道路交通法38条1項後段は、
第三十八条
この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。
2つの義務を並列的に課しているので、下記2つのうち片方が欠けたら違反です。
②通行を妨げないようにする
これまで、「進路の前方」について示した判例は福岡高裁 昭和52年9月12日判決などがありますし、「横断しようとする歩行者」について示した判例は東京高裁 昭和42年10月12日判決などがあります。
「一時停止」と「通行を妨げないようにする」は別の要件ですが、実質的には「一時停止せずに検挙」が大多数なので「通行を妨げないようにする」に抵触して検挙された事例、つまりは一時停止したけど妨げた事例は少ない。
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一時停止後に妨げた事例
道路交通法違反の判例ではなく業務上過失傷害罪の判例ですが、一時停止後に発進して歩行者と衝突した事故について、無罪としたものがあります。
運転者は注意深く発進したということで無罪。
まあ、ちょっと特殊な事例かもしれません。
それ以外だと、道路交通法違反を争った行政事件として東京地裁 平成28年2月18日判決がありますが、一時停止後に発進した際に「通行妨害」があったか否かを争ったものです。
事案としては、こんな感じ。
・左折先横断歩道にて歩行者が途切れるまで一時停止した
・原告は一時停止後に時速10キロ程度で進行
・原告から見て右→左に横断する歩行者が、横断歩道の側端から約4m、歩行者の約1m手前を原告車が進行し、歩行者を立ち止まらせた
当然、「通行を妨げないようにしなければならない」に抵触するので、38条1項後段の違反だとなるわけです。
立ち止まらせてますから。
一時停止義務は果たしているのは明らかですが、「通行を妨げないようにしなければならない」には抵触する。
なお、否認事件ですが刑事処分は不起訴(起訴猶予)なので行政訴訟を提起したようですが、点数の加点は行訴法上の行政処分には該当しないため、点数取消訴訟は却下されます。
なかなか難しいのは、争う気満々でも不起訴になると争う場所がない。
で、ちょっと思うこと。
判例の意味するもの
38条1項後段の要件をみると、
第三十八条
この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。
①進路の前方
②横断する歩行者
③横断しようとする歩行者
④一時停止
⑤通行を妨げないようにしなければならない
これらはそれぞれ別に示されてますが、概ね解釈としてはこうなります。
進路の前方 | 進路の前方を横断しようとする歩行者 |
車体幅+1.5m | 車体幅+5m |
ほとんどの判例では「一時停止せずに検挙」。
なので一時停止義務違反としての検挙になりますが、それぞれの判例では争った内容が異なる。
A、「進路の前方」に該当するかを争った判例
◯福岡高裁 昭和52年9月12日
右に規定されている「その進路の前方」とは、車両等が当該横断歩道の直前に到着してからその最後尾が横断歩道を通過し終るまでの間において、当該車両等の両側につき歩行者との間に必要な安全間隔をおいた範囲をいうものと解するのが相当であり、右38条1項後段の規定は、車両等の運転者に対して、当該横断歩道により右の範囲を横断し又は横断しようとする歩行者があるときは、その直前で一時停止するなどの義務を課しているものと解される。そして、右の範囲すなわち歩行者との間に必要な安全間隔であるか否かは、これを固定的、一義的に決定することは困難であり、具体的場合における当該横断歩道付近の道路の状況、幅員、車両等の種類、大きさ、形状及び速度、歩行者の年齢、進行速度などを勘案し、横断歩行者をして危険を感じて横断を躊躇させたり、その進行速度を変えさせたり、あるいは立ち止まらせたりなど、その通行を妨げるおそれがあるかどうかを基準として合理的に判断されるべきである。原審において検察官は「進路の前方」の範囲を約5mと陳述しているが、これは、この程度の距離を置かなければ横断歩行者の通行を妨げることが明らかであるとして福岡県警察がその取締り目的のため一応の基準として右の間隔を定めていることを釈明したものと解され、必ずしも「進路前方」の範囲が5m以内に限定されるものではないのであつて、この範囲は具体的状況のもとで合理的に判断されるべき事柄である。
福岡高裁 昭和52年9月12日
B、「横断しようとする歩行者」について争った判例
◯東京高裁 昭和42年10月12日
(1)歩行者である老人は、横断歩道によつて、古町通りから、白山公園入口に向けて車道を横断するため、歩道から横断歩道に2、3歩足をふみ出したが、被告人の車を先頭に十数台の車両が進行してくるのを見て、その場に一時停止したものの、その際別段歩道上に引き返すような素振が見受けられなかつたことが、明らかであり、右事実に徴すれば、右老人は、横断歩道によつて、古町通りから白山公園入口に向けて車道を横断しようとしたものであるが、被告人の車を先頭に十数台の車両が進行してくるのを見て、横断に危険を感じ、その安全を見極めるため、一時停止したにすぎないものであつて、歩道上に引き返すような素振を見せる等外見上明らかに横断の意思を放棄したと見受けられるような動作その他の状況が認められない以上、直ちに横断の意思を一時放棄したものとは認められないこと、
(中略)
右法条にいわゆる「横断しようとしているとき」とは、所論のように、歩行者の動作その他の状況から見て、その者に横断しようとする意思のあることが外見上からも見受けられる場合を指称するものであるが、論旨第一点において説示したとおり、老人が横断歩道で立ちどまつたのは、そのまま横断すれば危険であると考え、その安全を見極めるためにしたものにすぎず、横断の意思を外見上明らかに一時放棄したものとはいえないから、この場合は、前記法条にいわゆる「横断しようとしているとき」に該当するものというべきである。そこで右主張もまたこれを容れることができない。論旨は理由がない。
東京高裁 昭和42年10月12日
◯大阪高裁 昭和54年11月22日
このように横断歩道上を横断しようとしてその中央付近手前まで歩んできた歩行者が、進行してくる被告人車をみて危険を感じ、同歩道の中央付近手前で一旦立ち止まったとしても、横断歩道における歩行者の優先を保護しようとする道路交通法38条の規定の趣旨にかんがみると、右は同条1項後段にいう「横断歩道によりその進路の前方を横断しようとする歩行者」にあたるというべきである。
大阪高裁 昭和54年11月22日
◯東京地裁 令和元年12月19日
同法38条1項にいう「横断し、又は横断しようとする歩行者」とは、横断歩道上を現に横断している歩行者等であるか、あるいは、横断歩道等がある場所の付近において、当該横断歩道等によって道路を横断しようとしていることが車両等運転者にとって明らかである場合の歩行者等、すなわち、動作その他から見て、その者が横断歩道等によって進路を横断しようとする意思のあることが外見上明らかである歩行者等のことをいうと解するのが相当である。
東京地裁 令和元年12月19日
これらは「横断しようとする歩行者」について示した判例で、全て「一時停止しなかった判例」。
一時停止しなかったなら「通行を妨げないようにしなければならない」について示したわけではなく、「進路の前方」について争ったとか、「横断しようとする歩行者」か否かについて争ったものでしかなくて、それ以上の意味はない。
なんか判例の意味を取り違えて、裁判所が全く判断してないことを勝手に決めつける人とかいますが…
下記のどれを争ったのかによって判例が持つ意味が違うので。
②横断する歩行者
③横断しようとする歩行者
④一時停止
⑤通行を妨げないようにしなければならない
例えば、福岡高裁が示したのは「進路の前方の範囲」についてなので「一時停止とは何か?」とか「通行を妨げないようにするとは何か?」なんて話にはならないし、一時停止せずに進行したことについて検挙した事例なので「進路の前方の範囲と、被告人は一時停止義務を負っていたか?」が争点。
全然違う解釈する人もいるみたいですが、本当に不思議です。
そしてもう1つ不思議なのは、「一時停止」と「通行を妨げないようにする」は別要件なので、別に検討することは当然なのに、一緒に考える人がいること。
「進路の前方を横断する歩行者」と「進路の前方を横断しようとする歩行者」がいるときには必ず一時停止義務を負うことは明らかですが、
わざわざ「一時停止」と「通行を妨げないようにする」を並列的に課しているのだから別要件なのに、なぜか「5m範囲」に歩行者がいるときには停止線を越えてはならないみたいな謎解釈になる人すらいますが、まともに条文、解説書や判例を読めばそんなわけがないことは明らかなのにロジカルな考え方が苦手なのだろうか?
歩行者等が自分の通行の速さを変えるとか、立ち止まるとか、あるいはその車両等が歩行者等の前面に停止したため、その車両等の前又は後の方に大回りして横断しなければならなくなるような場合のことをいう。
車両等は、本項の規定によって、歩行者等が横断歩道等により車両等の進路前方を横断し、又は横断しようとしているときは、歩行者等の進行を妨げると否とに関係なく、必ず車両等は横断歩道等の直前で一時停止しなければならないことは前述したとおりであるが、一時停止したのちそれらの歩行者等の進行を妨げることがないと客観的に認められるときは、その横断歩道等を通過できるのである。しかし、右のように通過している段階で再び歩行者等の通行を妨げるおそれが生じたときは、徐行するか、又は一時停止してその通行を妨げないようにしなければならない。いかに一時停止したとしても、結果的に歩行者等の通行を妨げれば、本項の違反となる。
野下文生、道路交通執務研究会、執務執務道路交通法解説(18訂版)、東京法令出版
いやはや、本当に不思議。
いわゆる5m範囲が「進路の前方」の範囲だとしても、その範囲にあることと「横断しようとする歩行者」なのかは別問題だし(それこそ目の前を通りすぎた歩行者は「5m範囲」にいても「横断しようとする歩行者」ではない)、歩道上で横断歩道に背を向けている人は5m範囲にいても「横断しようとする歩行者」ではない。
ただし「横断しようとする歩行者が明らかにいない」とも言い切れない以上、「横断歩道に接近」する以上は前段の義務を免れない。
②横断する歩行者
③横断しようとする歩行者
④一時停止
⑤通行を妨げないようにしなければならない
それぞれの該当性について考える問題。
ちなみに、38条1項が関係する判例って他にもいくつもありますが、
「違反かどうかの結果論」をみてもしょうがなくて、判決が示した意味が大事。
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2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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