詳細が全くわからない事故報道になってますが、
13日午後10時ごろ、兵庫県加古川市野口町長砂の国道250号交差点で、横断歩道を徒歩で渡っていた大阪市淀川区の女性会社員(28)が、軽乗用車と後続の乗用車に続けてはねられた。女性は搬送先の病院で死亡が確認された。
県警加古川署によると、最初にはねた軽乗用車のドライブレコーダーには、歩行者用信号が赤色だったことが写っていたという。女性は加古川市内の知人宅に向かう途中だったとみられる。
28歳の女性、車2台にはねられ死亡 加古川市の国道、ドラレコには歩行者用信号が赤色の映像13日午後10時ごろ、兵庫県加古川市野口町長砂の国道250号交差点で、横断歩道を徒歩で渡っていた大阪市淀川区の女性会社員(28)が、軽乗用車と後続の乗用車に続けてはねられた。女性は搬送先の病院で死亡が確認された。
このような事故について、運転者がどのような刑事責任を負うかはあまり理解されてない気がする。
Contents
赤信号の歩行者と、車両側の責任
事故現場は兵庫県加古川市野口町長砂の国道250号交差点とありますが、見たところ右折レーンを含め計7車線あるような幹線道路の模様。
事故態様の詳細はわからないので、あくまでもイメージとして考えます。
※被害者の位置、車両の位置などは不明です。
まず刑事責任を考える上では「特別な事情がない限り、赤信号を無視する車両や歩行者を予見する注意義務はない」という信頼の原則が確立されている。
本件の事実関係においては、交差点において、青信号により発進した被告人の車が、赤信号を無視して突入してきた相手方の車と衝突した事案である疑いが濃厚であるところ、原判決は、このような場合においても、被告人としては信号を無視して交差点に進入してくる車両がありうることを予想して左右を注視すべき注意義務があるものとして、被告人の過失を認定したことになるが、自動車運転者としては、特別な事情のないかぎり、そのような交通法規無視の車両のありうることまでも予想すべき業務上の注意義務がないものと解すべきことは、いわゆる信頼の原則に関する当小法廷の昭和40年(あ)第1752号同41年12月20日判決(刑集20巻10号1212頁)が判示しているとおりである。そして、原判決は、他に何ら特別な事情にあたる事実を認定していないにかかわらず、被告人に右の注意義務があることを前提として被告人の過失を認めているのであるから、原判決には、法令の解釈の誤り、審理不尽または重大な事実誤認の疑いがあり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
最高裁判所第三小法廷 昭和43年12月24日
つまり、刑事責任を問い有罪にするには、「信頼の原則を否定する特別な事情」が必要になる。
例えばですが、
はるか前方で被害者を視認可能で、急制動すれば回避可能だったと判断されたなら、信頼の原則を持ち出すまでもなく前方不注視の過失があるとして有罪になる。
なのでこのような事故の捜査については、車両側から被害者を視認可能になる地点がどこだったかを確認し、その地点で「制限速度内なら回避可能だったか?」が問題になる。
○信頼の原則を適用し無罪にした事例
事故の概要です。
指定最高速度が40キロの道路を進行中に、前方31.025mに赤信号無視して横断する歩行者を発見。
そのまま衝突した事故です。
本件交差点は信号機による交通整理の行なわれている交差点で被告人の進行方向は前方青信号を表示していたのであるから、これに従って本件交差点を直進通過しようとしていた被告人としては、特別の事情のない限り、前方の横断歩道上を横断しようとする歩行者はすべて横断歩道前方の赤信号に従って横断をさし控えるものと期待し信頼するのは当然で、自動車運転者に通常要求される前方注視義務を尽しつつ運転すれば足り、赤信号を無視して横断する歩行者があることまでも予想してこれに対処し得る運転方法を執るまでの義務はないのであって、右地点に北へ向け歩行中の本件被害者を認めたことによってもこの点は何ら影響を受けるものでない。なお、被告人が地点に被害者を認めた際、同人が老女であることを認識していたか否か及びその際既に同人がうつ向き加減で小走りの状態にあったか否かの点については被告人の供述に変遷があっていずれとも断定し難いのであるけれども、仮に老女であることまで認識していたとしても右期待ないし信頼の正当性に影響なく、小走りであったか否かの点についても、もし仮に被害者が右時点において全力疾走中である等赤信号に従って停止することがおよそ期待できないような態勢にあったというのであれば、既にこの時点から同人の動静に注視しつつ運転する等して衝突を回避すべく運転する義務の生じることも考えられるけれども、本件ではせいぜい小走りであったというにとどまるからこれまた右期待ないし信頼の正当性に影響しない。
(中略)
衝突地点である横断歩道まで31.025mを残すに過ぎないのであって、この時点では、被告人が衝突を回避すべく急制動の措置を執ったとしても、現実に要した被告人運転車両の制動距離が31.5mであったこと、右計算の前提となった各地点の位置関係に多少の誤差を伴うことが避け難いこと、被害者が歩道の縁石線を越えて車道に立ち入るにあたり多少逡巡したということも大いに考えられるから1.3m先の車道外側線に達するまでの所要時間が計算上のものより長くなり従って右時点までに被告人運転車両も横断歩道に一層近接している可能性も存すること等を考慮すると、本件衝突を回避することが可能であったとかあるいは衝突は不可避としてもより軽微な結果にとどまったとか断ずるには大いに疑問があるといわねばならず、所論のいうように、被告人に本件結果について予見義務が生じると考えられる時点においては既にそれを回避する可能性が存しなかったというべきで従って被告人に回避義務を科することはできず結局注意義務違反のかどは存しないこととなる。なお、被告人の予見義務の発生時期を信頼の原則を適用して以上のように解するうえで、本件時被告人は制限速度を5キロメートル超過する時速約45キロメートルで進行していたという道路交通法違反の事実が支障となるかどうかは検討を要することろであるが、超過速度が僅か5キロメートルであることと、これに対比してその信頼が信号の遵守という強度に保護されて然るべき内容であることを考慮すると格別影響するところはないと解すべきである。
大阪高裁 昭和63年7月7日
被告人からみて信号無視した歩行者を視認可能になった地点で急ブレーキをかけても回避不可能と判断。
○信頼の原則を否定した事例
深夜、時速40キロで交差点に進入した被告人車と、信号無視して横断する歩行者の衝突事故です。
被告人は横断歩行者との距離が13~14mに迫って初めてブレーキを掛けましたが、ちゃんと前をみていれば約51.4m手前で横断歩行者を発見できたとしています。
要は「ちゃんと前をみていれば余裕で回避できた」という判例。
本件は、被告人が深夜(略)普通乗用自動車を運転し、車道幅員約12mで片側一車線の歩車道の区別のある道路を時速約40キロメートルで走行中、本件交差点にさしかかり、青色信号に従い右交差点を直進しようとした際、酔余赤色信号を無視して交差点内中央付近を右から左へ横断歩行していた本件被害者2名を約13ないし14m先に初めて発見し制動措置をとることができないまま自車前部を両名に衝突させたことが明らかであり、これに反する証拠は存在しないところ、本件交差点出口南側横断歩道の左側に街路灯があるため、交差点手前の停止線から40m手前(本件衝突地点からは約51.4m)の地点から本件衝突地点付近に佇立する人物を視認できる状態にあり、しかも被害者の服装は、一名が白色上衣、白色ズボン、他の一名が白色ズボンであったから、被告人は通常の注意を払って前方を見ておけば、十分に被害者らを発見することができたと認められる。なるほど、被告人車の進路前方右側は左側に比べて若干暗くなっているけれども、(証拠等)によれば、被告人が最初に被害者らを発見した段階では、すでに被害者らは交差点中心よりも若干左側部分に入っており、しかも同人らは普通の速度で歩行していたと認められるから、前記見通し状況のもとで、被告人が本件の際被害者らを発見する以前に同人らを発見することは十分に可能であったと認められる。
そして、本件が発生したのは深夜であって、交通量も極めて少ない時間であったこと、本件事故時には被告人車に先行する車両や対向してくる車両もなかったし、本件道路が飲食店等の並ぶ商店街を通るものであること、その他前記本件道路状況等に徴すると、交通教育が相当社会に浸透しているとさいえ、未だ本件被害者のように酔余信号に違反して交差点内を横断歩行する行為に出る者が全くないものともいいがたく、したがって、本件において、被告人が本件交差点内に歩行者が存することを予見できなかったとはいえないし、また、車両運転者が歩行者に対し信号表示を看過して横断歩行することはないとまで信頼して走行することは未だ許されないというべきである。
東京高裁 昭和59年3月13日
この事例については、ちゃんと前をみていたら回避可能だったと判断されたもの。
歩行者が赤信号無視したことと、車両側の制限速度遵守、前方注視義務は別個の問題なので、制限速度内で前方注視していたら回避可能だったか?が有罪無罪のポイントです。
若干疑問なのは
報道からすると、計7車線の横断歩道における事故だと思われますが、
歩行者が横断開始した際には「青信号で適法に横断開始」したけど、
渡りきる前に赤信号になってしまったケースも考えられる。
このような場合、車両側の信号は赤→青に変わった直後なのと、道路幅からして「残存横断者がいることが予見可能」と判断されることもある。
似たような実例として、札幌高裁判決。
論旨は要するに、原判決は、本件事故が被告人の前方注視義務および安全確認義務懈怠の過失に基因するものである旨認定するが、被告人は、本件当時前方に対する注視および安全確認を尽していたものであつて、なんらこれに欠けるところはなく、しかも、本件の場合、被害者側の信号は、計算上同人らが横断を開始した直後青色点滅に変つたものと認められるから、同横断歩道の長さ(約31.6m)をも考慮すれば、同人らは当然右横断を断念し元の歩道上に戻るべきであつたのである。青色信号に従い発進した被告人としては、本件被害者らのように、横断開始直後青色点滅信号に変つたにもかかわらずこれを無視し、しかも飲酒酩酊していたため通常より遅い歩行速度で、あえて横断を続行する歩行者のありうることまで予測して前方を注視し低速度で運転する義務はないから、本件には信頼の原則が適用されるべきであり、したがつて、被告人に対し前記のような過失の存在を肯認した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認、法令解釈適用の誤がある、というのである。
(中略)
まず、被告人側の信号が青色に変つた直後における本件横断歩道上の歩行者の存否の可能性についてみると、司法巡査作成の「信号の現示と事故状況について」と題する書面によれば、本件横断歩道の歩行者用信号は、青色39秒、青色点滅4秒、赤色57秒の周期でこれを表示し、被告人側の車両用信号は、右歩行者用信号が赤色に変つてから4秒後に青色を表示すること、すなわち、被害者側信号が青色点滅を表示してから8秒後に被告人側信号が青色に変ることが認められるところ、横断歩行者の通常の歩行速度を秒速約1.5mとすると(交通事件執務提要305頁参照。)、歩行者は右8秒の間に約12m歩行することになるが、本件横断歩道の長さは前記のとおり31.6mであるから、歩行者がたとえ青色信号で横断を開始しても途中で青色点滅信号に変つたとき、渡り終るまでにいまだ12m以上の距離を残している場合、当該歩行者は被告人側の信号が青色に変つた時点において、依然歩道上に残存していることになる。
道路交通法施行令2条は、歩行者用信号が青色点滅を表示したとき、横断中の歩行者は「すみやかに、その横断を終えるか、又は横断をやめて引き返さなければならない。」旨規定するが、本件横断歩道の長さに徴すると、たとえ歩行者が右規定に従つてすみやかに行動するとしても、右残存者がでることは否定し難く、とくに本件交差点付近は前記のとおり札幌市内でも有数の繁華街「すすきの」に位置し、多数の歩行者が存在するばかりか、本件当時はその時刻からいつて歩行速度の遅い酩酊者も少なくないので、右のような残存歩行者がでる蓋然性は一層高いものといわねばならない。
してみると、本件のような道路、交通状況のもとにおいて、対面信号が青色に変つた直後ただちに発進する自動車運転者としては、特段の事情のないかぎり、これと交差する本件横断歩道上にいまだ歩行者が残存し、なお横断を続行している可能性があることは十分に予測できたものとみるのが相当であつて、特段の事情を認めえない本件の場合、被告人に対しても右の予測可能性を肯定するになんらの妨げはない。そして、以上のごとく、被告人が本件交差点を通過するに際し、本件横断歩道上にいまだ横断中の歩行者が残存していることが予測できる場合においては、当該横断歩道により自車の前方を横断しようとする歩行者のいないことが明らかな場合とはいいえないから、たとえ、被告人が青色信号に従つて発進し本件交差点に進入したとしても、本件横断歩道の直前で停止できるような安全な速度で進行すべきことはもとより、同横断歩道により自車の前方を横断し、または横断しようとする歩行者があるときは、その直前で一時停止してその通行を妨害しないようにして歩行者を優先させなければならない(道路交通法38条1項なお同法36条4項参照)のであつて、被告人としては、いつでもこれに対処しうるよう、本件被害者らのような横断歩行者との接触の危険性をも十分予測して前方左右を注視し、交通の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があつたというべきである。
札幌高裁 昭和50年2月13日
冒頭の報道を見ても事故の具体的な事情がさっぱりわかりませんが、被害者が赤信号だった事案について有罪のものもあれば無罪のものもあるのは、具体的状況次第で変わるからなんですよね。
しかし、基本は一貫している。
本件の事実関係においては、交差点において、青信号により発進した被告人の車が、赤信号を無視して突入してきた相手方の車と衝突した事案である疑いが濃厚であるところ、原判決は、このような場合においても、被告人としては信号を無視して交差点に進入してくる車両がありうることを予想して左右を注視すべき注意義務があるものとして、被告人の過失を認定したことになるが、自動車運転者としては、特別な事情のないかぎり、そのような交通法規無視の車両のありうることまでも予想すべき業務上の注意義務がないものと解すべきことは、いわゆる信頼の原則に関する当小法廷の昭和40年(あ)第1752号同41年12月20日判決(刑集20巻10号1212頁)が判示しているとおりである。そして、原判決は、他に何ら特別な事情にあたる事実を認定していないにかかわらず、被告人に右の注意義務があることを前提として被告人の過失を認めているのであるから、原判決には、法令の解釈の誤り、審理不尽または重大な事実誤認の疑いがあり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
最高裁判所第三小法廷 昭和43年12月24日
そもそも余裕で事故回避可能だったとか、「特別な事情」を示さないまま有罪にすると違法な判決になってしまう。
結局、制限速度内で前方注視しながら進行するという当たり前なことを出来ていたか?が問題になりますが、昭和40年代から裁判所の考えは一貫しているのよね。
比較的最近の事案でも、信頼の原則が適用され無罪になったものはありますが(徳島地裁 令和2年1月22日)、この判例は検察官が主張した「被害者を視認可能」という地点について
裁判所が「いや、その地点では視認できない」とし、視認可能な地点から回避可能だったかが問題になり、回避不可能として無罪。
結局、制限速度内で前方注視しながら進行するという当たり前な原則は変わらないのよね。
「被害者が赤信号無視だから無罪」みたいな雑な発想で決まるわけでもないので、結局はやることやりましょうとしかならないのよ。
あと、刑事無罪は民事無過失になるわけではないことも理解してない人が多いけど、ここを理解してないとなるとなかなか厳しい。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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