何を主張しようと被告の自由ですが、
起訴状などによると、呉昌樹被告(73)は2023年3月、大阪市生野区で通院先のクリニックから帰宅するために乗用車を運転中、道路を逆走。さらに歩道を乗り越えて生野愛和病院に突っ込み、黒田シマ子さん(当時86)と口池邦子さん(当時75)をはねて死亡させたとして、過失運転致死の罪に問われている。
今年3月の初公判で呉被告は「事故を起こしたことは認めるが、すでに気を失っていたため過失はなく無罪」と主張。12月12日、大阪地裁で行われた被告人質問で、腰が少し曲がった状態でゆっくりと歩きながら法廷に姿を現した呉被告は、自身の体調や事故当時の状況などを明かした。
「痰が絡み咳をして気失った」車が病院に突っ込み女性2人死亡「無罪主張」する男 事故前に1、2度気失うも運転やめず「たまたまなんかな」遺族は「気を失っていても2人を殺した。私にとっては殺人事件」(MBSニュース) - Yahoo!ニュース大阪市生野区で病院に車が突っ込み、高齢女性2人が死亡した事故をめぐり、過失運転致死の罪に問われ、無罪を主張している男(73)。裁判で「痰が絡んで、咳をして気を失ったことが原因だ」と明かした。一方、遺
さて、これをどう考えるのでしょうか。
検察官は「意識喪失はなく単なる踏み間違いの過失」と主張しているのか、「運転を差し控えるべき注意義務違反」と主張しているのかわかりませんが、刑法39条1項にこのような規定がある。
第三十九条 心神喪失者の行為は、罰しない。
意識を失っていたのだから無罪が成り立つかというと、「原因において自由な行為」という理論があり、意識喪失が予見可能な状態なのに運転を開始した点に責任を求めることができる。
事故を起こしたときに意識がなくても、意識喪失が予見可能なら過失運転致死罪は成立しうる。
報道を見る限り、検察官は過去に2回咳をして意識を失ったことから「運転を差し控えるべき注意義務違反」(運転避止義務違反)を主張しているのだろうか。
運転避止義務違反を認定した判例としては、最近だと東京高裁 令和2年11月25日。
どういう事故かというと、公訴事実はこれ。
第1 本件公訴事実の要旨
1 主位的訴因(平成30年10月24日訴因変更決定後のもの)被告人は,平成30年1月9日午前8時25分頃,前橋市a町b番地所在の被告人方駐車場において,普通乗用自動車の運転を開始するに当たり,かねてから低血圧の症状があり,低血圧により,めまいや意識障害を生じたことがあった上,医師から,同症状によりめまいや意識障害を生じるおそれがあることから,自動車の運転をしないように注意されていたのであるから,自動車の運転は厳に差し控えるべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,低血圧の症状があったのに,漫然同車の運転を開始した過失により,その頃,同市c町d番地付近道路をa町方面からe町方面に向かい時速約60ないし65キロメートルで進行中,低血圧により意識障害の状態に陥り,自車を右斜め前方に進行させて,同市c町f番地付近道路右側の車道外側線を対向進行してきたA(当時16歳)運転の自転車に自車を衝突させるなどした上,自車を同所付近道路右側路外に設置された縁石等に衝突させて自車を横転させるなどして,A運転の自転車の後方から対向進行してきたB(当時18歳)運転の自転車に自車を衝突させるなどし,よって,Bに入院加療202日間を要する脳挫傷等の傷害を負わせるとともに,Aに脳挫傷等の傷害を負わせ,同月31日午後6時18分頃,同市g町h丁目i番j号所在のC病院において,Aを前記傷害に基づく低酸素脳症により死亡させた。
2 予備的訴因(平成31年3月11日付けで予備的追加を許可したもの)
被告人は,平成30年1月9日午前8時25分頃,前橋市a町b番地所在の被告人方駐車場において,普通乗用自動車の運転を開始するに当たり,かねてから低血圧の症状があり,血圧変動等により,めまいや意識障害を生じたことなどがあった上,医師や家族から,めまいを生じるおそれがあることなどから,自動車の運転をしないように注意されていたのであるから,自動車の運転は厳に差し控えるべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,漫然同車の運転を開始した過失により,その頃,同市c町d番地付近道路をa町方面からe町方面に向かい時速約60ないし65キロメートルで進行中,急激な血圧低下により意識障害の状態に陥り,自車を右斜め前方に進行させて,同市c町f番地付近道路右側の車道外側線を対向進行してきたA(当時16歳)運転の自転車に自車を衝突させるなどした上,自車を同所付近道路右側路外に設置された縁石等に衝突させて自車を横転させるなどして,A運転の自転車の後方から対向進行してきたB(当時18歳)運転の自転車に自車を衝突させるなどし,よって,Bに入院加療202日間を要する脳挫傷等の傷害を負わせるとともに,Aに脳挫傷等の傷害を負わせ,同月31日午後6時18分頃,同市g町h丁目i番j号所在のC病院において,Aを前記傷害に基づく低酸素脳症により死亡させた。
東京高裁は有罪の判決。
以上のような事実関係(主位的訴因に若干の補正を加えた予備的訴因に記載されている事実におおむね沿うものである。)からすると,被告人が,平成30年1月9日午前8時25分頃,被告人方駐車場において普通乗用自動車の運転を開始した時点において,かねてからの低血圧によるめまい等の症状により正常な運転が困難な意識レベルの低下等の状態に陥ること(道路交通法66条参照)を予見できたのみならず,本件事故直前に生じた意識障害についても,これと質的に異ならないものであるから,その因果関係の基本的部分について予見可能であったというべきであることは明らかであって,自動車の運転を厳に差し控えるべき自動車運転上の注意義務があったことを優に認めることができる。これに対し,原判決は,被告人には本件事故に対する予見可能性があったとは認められず,被告人に運転避止義務を負わせることができないと判断しているのであるが,この点に関する原判決の判断は,被告人がかねてから低血圧により度々めまいを生じたことなどがあった上に,医師や家族から自動車の運転をしないように注意されていたという事情や本件事故直前に生じた意識障害について,適切な評価,判断をせず,論理則,経験則等に照らして不合理な判断をし,結論を誤ったものといわざるを得ず,是認することができない。
東京高裁 令和2年11月25日
おそらく同じ理屈で、「過去に咳をして意識を失ったことから運転を差し控えるべき注意義務違反」と検察官が主張しているのかも。
とはいえ、報道をみる限り遺族感情を逆撫でするような発言もあるし、遺族からしたらキツイわな。
事故を起こした後に、きちんと誠意を尽くすかどうかは大切なんだけど。

なお、上の東京高裁判例は違う意味で注目されまして、一審無罪のあと控訴審で「弁護人が」有罪希望と主張。

被告人、被告人の家族ともに有罪を希望した珍しい事案です。
何を主張しようと被告人の自由ですが…

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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