読者様からちょっと意見を求められたのですが、自転車は原則として並進が禁止されています。
これを読んでどう思うか?との話。
稚拙すぎてどうとも思わないのですが(笑)、ついでなので自転車の並走と歴史を。
昭和35年以前(道路交通取締法)
現行規定では25条の2に「横断等の禁止」という規定がありますが、道路交通取締法時代には同様の規定の中で「併進」も規制対象でした。
1 車馬は、他の交通を妨害する虞がある場合においては、併進し又は後退し若しくは転回してはならない。
2 公安委員会は、危険防止及びその他の交通の安全のため特に必要があると認めるときは、区域を限り、併進、後退又は転回について、必要な制限を定めることができる。
車馬に自転車も含まれます。
ちなみに古い標識令をみても「併進禁止」は見つからないのですが、理屈の上では「併進禁止道路」を設定可能だったのと、「正常な交通を妨害するおそれがあれば」併進は違反になっていたワケです。
自転車だけでなくクルマも。
なお、「追いつかれた車両の義務」が当時は自転車にも課されていました。
道路交通取締法では、追い越しする後車はクラクションで合図する義務がありました。
2、前項の場合においては、後車は、警音器、掛声その他の合図をして前車に警戒させ、交通の安全を確認した上で追い越さなければならない。
合図を受けた前車は左側端に寄る義務があった。
3 前項の合図があったことを知った場合において、前車が後車よりも法第16条第1項および第2項の規定による順位が後順位のものであるときは、前車は、後車に進路を譲るために道路の左側によらなければならず、その他のときは、追越を妨げるだけの目的をもって後車の進路を妨げる行為をしてはならない。
自転車が並走していても、追い越しする後車がクラクションで合図したなら(旧令24条2項)、自転車は並走を解除しなければなかった(旧令24条3項、旧法12条1項)だと読み取れます。
道路交通法取締法時代
・追い越しする後車がクラクションで合図したら並走を解除する義務
並走の件ではありませんが、当時は自転車にも避譲義務があったことや、追い越し時にクラクション吹鳴義務があったことを示す判例。
先行の自転車を追越そうとする際はバス運転者としては、自転車の方向転換は自由であり且つ自転車塔乗者が積雪及び敷砂利のため、その操縦を誤り、又は転倒する虞れあること等を考慮し、警笛の吹鳴又は呼びかけ等追越の合図をしてこれを了知させ、できる限り、自転車塔乗者を左側に待避させて、絶えずその動静及び道路の前後左右を注視し自動車を安全に進出させ得ることを確認した上、
名古屋高裁金沢支部 昭和33年5月15日
なお、各都道府県の規則で自転車の並走を禁止していた場合もあるようですが、詳しくはわかりません。
自転車にも進路避譲義務がありました。
昭和35~39年
昭和35年に道路交通法が制定されましたが、昭和39年にジュネーブ条約に加入するまでは自転車の並走は禁止されていません。
道路交通法制定時に、旧法12条からは「併進」が削除されてますが、追いつかれた車両の義務としては昭和39年までは自転車にも義務がありましたし、「追い越しする後車のクラクション吹鳴義務」がなくなっただけで結局は「追いつかれた車両の義務」がある以上、追いつかれた並走自転車は並走を解除する義務があったと理解できます。
この時代は自転車にも「追いつかれた車両の義務」(27条)が課されていた関係もあり、こういう判例がいくつか散見されます。
まずは昭和36年発生の事故の判例。
自動車運転者が自転車を追い越す場合には、自動車運転者は、まず、先行する自転車の右側を通過しうる十分の余裕があるかどうかを確かめるとともに、あらかじめ警笛を吹鳴するなどして、その自転車乗りに警告を与え、道路の左側に退避させ、十分な間隔を保った上、追い越すべき注意義務がある。
昭和40年3月26日 福岡地裁飯塚支部
判例によっては「クラクション鳴らして自転車を左側端に避譲せしめて」などと書いてありますが、こういう法律なので仕方ない。
この時代、自転車の並走自体は禁止されてないものの、「追いつかれた車両の義務」から事実上並走不可能だった、もしくは「クラクション鳴らされて避譲させられる」ことにより並走を解除するしかなかったんじゃないかとすら思いますが。
昭和39年
昭和39年はジュネーブ条約に加入したことにより、自転車にはいくつか改正がありました。
②「追いつかれた車両の義務」から自転車が削除
ジュネーブ条約を確認します。
自転車の運転者は状況により必要な場合は一列で通行しなければならず、また、国内の規則で定めた特別な場合を除くほか、車道では3台以上並列させて車道を進行してはならない。
運転者は、行き違うとき又は追い越されるときは、自己が進行する方向に適応した側の車道の端にできる限り寄らなければならない。
追い越されるときは、自己が進行する方向に適応した側の車道の端にできる限り寄り、加速しないでいること。
16条では2台まで自転車の並走を認め、必要に応じ一列になることを求めている。
12条1項も2項も「追いつかれた車両の義務」そのまんまですが、ジュネーブ条約上は自転車もこれの対象です。
しかし、なぜか日本の道路交通法は、こうした。
昭和39年改正 | ジュネーブ条約 | |
自転車の並走 | 原則禁止 | 2台まで原則可能(必要に応じ一列に) |
避譲義務 | 自転車は削除 | 自転車も対象 |
これらから読み取れるのは、そもそも自転車が並走していて避譲義務が遵守されない、もしくは避譲義務との兼ね合いから事実上並走が不可能だった場面がそれなりにあった影響なんじゃないかと思われます。
一見するとジュネーブ条約とは真逆の内容ですが、並走を原則禁止にすると避譲義務が常に遵守された状態とも言える。
しかもジュネーブ条約上、必ず自転車の並走を認めなきゃいけないわけではない。
おそらく、「事実上並走がムリなんだから並走を禁止し、その代わり避譲義務から外しても並走しなきゃ問題ないよね」としただけなんだろうと。
自転車の並走は認めるべき?
ジュネーブ条約上、自転車だろうと「追いつかれた車両の義務」の対象なわけ。
並走を禁止した代わりに避譲義務から外したと読み取れるわけで、逆に並走を許可したらジュネーブ条約上も避譲義務の対象にしないといけない。
そうするとどうなるかはお察しで、この世界に逆戻りです。
先行の自転車を追越そうとする際はバス運転者としては、自転車の方向転換は自由であり且つ自転車塔乗者が積雪及び敷砂利のため、その操縦を誤り、又は転倒する虞れあること等を考慮し、警笛の吹鳴又は呼びかけ等追越の合図をしてこれを了知させ、できる限り、自転車塔乗者を左側に待避させて、絶えずその動静及び道路の前後左右を注視し自動車を安全に進出させ得ることを確認した上、
名古屋高裁金沢支部 昭和33年5月15日
自動車運転者が自転車を追い越す場合には、自動車運転者は、まず、先行する自転車の右側を通過しうる十分の余裕があるかどうかを確かめるとともに、あらかじめ警笛を吹鳴するなどして、その自転車乗りに警告を与え、道路の左側に退避させ、十分な間隔を保った上、追い越すべき注意義務がある。
昭和40年3月26日 福岡地裁飯塚支部
原判決書によれば、原判決がその理由中罪となるべき事実として業務上過失致死罪の有罪事実を認定判示していることが認められる。
これに対し所論は、要するに、(一)原判決は、同一方向に向う自転車を追い越す場合被告人は警音器の吹鳴義務、自転車を進路から更に左側に避譲せしめる義務、
東京高裁 昭和35年(う)第1663号
自転車は後車が追い越しする際に「避譲する義務」を課されて「避譲せしめられる」ことになりますが、「自転車の並走を許可しろ」という人はこんな時代に逆戻りしたいのかね?
理解に苦しむ。
歴史を理解してないから妄言に繋がるのでは?
サイクリングロードと並走
ところで冒頭の件。
だいぶ間違いが散見されるのでアレなんですが、68条は並走を認める規定ではないし、クルマの並走は禁止する規定がないから禁止ではないだけ。
3台以上の並進については、条約が禁じているのは車道上のみですが、日本の道路交通法は車道以外の場所にまで並進禁止を拡大しています。車の通らない広い河川敷道路のような場所でも一律に並進を禁じるのは行き過ぎです。
『月刊交通』臨時増刊号の感想——並進と自転車横断帯について道路交通研究会(編)(2013年2月25日)『 月刊交通 臨時増刊号 良好な自転車交通秩序の実現のための総合対策 』に所載の「道路交通法における自転車に係る規定の変遷」には、過去の道路交通法の改正とその狙いが簡単に纏められています。 私が以...
そもそもジュネーブ条約の車道の定義は、これなので
歩道と車道の区別がなく車両が通行可能な場所も含みます。
なので別に条約の解釈がおかしいわけでもない。
そもそも、サイクリングロードに警察官がいて取締りするなんて無いので、事実上サイクリングロードでは並走している自転車なんて普通にいるわけですが、
「広ければOK」と解釈した場合、結局広い狭いの価値観について「人それぞれ違う」し、危険度に対する考え方も「人それぞれ違う」。
「人」に判断基準を委ねると「歩行者からみたら危険、しかし並走している当事者は危険だと思わない」というミスマッチから不満を募らせる人はいるわけで、いいことないのよね。
客観性がない判断基準を持ち込めばそうなるだけでしかない。
けど、昭和35年あたりになるのは御免です。
自動車運転者が自転車を追い越す場合には、自動車運転者は、まず、先行する自転車の右側を通過しうる十分の余裕があるかどうかを確かめるとともに、あらかじめ警笛を吹鳴するなどして、その自転車乗りに警告を与え、道路の左側に退避させ、十分な間隔を保った上、追い越すべき注意義務がある。
昭和40年3月26日 福岡地裁飯塚支部
ただでさえ「追いつかれた車両の義務」は一時停止義務があると信じる人もいるわけで(警察庁の道路交通法ハンドブックも一時停止又は徐行と書いてある)、
トラブルしか予見できないし。
並走してない上、左側端に寄って通行している自転車が、もっと避譲しろと非難されるだけでしかないし、法律上もそうなりかねない。
先日のこれにしても、
タクシーの煽り運転。。。。 pic.twitter.com/ALWofAUpwy
— 進撃のJapan (@roketdan2) February 11, 2023
自転車も「追いつかれた車両の義務違反」だとされることになるのですよ。
並走を解禁するというのはそういうこと。
もちろん、民事でも進路避譲義務違反として過失になりかねない。
そこまで理解して「並走を解禁」なのかはわかりませんが。
結局のところ、
・自転車が並走時に進路避譲義務を果たさないし、期待も出来ない
これらから並走禁止にするしかなかったんでしょうね。
並走が原因の事故判例もいくつかは見かけますが、左側端通行義務と並走禁止を組み合わせれば、ジュネーブ条約の進路避譲義務も満たしているわけだし。
条約がいう、「状況により必要な場合は一列で通行しなければならず」の「状況」が、日本の状況からみて事実上並走不可能な場所ばかりなのを考慮したのでしょう。
なお、改正時の説明。
道路交通条約第16条第2項によれば、自転車は状況により必要な場合は一列で通行しなければならず、また、国内法令に定める特別な場合を除くほか、三台以上並列させて進行してはならないこととされている。ところで、現行道路交通法においては、特に自転車の並進を禁止していないが、実態的にはそのような行為はしばしば危険をもたらすのであるので、条約への加入を機会に、今回の法改正においても、軽車両の並進を原則として禁止し、公安委員会が道路または交通の状況により支障がないと認めて指定した道路の区間においては、二輪の自転車に限り、二台まで並進を認めることとした。
宮崎清文(警察庁交通企画課長)「道路交通法の一部を改正する法律について」、警察学論集、立花書房、1964年7月
いいとこばかりに目を向けても
海外では並走できるよね、みたいな話は時々出てくるけど、厳密な話をすりゃ日本でも全ての並走を禁止していないわけでして。
並走を認めると、その対価を払うことにしかならない上、マイナスのほうが大きいでしょうね。
中途半端に理解するとジュネーブ条約に反した改正をしたかのように取れますが、それはある一面しか見てないからわかんないのでしょう。
「不公平」をいうなら、そもそも自転車が進路避譲義務から免除されていることも条約違反な上「不公平」なんだし、自転車に青切符がないのも「不公平」なんだし、それぞれの車両の特性や状況に合わせてルールを作るのは当たり前。
ちょっと話は変わりますが、オランダは自転車大国だと評価されます。
自転車の権利を高めた社会と言えますが、全ての人にハッピーではない。
歩行者が横断歩道で自衛させられ、ガツガツ当てられる社会ね…
これを書くと「でも死亡事故は減ったからいいだろ」みたいな擁護になりがち。
その擁護をするということは、間接的にはこれを容認しちゃってるのと変わらないと思うのですよ。
「死ななかったから良かったよね」と。
死亡事故ではなかったですもんね。
全く賛同出来ない。
けどどんな分野でも、政策を語る人っていいことしか言わないのがオチなんだなあと感じます。
メリットとデメリットをきちんと話せる人以外、信用してないので。
ヨーロッパでも自転車が並走してクラクション鳴らされて…みたいな話は時々出てますが、メリットとデメリットは表裏一体。
デメリットを伝えた上で、デメリットを上回るメリットがあるというならわかるけど。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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