以前まとめた記事について、
と質問を頂いたのですが。
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注意義務違反
確かに道路交通法54条2項では、「危険を防止するためにやむを得ないときは除外」という意味合いで規定しています。
除外規定が使用義務になる、というのはおかしいように考えられますが、そもそもこれらの判例は道路交通法違反ではなく、業務上過失致死傷。
今でいう過失運転致死傷ですが、規定内容はこれ。
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
必要な注意を怠ったかどうかの話なので、道路交通法違反の結果死傷させたかどうかではないのです。
なので、法定の除外事由に当たる場合に、死傷と因果関係があるなら警音器吹鳴義務違反として成り立ちます。
先行する自転車への追い越しや追い抜きの側方間隔が問題になった判例って、基本はこのパターンなんですよ。
先行する自転車が、突如横断や右折した事例。
このタイプの事故のときに、側方間隔が適正か、減速は十分か、警音器吹鳴義務はあったのかが問題になる。
判例の立場としては、
「先行する自転車に不安定性が見られないなら警音器吹鳴義務はない。」
一例。
本件は、被告人運転の車両が同一方向に先行中の被害者運転の原付自転車をその右側部分に出て追越し中、被告人車の追越し接近に気付かなかつた被害者が道路を右に横断進行し、被告人車と接触して発生した事故であるが、検察官は、このような追越しの場合、被告人にあらかじめ警音器吹鳴の注意義務があると主張する。後車が前車を追い越そうとする場合は、後車は反対の方向からの交通及び前車の前方の交通にも十分注意し、かつ、前車の速度及び進路並びに道路の状況に応じて、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならないわけであるが(昭和46年法律98号による改正前の道路交通法28条2項、以下、引用する道路交通法はいずれも改正前の同法を指す)、一般に、追越しの場合に警音器吹鳴義務を課してはいないのである。かえつて、法令の規定により警音器を鳴らさなければならないとされている場合を除いては、危険を防止するためやむをえないとき以外には警音器を鳴らしてはならないことになつている(同法54条)。したがつて、本件のように、被告人車が先行の原付自転車を追い越そうとする場合にあつては、先行の自転車が進路変更あるいは道路横断等の気配があり、具体的に危険が察知されるような状況にあつた場合は格別、そうでない限り、被告人としては、前車に追越しを覚知させ警告を与えるところの警音器吹鳴義務は負わないものと解すべきである。そこで、本件において、被告人車が追越しの際、先行の原付自転車が道路横断等の気配を示していたかどうかについて検討しなければならない。
大阪地裁 昭和46年12月7日
業務上過失致死傷(過失運転致死傷)で警音器吹鳴義務はない、とされたなら、「危険を防止するためにやむを得ないとき」ではないと解釈できるかと。
警音器吹鳴義務違反とした判例をいくつかピックアップします。
判例 | 側方間隔 | 状況 |
東京高裁 昭和55年6月12日 | 不明 | 先行自転車が50センチ幅で左右に動揺。自転車は突如右折。 |
高松高裁 昭和42年12月22日 | 1m | 先行自転車は後部荷台に荷物をつけ、片手に日傘をさし、片手でハンドルをもつて不安定な操縦(蛇行)をしていた |
警音器吹鳴義務はなかったとする判例もありますが、一番ややこしいのはここ。
自動車運転者が、警音器の吹鳴義務を負う場合は、法54条1項及び2項但書の場合に限られ、右各場合以外に警音器を吹鳴することは禁止されているところ、本件事故現場付近は、同法54条1項によって警音器を吹鳴すべき場所でないことは明らかである。また同2項但書によって警音器を吹鳴すべき義務を負担する場合は、危険が現実具体的に認められる状況下で、その危険を防止するため、やむを得ないときに限られ、本件におけるように先行自転車を追い抜くにあたって、常に警音器を吹鳴すべきであるとは解されず、追い抜きにあたって具体的な危険が認められる場合にのみ警音器を吹鳴すべき義務があるものと解される。
ところで、被告人は、司法警察員に対する供述調書第11項において、「あの様な場合警音器を有効に使用して相手に事前に警告を与えておけばよかつたのですがこれを怠り」と述べ、更に検察官に対する供述調書第三項において、「私もこの自転車を追抜く際、警音器を鳴して相手に私の車の近づくのを知らせる可きでした。そうしてそれからスピードを落して相手の様子を良くたしかめ大丈夫であると見極めてから追抜きをする可きでした。それを相手が真直ぐ進むものと考え相手の動きに余り注意しないでそのままの速度で進んだのがいけなかつたのです。」と述べ、自ら自己の注意義務懈怠を認めている如くであるが、被告人に過失があつたか否かの認定は、事故当時の道路、交通状態、事故当事者双方の運転状況等により客観的に判断すべきものであるから、これらの被告人の単なる主観的意見によつて、直ちに被告人に過失ありと認定できないこと論を俟たない。
もちろん被告人が危険を感じなくとも被告人が右に供述している如く警音器を吹鳴していれば、同人も被告人の接近に気付き事故を防止することができたかもしれない。しかし、前記認定のとおり警音器吹鳴の義務が客観的に認められないから、同人の死亡の結果を被告人に帰せしめることはできない。
奈良地裁葛城支部 昭和46年8月10日
吹鳴義務はなかったとしている一方、最後の部分では予備的吹鳴を認めているかのようにも読めてしまう点。
実際、警音器使用制限違反としての判例って、全然見つかりません。
強いていうなら、妨害運転罪としてクラクションを執拗に鳴らしながら被害車両に接近を繰り返した事例について、警音器使用制限違反の妨害運転罪と、安全運転義務違反の妨害運転罪を認めた判例があります。
(秋田地裁 令和3年5月26日、神戸地裁 令和3年1月7日等)
執拗に鳴らしながら接近を繰り返した事例なので、警音器使用制限違反は異論はないでしょうけど。
民事の判例では、警音器吹鳴義務違反とした判例もあれば、否定した判例もあります。
難しいのはこういうの。
さいたま地裁 平成30年9月14日では、路側帯をジョギングする歩行者の動静に違和感を持ち、クラクションを使い減速しながら接近。
そのまま歩行者を追い抜きしようとしたところ、歩行者が突如道路中央に向けて横断する形になり接触。
被告は、歩行者である原告の動静に違和感を覚え、また、クラクションに気付いていない様子であることも認識しながら、十分に徐行することもなく、その側方を通過しようとし、結果、車道内に進入した原告を回避することが出来ず、被告車両を原告に衝突させたものであるから、この点に過失があると認めることができる。
もっとも、本件事故の態様は、通行するに十分な幅員を有する路側帯をランニングしていた原告が、両耳にイヤホンを装着して音楽を聴いていたため、被告車両のクラクションによる注意喚起に気付かず、被告車両が直近に至った時点で、後方確認することもなく車道内に大きく進入し、センターライン付近に至って被告車両と衝突したというものであって、原告にも相当な落度があり、被告の回避可能性が減退していたこともまた明らかではないほかない。
さいたま地裁 平成30年9月14日(控訴後和解)
ランナー:後続車=40:60としています。
違和感程度で使っていいのか疑問がありますが、内容的にはクラクションを使ったことはむしろ評価されているような印象です。
刑事判例の中には、警音器を使ったとしても事故の回避可能性がなかったとしているものもあります。
・最高裁判所第二小法廷 平成4年7月10日
・東京高裁 昭和40年3月23日
後退する際に警音器を使わなかったことを過失として有罪にした判例もあるので(東京高裁 昭和42年2月14日)、「具体的危険性」だけでなく予防的吹鳴なんじゃないの?と疑問もありますが。
安易に使うものではない
クラクションは安易に使うものではないし、何ら動揺性もなく不審な点すらない先行自転車に向けるのも違うわけですが、「やむを得ない」という部分は実際のところまあまあ広く解釈されているような印象があります。
自転車の歩道通行の要件である、
これについても事実上は無意味な規定ですし。
警音器使用制限違反についても、執拗に鳴らすようなプレイ以外では違反にしてないような印象すらあります。
ただまあ、違反になるかならないかもそうですが、トラブルにはなるわけで、必要もないのに使わないほうがいいことは間違いなし。
私自身はイラっとするよりも、「どうした?」という疑問があるので理由を聞きますが、理由がおかしい&暇なら、警察官にお説教タイムをお願いすることになります。
まあ、暇なとき限定ですが。
ということで、判例上は客観的危険性があるなら使っても違反とまではしてないですし、「やむを得ないとき」についても厳格な解釈をしているようには思いませんが、違反にならなくてもトラブルにはなります。
ちなみに、自転車が歩道通行時に歩行者にベルを鳴らすのは普通に違反です。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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