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被告人が有罪を希望すれば、有罪になるか?

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交通事故報道は毎日のようにありますが、原則として弁護人は被告人の利益になるような主張をします。

 

しかし、一審で無罪判決後に弁護人が「有罪希望」の主張をした珍しい事例があります。

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一審無罪判決後に有罪希望

一審は前橋地裁 令和2年3月5日、二審は東京高裁 令和2年11月25日。
過失運転致死傷罪被告事件です。

 

まず、事故の概要。

第1 本件公訴事実の要旨
1 主位的訴因(平成30年10月24日訴因変更決定後のもの)

被告人は,平成30年1月9日午前8時25分頃,前橋市a町b番地所在の被告人方駐車場において,普通乗用自動車の運転を開始するに当たり,かねてから低血圧の症状があり,低血圧により,めまいや意識障害を生じたことがあった上,医師から,同症状によりめまいや意識障害を生じるおそれがあることから,自動車の運転をしないように注意されていたのであるから,自動車の運転は厳に差し控えるべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,低血圧の症状があったのに,漫然同車の運転を開始した過失により,その頃,同市c町d番地付近道路をa町方面からe町方面に向かい時速約60ないし65キロメートルで進行中,低血圧により意識障害の状態に陥り,自車を右斜め前方に進行させて,同市c町f番地付近道路右側の車道外側線を対向進行してきたA(当時16歳)運転の自転車に自車を衝突させるなどした上,自車を同所付近道路右側路外に設置された縁石等に衝突させて自車を横転させるなどして,A運転の自転車の後方から対向進行してきたB(当時18歳)運転の自転車に自車を衝突させるなどし,よって,Bに入院加療202日間を要する脳挫傷等の傷害を負わせるとともに,Aに脳挫傷等の傷害を負わせ,同月31日午後6時18分頃,同市g町h丁目i番j号所在のC病院において,Aを前記傷害に基づく低酸素脳症により死亡させた。

2 予備的訴因(平成31年3月11日付けで予備的追加を許可したもの)
被告人は,平成30年1月9日午前8時25分頃,前橋市a町b番地所在の被告人方駐車場において,普通乗用自動車の運転を開始するに当たり,かねてから低血圧の症状があり,血圧変動等により,めまいや意識障害を生じたことなどがあった上,医師や家族から,めまいを生じるおそれがあることなどから,自動車の運転をしないように注意されていたのであるから,自動車の運転は厳に差し控えるべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,漫然同車の運転を開始した過失により,その頃,同市c町d番地付近道路をa町方面からe町方面に向かい時速約60ないし65キロメートルで進行中,急激な血圧低下により意識障害の状態に陥り,自車を右斜め前方に進行させて,同市c町f番地付近道路右側の車道外側線を対向進行してきたA(当時16歳)運転の自転車に自車を衝突させるなどした上,自車を同所付近道路右側路外に設置された縁石等に衝突させて自車を横転させるなどして,A運転の自転車の後方から対向進行してきたB(当時18歳)運転の自転車に自車を衝突させるなどし,よって,Bに入院加療202日間を要する脳挫傷等の傷害を負わせるとともに,Aに脳挫傷等の傷害を負わせ,同月31日午後6時18分頃,同市g町h丁目i番j号所在のC病院において,Aを前記傷害に基づく低酸素脳症により死亡させた。

過失犯なので予見可能性が認められないと成立しませんが、前橋地裁は無罪の判決を言い渡す。

⑵の各事実はいずれも認定することができず,被告人には主位的運転避止義務の前提となる本件事故に対する予見可能性が認められないため,主位的運転避止義務を負わせることはできないと判断した。

話が長くなるので理由は割愛。
どちらにせよ一審無罪になり検察官が控訴しましたが、ここで異例な事態に発展する。

前橋市で平成30年1月、乗用車を運転中に事故を起こし女子高校生2人を死傷させたとして、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われ、1審前橋地裁判決で無罪となった無職、川端清勝被告(88)の控訴審初公判が6日、東京高裁(近藤宏子裁判長)で開かれた。弁護側は、1審での無罪主張から一転、有罪判決を求める異例の意見を述べた。

(中略)

新たな弁護人はこの日、法廷で「事故を起こし、高校生を死亡、負傷させたことは被告も認識し、有罪を認めている。被告は高齢であり、罪を償って人生を終わらせたい。有罪の判決をお願いする」と述べた。検察側は改めて有罪を主張して結審した。判決は11月25日。

(中略)

「私たちは最初から争うつもりはなかった」。川端清勝被告の控訴審は、被告側の意向で1審から一転して有罪を主張する異例の展開となった。新たに選ばれた被告の弁護人は6日の控訴審初公判後、被告が「有罪を認める。申し訳ない」などと話していることを明かした。

「もっと力ずくで止めていればよかった。それをずっと悔やんでいる」

被告の家族は1審の無罪判決後、産経新聞の取材にこう話していた。1審での無罪主張は当時の弁護人の方針だったとし、「(被告が)悪いとしか思えず、無罪判決にはびっくりしてしまった」と声を落とした。

事故当時、被告は85歳。低血圧などの症状で通院し、物損事故を繰り返していた。同居する家族が控えるよう強く伝えても隙を見ては運転し、家族が車の鍵を隠すことやタイヤの空気を抜くことまで検討していた最中だった。1審に出廷した被告の長男は「無罪は望んでいない」と述べ、罪を償うべきだと意見していた。

新たな弁護人は6日、一転して有罪主張をした趣旨について、薬の副作用とは別に「過去の物損事故や目まいなどから運転を誤ることは予見できた」と説明福祉施設に入所する被告と面会した際、有罪判決を求める意思を「相当の方法で確認した」と強調した。群馬弁護士会からも「被告の意思確認は慎重にするように」との指摘があったという。

犠牲となった太田さくらさんの両親は6日、代理人を通じ「有罪主張に至った経緯を弁護人の口から聞くことができたことで、一定程度理解できた」などとのコメントを明らかにした。

1審無罪の被告、2審で異例の有罪主張 前橋・女子高生2人死傷事故、控訴審初公判
前橋市で平成30年1月、乗用車を運転中に事故を起こし女子高校生2人を死傷させたとして、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われ、1審前橋地裁判決で無罪…

刑事事件なので被告人が有罪希望をしたから即座に有罪にはなりませんが、東京高裁は予見可能性について以下の説示。

以上のような事実関係(主位的訴因に若干の補正を加えた予備的訴因に記載されている事実におおむね沿うものである。)からすると,被告人が,平成30年1月9日午前8時25分頃,被告人方駐車場において普通乗用自動車の運転を開始した時点において,かねてからの低血圧によるめまい等の症状により正常な運転が困難な意識レベルの低下等の状態に陥ること(道路交通法66条参照)を予見できたのみならず,本件事故直前に生じた意識障害についても,これと質的に異ならないものであるから,その因果関係の基本的部分について予見可能であったというべきであることは明らかであって,自動車の運転を厳に差し控えるべき自動車運転上の注意義務があったことを優に認めることができる。これに対し,原判決は,被告人には本件事故に対する予見可能性があったとは認められず,被告人に運転避止義務を負わせることができないと判断しているのであるが,この点に関する原判決の判断は,被告人がかねてから低血圧により度々めまいを生じたことなどがあった上に,医師や家族から自動車の運転をしないように注意されていたという事情や本件事故直前に生じた意識障害について,適切な評価,判断をせず,論理則,経験則等に照らして不合理な判断をし,結論を誤ったものといわざるを得ず,是認することができない。

東京高裁 令和2年11月25日

この事件は一審公判時から、被告人家族が「有罪にすべき」と主張していて法廷でもそのように主張していた中、無罪判決が出てしまったもの。
有罪を希望すれば有罪になるわけではないにせよ、この流れは被害者関係者からするとなかなかツラい。
「最初から争わなきゃいいじゃん」と思ってしまう。

どこに過失を見いだすか

ところで、この事件は被告人が低血圧によって意識障害に陥った結果の事故ですが、刑法上は心神喪失だと責任能力がないことになります。
しかし「原因において自由な行為」という考え方があるため、事故を起こしたときに責任能力がなくても、運転開始時に運転避止義務を負っていたのであれば非難可能になる。

f医師の原審証言によれば,同医師は,被告人が高齢で,しかも,めまい等の症状を度々訴えてもいることから,自分で自動車を運転して来院しているとは思っていなかったため,平成29年2月13日に診察をした際に被告人が自分で自動車を運転してきたことを聞いて驚き,その際,自動車の運転は控えたほうがいいという趣旨のことを言って注意したことが認められる

被告人が平成29年11月頃に低血圧で倒れた際の状況は,意識消失等の状態にまでは至らなかったとはいえ,一時的に意識レベルが相当程度低下した状態に陥ったことをうかがわせるものであり,低血圧によるめまいの症状があることなどを自覚していた被告人において,自動車の運転を厳に差し控えるべきであることに思い至る契機の1つにはなり得たものと理解するのが合理的であって,時期は明らかではないが,体調不良で自動車の運転ができなくなり,lに迎えを頼んだことがあったとの事情についても同様である。

1月5日の物損事故は,路地を左折する際に自車の左側面を電柱に接触させたというものであり,また,1月6日の物損事故は,自車を後退させて自宅の駐車場に駐車する際,ブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違えて自車を後方のブロック塀に衝突させたというものであって,これらの事故の直接の原因が意識障害とは無関係であったとしても,本件事故の数日前にこのような単独での自損事故を2日続けて起こしたということ自体,被告人の運転行為が事故の危険性を増していたことを強く示すものといえるのであるから,かねてから低血圧によるめまいの症状があることなどを自覚していた被告人にとっては,自動車の運転中にめまいによる意識レベルの低下等を生じた際に重大な事故に至る危険を一層強く予見し,自動車の運転を厳に差し控えるべきであることに思い至る重要な契機になり得たものとみるのが合理的である。

しかし,l及びmが被告人に対して自動車の運転をやめるように注意していた理由は,被告人が高齢となって運転能力が全般的に低下していると感じたからであったとしても,被告人は,平成29年の年末から平成30年の元旦頃までの間に,lから改めて今後は自動車の運転をしないように言われ,自宅駐車場で1月6日の物損事故を起こしたことで,lらから自動車の運転をしては駄目だと更に強く言われた上,本件事故当日,自動車の運転を開始する直前にも,これに気付いたmから,運転しては駄目だと強く言われているのであり,このように,本件事故の直前に至るまで家族から自動車の運転をしないように繰り返し注意されていたこと自体,かねてから低血圧によるめまいの症状があることなどを自覚していた被告人にとっては,2度の物損事故の事実とあいまって,自動車の運転を厳に差し控えるべきであることに思い至る重要な契機になり得たものとみるのが合理的である。原判決は,家族による注意の理由にのみ着目したため,この点に関する評価を誤ったものといわざるを得ない。

被告人が有罪を希望したから有罪というよりも、一審の判断が誤っていたから有罪にしたと言えますが、判決文をみると「運転をやめるべきタイミング」がいくつもあるのに運転して事故を起こしたわけで、運転に変わる代替移動手段の構築も大事なのよね。

 

なお、どちらの判決文も裁判所ホームページにあります。
被害者側から見て、納得いく話なのかはわかりかねますが、被告人家族が「無罪はあり得ない」と主張するほど責任を感じていたのかと。
全力で止めることも時には必要なのよね。

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