が当審弁論において主張するとおりと考えられるから、私人による交通規制が行われている場合に、自動車運転者が右規制に従つていさえすれば必ず過失が否定されるということにならないのは当然である。しかし、私人による交通規制であつても、これを信頼して進行したため過失が否定される場合があることは、最高裁判所の判例(昭和48年3月22日第一小法廷判決・刑集27巻2号240頁)も認めるところであつて、結局、当該私人による交通規制の趣旨・目的、同人に課せられた任務・役割、同人が現実に行つていた規制の方法及びこれを前提とした当該場所における現実の交通状況等にかんがみ、これが自動車運転者にとつて信頼に値するものであると認められるときは、右規制に従つて進行する自動車運転者にとつて、本来同人に課せられている注意義務が軽減又は免除されることがあると解すべきである。
大阪高裁 昭和62年5月1日
民事ではどうなのか?というと、かなり古い判例があります。
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横断歩道における私人の交通整理
判例はかなり古く、福岡地裁小倉支部 昭和42年5月1日。
事故の概要を。
・小学生が横断歩道両端に立ち、赤旗と青旗で横断歩行者と車道に対し交通整理をしていた
・加害車両は自動三輪車で時速30キロにて横断歩道に向かい、横断歩道手前で青旗に変わったのを確認しそのまま進行した
・赤旗で横断歩行者を制止しようとした瞬間、小学生2名(10歳と12歳)がすり抜けるように横断を開始し、事故が発生した
この事案は私人による交通整理に従うことを信頼して進行することを許容した、最高裁昭和48年3月22日よりも前の判例です。
最高裁判例は刑事責任としての過失を信頼の原則で否定しました。
さて、上記の横断歩道事故。
裁判所はドライバー側がしていた過失相殺の主張を認めませんでした。
主な理由は以下の条文。
・38条2項(現行の38条の2)
・13条1項(直前直後横断禁止だが、横断歩道は除外)
・14条4項の趣旨
これらを総合的に考えて歩行者に過失を認めませんでした。
ただし、被害児童にも赤旗を注視する注意義務があったとしています。
さて、このようなケース。
車は一時停止をしたものの誘導員が「先に行け」と促し、歩道を確認し、最徐行で進行しています。
当然、福岡地裁小倉支部 昭和42年5月1日判決とは前提からして異なる。
福岡地裁小倉支部 昭和42年5月1日 | YouTube動画 | |
一時停止 | ✕ | ◯ |
誘導員の年齢 | 小学生 | オッサン |
速度 | 時速30キロ | 一時停止して確認後、最徐行 |
昭和48年最高裁判決 | 以前 | 以後 |
大阪高裁 昭和62年5月1日判決では、私人の交通整理については
当該私人による交通規制の趣旨・目的、同人に課せられた任務・役割、同人が現実に行つていた規制の方法及びこれを前提とした当該場所における現実の交通状況等にかんがみ、これが自動車運転者にとつて信頼に値するものであると認められるときは、右規制に従つて進行する自動車運転者にとつて、本来同人に課せられている注意義務が軽減又は免除されることがあると解すべき
刑事責任と民事責任は別ですが、私人の交通整理に従う場合にはその私人自体の信頼度も関係します。
何でもかんでも信頼していいわけじゃない。
ちなみに14条4項はこちら。
民事責任としては、車両の運転者もこの趣旨を理解して、児童の横断についてより注意を払うべきみたいな説示もなされています。
通学路ではより運転者の注意義務が加重されますし。
少なくとも、小学生の旗振りを全面的に信用して一時停止もせずに進行することは許されない。
38条の違反?
いまだに弁護士さんのケースについて、違反だ!と主張する人がいてびっくりしますが、
進行妨害との違いだとか、意思がどうだとか、歩行者が譲ったけどやっぱり気が変わったとか、低レベルの主張を繰り返す方々についてはびっくりします。
ところでYouTube動画のようなケース、「違反だ!」と主張する方々にとっては違反なんですかね。
◯車は一時停止し、確認している
◯最徐行で発進した
道路交通法上で禁止されていないことは、通常は「容認」とみなされます。
警察官や交通指導員しか交通整理の権限はないと主張する人もいるけど、私人の交通整理自体は何ら禁止されていない。
私人の交通整理に従う義務は生じなくても、一定の条件下では「他の交通関与者が私人の交通整理に従うことを信頼して進行することは過失責任を問われない(最高裁昭和48年3月22日)」。
読者様の中には「歩行者がドライバーに先に行けと合図するのも私人の交通整理なのでは?」とも言われましたが、確かにその理屈も成り立ちうる。
けどその場合、子供がドライバーに対し「お先にどうぞ」としたことを信頼して進行するのは許されない気がします。
結局のところ、弁護士さんのケースは「一時停止し」、「車に対し先に行けとしたことが外見上明らか」だから違反とはならないワケであって、一時停止もしないとか、外見上明らかとは言えない状況なら当然当てはまらない。
前提や状況が異なれば結論まで変わるのは明らか。
けど、「違反だ!」と主張する人って本当に法律を理解しようとしているのかかなり謎。
そういう人に限って「車線境界線と車両通行帯は見分けがつかないから車両通行帯とみなしていいんだ!」等と法律や判例に反することを平然と語るので、法律を理解したいのではなく持論を貫くには手段を選ばないだけなのでは?
と思うと、笑えてきます。
残念ながら。
だいぶ前に、どうしようもない人に絡まれて多大な被害を被ったことがありますが、その人は法律解釈をねじ曲げるのが大好きな上、間違いを指摘しても開き直るだけなので永久に解決しない。
ということで、私人による交通整理の場合でも横断歩道では一時停止して確認する義務を負うと考えるのが妥当。
一時停止後に「妨げないことが明らか」で、「誘導員を十分信頼できる場合」で、誘導員の制止を歩行者が突破しそうな危険性が目に見えてなければ、進むことに問題はないかと。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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