ちょっと前になりますが、酒気帯び運転罪(道路交通法違反)で一審有罪、二審無罪になって確定した方が運転免許取消処分は肯定されたという報道がありましたが、
![](https://roadbike-navi.xyz/wp-content/uploads/2022/10/24450137_s.jpg)
行政事件の判決文はないものの、刑事事件の判決文は普通にあったので見てみました。
まあ、無罪であっても無実というわけではない事例といえば分かりやすいのかな。
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消えたエンジンキーの謎
一審は福岡地裁 令和2年12月14日、二審は福岡高裁 令和3年10月26日です。
事件名は「道路交通法違反、公務執行妨害被告事件」。
公務執行妨害は有罪で確定しているので、以下は道路交通法違反(酒気帯び運転罪)の話になります。
まず前提ですが、被告人が飲酒していたとはいえ、運転していた直接的な証拠はありません。
コンビニ等の防犯カメラから被告人が運転していたことが推認できるとして一審は有罪。
①午前1時4分頃、白ミニバン(本件車両)が本件コンビニの駐車場に入り、白トレーナーの男性(本件男性)が運転席から降りてエンジンキーを使って施錠。○○方向へ歩いていった。
②午前2時49分頃、本件男性ともう1人の男性がコンビニがある方向に歩いていた。
③午前2時57分頃、本件男性ともう1人の男性が本件コンビニの駐車場に入り、本件男性はエンジンキーを使って運転席に乗車。
もう1人の男性は運転席に接近した後、2時58分にコンビニに入店。
3時3分頃、本件車両は本件コンビニの駐車場から発進。
①~③の間、本件車両のフロントライトの点灯やドアの開閉はなく、本件男性以外に本件車両を乗り降りした人はいない。
④午前3時38分頃、路上で車両のバンパーが何かに衝突したように凹んで停車していた車両の運転席に被告人が乗車していた。
警察官から職務質問を受け、飲酒検知に反発して公務執行妨害で逮捕。
要はこの流れで、防犯カメラ上の本件男性が被告人、本件車両が被告人車両だと認定し、一審は「運転していたのは被告人」とし酒気帯び運転罪で有罪判決。
ところが二審で問題になったのは、エンジンキー。
なぜエンジンキーがなくなったのか説明がつかない。
一審が認定したエンジンキーの話には不合理な点があるし、かといって被告人の供述も完全に信用できるわけではない。
しかし、あらゆる証拠を検討すると「第三者が運転しエンジンキーを持ち去った可能性」を否定できなくなり、一審の事実認定の一部が崩れてしまうため、被告人が運転していたと認定したことに合理的な疑いが生じる。
そうなると刑事訴訟法では「疑わしきは被告人の利益に」なので、犯罪の証明がないから無罪になります。
一応理屈の上では、コンビニに駐車した際に実は最初からもう1人乗っていた可能性もあるし、コンビニから発進した後にもう1人乗り込んで運転した可能性もある。
前者についてはそもそも寒い時期に1人を車内に残したままなのは不自然ですが、どちらにせよ消えたエンジンキーの謎から第三者が運転していた可能性を否定出来なくなった以上、「疑わしきは被告人の利益に」なので無罪になる。
で。
行政事件(運転免許取消処分取消請求)について判決文がないので詳しくはわかりませんが、刑事事件と行政処分はそもそも別。
おそらく公安委員会は、防犯カメラ映像から「被告人(行政事件の原告)」が運転していたと認定できるから運転免許取消処分に踏み切り、福岡地裁(行政事件)もそれを認めたのではないかと。
コンビニに駐車して発進するまでの二時間ちょっとの間、被告人のみがクルマを乗り降りしてしたのは防犯カメラ上明らかなので。
飲酒運転で逮捕され、刑事事件で無罪となったのに、免許取り消し処分が維持されるのはおかしいとして、福岡市の男性が福岡県に処分の取り消しを求めた訴訟の判決が29日、福岡地裁であった。林史高裁判長は、第三者が運転していた可能性を指摘した刑事裁判の判決内容を否定し、「県の処分は適法だ」として男性側の訴えを退けた。
判決によると、男性は2020年1月、事故を起こした車に酒を飲んだ状態で乗っていたとして、道路交通法違反(酒気帯び運転)の疑いで逮捕された。その後、一審・福岡地裁判決で執行猶予付きの有罪判決を受けたが、21年10月の控訴審で福岡高裁は「第三者が運転していた可能性を排除できない」として無罪を言い渡し、その後に確定した。
林裁判長は、第三者の存在をうかがわせる説明をした男性の知人らの証言の信用性が低いことや、防犯カメラに男性以外が車を乗り降りした映像がないことなどを指摘し、「男性が運転行為を行ったものと認められる」と判断した。
逆転無罪後の「免許取り消し」の取り消し請求退ける 福岡地裁:朝日新聞デジタル飲酒運転で逮捕され、刑事事件で無罪となったのに、免許取り消し処分が維持されるのはおかしいとして、福岡市の男性が福岡県に処分の取り消しを求めた訴訟の判決が29日、福岡地裁であった。林史高裁判長は、第三…
酒気帯び運転の無罪判決が確定した福岡市の40代男性が、福岡県公安委員会による運転免許取り消し処分の取り消しなどを求めた行政訴訟の判決で、福岡地裁は29日、請求を棄却した。別の人物が運転していたと主張する男性の供述が「著しく変遷している」と判断した。原告側は控訴する方針。
地裁での刑事裁判では道交法違反罪で有罪判決を言い渡したが、2021年の福岡高裁判決は、エンジンキーが発見されなかったことなどを理由に逆転無罪とした。
林史高裁判長は判決理由で、男性が運転者を特定できるはずなのに特定しておらず、警察官の隙を見てキーを投棄した可能性も否定し難いと指摘した。
無罪でも免許取り消し維持 酒気帯び運転巡り、福岡地裁(共同通信) - Yahoo!ニュース酒気帯び運転の無罪判決が確定した福岡市の40代男性が、福岡県公安委員会による運転免許取り消し処分の取り消しなどを求めた行政訴訟の判決で、福岡地裁は29日、請求を棄却した。別の人物が運転していたと主
どう捉えるか?
刑事事件は国家が刑罰を課すのだから「疑わしきは被告人の利益に」ですが、行政処分は要許可行為の取消。
許可を取消するために合理的な根拠があれば十分なわけで、刑事事件では「消えたエンジンキーの謎から第三者が運転していた可能性を否定できない」だし、行政事件では「いや防犯カメラ上、クルマに乗り降りしたのはあんただけやで。しかも運転席に乗り降りしちゃってるし」なんじゃないかと。
なので、無罪になることと無実だと認定できるかは別問題になります。
刑事事件の有罪・無罪の基準と、行政処分の妥当性は別なのよ。
まあ、コンビニに駐車して向かった先は飲み屋ですし、仮に原告の主張通りだとしても疑わしき行為は避けたほうがいいのよね。
刑事事件と行政処分は別ですが、公安委員会も明らかな間違いであれば自ら是正します。
例えば、昨年話題になった「赤信号無視直進バイク事件」にしても、
![](https://roadbike-navi.xyz/wp-content/uploads/2023/10/27544755_s-160x90.jpg)
警察は被害者の赤信号無視を見逃して書類送検し、検察官も赤信号無視を見逃して起訴。
証拠上、被害者が赤信号無視したことが明らかだったので公安委員会も自主的に是正措置を取ったようですが、この事例は無罪な上に無実だったもの。
事案がだいぶ違うわけですね。
「第三者が運転していた可能性を否定できない」と「第三者が運転していたと認められる」では違う。
刑事事件では被告人が運転していた可能性が高くても、第三者が運転していた可能性を否定出来なければ無罪になりますが、無罪と無実は別なのよね。
![roadbikenavi](https://roadbike-navi.xyz/wp-content/uploads/2021/01/20210101_140521.jpg)
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
交通法規では、「民事と刑事の違い」のような話題はよくありますが、
「民事・刑事に加えて行政処分」まで出てくると、
三権分立を思い出しますね。(言ってみたかっただけです)
コメントありがとうございます。
行政処分の適法性と刑罰の有罪無罪は基準が違うので、こうなることはあるんですよね。